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平成25年度 第2回 マスコミとの懇談会
離島医療の現状と課題

玉井修

理事 玉井 修

平成25 年8 月16 日(金)19 時30 分より沖 縄県医師会館2 階において平成25 年度マスコミ との懇談会が開催されました。離島、僻地におけ る医療をどの様に確保していくかは島嶼県であ る沖縄において宿命的課題であります。医師数 を確保するための様々な取り組みにより、近年、 沖縄県の医師数そのものは全国と肩を並べるレ ベルに達して参りました。しかし、昨今医療を 取り巻く環境は激変し、少子高齢化の急激な進 行により医療ニーズが高まり、更に医療の高度 化と細分化により医師数の偏在、診療科の偏在 という問題が発生しました。数を増やすだけで は事は解決せず、医療を取り巻く様々な環境を 整備しなくてはならない時代となっています。

とりわけ大きな打撃を受けているのが離島と 僻地の医療資源の確保でしょう。今回は県立宮 古病院副院長の本永英治先生に医師の立場から みた現在の離島医療連携の姿と題して、現状と 課題をお話し頂きました。さらに北部医療圏に おける厳しい状況を石川清和県医師会理事にお 話し頂きました。人材の確保、医師としてのキ ャリアアップを如何に支援できるのか、一人の 人間としてのライフプランもまた大事です。マ スコミ側の関心も高く、現状を打開するための 行政や医師会の取り組みに関して多くの質問が 投げかけられました。そして私たちも、県民一 人ひとりがどの様にして医療を支えて行くかを 真剣に考える機会を与えられるよう、マスコミ 側に協力を呼びかける事が出来たと思います。 医療を支える地域の活動や、予防医学への積極 的な参加など、県民一人ひとりが出来る事は多 いと思います。

懇談内容

懇談事項

沖縄県の離島医療
医師の立場からみた現在の離島医療連携の姿
沖縄県立宮古病院 副院長 本永 英治

簡単に私の経歴を話します。昭和57 年に自 治医科大学を卒業しま した。卒業後、県立中 部病院で初期研修を受 けました。初期・後期 研修は3 年間、殆ど第 一線のプライマリケアの研修、離島診療所勤務 は5 年間(伊是名島2 年間、西表島3 年間)、 離島の中核病院である八重山病院勤務は5 年 間、リハビリ専門医取得のために東海大学附属 大磯病院に3 年間勤務、その後現在の離島中核 病院である宮古病院勤務は16 年目に入っています。

第一部:離島医療、特に県立宮古病院の医師の動き

沖縄県の離島・僻地とは宮古諸島や八重山諸 島などの、いわゆる先島諸島と沖縄島の周辺に ある離島を主に指しています。その中で、宮古 島、石垣島には総合病院が、久米島には、医師 複数体制の病院があり、特に、宮古島、石垣島 の県立病院は、その地域における急性期医療の 担い手として重要な役割があり、日々住民を守 る医療を展開しています。久米島病院も規模は やや小さいが同じような役割を担っています。 それ以外の島々には、多くは診療所があり県立 診療所(18、休止2)、町立診療所(3)、村立 診療所(1)があります。県立診療所で16 カ 所は離島です。その診療所の多くは医師1 人、 看護師1 人、事務員1 人体制で診療業務に従事 しています。(図1)

図1

図1 沖縄県の離島診療所と離島病院

離島診療所での医療の特徴・ニーズ

離島診療所医師は、1)何でもどんな疾患でも、 あらゆるニーズに先ず対応を迫られる、という 点で総合医的存在、であります。また診療所医 師勤務は、2)島に1 人しかいない医師であるた め昼夜の別なく患者は頼ってくる、というよう な離島医療ならではの特徴があります。このこ とは、各科専門医を揃えた総合病院救急室での プライマリケアと明らかに異なっています。

沖縄県立宮古病院は、現在精神科45 床を備 えた277 床(平成25 年6 月1 日)ほぼ全科揃 った総合病院です。役割として主に急性期医療 を担っています。そのためには、1)救急医療の 充実2)専門医療・外来の充実(脳外科、循環器、 精神科、腎臓、産婦人科、小児科など)3)一般 病床の整備…ICU、NICU の設置4)手術場の拡 張:施設の共同利用、島外専門医の導入5)その 他、など1)〜5)の整備が必要になります。

県立宮古病院は離島の中核病院として16 科 の診療科を掲げていますが、大学病院のように 細分化はされておらず、仕事の内容は各科共に 総合医的であり専門的な仕事ばかりではありません。また勤務医の半数は専門医の資格を取得 しておりません。その意味では専門医への途上 の段階で離島僻地病院に派遣されている、とも いえます。

僻地中核病院勤務医師像は?

