あかつき法律事務所 岩城 正光
【はじめに】
主に子ども虐待防止で活動していますが、愛 知県弁護士会の子どもの権利委員会に所属し、 子ども電話相談や面接相談をしている経験か ら、いじめ問題に多く出くわすのです。最も多 い相談がいじめ問題です。
平成24 年11 月5 日(月曜日)から同月11 日(日曜日)まで、アメリカ合衆国ロサンゼ ルス市及びトーランス市に出張視察を行いました。
名古屋市職員(教育委員会・健康福祉局・子 ども青少年局・市長室)に同行させていただき、 ロサンゼルス市におけるいじめ対策・子ども虐 待対策・自殺予防対策の視察をしてきました。
◆ 1986 年東京都中野区の中学校
どんな事件でしたでしょうか。
Aくんのいじめ自殺事件です。
中学校2 年生の2 学期から、クラスの同級生2 名を中心にいじめられていました。プロレス ごっこの投げられ役、パシリ。Aくんは真剣に 「やめて」ということはできませんでした。い つもおどけたり、笑っていたそうです。
いじめの中心になったのは同級生2 名、その 他の同級生は、一部は一緒にいじめ、一部はは やしたて、その他の多数は傍観していました。
「葬式ごっこ」机の上に色紙・みかん・牛乳 ビンにさした花、遺影に見立てた写真が置いて ありました。
黒板には、葬儀のように白と黒の縞模様の幕が書かれていた。
係の名札が黒色のマジックで消され、色紙に は、「A君へ サヨウナラ 2A とその他一同より 昭和60 年11 月14 日」とありました。
Aくんは、「なんだよこれー」と言って、へらーと笑い、やがて黙り込みました。
その後もいじめは止まりません。殴る、電話で脅迫、トイレの便器に靴を捨てられる。
その後、Aくんは家出をし、昭和61 年2 月1 日、東京から遠くの誰もいない盛岡に行って、 トイレの中で首つり自殺をします。
Aくんは遺書を残していました。
「家の人、そして友達へ 突然姿を消して申し 訳ありません。(原因について)詳しいことは A とかB とかに聞けば分かると思う。俺だっ てまだ死にたくない。だけどこのままじゃ「生 きジゴク」になっちゃうよ。ただ俺が死んだか らって他のヤツが犠牲になったんじゃ意味ない じゃないか。だから、もう君たちは馬鹿なこと をするのはやめてくれ。最後のお願いだ。昭和 61 年2 月1 日」
◆ 1994 年愛知県西尾市の中学校
平成6 年におきたBくんのいじめ自殺事件です。
中学1 年生の2 学期から、同級生の4 人グ ループからいじめられる。カバンを隠される。 自転車を壊される。お金をせびられる。女子ト イレに入れられ監禁される。授業中手を挙げる ことを禁止される。
中学2 年生になると、いじめは激しさを増し、毎日のように殴られる。
足のつかない深い川で溺れさせられる。多額 の金を要求される(合計110 万円以上、一回 に数万円以上)。
ゲームソフトを売るとか床屋代と嘘を言って お金をもらい、自分ではさみで髪を切る。次第 に抵抗する力を失っていく。
平成6 年11 月27 日、遺書を残して自殺する。
「家族のみんなへ 14 年間、本当にありがと うございました。僕は旅立ちます。でもいつか 必ずあえる日がきます。・・・・」
◆ 2005 年北海道滝川市の小学校
平成18 年小学校6 年生であったCさんのいじめ自殺です。
この事件は、今までの事件と違って、身体的 な暴力はなく、人間関係的いじめです。無視・ 悪口・陰口・ウザイです。このようないじめで も生命が奪われるのです。
小学校3 年生の頃から、同級生に避けられるようになり、小学校5 年生の時には、同級生か ら「すごく気持ち悪い」と言われる。
平成17 年4 月、小学校6 年生に進級しまし た。7 月に行われた席替えの際に、多くの同級 生から「Cさんの隣になった男子がかわいそう だ」と言われました。
7 月14 日には、8 月31 日及び9 月1 日に実 施する修学旅行の班分けがあり、担任の先生が 自分たちで班分けをするようにと言ったら、C さんだけ女子の班に入れてもらえず、男子ばか りの班に入ることになりました。
8 月18 日には修学旅行の部屋割りがありま した。やはり先生は自分たちだけで部屋割りを するように指示したところ、Cさんだけ部屋が 決まらないということになりました。それで先 生も交えて話し合いをして、部屋に入ることに なりました。
同級生は「どうでもいい。」とか「一緒にな っても喋らなくてもいいの」などと言っており、 修学旅行先の宿泊先でも意地悪をされました。
部屋の窓にみんなが張りついて。外の景色 を見せてくれないのです。やむなくCさんが 先生の部屋を訪ねて外の景色を見せてもらお うとしたのですが、既に夜になっており真っ 暗でした。
部屋の鍵がないといって、自由時間には一人 でエレベーターを上に行ったり下に行ったりし ていました。
9 月8 日は台風のために臨時休校でした。
9 月9 日、Cさんは朝早く学校に行って、教 室で教卓の上に7 通の遺書を残し、天井に設置 されたスライド用映写スクリーンのはりに紐を かけて首をつったのです。翌年1 月6 日にCさ んは亡くなりました。
遺書には「6 年生のみんなへ 6 年生のことを 考えていると「大嫌い」とか「最低」という言 葉が浮かびます。(中略)みんなは私のことが 嫌いでしたか。気持ち悪かったですか?私はみ んなに冷たくされているような気がしました。 それはとても悲しくて苦しくて、耐えられませ んでした。なので、私は自殺を考えました。(中 略)さようなら」 「学校のみんなへ」
◆ 2006 年福岡県筑前町の中学校
◆ 2011 年滋賀県大津市の中学校
1)子どもの人権問題であることの理解
2)子どもの人権の中身(生存・成長発達・意思表明など)
3)いじめ・虐待の定義
文部科学省の定義「1)当該児童生徒が一定 の人間関係のある者から、2)心理的・物理的 攻撃を受けたことにより、3)精神的な苦痛を 感じているもの」
森田洋司「1)同一集団内の相互作用過程に おいて優位に立つ一方が、意識的にあるいは 集団的に他方に対して、2)精神的・身体的苦 痛を与えること」
いずれも1)一定の関係にある者の暴力であ ること(当然人間力学構造上の上下関係が生 まれる)、2)被害者の立場で考えること。
4)ふざけといじめの区別
5)しつけと虐待の区別
6)なぜいじめをするのか?
