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心雑音へのアプローチ 〜中高年者を中心に〜

武村克哉

琉球大学医学部附属病院 武村 克哉

はじめに

プライマリ・ケアの現場において心雑音を聴 取する機会は多い。高齢患者の29%〜 60%に 収縮期雑音が聴取されるとの報告がある1)。心 雑音のある患者のうち、どのような患者を循環 器医に紹介したらよいのだろうか。プライマリ・ ケア現場での模擬ケースを例に、Q&A 形式で 心雑音にアプローチする。

心雑音を聴取したら

【ケース1】83 歳女性。50 歳台より高血圧にて クリニック通院中。自覚症状はない。胸骨右縁 第2 肋間にて心雑音を聴取した。

Q1-1)心雑音を聴取したらどうするか。

A1-1)雑音がどの時相に聴取されるか確認す る。次の3 原理を参考に収縮期と拡張期を同定する2)

  • 1. 収縮期は拡張期より短い:但し、頻脈では 収縮期と拡張期の間隔はほぼ同じになる。
  • 2. T音、U音の特徴:通常U音は、T音に比 べ心基部にて大きく、短く、鋭い。移行聴 診inching(聴診器を心尖部から心基部へ少しずつ動かす)にて確認する。
  • 3. 頸動脈拍動:頸動脈拍動の立ち上がりはT音の直後に触れる。

【ケース1 続き】心雑音は収縮期に聴取された。 雑音の持続時間は短く、弱い雑音(Levine2/6 度)であった(図1)。頸部への放散雑音はない。 T音、U音は正常で、脈の立ち上がりも正常で ある。心電図、胸部X 線に異常はない。

図1

図1:ケースでの心雑音の模式図

Q1-2)病的な雑音だろうか。

A1-2)頚部への放散雑音がない場合、大動脈 弁狭窄は考えにくい。雑音の持続時間は短く、 弱い雑音であり、T音、U音正常、脈も正常で あることから病的な雑音の可能性は低い。年齢 や高血圧罹患歴、雑音の部位等から大動脈弁硬 化による無害性雑音と考えられる。

【ケース1 その後】後日、心エコーにて大動脈 弁硬化が確認された。血圧コントロールを継続 し、動脈硬化進展に留意しつつ通院治療を継続している。

長く触れる脈を診たら

【ケース2】70 歳女性。40 歳台より高血圧にて クリニック通院中。労作時息切れあり。胸骨右 縁第2 肋間にて収縮期雑音(Levine3/6 度)を 聴取する。雑音のピークはU音に近く、U音は 減弱している(図1)。頸動脈を触れると脈の 立ち上がりが遅く、拍動を長く触れる。心電図 はストレインパターンを伴う左室高電位を呈していた。

Q2)長く触れる脈は何を考えるか。

A2)大動脈弁狭窄症(AS)を考える3)。遅脈、 収縮期雑音のピークの遅れ、U音減弱は重度 AS を示唆する。重度AS に対する各所見の感 度、特異度、尤度比を示す(表1)。

【ケース2 その後】心エコーを施行したところ、 重度AS(最大左室- 大動脈圧較差90mmHg, 大 動脈弁口面積0.6cm2)が判明し、循環器医に 紹介した。後日、大動脈弁置換術を施行したと 返書が届いた。

脈圧の大きい患者を診たら

【ケース3】66 歳男性。自覚症状なし。住民健 診にて血圧高値を指摘され、クリニック受診。 受診時血圧140/50mmHg であった。

Q3)何を考え、どのように聴診するか。

A3)脈圧が大きく、拡張期血圧が低いことか ら大動脈弁閉鎖不全症(AR)を考える。AR の雑音を聴取するには、患者の姿勢を座位、前 傾とし、吐いたところで呼吸を止めてもらい、 拡張期早期に耳を集中させる。AR を見つける には、まず拡張早期雑音を聴取することが肝要である。中等度から重度AR に対する各所見の 感度、特異度、尤度比を示す(表2)。

