沖縄県立中部病院 婦人科 三浦 耕子
ある日の診察室。経腟超音波をしながら「A さん、リング入れてます?これ、いつ入れまし た?」「カイヨウハクのころ…」「カイヨウハク? ……海洋博って……昭和50 年…」
リングとは子宮内避妊具(IUD:intrauterine device)のことです。避妊の機序ははっきりし ませんが受精や着床を阻害すると考えられ、そ の妊娠予防効果は95%とされています。男性 に頼ることなくできる可逆的な避妊方法で、細 かなメンテナンスが不要というのがよいところ です。素材はプラスチックなどの高分子重合体 で、現在は銅付加型や黄体ホルモン含有型が使 われます。以前はいろいろな形のものがあり、 教科書に載っているIUD を並べた写真を見る と、まるでアクセサリーの見本のようです。そ もそも、リングと呼ばれるのは、1930 年代に 使われた初期のIUD が円い輪の形をしていた からです。
では、なぜこんなに長くIUD が入ったまま になっているのでしょう。「永久に使えるって 言われた」と患者さんはおっしゃいます。永久 と言っても“避妊が必要なくなるまで” と期限 がつくはずなのですが、20 〜 40 年前はそのく らいの説明で終わっていたのでしょう。そもそ もIUD が入っていることさえ忘れている方もいます。
さて、この長く入っているIUD が、なかな かのクセモノです。当院では、このIUD を抜 くために手術を受ける方が年間5 〜 8 人程度い ます、ほとんどが50 〜 60 歳代後半です。長 期間入っていたIUD は、子宮の壁に固着し(特 にリング状のもの)、抜くためについていた糸 も無くなっています。閉経を迎えると、子宮や 腟が萎縮し、子宮口も狭く、診察時の痛みも強 くなります。そのため、外来ではIUD を安全 に抜去することができなくなるのです。麻酔を かけ、子宮口を拡張し、超音波ガイド下に、時 には子宮鏡で確認して抜去を試みます。中に は、大きくなった子宮筋腫のために子宮の奥 に残ったIUD まで器具が届かず、抜去できな いということもあります。IUD 挿入後に、婦 人科ではない病気にかかり、簡単にIUD が抜 去できなくなる方もいます。冒頭のA さんは、 弁膜症になり、弁置換術後にワーファリンを服 用していました。そうなると、抜去するだけで も感染性心内膜炎予防の抗生剤、抗凝固療法の 調整などが必要になります。麻酔をかけてまで IUD を除去する理由は、ほとんどの患者さん に不正性器出血があり、悪性疾患の検査のため に必要となるからです。特に50 〜 60 歳代は 子宮がんが多い年齢でもあります。
もう一つ、長期IUD 挿入で困ったことと言 えば、卵管卵巣膿瘍(TOA:tubo-ovarian abscess)です。当院で治療したTOA の実に 1/3 の症例でIUD が挿入されていました。挿 入期間は2 〜 30 年(平均約11 年)でした。 IUD は放線菌症との関連も言われていますが、 放線菌が関連しない場合もあります。TOA は 婦人科で扱う最も重症な感染性疾患のひとつ で、長期の抗生剤治療を必要とし、手術が必要 になる場合も少なくなく、炎症のため手術に伴 う合併症(腸管損傷や出血、腸閉塞など)のリ スクも高くなります。
IUD の適正な挿入期間はどのくらいでしょ うか。避妊効果の持続期間は銅付加型で10 年 ですが、添付文書では2 〜 5 年で交換、黄体 ホルモン含有型は5 年で交換となっています。 TOA との関連では、5 年以上の挿入でTOA の リスクが高くなるようです。IUD は避妊が必 要な間はこまめに交換、必要がなくなったら抜 去というのが基本的な対応でしょう。
産婦人科以外では、患者さんの閉経や子宮内 避妊具の有無などに思い至らないのは当然かも しれませんが、女性は閉経後に30 〜 40 年の 月日が残されています。その間にがんや心疾患、 脳血管疾患などの病気にかかることが多いので す。手術が必要なとき、抗凝固療法が必要なと き、患者さんに子宮内避妊具のことを尋ねてみ て下さい。