基本診療科の専門医でかつ内科系・外科系当 直のいずれか初期対応のできる総合的な医師が 望まれます。

宮古島に脳外科医師不在…どのような事態が想定されるでしょうか?

平成17 年10 月1 日〜平成20 年1 月までの 期間、脳外科医師不在という事態になりました。 この期間(2 年4 ヶ月)に脳卒中・頭部外傷患 者410 名が発生し、緊急自衛隊ヘリ患者数72 名、緊急民間機搬送患者7 名、が搬送となりま した。「脳外科医師不在」…この言葉には「家 族の悲しみ、残っている離島病院の担当医師の 苦しみ、辛さ、悲しみ、トラウマ…」など、現 場の詳細は省かれています。現場の苦しみは筆 では表せないほど「離島苦」そのものでした。 そしてこのことが離島医療の姿を理解する大変重要なことだと思います。この現場を理解でき る人間が中央の病院幹部職員や行政の幹部職員 に配属されるべきだと考えます。

宮古病院の医療と沖縄本島の病院の医療と何 が異なるのか…異なるのは医療従事者の配置が (希望者が少なく)、自前で供給できない、とい う点です。自前で供給できないために医師を始 めとする医療者人材確保が不安定ということで す。特に専門医師確保には歴史的に難渋してい ます。例えば医師配置や医師確保の現状は、琉 球大学医学部医局からの派遣と研修病院からの 派遣(実際には県立中部病院・南部医療センタ - から卒後5 年目の医師)に負っています。派 遣される卒後5 年目の医師はまだ専門医への過 程であり、自らの医師のアイデンティティが確 率されておらず、精神的にも不安定で、またこ の時期には専門知識の習得に意欲旺盛な時期と いう特徴があります。

平成21 年7 月からは内科医師不足のため沖 縄本島私立病院からの応援医師派遣が始まりま した。中頭病院から県立宮古病院に内科医師1 名が派遣され、豊見城中央病医院から県立八重 山病院に内科医師1 名派遣されました。この2 つの医師派遣事業は、県病院事業局、群星研修 センター、地域振興協会の協力支援により可能 となりました。それ以降今日まで、中頭病院か ら宮古病院に3 〜 6 ヶ月交代で内科医師が派遣 されています。この民間病院の協力でも離島医 療、特に宮古病院内科は大きく支えられていま す(図2、3 を示します)。

図2

図2

図3

図3

島外からの専門医派遣による医療相談とし て、1)琉大専門研修センターから、消化器内科、 精神神経科、神経内科、腎臓内科、血液内科、 呼吸器内科の専門医師らが 各々年に1 〜 3 回 教育巡回回診をしています。2)小児科心臓専門 医の専門医相談事業として、沖縄県立南部医療 センター・こども医療センターから専門医師ら が年に2 回主に先天性心疾患の超音波による検 査と評価をしています。 3)病理カンファランスも月に1 回開催されております。 これは、平成16 年9 月より琉球大学病理学教室より病理専 門医師(吉見直己教授)が派遣され開始されました。

第二部:離島医療を考える 離島医療の危機は ひょんなところから発生する!

平成24 年7 月から8 月にかけて県立宮古病 院内科医師が様々な事情(移動、退職、病休な ど)により4 名欠員という事態に陥りました。 その時、当院内科は潰れかかりました。ドミノ 倒しという事態になりかかりました。しかしな がら沖縄県内の県立、民間病院の医師応援派遣 により何とか持ちこたえました。どのように連 携し、持ちこたえたのか当時の模様を伝えます。 (図4)

図4

図4

次のように応援体制ができました。1)南部医 療センターより1 カ月交代で消化器内科医師派 遣⇒現在まで続いている。2)沖縄県立中部病院と 南部医療センターより週1 〜 2 回の呼吸器専門 医師派遣し外来診療。3)浦添総合病院より内科 総合医・救急医を派遣4)沖縄協同病院より内科 総合医派遣5)沖縄県立中部病院より内科医師を2 〜 5 日交代で派遣。6)沖縄県立中部病院後期研 修3 年目を宮古病院で行う(3 年目研修医派遣)。

そうして平成24 年9 月17 日〜平成25 年3 月19 日の期間に、沖縄県立中部病院 内科応援 医師総勢22 名(のべ応援医師数47 名)、沖縄 県立南部医療センター内科応援医師9 名(のべ 応援医師19 名)、浦添総合病院内科応援医師6 名(のべ応援医師8 名)、沖縄協同病院内科応 援医師1 名、が派遣、その他にも土曜日・日曜 日の当直応援などこの中には入れていない応援 もありました。平成24 年9 月17 日〜平成25 年3 月19 日の期間に沖縄県立中部病院、沖縄 県立南部医療センター、浦添総合病院、沖縄協 同病院、4 病院からの内科応援医師総数は38 名(のべ応援医師総数75 名)でという壮絶な 応援体制となりました。この応援医師の数をみ ても離島中核病院の医療を支えることがどれほ ど大変かが分かります。