【ケース3 その後】胸骨左縁第3 肋間にて拡張 早期に灌水様雑音を聴取した(図1)。病歴を 確認したところ、約30 年前に心雑音を指摘さ れ近医にて経過追跡されていたが、最近5 年程 は病院を受診していなかったとのことだった。 心エコーにて重度AR、左室径拡大、左室駆出 率低下(EF50%)を認め、循環器医に紹介した。 後日、無事に手術(大動脈弁置換術)が終わっ たと患者本人が元気な様子でクリニックに報告 にこられた。

急に自覚症状が出てきた患者を診たら

【ケース4】40 歳女性。3 週間前から発熱、倦怠感、 関節痛あり。1 週間前から労作時息切れが出現。 心尖部にて全収縮期雑音(Levine3/6 度)(図1) を聴取。口腔内の衛生が悪い。

Q4)注意しなくてはいけない疾患は?

A4)発熱を伴う心雑音を聴取したら、感染性 心内膜炎を考慮する。

表1:重度AS の特徴2)

表2:中等度から重度AR の特徴2)

【ケース4 その後】感染性心内膜炎を疑い、す ぐに循環器科のある病院に紹介した。心エコー にて重度の僧帽弁閉鎖不全(MR)および僧帽 弁に疣腫付着あり、血液培養3 セット全てから 連鎖球菌が検出された。抗菌薬による治療後、 僧帽弁置換術が施行された。

心エコーの適応、弁膜疾患の手術適応、循環器 医への紹介について

心雑音の評価手順を示す(図2)。

弁膜疾患の手術適応の判断ポイントは、AS では息切れ、胸痛、失神などの自覚症状、AR、 MR では自覚症状の他、左室径、左室機能が主 なものである(詳細は日本循環器学会ホーム ページからダウンロードできる「弁膜疾患の非 薬物療法に関するガイドライン」等参照)。中 等度から重度の弁膜症で自覚症状がある場合は 勿論のこと、症状がない場合でも左室拡大や左 室駆出率正常下限〜低下を認める場合には、早 めに循環器医に紹介する。胸痛、発熱、心不全 を伴う心雑音はすぐに循環器科に紹介する。

最後に

プライマリ・ケア現場で出会う頻度の高い心 雑音へのアプローチを概説した。最近減少して いるリウマチ性弁膜疾患は紙面の都合上、割愛 したが、せめて僧帽弁狭窄症の拡張期ランブル を模倣する方法をシェアしたい。聴診器を耳にあて、膜面を親指でゆっくり押すとランブルの 音が聞こえる。この方法は県立中部病院初期研 修時代の回診時、安里浩亮先生に教えて頂いた。 近頃では心音CD/DVD やシミュレーターなど数 多くの学習手段があり、その活用法については、 尊敬する平田一仁先生が本誌に執筆されている ので是非ご精読頂きたい6)。以前に比べ心エコー も手軽にできるようになり、聴診所見を心エコー と照らし合わせることが容易となった。私は心 エコーを実施する前に必ず聴診するよう心がけ ている。これは琉大病院での循環器研修時代に 砂川長彦先生からご指導頂いたことである。他 にも多くの先生方、そして患者さんに心音を教 えて頂いた。これまでお世話になった皆様に、 この場を借りて深く感謝申し上げます。

参考資料
1. Etchells E, Bell C, Robb K. Does this patient have an abnormal systolic murmur ? JAMA 277(7); 564- 571, 1997.
2. McGee: Evidence-based Physical Diagnosis, 3rd edition, Elsevier Saunders, 2012.
3. 室生卓著: General Physician 循環器診察力腕試し, 金芳堂, 2012.
4. 福井次也, 黒川清監訳: ハリソン内科学第4 版, メデ ィカル・サイエンス・インターナショナル, 2013.
5. 宮城征四郎, 徳田安春編: 身体所見からの臨床診断, 羊土社, 2010
6. 平田一仁. Physical Examination of The Heart の勉強 法について一考. 沖縄県医師会報 49(8) ; 974-976, 2013.

図2

図2:心雑音の評価手順4,5)