沖縄県医師会災害医療委員会委員長 出口 宝
去る6 月27 日(木)日本医師会館において、 標記連絡協議会が開催された。本協議会では、 日本医師会ACLS 研修の活性化、並びに各県 における災害時医療救護協定の現況について報 告があった。また、災害医療研修では、地域に おける災害医療体制構築、医師会における災害 対応組織づくりについて、それぞれ専門的な立 場より講和が行われたので、以下に会議の模様 を報告する。
開会・挨拶
横倉義武日本医師会長
現在、日本医師会では地域医療の再興を政策 テーマに、第一の目標をかかりつけ医を中心と した切れ目のない医療介護の体制について、そ れぞれの地域で構築していくことにある。高齢 化の進展により、傷病や体調の急変等により、 その初期対応が重要になってくる。かかりつけ 医には最新の医療情報を熟知し、変化に対する 総合的な能力を有することが求められる。その為にも、すべての医師には救命処置を継続的に 研鑽していただきたいと考えている。本日は、 日本医師会ACLS 研修の見直しと、今後の活 性化を中心に救急医療について協議頂きたい。 また、災害医療については、南海トラフの問 題が近々に起こる可能性が指摘されているが、 JMAT が携行すべき医薬品リストの提示や各県 における災害時医療救護協定の現状について説 明を行う。また、昨年3 月・7 月に引き続き災 害医療研修として、医師会における災害対応組 織づくり(Incident Command System)等をテ ーマに企画をしている。
地域医療の再考が、結果として災害医療の対 応能力を高めることになる。震災の教訓を大切 に活かしながら、次の大災害に備えていきたい。
救急医療について
日本医師会ACLS(二次救命処置)研修
石井正三 日本医師会常任理事
日本医師会では、医師による効果的な救命処置・治療の実施を推進し、救急患者の救命率及 び社会復帰率の向上に資するべく、標記研修を 実施している。本事業の基本理念の主なものと しては、(1)ACLS 研修を、日本医師会の生 涯教育に位置づける。(2)医師による救命処置・ 治療実施の意義を訴え、それを推進する。(3) わが国のACLS 教育の整合を図る- 等である。 2012 年3 月に纏められた「救急災害医療対策 委員会」報告書において、研修会指定数、修了 証交付者数が減少傾向にあり、また、修了証 交付者の年齢や属性に偏りもみられることや、 CoSTR2010 及び日本版救急蘇生ガイドライン の策定、救急蘇生法の指針(医療従事者用)の 改訂を契機に、医学的な内容変更と同時に、学 習目標・到達目標、教育内容を見直すべきであ ると提案している。さらに、各都道府県医師会 等への周知活動や小児や虚血性心疾患などのオ プション研修の充実等を提言した。
その後、日本医師会ACLS 運営委員会にお いて審議の上、本研修要綱を一部改正し、本年 7 月1 日より施行する。
説明の後、大阪府医師会や愛知県医師会から、 インストラクターの数がある程度養成されたの で、近年は県医師会主催という形ではなく他団 体(病院など)が開催した研修を日医ACLS と して認定しているとの説明があった。日医とし て開催団体から申請をして頂くことを勧めてい るとの事であった。また、熊本県等から日本医 師会ACLS 事業の普及促進の観点から一部名称 の変更や日本救急医学会ICLS に準ずる等、追 記表現を改めては如何かとの意見があった。
災害医療について
石井正三 日本医師会常任理事
・JMAT の環境整備について
次の災害に備えJMAT の環境整備について は、1)災害時医療救護協定の締結(医師会・行 政等間、医師会間)、2)防災行政への医師会の 参画、防災計画へJMAT の位置づけ、3)「5 疾 病5 事業」へのJMAT の位置づけ、4)災害時医療救護計画やマニュアルの策定、 5)平常時からの関係行政機関や団体との連携(特殊災害関 係、交通関係、ライフライン関係)、 6)地域の災害リスクの評価- 等の環境整備を推進する必要がある。
・JMAT 携行医薬品リスト(Ver.1.0)について
JMAT が被災後1 週間以内に被災地入りする 場合、初期対応として準備することが望ましい 携行医薬品の指針を提示する。
携帯する薬剤選定の必須条件としては、 1)大多数の医療従事者が知っていて扱いやすい。 2)値段が安価である。3)流通上のフローとストッ クで確保しやすい- の3 項目を考えている。
予想される首都直下型地震そして南海トラフ 巨大地震では、3 〜 7 日、状況によっては1 ヶ 月以上の薬剤の不足及び供給低下が予想される ため、それまでの間は携帯する薬剤で初期の避 難所の巡回診療や被災者への医療活動を行うこ とが求められる。