中部病院医師への応援業務内容は、1. 新患外 来の対応、2. 救急室内科コンサルト(内科入院 適応の判断、入院指示書き、入院ノート、等)、 3.ICU/ 重症患者のサポート、カバー、4. 当直、 5. オンコール、6. 外来、病棟で発生する雑務など、でした。 まとめると、南部医療センター医 師らには1. 消化器内科専門医の応援、2. 呼吸器 内科専門外来の応援。県立中部病院、浦添総合 病院、沖縄協同病院の医師らには3. 病院内科総合医としての応援、が主な業務でした。 病院内科総合医としての応援業務とは、1. 新患外来の 対応2. 救急室内科コンサルト(内科入院適応の 判断、入院指示書き、入院ノート、等)3.ICU/ 重症患者のサポート、カバー、4. 当直、5. オン コール、6. 外来、病棟で発生する雑務などでし た。このことが離島応援業務にはかなり重要で あることが今回で明確になりました(図5)。

図5

図5

沖縄県立中部病院の研修プログラムは、開設 当初から一貫して第一線の初期医療を提供でき る総合医研修であることは、全国的に有名で、 すでに周知されてきたことですが、ここにきて、 この研修事業により研修を受けた優秀な総合医 的医師らが宮古島の離島医療の危機を一時的に 助けてくれたのです。ことを実感として今回強 く肌で感じました。

日本プライマリ・ケア連合学会の提唱してい る病院総合医とは、

  • 1)内科系急性期病棟診療+病棟を管理運営
  • 2)病院一般(総合)外来や救急外来で独立診療
  • 3)病院の運営や管理に貢献
  • 4)総合診療領域の教育や研究でも地域社会に貢献

修得すべき中核的能力(core competency)として

  • 1)内科を中心とした幅広い初期診療能力(1次2次救急を含む)
  • 2)病棟を管理運営する能力
  • 3)他科やコメディカルとの関係を調整する能力
  • 4)病院医療の質を改善する能力
  • 5)診療の現場において初期・後期研修医を教育する能力
  • 6)診療に根ざした研究に携わる能力

を掲げています。このことは今後の日本の医療 を考えていく上で大変重要なことだと思います。

内科医師応援医師総数38 名、内科のべ応援 医師総数75 名、の応援を持ってしても12 月 以降、残った内科医師らの入院患者の受け持ち 数、外来患者受け持ち数は減らず、やはり最終 的には継続して患者のケアができる常勤医の存 在が強く望まれました。(図6)

図6

図6

第三部:今後の県立宮古病院は…

離島を抱える沖縄県の医療は卒後5 年目の若 手医師らとこれまで勤務してきた老兵医師らで 支えられているのが現状です。若手医師の悩み として、専門医への過程・途上であること、離 島病院での勤務期間が離島病院が研修、教育病院でないために専門医への資格取得にカウント されないなど、専門医への道が遅れがちになる という特徴があります。また専門研修を受け入 れる施設が県内に不足し、一度県外に出れば県 内での勤務ポストが心配などがあります。

離島診療所医師像は?総合医、プライマリー ケア医、かつ家庭医であり、僻地中核病院勤務 医師像は専門医かつ内科系・外科系当直のいず れかの初期対応のできる総合的な医師が望まれ ます。まとめると総合診療専門医が離島医療・ 地域医療の要となりえることは間違いなく、専 門医と総合専門診療医との住み分けが重要にな ります。将来の宮古病院の医師確保を考えると、 病院を担う若手医師の教育・育成が重要であり、 そういった医師を教育するシステムを宮古病院 自身が持たないといけない(自立の精神)、宮 古病院を研修病院にしていく、多くの病院総合 医・専門医師の派遣も重要、総合診療専門医と 基本診療科専門医師育成システムをどう構築す るかにより大きな展望と夢が拡がっていくもの と考えます。

新しい宮古病院が平成25 年6 月1 日オープンしました。(図7)

図7

図7

新らしい宮古病院には宮古島市との連繋が構 造的にみられます(同じ建築物内に宮古島市休 日夜間救急診療所と宮古病院救急室が併設され ている)。「救急医療」の在り方です。このこと は画期的なことだと考えます。地域医療の根本 はそこに住む地域住民との強いつながりで支え られるからです。まだ役割分担は不十分ですが、発展整備されていく可能性を大きく秘めており ます(図8)。

図8

図8 沖縄県立宮古病院と宮古島市休日夜間救急診療所との連携

宮古島市休日夜間救急診療所の中には宮古病 院電子カルテシステムの一部利用も配置され、 今後の宮古地区医師会との連携の拠点になるこ とが大きく期待されています(図9)。

