沖縄県立中部病院腎臓内科 耒田 善彦
【要旨】
運動後急性腎不全(acute renal failure with loin pain and patchy renal ischemia after anaerobic exercise)は1982 年に石川勲医師により初めて報告された疾患概 念である。短距離走や運動会でのトラック競技などで無酸素運動を契機に発症し腰 背部痛を伴うミオグロビン尿を呈さない急性腎不全である。発症患者の58%の患 者が腎性低尿酸血症であり、ほとんどが若い男性に発症している。急激な運動の後 の腰背部痛・嘔吐を特徴としており、その症状から救急室を受診することが多く、 初診時診断においては尿路結石・急性胃腸炎と診断される事も多い。安静と保存的 加療にて軽快する腎予後は比較的よい疾患ではあるが、再発症例や、治療中に透析 が必要になる症例もあり注意を要する。
【はじめに】
1982 年に運動後急性腎不全(ALPE)とい う疾患概念が提唱された1)。これは、従来の横 紋筋融解症に伴うミオグロビン尿性急性腎不全 とは異なり、非ミオグロビン尿症による腎不全 で、発症機序としては無酸素運動が契機となり 腎の弓状動脈・葉間動脈レベルの血管攣縮がお きる為と考えられている。2002 年にURAT1 のクローニングとともに腎性低尿酸血症に本症 が発症しやすいことが指摘され注目されるよう になっており、発症患者の58%は家族性腎性 低尿酸血症であり尿酸と血管攣縮の関係が注目 されている2)。低尿酸血症に伴い尿酸のフリー ラジカルスカベンジャーとしての機能が低下し て活性酸素の除去不全による血管攣縮で発症す ると考えられている。その他にもさまざまな説 があり、今後の基礎研究・臨床研究の結果が待 たれる疾患である。
本疾患は若い男性の急激な運動の後の腰背部 痛・嘔吐を特徴とし、来院時には急性腎不全を 発症している。その症状から救急室を受診することが多く、初診時診断においては尿路結石・ 急性胃腸炎と診断される事も多い。腎予後は良 好な疾患ではあるが急性腎不全の原因として本 疾患の存在を念頭におかないと原因不明の腎不 全として対応に苦慮する。
この疾患が提唱されてから30 年が経過して おり、現在では日本のみならず海外からの文献 報告も増えており疾患概念として確立されつつ ある。救急初療に携わる医療者には是非、知っ ておいてほしい疾患である。これまでに5 症例 を経験しており、当院での本疾患の臨床上の特 徴ならびに文献から得られる全国での状況につ いて述べる。
症例1):40 歳男性
主訴:痙攣重積後の尿量低下
現病歴:脳出血後の症候性てんかんで、4 年前
にも痙攣重積で原因不明の腎不全を発症した既
往あり。その際は精査行うも原因はっきりせず
自然軽快している。
痙攣重積にて救急受診、フェニトイン・ミダゾラムを使用してICU にて人工呼吸管理施行 していた。
入院後より尿量低下あり、CPK 正常もクレ アチニン2.5mg/dl と上昇あり。
尿中尿酸排泄率上昇認め、痙攣による嫌気性 運動後の腎不全であり、以前にも同様の腎不全 のエピソードありALPE を強く疑った。
造影剤注入行い、24 時間後単純CT 撮影に て両腎での造影剤の楔状残存あり診断してい る。経過中に、クレアチニン最大値4.6mg/dl となったが保存的加療にて徐々に腎機能改善し 約10 日間で正常化した。
図1 CT 画像と説明
腹部CT( 造影剤注入後24 時間後の撮影)造影剤が線状に排出されている部分と楔状に残存している部分がはっきりしている。この疾患における画像所見の特徴と言われている。
症例2):29 歳男性 主訴:背部痛
現病歴:観光旅行にて遊泳中に溺れるも自力で
浜まで泳ぎ、海水を飲んだとの事で救急搬送
へ. 両背部の強い痛み有り尿路結石など疑われ
超音波検査・画像検査されるも原因不明であっ
た。CPK の上昇はなく血尿もミオグロビン尿
も認めなかったが、受診の時点でクレアチニン
2.1mg/dl と腎不全認めた。その後も数時間の
経過で腎不全進行し、嫌気性下での運動と病歴
よりALPE 疑い入院となった。第3 病日にク
レアチニン10.5mg/dl と上昇あり乏尿になった
為、血液透析施行し計6 回血液透析施行. その
後、徐々に尿量増加して腎機能も改善し第21病日には正常化した。
我々が経験した5 症例のまとめを表1 に示す。
表1 ALPE5 症例のまとめ
1)運動後急性腎不全(ALPE)の臨床的特徴
