沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 5月号

麻疹から子どもたちを守る
〜はしか “0” キャンペーン週間(5 月13日〜 18日)に寄せて〜

小濱守安

県立中部病院 小濱 守安

はじめに

麻疹は急性発熱性発疹を呈するウイルス感染 症で、空気感染、飛沫感染、接触感染でヒトか らヒトに感染伝播していきます。天然痘は顔に あばたが残るので「面定め」、麻疹は命を落とす ことも多いので「命定め」と言われ、感染力が きわめて強く免疫を持たない人が麻疹ウイルス の暴露を受けるとほぼ100%発症し、不顕性感 染はありません。2001 年の県内での麻疹大流行 を受けて、知念正雄先生を中心に麻疹発症“0” を目標に、「はしか“0” プロジェクト」が立ち 上げられました。麻疹ワクチン接種率95%以上 を達成し、はしか“0” を目指した様々な活動を 継続し今年で13 年となります。麻疹はワクチ ンにより予防可能な疾患(Vaccine Priventable Disease)のひとつであり、根絶可能な感染症で す。本年も麻疹根絶を目指して、5 月13 日〜 18 日まで「はしか“0” キャンペーン」週間が実施 されます。最近の麻疹流行状況や、ワクチンな ど麻疹に関する最近の話題について紹介します。

麻疹とは

稲福盛輝先生の沖縄疾病史によりますと、麻 疹に罹ると、発疹が身体の内臓部に発生し、身 体の外部に吹き出ると考えられ、イリガサー(入 痘)とよばれていました。一生のうちに一度は 必ず罹る病であり、大人が罹ると重症になり、 幼児期に罹患すると軽く済ませることができる という言い伝えがあり、麻疹が流行すると麻疹 の患児の家に子どもを連れていき、一緒に食事 をさせたり、患児の残り物を食べさせたりなど、 我が子に感染させる方法が試みられていました。

麻疹の流行

1998 年7 月から県内で麻疹の大流行があり、 1 年間に2,000 人余の麻疹患者が発生し、8 人 の乳幼児が死亡しました(図1)。入院児の約 70%を2 歳未満の乳幼児が占め、90%以上が 予防接種を受けていませんでした。2001 年に も再び大流行を認めたことより、2001 年4 月、 沖縄県から麻疹を撲滅に向けて、麻疹ワクチン接種率95%以上を達成して、麻疹発生を0 に する「はしか“0” プロジェクト」委員会が設 立されました。翌年より毎年5 月にはしか“0” キャンペーン週間が設定されました。2003 年 1 月には「沖縄県麻疹発生全数把握実施要領(全 数報告制度)」が施行され、麻疹が疑われた段 階で全例報告し、PCR 検査とIgM の2 本立て でウイルス学的検査を迅速に行い、発生の予防 及び拡大を防ぐことを目的としました。キャン ペーン開始後接種率の向上に伴い、2005 年に は県内の麻疹発生“0” を達成し、2006 年から 麻疹風疹混合ワクチン(MR ワクチン)を用い て1 歳と就学前(5 歳)の2 回接種が定期接種 となりました。2007 年、全国の多くの大学で 10 代後半から20 代の成人麻疹の大流行が発生 し、大学が休校となる事態も発生しました。麻 疹ワクチンの単回接種で大部分は免疫を獲得 できますが、免疫を獲得できない者(Primary Vaccine failure)が約2 〜 5%発生します。ま たワクチン接種で免疫を獲得できても、地域の 麻疹流行による免疫増幅(ブースター)効果が 加わらないと、次第に麻疹に対する免疫が低下していきます(Secondary vaccine failure)。社 会の中に麻疹に対する免疫が低下した者が増加 し、集団免疫が低下すると麻疹の流行が再燃 し、ワクチンにより獲得した免疫能が低下して いる成人を中心とした流行となり、2007 年に 大学において発生した大流行と合致します。米 国でも同様の現象が1990 年に発生し、以後2 回接種となりました。本邦では2006 年の2 回 接種に加え、成人麻疹を防止することを目的に 5 年間の期限付つきで2008 年度から中学1 年 (3 期)、高校3 年(4 期)として、麻疹風疹混 合ワクチンの接種が実施されることになりまし た。5 年間実施することで、2013 年には6 歳(小 学入学1 年前)から23 歳までの年齢層全員が 2 回接種を受けることになり、集団免疫として の発症阻止が期待できます。

図1.

図1. 沖縄県の麻疹流行状況

麻疹の診断(図2)

麻疹ワクチン接種により獲得した抗体が残存 している状況で麻疹に罹患すると、典型的な麻 疹と異なりカタル症状やコプリック斑もなく、 発熱や発疹も軽く、症状が修飾された、修飾麻疹を発症します。2007 年修学旅行中に発症し た高校生は臨床的には微熱と淡い発疹が全身に みられるだけでカタル症状は認めず、後日の PCR 検査結果により麻疹と診断しました。発 疹だけで見ると風疹と鑑別できませんでした。 母親からの移行抗体が存在する新生児では、麻 疹を発症してもカタル症状もなく、発疹も典型 的でなくすぐに消褪しました。麻疹流行が激減 し、多くが抗体を保有する状況では麻疹の臨床 診断は困難です。従来、麻疹の確定診断はワン ポイントの麻疹lgM 抗体陽性、抗体側定法で急 性期と回復期によるペア血清測定による抗体側 の陽転化ないし有意な増加によって判断されて きました。麻疹lgM 抗体検査は急性期の検体で は抗体上昇の見られない時期での採血では偽陰 性の可能性もあります。また突発性発疹や伝染 性紅斑、デング熱などのウイルス性発疹症でも 交差反応で陽性となることが知られています。 可能な限りPCR やウイルス分離などのウイル ス学的診断が必要となります。麻疹が疑われる 症例に遭遇した場合、保健所に届け出を行い、EDTA 血、尿、咽頭拭い液の検体を保健所を通 して衛生研究所へ送付し、確定診断された症例 がサーベイランスに登録されます。同時に、医 療機関ではペア血清による麻疹lgG およびlgM 抗体を行い、急性期のPCR 検査を組み合わせ ることで修飾麻疹の診断が可能となります。

図2.

図2. 麻疹の検査診断
(国立感染症研究所ホームページより、http://www.nih.go.jp)

終わりに

5 月13 日〜 18 日は「はしか“0” キャンペ ーン週間」です。臨床診断が困難なほどに麻疹 症例が激減し、ウイルス学的診断が重要となり ました。しかし、麻疹は根絶されたのではなく、 麻疹に対する集団免疫が低下すると、再び流行 が再燃する可能性があります。今後も、麻疹に 対する正しい認識とワクチン接種の重要性につ いての啓発活動を恒常的に継続し、麻疹風疹混 合ワクチンの接種率を向上させることが子ども 達を守るために重要です。麻疹を含め、ワクチ ンで予防できる病気で子どもを失うことがあっ てはなりません。