図9

図9

マスコミとの懇談会
今帰仁診療所院長 石川 清和
石川清和

北部は12 市町村で構 成され、沖縄本島の2/3 を占める広い地域に人 口約12 万人が住む過疎 地である。宜野座村の 一部、恩納村、金武町 の住民は主として中南 部で医療を受けており、 北部地域で医療を考えるときに行政が足並みを そろえることを困難にしている。県立北部病院、 北部地区医師会病院がある名護市に医療資源が 集中している一方、4 つの無医地区の存在や、 国頭村からの救急病院への搬送に1 時間以上かかる、離島・へき地における専門医療受診がで きない等の医療格差が生じている。(図1)

図1

図1

人口減少と高齢化の進行

沖縄高等専門学校や名桜大学の開設によって 名護市以南の人口は漸増傾向にあるが、名護よ りも北の地域においては人口減少傾向が持続し ている。また、名護より北の地域においては高 齢者人口割合が約25%〜 31%となっており老 人独居世帯や老夫婦世帯の増加があり、買い物 弱者、老老介護、孤独死などの新たな健康問題 を生じ、喫緊の対策を必要としている。(図2)

図2

図2

北部医療の現状

北部地区では産科医の不足から約3 割の妊婦 は中南部で出産しており慢性的な医師不足の状 況にあったが、ここ数年は内科医の減少や、医 師の高齢化が進行し医師不足は危機的な状況に ある。(図3)

図3

図3

産婦人科医不足によってハイリスク妊娠や異 常分娩については地域において診療ができない ため、中部の総合周産期母子医療センター等で の受診や緊急搬送を余儀なくされている。また、専門医や内科医師が不足しているため、中南部 地区への患者の流出が年間で24%あり地域医 療にさまざまな問題を生じている。(図4)

図4

図4

北部地域の救急医療は県立北部病院と北部地 区医師会病院の2 つの病院が担っているが、内 科医師数の減少があり、数年前から県立北部病 院の夜間救急外来でWalk in 患者の受診制限を 行っている。これらの患者が医師会病院に流れ ることによって医師会病院の医師の疲弊も生じ ている。勤務形態が苛酷になることにより、医 師の流出が起こり、さらに医療の継続が困難に なる負のスパイラルが起こっており、北部の医 療も危機的な状況にあると考えられる。

慢性的な医師不足の原因として医師が循環す るシステムが整備されていないため北部に対す る強い思いがあり、10 年以上勤務した医師が、 中堅の医師が赴任してこないため、疲弊し退職 するケースが増えてきている。また研修(初期・ 後期)を受ける医師は確保されても、その後の スキルアップ教育の体制が不十分なことが指摘されている。(他の地区の病院へ学びを求め、 その後北部に帰ってこないこともある)。

病院の規模、地域患者数の問題

県立北部病院275 床(届出病床:293 床)、北 部地区医師会病院236 床と中規模の病院が、そ れぞれ救急、一般診療を行っている。外科に関し ては、両病院の競合が発生している。(図5)過 去に両病院に脳神経外科が存在した際には競合 していた。北部地域の脳神経外科患者数は一定 であり、二つの病院で診療を行うことにより競 合した経緯がある。そのような状況が起こった場 合、個々の病院の医療効率が低下すると思われ る。これらの問題を解決するには北部地域での 医療機能を統合することが一つの解決策である。

図5

図5

北部での取り組みについて

中堅医師が北部に定着しない理由の一つとし て教育環境の問題がある。進学校がないために 子供の教育のために中南部に住居を求める医師 が多い。北部での進学校の整備も早急に取り組 むべき課題である。また、医学生の研修を受け 入れ、地域住民との交流などを通して、北部の 現状を若い世代の医師に理解してもらうことも 重要だと考えている。さらには北部から医学部 へ入学した学生への奨学金制度等の設立などに よって北部の教育環境改善も目指していく必要 がある。これらを取り組むためには、北部市町 村をまとめている北部広域圏事務組合との連携 は重要である。行政と一体になって、若い医師 が働きやすい環境を整備し、魅力ある病院を作 ることが北部の医療を再生する道だと考える。

質疑応答

○玉井理事

これまでの話でマスコミの方から聞いておきたいこと、質問はございますでしょうか。

○大城氏(エフエム沖縄)

大城氏

私が伊江島出身で、 女房が宮古島出身とい うことで共に離島で何 かあった場合、お医者 さんが大変な思いをす ることを知っているつ もりですが、今日の話 を聞いて先生方が医療を支えるという強い使命 感で支えられているんだと思いました。

本永先生の話の中で総合診療医の育成が大き な鍵になってくるのかと思いました。記憶が曖 昧ですが、以前厚生労働省の在宅医療の増加を 見越して総合診療医の育成に本腰を入れるとい う記事をみたような気がしますが、その後総合 診療医の育成に関して整えられたのでしょうか。