表1 からわかるように、若年男性に好発して おり、全国集計で中央値19 歳となっている。 221 例を集計した全国調査でも90%以上は男 性であり、男性に好発する原因に関してはよ くわかっていない2)。表2 にALPE と、横紋 筋融解症に伴う腎不全の鑑別点を挙げている。 ALPE は短距離走などの無酸素運動を契機に発 症する事が多く、通常は200m 走や運動会の徒 競走などが原因となっている2)。運動後数時間 の経過で急激な腰背部痛を訴える人や、運動し た日の夜間就寝中に痛みで目が覚めて救急室を 来院することもある。1 年の中では5 月と9 月 に多いとされており、学校などでの運動会など のイベントの多い時期と重なっている3)。全国 集計においても運動会で発症した子供の症例も あり、小児科の医師も経験する疾患である。無 酸素運動状態で短時間の運動を繰り返すことで 発症することもあり、我々は患者搬送に忙しか った看護師の勤務後の発症を経験している。日 常の仕事の中でも発症しており注意を要する。
後で詳細に述べるが、約6 割の患者は腎性低 尿酸血症の患者であり、本邦における腎性低尿 酸血症の頻度は0.15%〜 0.4%で多いとされて おり、家族歴や検診での尿酸値などの情報も重 要である。しかしながら腎性低尿酸血症を伴わ ない症例も多いことより、尿酸値のみでの疾患 の鑑別はできない。
さらにALPE は同様の運動での再発症例も あり当院でも症例1)は再発した症例であり、診断の一助となった。文献によると6 回の再発 をおこした症例もある3)。腎性低尿酸血症の患 者は、発症後の再発率は29%と言われており、 再発リスクは高い。
また多くは腰背部痛や嘔吐などの症状があ り、腰背部痛はかなりの痛みで、救急室の初期 診断では尿路結石や急性胃腸炎などの診断がつ くことが多い。この際に安易にNSAIDs の使 用は避けるべきであり、病歴からALPE を疑 うべきである。痛みのコントロールにモルヒネ まで使用する事もあり、痛みの原因に関しては 腎血管の攣縮に伴う痛みとされている。
ALPE は通常は乏尿になることは少ないと されているが、20%程度の症例では透析加療が 必要になることもあり入院中も慎重な対応が必 要である。
表2 運動が原因の腎不全
表3 運動後急性腎不全(ALPE)と
横紋筋融解症に伴う腎不全の鑑別
2)ALPE の診断
診断に関しては病歴が特徴でもあることより 重要である。若い男性が無酸素運動後に、数時 間の経過で急激な腰背部痛・腹痛・嘔吐を訴え、 原因のはっきりしない急性腎不全がある際に疑 う疾患である。運動してからの症状の発症まで には時間差があることも多く、多くは3 時間か ら12 時間後である。運動した日の夜間の就寝 中の発症もあり、この際にはしっかりと前日の 運動に関して病歴聴取しておかないと診断でき ないこともある。尿検査で血尿を呈する尿路結 石・腎梗塞ならびに横紋筋融解に伴うミオグロ ビン尿がないことを確認し、腹部超音波で大動 脈やその他の臓器疾患は否定しておくことは言 うまでもない。
画像診断に関しては症例1)に示したような造 影剤40cc を注入後24 時間の単純CT で造影剤 の楔状の残存が見られるとされている。その他 にもシンチグラフィーや造影超音波検査なども 有用とされている4)。高度腎不全の場合の造影 CT は好ましくなく、腎機能回復期に上記検査 を行い確認する方法がよい。
腎生検に関しては、この疾患の典型とされる 病理組織像自体がなく、他の疾患を疑った際な どに考慮されるが通常は行われない。
その他にも運動負荷後の可逆性の腎血流の低 下から診断した症例などもある5)。
画像診断や腎生検などに関しては、病歴より ALPE が強く疑われれば必要ではなく当院で も全例には施行していない。病歴と臨床経過が 診断に重要な疾患である。
3)ALPE の発生機序ならびに腎性低尿酸血症との関係
この疾患の発生機序としてはまだ不明な点が 多く、無酸素運動の際に使われる筋肉のタイプ 2 筋繊維の障害により腎血管を攣縮させる物質 が発生するという説があるが具体的な物質の同 定には至っていない2)。
また腎性低尿酸血症の患者は約50 倍ALPE を発症しやすく、再発リスクも高いことは分かっている。腎性低尿酸血症は尿酸の近位尿細管 での再吸収の低下や分泌亢進による尿酸クリア ランスの亢進がある病態で尿酸値は一般的には 2.0mg/dl 以下になる。尿細管トランスポータ ーの異常とされていて、URAT1 遺伝子変異の 頻度が多いとされている6)。2002 年にURAT1 のクローニングにより腎性低尿酸血症とALPE の関係が注目されており、本邦においては腎性 低尿酸血症の患者が0.1 〜 0.4%と多い事より ALPE の症例報告も多いと考えられている。