指針は、春や秋を想定した災害で大よそ 1,000 人規模の地域の避難所(5 カ所程度)へ 行き、1 週間で約300 人程度を診察する。1 人 あたり最大3 日分処方することを想定し、「A: 成人基本セット」として提示する。また、リ ストは「B:精神科」「C:妊婦緊急搬送」「D: 小児科」「E:簡易診断」「F:緊急用薬剤」「G: 消毒関係」「H:特殊際災害関係」まで分類化し、 まとめていく方針である。
なお、今回のリストはバージョン1.0 と位置 づけ、公表後、全国の医師や医師会、関係学会・ 医療関係団体などからの意見を受け、随時バー ジョンアップを図っていく。
・平成25 年度「災審医療に関する調査」結果
概要
本年5 月1 日現在を基準に各都道府県医師会 と都道府県行政との医療救護協定等の状況を把 握すべく、各県医師会を対象にアンケート調査 を実施した。(回答率100%)
調査結果
・他の都道府県医師会との間で災害時の相互支 援協定を締結しているのは17 医師会に留ま り、26 医師会が未締結、4 医師会が具体的な 予定はないが検討中であると回答した(1))。
1)
・全ての都道府県医師会が行政との間で災害時 医療協定を締結していると回答した。
・本会は平成20 年3 月付、沖縄県との間で締 結した『沖縄県と(社)沖縄県医師会におけ る災害時の医療救護に関する協定』がある。
・「災害時やむを得ない時は、都道府県知事等 からの要請がなくとも医師会の判断で救護班 を派遣でき、事後報告を行えば要請があった ものとみなし、知事等が経費等を負担する」 とした協定を都道府県行政と締結しているの は33 医師会だった。しかし、「県外派遣規程」 の条文が盛り込まれているのは10 医師会に留まった(2))。
2)
・本会の締結の協定では、現状、県外派遣に関 する規程がないため、今後、県外派遣の対応ができるよう県行政と調整していきたい。
・ 都道府県との協定を定期的に見直しているの は13 医師会にとどまり、30 医師会が協定の 形骸化の懸念や課題があるとした(3))。
3)
・本会の締結の協定においても、有効期間は1 年と定められており、定期的な見直しの条文 はないため、双方からの意思表示がなければ、 協定は延長される。
・医療関係団体との間で災害時医療協定を締 結しているのは、7 医師会(三師会、看護協 会、栄養士会、日赤支部、医薬品卸組合、ア マチュア無線連盟支部)で、締結に向けて具 体的に協議中が4 医師会、検討中が5 医師会、 31 医師会が締結していないと回答した(4))。
本会は、現時点で関係団体との災害時医療救 護協定、応援協定等は締結していないが、今 後具体的な協議を進めていくこととしている。
4)
・JMAT の組織化について、災害時対応マニュ アルや行動計画を策定したのは25 医師会あ り、事前登録制などの関しては、19 医師会が事前登録制や研修会・訓練の実施、薬剤師 会、看護協会等との連携を挙げた(5))。
5)
・ 本会は、東日本大震災の教訓を活かし「沖縄 県医師会災害医療計画並びに地区医師会災害 医療計画」の策定や災害医療研修会を開催し ている。また、今年度は沖縄県医師会医療救 護班(JMAT)の事前登録を開始する予定である。
・ 都道府県防災計画におけるJMAT の位置づ けは、8 医師会が位置づけられている。また、 医療計画(5 疾病5 事業の「災害時における 医療体制」)におけるJMAT の位置づけは、 20 医師会が位置づけられていることが分かった(6))。
6)
・本会は、平成25 年3 月に見直された沖縄県 保健医療計画並びに沖縄県防災計画において 「県医師会災害医療チーム(JMAT)」が明記された。
・災害医療チームに関する研修・教育の実施に ついては、既に実施が9 医師会、本年度中に実施予定が10 医師会あった。その研修・教 育には、17 医師会がチーム医療の観点から 医師以外の職種(看護師、薬剤師、事務職員、 救急救命士、空港職員)も参加対象にしてい ることが分かった(7))。
7)
・本会は、昨年度実施した災害医療研修会にお いて、医師以外の職種(看護職者、業務調整 員(コメディカル、事務員))にも参加いた だいており、今年度も同様に実施することと している。
・JAXA との連携
本年1 月30 日付、JAXA 及び日本医師会は、 非常時通信デモンストレーションの結果を踏ま え、超高速インターネット衛星による災害時の 情報共有手段の確立を目指すべく、さらなる実 証実験を行うことで協定を締結した。また、本 年11 月を目途に、JAXA 合同による防災訓練 を企画し、日医TV 会議システムを併せて利用 する。今回は、南海トラフ巨大地震の発生を想 定して訓練を行いたい。