○本永先生

2010 年に日本プライマリ・ケア学会、日本 家庭医療学会、日本総合診療医学会の3 つが日 本プライマリ・ケア連合学会となり、積極的に 外国の家庭医療教育システムを学びそして導入 を図りながら日本型のプライマリ・ケアの技術 向上の普及に邁進しております。それがネット を通して全国的に広がり共感を呼び、これまで にないプラリマリ・ケアの原動力が生まれてい ます。沖縄県の離島医療は20 年前から自治医 大卒業生が中心となっていましたが、中部病院 に卒後後期臨床研修コースにプライマリ・ケア 医コースがあり、プライマリを研修した医師ら が沖縄県内離島に派遣されるようになり、自治 医大と並んで離島医療を支える力にもなってお ります。そういった環境からもプライマリ・ケ アの総合診療医が育っていきます。このような ことが各都道府県に広がっていきました。プラ イマリ・ケア連合学会の総合診療医たちが、各々 学習したことをインターネットを通して交流を 図り情報を共有していけば、地域医療の知識の 蓄積となり、それは宝となります。そのことは地域住民の健康を支える日本の医療の素晴らし い展開・発展へと繋がると期待して良いと思っています。

離島医療と言えば、医者の個人的性格に負う ことが多く、離島医療に燃えている人とか、忍 耐強い人とか、人道愛に燃えている人とか、そ ういう医師らが離島医療を支えるというヒーロ ー的なイメージがありました。しかしプライマ リ・ケア連合学会は、教育の中で住民に必要な 医師養成ができる、そういうことを暗示してお り、そういう潮流が生まれています。つまり個 人の性質に負うのではなく、教育が医師を育て るということになります。当たり前の医者とし ての教育をしていれば総合的な視点を持った人 間的な医者が育つ、ということです。教育も1 対1 でマンツーマンの教育の仕方と屋根瓦式の 濃い内容の教育が非常に良い形になっていきて いるので、今年4 月に厚労省が総合診療専門医 という概念ができました。総合診療医専門医を 養成し国民に必要な医師育成をしようというこ とになってきたのではと思っています。

○玉井理事

本件に関しては医師の養成機関であります琉 球大学医学部附属病院地域医療システム学講座 教授 小宮先生からもコメントお願いします。

○小宮先生

小宮先生

大学附属病院として は、機関病院である宮 古病院までは医師の派 遣はできていますが、 その先の離島診療所に はできていないのが現 状です。今後の離島医 療を担うであろう地域枠学生は琉大では1 学年 12 名在籍しています。教育体制が重要だとい うことでありますので、そういうことでは学内 で協力しながら、地域医療を1 年生のうちから、 早くから教育していきます。

1 学年に12 名いますので、現在約55 名の地 域枠の学生がいます。8 年後には100 名の生徒 が卒業しております。総合診療医に関しては各 大学でも総合診療科というものをつくろうとしていますが中断している大学もあります。琉大 としては学生のうちで地域医療教育をというこ とで頑張っています。

○長濱氏(琉球新報)

長濱氏

平成17 年から平成 20 年に脳外科医師不在 という見出しで新聞に 載って、その裏に隠さ れた部分はなかなか、 メディア紙面に載って こなかったことをお伺 いしまして、もう少し担当医の辛さとか悲しみ とか、そういった面を詳しくお聞かせいただけ ればと思います。





○本永先生

宮古病院に脳外科医師が不在の場合には脳外 科疾患関係の患者が発生すると、外傷が無けれ ば内科医師、頭部外傷があれば外科系医師の方 が主治医となり担当します。大半は内科医師が 担当します。そうして手術が必要なのかを判断 します。30 代の若年患者で意識がなく手術が 適用でない脳出血患者もいます。その場合には 画像を通してコンサルトして患者を搬送して良 いですかと問合せしています。スムーズにいけ ばそれでいいのですが、搬送先病院脳外科が忙 しくて受け入れできませんという場合もあり、 搬送先病院を捜さねばならず業務が増えていき ます。搬送許可が出ても自分が診ている患者を 置いて自分が自衛隊ヘリ搬送に添乗していかな ければいけません。受入先病院が決まらず搬送 できない場合には患者家族に何時間も丁寧に説 明をしないといけません。断られたら、他の病 院を探しますね、といって、家族に再び説明し ていく重々しい事態になります。順調にいけば いいのですが、搬送先病院から手術は無理だか ら適応なしと言われることもありました。家族 としては1%でもいいから、送ってくれと仰る 方もいます。患者家族との重々しいやり取りが 続き精神的な緊張・ストレスが肩にかかります。
そこでも大きな苦労があるんです。