腎性低尿酸血症の患者に発症しやすい説明と しては急性尿酸腎症による尿細管閉塞や低尿酸 血症によって尿酸のフリーラジカルスカベンジ ャーとしての機能が低下し活性酸素の除去不全 による血管攣縮などが考えられている。しかし ながら急性尿酸腎症に関しては腎生検された症 例でも報告はほとんどなく、当院での腎生検例 でも尿酸結晶による尿細管の閉塞は確認できな かった。このことより急性尿酸腎症による説明 のみでは困難であり、現時点では血管攣縮に伴 う病態で説明するのが最も説明しやすいとされ ているが、キサンチン尿症での低尿酸血症の患 者ではALPE の発症はなく、腎性低尿酸血症 のない患者でもALPE は発症していることか らも発生機序に関しては未だ不明な点も多い。
4)治療法ならびに予防法
本疾患に関しての治療に関しては現時点では 保存的加療しかない。長期の腎予後に関しては 分かっていないが、1 回のエピソードに関して は腎機能障害を残さないとされている。しかし ながら先に述べたように、患者の中には再発し ている症例も多く、このような患者での長期予 後に関してはわかっていない。
また本邦には家族性低尿酸血症の患者も多 く、多くは無症候性であるが、ALPE のリス クに際しては説明しておく必要がある。運動時の準備運動の重要性を伝えて、無酸素運動は避 けるべきであり、脱水状態、風邪、運動前の NSAIDs の使用なども危険因子とされている。 抗酸化物質としてビタミンC・A・E などの使 用も十分なエビデンスがない。現時点において はリスク回避をする事以外の予防はないとされ ている。
【最後に】
救急救命センターのある病院で勤務する中 で、本島ならびに離島においてもALPE 症例 を経験しており決して稀な疾患ではない。病 名を知っていれば典型的な症例では診断はつ くが、知らないと対応に苦慮するので注意されたい。
また多くの症例が小児や若い年齢での発症で ありスポーツ医学の観点からも今後の臨床・基 礎研究の発展の待たれる疾患である。
参考文献
1) Ishikawa 1, et al : Acute renal failure with severe
loin pain and patchy renal vasoconstriction. Eliahou
H, ed.Acute Renal Failure, Libbey,London, 1982, 224-
229.
2) 急性腎不全:診断と治療の進歩 特殊な病態とその対
応 6 運動で生じる急性腎不全 石川勲 日本内科学会雑
誌 第99 巻 第5 号 P56-62 2010
3) Ohta T,Sakano T,Igarashi T,Itami N,Ogawa T,
ARF Associated with Renal Hypouricemia Research
Group:Exercise-induced acute renal failure
associated with renal hypouricaemia:results of a
questionnaire-based survey in Japan. Nephrol Dial
Transplant 19 : 1447-1453, 2004
4) 運動後急性腎不全(ALPE) 石川勲 Gout and Nucleic
Acid Metabolism Vol.34 No.2(2010)P145-P157
5) 腎性低尿酸血症における運動後急性腎不全の発症機序
に関する考察 日本小児腎臓病学会雑誌 22(2), 147-
151, 2009
6) 膜輸送体蛋白と尿細管異常の進歩6 低尿酸血症 市田
公美ほか 日本内科学会雑誌 第95 巻 第5 号 p86-90
2006
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(59.背部痛)を付与いたします。
問題
次の設問1 〜 5 に対して、○か×でお答え下さい。
高気圧酸素治療
〜琉球大学病院での治療の実際〜
問題
次の設問1 〜 5 に対して、○か×でお答え下さい。
正解 1.○ 2.× 3.○ 4.× 5.○
解説
問1.ランダム化比較試験のメタ解析によって治療効果が確認されている。
問2.臨床試験で明らかなものはない。
問3.1 つしかなく、これでは著効を示している。
問4.ほとんどの軟部組織や骨で有効性が示されているが、脳ではランダム比較試験での確認がなされていない。
問5.ランダム化比較試験のメタ解析で高い治療効果が示されている。