災害医療研修
1)地域における災害医療体制構築
郡山一明 救急振興財団救急救命九州研修所 教授は、災害医療構築の必要性について、今後 30 年以内の地震確立を考え、次代の医師のた めにも、体制を構築することは、我々に課せら れた責務であると述べ、現在、他地域支援は整 備されつつあるが自地域体制構築の遅れを指摘した。
災害医療はすべての医師のミッションとして 位置づけられるべきものとし、我々医師は「災 害発生ゼロ時」から対応が求められる。そのた め、地区医師会が主体的に体制構築を図ってい くことが極めて重要であると強調した。この他、 直ぐに対応が求められる透析患者(約30 万人) については、地区医師会の中で状況を整理し、 全体として構築することが肝要であると述べ た。また、北九州市では北九州市危機管理参与 を務める傍ら、行政と連携した災害医療計画に おける体制構築についての手引きを紹介した。
2)医師会における災害対応組織づくり(Incident Command System)
永田高志 九州大学大学院医学研究院先端医 療医学講座災害医学助教・日医総研客員研究員 並びに、秋冨慎司岩手医科大学附属病院岩手県 高度救命救急センター助教より、危機管理・緊 急時対応の組織のあり方について、米国で開発 されたインシデントコマンドシステム(個人・ 組織を統制管理し指揮命令するための標準化ル ール)を用いたJMAT の運用や地区医師会で の活用方法について次のように提言があった。
1. 現場に指揮命令に関する権限を委譲する (delegation of authority)
最近の米国の例を挙げると、本年4 月に発生 したボストン爆弾事件ではボストン警察所長が 指揮官となり、消防・警察・医療機関が共同で 緊急時の対応にあたった。本インシデントコマ ンドシステムでは、オバマ大統領といえども現 場に介入することは認められていない。現場に 全ての責任と権限を与えて対応にあたる。この 部分をしっかり押さえなければならない。
2. 組織に関わらず危機管理・急時対応において 基本的な部分を標準化する(ICS 組織図)
事態の大小に関わらず、共通となる組織 機能として、指揮部(Command)、実行部門 (Operation)、計画部門(Planning)、ロジスティック部門(Logistic)、財務管理部門(Finance/ Administration)の5 つを挙げた。現場指揮官Incident Commander は医師会長や上級幹部が 就き、他県JMAT や地域医療救護班は、現場 指揮官の下、実行部門に入り活動を行う。また、 ロジスティック部門には薬剤師、計画部門や財 務管理部門には所属医師会事務局が担当する。
3. 現場活動に対して支部、本部、中央政府は後 方支援に徹する(Coordination)
災害による直接的被害を受けていない支部・ 本部の医師会は、災害現場での活動に対して、最 大限の後方支援を行うことである。JMAT の派 遣調整、情報収集、関係各機関との調整業務、財 政支援、マスコミ対応など数多くの業務を担う。
4. 現場そして後方は共通認識図(Common Operational Picture)を通じた情報を共有
現場及び後方では、情報のギャップが生まれ るものである。それらを埋めるツールとして、 1 枚の地図上に災害の現状を提示し、関係者で 情報の共有化を図ることが必要である。
続いて、秋冨助教からは、災害で大混乱・情 報網が不通となった状況下においても、都道府 県医師会・災害対策本部は全体への指示が求め られると述べ、いかに情報管理を実現するかに ついては、1)ルーチン業務を否定すること(活 動目的と内容を明確化し、全員の意思を方向付 ける)、2)黙っていても欲しい情報があがって くる環境にすること(予め必要な情報を定め ておくことで情報の漏れを防ぐ)3)組織だった JMAT のシームレスな「自立型支援」を計画す ること(現地指揮下で活動を行うこと。現地が 疲労することを防ぐため、申し送り等も組織内 で行うこと。毎日、現地の責任者と会議を行い、 逐次医師会に報告し不足部分を補うこと)を挙 げ、働きやすい環境をシステム化すべきである と提言した。
全体協議
全体協議では、「災害医療コーディネーター 養成校座」や「会員の意識高揚」「医薬品の備蓄」 等について活発な質疑応答が行なわれた。
石井常任理事は、災害医療コーディネーター については、災害の事象によってコーディネー ターは変わって良いと考えていると回答した。 その上で、一人で全てを取り仕切ると言うより もフェーズによってタスクシフトした方が良 く、複合型災害においては、多様な人員によっ てオペレーションすべきと補足した。