それからこんなこともありました。脳外科医 師が不在の際に、夕方の5 時ぐらいに頭痛の訴えで来院した患者がくも膜下出血だと診断さ れ、担当した内科医師より「沖縄本島の病院に 搬送したい」と自衛隊ヘリ要請しました。とこ ろが沖縄本島付近は風が出て雨が降り悪天候、 という理由で「明日の朝まで待ってくれ」とい うことになりました。主治医になった医者が朝 までICU で診ました。待っているうちに患者 に麻痺が出てきて、意識が低下してくる状態を みて家族へ説明すると家族が怒ってどうして早 く送らないのかと言われました。確かにそう思 いました。ここに「離島苦」という言葉が浮か びました。

脳外科疾患が発生する毎の、搬送病院探しの 雑用も辛いし、家族への説明も辛いし、ヘリ搬 送を待機している患者が悪くなっていく場面に 遭遇するのも辛いんです。大きな心の傷・トラ ウマが残る場合もあり得ます。自分の患者を置 いてヘリ搬送に添乗して行って、戻ってくると 自分の診ていた重症の患者が悪化して仕事が倍 になっていくという悪循環が発生しやすくなり ます。疲労が蓄積されていくのです。1 人の医 者がいなくなると大変です。例えば耳鼻科の先 生がいなくなって鼻出血が止まらないケースも 同じです。1 人の医者がいなくなると次から次 へと悪循環が派生していくんです。こういうこ とがあまり知られていなくて、脳外科の先生が いないという現実と家族が苦しんでいると状況 は伝えられていますが、残って病院を守ってい る医師らの、多くの患者を主治医として診てい る医師らの苦悩は伝えられていません。

そういうことで、自分が診ている患者が亡く なって、患者とのトラブルに巻き込まれたらト ラウマになってもう離島の病院には行きたくな いなとなったりもするのです。

○玉井理事

脳外科は離島だけではなく、本島内でも少な いです。外科系は少ないです。沖縄県医師会理 事の本竹先生は県立八重山病院に勤務され、外 科のドクターです。脳外科もそうですし、産婦 人科もそうだと思いますが、なり手の少ない科の 問題は県ではどういった対応をされていますか。

○本竹理事

本竹理事

4 月から県立八重山 病院の副院長として赴 任している本竹です。3 月までは32 年間県立中 部病院にいました。医 師を派遣する側から今 度は医師を派遣しても らう側になりますが、今宮古病院も八重山病院 も同じ医師不足で、八重山病院は離島を抱える ので、かかるストレスは違うと思いますが、実 は、離島医療は非常に難しいです。本永先生が 仰っているように救急室を受診する患者の多く は一次救急がほとんどです。専門医の診療を必 要とする症例はそれほど多くはありません。従 ってプライマリ・ケアができる医師が多く必要 とします。中部病院ではプライマリ・ケアを専 攻する医師は3 年間研修して離島に行きます が、その先生方は子供も診るし内科も診るし、 縫合も外科処置もします。それぐらいのレベル ができる先生は3 〜 4 年で教育することができ ます。これからプライマリ・ケアを専攻する医 師は増えてくるだろうと思います。離島診療所 ではひとりで診療をおこなうわけですから、3 年間にできるだけ多くの症例を経験させること が重要です。

外科系の話ですが、特に脳外科は絶滅危惧種 です。全国的にそうです。今八重山病院は脳外 科の先生が一人いますが、来年の3 月で退職さ れます。病院事業局の医師確保チームと一緒に 全国をあたっていますが、今のところ目途がた っていません。常に不安定な状態にさらされて いるのが現状であります。外科は脳外科と比べ ると良い方なのですが、それでも将来はわから ないですね。指導する専門医の先生方が宮古と 八重山にいないと外科の若い先生方は外科の専 門医を受ける資格が取れません。専門医が少な い離島に若い先生方が行きたがらない大きな理 由だと思いますが、日本の専門医制度の在り方 にも問題があると思います。

○玉井理事

教育は、指導医という人がいて、その下で研修したという実績を報告しないと学会は認定医 と認めません。結局大きな病院でスタッフも多 い場所でしか認定医の資格を受けられません。 だから、研修医は離島に行きたがらないです。

自分のところで診られない患者さんがいた 場合は離島医療圏ではヘリ搬送が多いのでし ょうか。

○本永先生

搬送する患者は、早急の場合と早急でない場 合で違います。解離性動脈瘤、新生児の心奇形 の場合で、緊急手術しないと命が維持できない 場合は早急になります。その場合は自衛隊ヘリ で搬送します。

早急でないのは、例えば白血病の化学治療は、 宮古病院に血液の専門医はいないので、琉大、県 立中部病院の血液内科に電話を入れて紹介する ことがしばしばです。また整形外科で頸椎ヘル ニアがあって、手術が必要な場合は、大浜第一 病院、豊見城中央病院の専門医師に相談して紹 介することも多いです。この場合には早急でな い場合が多く、民間飛行機で行ってもらいます。

また離島は輸血用血液の備蓄がないんです。 緊急手術で大きな出血が予想される場合は安全 を考慮して、大きな病院にヘリ搬送することも あります。

癌とか高度専門科が必要な疾患があり、その 場合は大学病院などに民間機で紹介します。専 門分化は進んでおり、基本診療の専門(例えば 脳外科、小児科は基本診療の専門)以外に小児 神経医や小児内分泌科などさらに基本専門科は 細かく分かれています。心臓でもそうです。

専門医の話ですが、現在宮古病院で内科の専 門医はとれません。琉大や中部病院の教育関連 施設として内科認定医まではとれます。専門医 取得には内科の専門医が最低3 名必要です。3 名の下で研修しないと宮古病院での勤務期間は 研修期間にカウントされません。外科の場合は 外科学会指導医または消化器外科学会専門医ま たは呼吸器外科学会専門医が1 名常勤でいると いう条件が満たされないと宮古病院では外科の 専門医はとれません。現在の宮古病院は外科の 専門医研修施設として機能しております。もしも専門研修施設として登録していなければ若手 の先生方は行きたがらないです。宮古病院で3 年間勤務しても全くカウントされません。人の 人生それぞれですが、専門医をとって医師とし てのアイデンティティをきちんとしたいという 人もいます。そういう人たちは専門医に目指し ていますので離島勤務期間は研修期間としてカ ウントされない「離島病院には勤務したくない」 ということになります。

私は東海大で専門医をとりました。沖縄では 指導医がいなかったので、八重山病院を辞めて 東海大のリハビリの専門の病院で3 年間勤務し て試験を受けました。琉大とか県立中部病院に 医者を育てるシステムがあれば沖縄で良かったです。

○石川先生

北部では直近の医師を確保しようと人材を探 していますが、県立北部病院と北部地区医師会 病院の中規模の病院が2 つあって、大学病院に しても県立病院にしても両方に医師を派遣する のは難しい状況です。やはり2 つの病院の機能 を統合することが必要になるかなと思います。 北部では広域市町村圏事務組合を中心として、 地域医療の再生計画に取り組んでいます。今あ る2 つの病院をどうするのか、若い先生方がど うすれば北部に来てくれるかアンケートを取っ て医療関係を整備してくことを計画しています。

琉大の地域医療部の学生を研修で受け入れて、 学生の時期から北部で地域住民と触れ合うこと で彼らの思いを北部に残してもらう環境を作っ ていこうとしています。今年の3 月に学生が私 の診療所にフィールドワークに来ましたが、2 日 間ですが一人暮らしのおばあちゃんのところに 泊ってもらいました。おばあちゃんと交流でき て、彼らも非常によかったと言っていました。 このように地道に学生と地域住民の交流に取り 組んでいくことも必要なのかなと思います。

実は私は国費医学生ですが、北山高校出身で、 試験に合格した時に多くの村民から頑張れとい うエールをもらいました。国費でもありますし、 地元に戻ろうと思ってはいましたが、高校まで 北部で育ったこと、多くの励ましの言葉をもらったことが地元に帰って医師をしている一番の 理由だと思います。北部地区の高校出身の医学 部生を育てるために、医師会で将学資金の制度 をつくろうと考えています。北部の子供達は、 学力テストの成績が悪いのですが、自然環境が 豊かでその分のびのび育っているため、競争意 識がないことが問題なのかもしれません。地域 の人達とも協力して教育環境を整えていく事も 検討しています。

○本竹理事

石川先生から非常に重要なことを取り上げて 頂いたのですが、宮古、八重山、北部地区で若 い先生方がある程度残るためには、まず指導医 がいること、十分に症例数があることが必要で す。もう一つは子供の教育環境です。進学を控 えた子供を持つ若い医師達は病院よりも教育の 良い環境を求めて移動しがちです。北部、宮古、 石垣地区には残念ながら進学校を含めた教育環 境は十分でないと考えています。

医療をよくするためには教育環境も関連して いると言うことです。

○安里副会長

安里副会長

県立中部病院にプラ イマリ・ケアコースが あり、自治医大の卒業 生を受けるセクション があります。琉大病院 には地域枠が毎年12 人、8 年後には100 人 になるといわれています。プライマリ・ケアコ ースを含めると毎年20 人近くの人材が確保さ れていきます。ただしそういう人達を育てる環 境、先ほどから出ている「総合診療専門医」を 沖縄全体できちんと育てていく環境づくりが、 今必要で、折角人材が確保されつつ、制度も確 保されつつあるのに、人材を育成していく環境 づくりが急務じゃないかなと感じました。