また、養成講座については、昨年本協議会を 通じて活用したリソースが既に存在しており、 これ等を活用いただきたいと回答した。また、 依頼があれば担当理事や救急災害医療委員会委 員が講師を引き受けても良いと説明した。また、 救急災害医療委員会委員より日医で映像データ を製作し、各県へ配布した方が全国的な浸透は 早いとの提言があった。
岐阜や岡山県から会員の意識高揚を図るには との質問については、秋冨助教よりそれぞれロ ジスティックの中継地になり得る地域であり、 後方支援拠点になることも考えられる。場合に よっては、数万人単位で被災者を受け入れなけ ればならない。公衆衛生学的支援や栄養学的支 援、保健学的支援、医学的支援等、全体的に医 師会としてマネジメントを求められることもあ るため、災害に対する認識を深めていただき、 会員へ周知いただければと返答した。
医薬品の備蓄についても、秋冨助教から流通 上に少し多めに在庫を持たせるような運用も実 例としてある旨提案があった。
この他、石井常任理事より、本年10 月23 日から25 日までの3 日間、東京国際フォーラ ムに於いて第7 回アジア救急医学カンファレン ス(ACEM2013)を開催する旨紹介があった。
印象記
沖縄県医師会災害医療委員会委員長 出口 宝
平成25 年度都道府県医師会救急災害医療担当理事連絡協議会に出席させて頂いた。
救急医療についての議題の中心は「日本医師会ACLS(二次救命処置)研修の見直しと活性化」 であった。ここで、日本医師会ACLS とアメリカ心臓協会(AHA)のACLS は別ものなのであ る。日本医師会のACLS はAdvanced Cardiac Life Support であり、AHA のACLS はAdvanced Cardiovascular Life Support である。日本医師会にはvascular がないのである。また、日本救急 医学会のICLS とも別もののようでもあるが、中身はこれにほぼ近いのである。さて、今回の協 議でも名称が問題となったがACLS とは別の「日医ACLS」という事で一件落着となった。本題 はそこではない。「日医ACLS」研修会の開催を各都道府県医師会、郡市地区医師会で活性して いこうということである。現在、県内ではICLS コースが定期的に開催されているが、開催回数 や定員に限りがある。本会でも今後いかに「日医ACLS」研修会を活性化していくかが課題である。
災害医療では、南海トラフ地震が30 年以内に発生すると予測されているだけに日医でも具体的 な取り組みが進められていた。そして、「災害発生ゼロ時」は被災地の医師や医師会で対応しなけ ればならいことが強調されていた。大阪府医師会の災害・外傷初期診療研修会が紹介されていたが、 JMAT 研修とは全く異なりJPTEC やMCLS、そしてBDLS のようなカリキュラムが行われてい た。本会の災害医療委員会でもJMAT 研修のみでなく、「災害発生ゼロ時」に対しても検討していかなければならない。
災害医療研修では災害時の体制について2 つの講義があり、詳細は伝達講習会で報告させて 頂くが、北九州市では災害時には医師会の本部を消防本部内に置くことになっているそうであ る。質問をしたところ、災害医療に必要な情報は消防本部に逸早く集まるからだそうである。協 定も出来ているようである。昨年の県の総合防災訓練時にぶつかった行政の壁の経験があるだけ に、この先例は参考にさせて頂きたい。また、災害対応組織づくりとしてはIncident Command System(ICS)が国際的にも実績があり有効であるとのことであった。東日本大震災における石 巻赤十字病院を成功事例に災害コーディネーターが有効と考えられているが、災害対応組織づく りにはICS が優れているとのことであった。講師の岩手医科大学の秋富慎司先生は、東日本大震 災時には岩手県庁の対策本部で医療救護の指揮をとった岩手県知事指名による災害コーディネー ターである。福島原発事故の経験から東京電力もICS を導入したとの事であった。
政府は今秋にも日米合同の防災実動訓練を実施することを発表した。本県では8 月23 日に陸 上自衛隊第16 旅団による「沖縄県における災害対処図上訓練」が開催され本会も参加する。南 海トラフ地震が発生する確立は高いのである。
梅雨の晴れ間の東京はさほど暑くもなく、日医会館を出て今回得た情報や見えてきた課題をい かに活かそうかと思案しながら駒込駅に向かって歩くのには良い夕方であった。
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