それから、20 人近くが、離島へき地医療を 担う義務を背負っているわけです。これは小宮 先生にお願いですが、20 人のうち毎年2 名ず つを脳外医と産婦人科医を育成していく環境を つくってほしいです。これは希望です。

○玉井理事

脳外科も、産婦人科も訴訟が多いですよね。

○平良氏(エフエム那覇)

平良氏

私も離島の問題に対 してお手伝いはしてい ますが、医療の問題は 非常にレベルが高すぎ て、厚労省とかユニバ ーサルサービスを考え る国とか、お医者さん の中でシステムができている感じがしていま す。例えばごみの処理を離島で考える場合は地 域も参画して、このゴミをこう減らせば、こう いう風に予算をカットできて、地域参画の組織 はいろいろあるんですよね。ただ、非常に高度 な医療を考えた時に、地域が、どういう風に知 恵を出していくか、参画していくことはどうも 入りにくくて、我々はクレームばっかり言って いる組織になっている気がするんです。地域側 が一緒に知恵を出して問題を乗り越えることは できないかと思っています。そのことを行政に 近い方にお伺いしたいです。

○宮城会長

宮城会長

医療については、地 域の方が参画しにくい と仰ったのですが、で きることはいくらでも あります。医師がなぜ 救急、小児科、脳外か ら離れていくのかは、 ドクターが大事にされていないからです。何か あるとすぐ訴えられる。それが今の現状です。 小児科はちょっと熱が出たら病院にいって、コ ンビニ受診ということで、その地域のドクター が疲弊していく。そのようなことが無いように 地域、親、患者さんは努力をしないと医療は守 れません。ドクターを守らないと地域の医療は 守れませんから、安里副会長が琉大に2 名ずつ 脳外科医師、産婦人科医師を養成してほしいと お願いしていますが、今の学生は危険なところ から逃げていきます。臨床研修でローテーショ ンしていくと選ぶのはできるだけ忙しくないところを選んでいる。医師をどんなに増やしても、 残念ながら、偏在はなくすことは非常に難しい でしょう。

復帰直後の沖縄の医師数は人口比で言うと一 番少なかったが、現在は全国平均を上回る医師 の数になっています。南部医療圏ではそれをは るかに上回って1 千人あたり3 名以上の医師が います。いわゆる欧米並みの医師の数となりま す。その中でも医師不足と言われています。皆 が専門分化をしていって、専門医に診てもらい たいという要望があり、またドクターも自分の 専門領域以外は診ない。はっきりしているのは 小児科です。昔は子供を内科の先生も診ていま した。今は内科医には親が診せないんです。救 急で行って小児科かどうか、内科と言ったら小 児科の先生に診てほしい。小児科医が救急体制 をとる病院は多くありません。自分たちが考え ている医療をどうやったら守っていけるのか、 ドクターを守っていけるのかを考えることが自 分たちが地域医療に参画することになると思います。

○石川先生

皆さんにできることはいっぱいあります。協 会健保の健診データで血圧が180 以上の重症高 血圧の方が800 人ぐらいます。脳卒中などで倒 れてから病院に行く方が一番問題です。倒れる 前に病院に来てくれれば救急でなく、予防的に 治療でき医師の疲弊を予防できます。実は今週 日曜日になごみ会の県民健康フェアで頚動脈エ コーをしますが、この検査で脳卒中とか心筋梗塞 を起こしやすい方を見つけられるんですよ。是 非そういう取り組みを広報してください。ところ で皆さん特定検診受けられていますか?ご自分 の健康状態をチェックして、異常があるのでした ら、食事と運動と酒タバコの生活習慣を見直し、 さらに周りの人の健診結果も気にしてください。 これを会社全体での取り組みにしてください。

それから、医師会で「おきなわ津梁ネットワ ーク」で特定健診の検査データをi pad で見れ るようしています。それを使うと健康祭りなど のイベント等で確認できます。また、健診結果 を見ながらの健康相談を行うことも可能です。
今後はこれを使いながらの健康指導を展開していきたいと思います。

○本竹理事

地域住民の参画の話で、八重山地区では医療 を支援する群民の会が立ち上がっています。救 急室のコンビニ受診が多くて医師の疲弊につな がっています。県立八重山病院の先生方が救急 医療などについて地域で講演をしたりします が、群民の会が住民を集めたりなど積極的に協 力して頂いています。そういうことで実は地域 住民参画はできつつあります。地域住民の参画がそれぞれの地域の県立病院の医師を育て、定 着させることに繋がると考えます。

○平良氏(エフエム那覇)

悩みをどうみせるかは難しいと思いますが、 お医者さんがこれだけ困っているんだというこ とを伝えられる対話の場が必要だと思います。
予防に関しては自分達でもできるんだと思いました。

○玉井理事

これで懇談会を閉じさせて頂きます。ありがとうございました。