7)なぜ親は子どもを虐待するのか?
8)いじめ・子ども虐待に対する法制度
1)1997 年2 月クリントンコール(21 世紀におけるアメリカ教育のための大統領クリントンの呼びかけ)→「ゼロ・トレランス方式」
クリントンコール(国家教育目標を達成させるための方針)
「ゼロ・トレランス方式」は、事情を問わず、 規則違反者には一切の寛容のない規則どおりの 措置を行う指導である(ステイタス オフェンス)。
現在、ロスではゼロ・トレランス方式ではな く、規律改善の基盤作りを促進することを重視。 →責任者の確認、相互尊重と受容の精神を促進 する方針の周知徹底を図る。
2)いじめの深刻さ(ホモ・レズ・人種・サイ バーブリイングなど)→多人種・多民族・貧 富の差、銃を用いた報復。
3)人権侵害・犯罪行為として対応
4)いじめ対策委員会(ロス統一学区職員・名 誉棄損防止同盟・人権委員会・ロス市警)
5)児童生徒への教育プログラム(7 つの習慣・ リーダーシップクラスの自主運営〔No Hatters Here !〕・PTSA ミーティング)
6)スクールポリス(600 名)・スクールソーシ ャルワーカー(250 校に1002 人)
7)ロス市警の犯罪予防(Share Tolerance)Stop Hate And Respect Everyone
1)いじめの背景(標的作り・宣伝・孤立化・無力化・心のコントロール・主体性の喪失・搾取)
2)タイプ別対応の基礎
3)初期対応
4)犯罪型いじめへの対応
5)苦慮する事例への対応
6)解決後の対応
7)いじめられた子への対応
8)いじめた子への対応
9)いじめ予防教育
10)自殺の危険
このような対策Q&A は必要ですが、文部科 学省は、いじめが起きてからの対応(事後的な対応)になっている。
その結果、なぜいじめがいけないのかという ことを伝える機会がなく、いじめが絶対に許さ れないことであるとの理解が不足している。
些細な言動もいじめにあたるという理解が不 足している。いじめを許さないという文化が形 成されない。教師に報告することの罪悪感が消 えない。発生時の対応に混乱が生じる。
1)学校での道徳ではなく、「人権教育」の見直し
2)スクールソーシャルワーカー設置の重要性
3)職員研修(いじめ対応マニュアル)・いじめ対策検討会議
4)学校と地域・警察との連携
1)厳罰化(放校・出席停止・奉仕活動など)
→一時的にいじめを止める効果は期待できる。
学校に戻ってきたときに加害者が変わっている必要がある。
2)監視の強化(生徒のふるまいへの監督)
3)専門スタッフの設置(SW・SC など)
4)規範の内面化(教育プログラム)加害者更生プログラム
5)いじめ防止マニュアルの作成
1)自死に至るまでの事実経過
2)いじめの定義
当該児童生徒が、1)同一集団内の相互作用 過程において一定の優位な人間関係に立つ者 から、2)心理的・物理的攻撃を受けたことに より、3)精神的な苦痛を感じているもの。
3)いじめの認定
自死原因の考察
4)本事案のいじめの特徴
5)問題点の指摘
6)学校の事後対応の問題点
7)市教育委員会の事後対応の問題点
8)学校・市教育委員会共通の問題点
9)提言(教員・学校・教育委員会など)
1)虐待予防・早期発見のためのステージ
2)救出保護(危機介入)のためのステージ
虐待親への説得・警察による介入の是非
3)治療・回復のためのステージ
4)再調整(再統合)・自立のためのステージ
1)日本での児童虐待の法制度はいつから?
2)平成12 年児童虐待防止法の制定
3)平成16 年改正(児童福祉法の改正)
4)平成19 年改正(立入・臨検等)
5)平成23 年民法改正(親権規定の見直し)
1)児童相談所の虐待相談処理件数の変化
2)虐待死亡事件の4 割が0 歳児であること。
1)行政と民間団体との連携強化の内実
2)18 歳・19 歳という児童福祉法の保護から 除外される未成年者に対しての対策
3)介入(親子分離)と援助・調整(親指導・ 再統合)の役割を児童相談所に担わせること にもともと無理はないのか。
4)ファミリーサポートの法制度上の位置づけ
1)家庭という密室でおこなわれるということ
2)虐待の実態、子どもへの影響・リスクを正確に把握するためには多角的な情報が必要であること
3)各機関で役割分担して、意思統一をはかる必要があること
→情報の共有化、適切な活動方針の決定、役割分担の明確化、負担感の軽減
1)武豊町事件(2000 年)との比較
2)育児負担と親支援の必要性
3)アウトリーチの姿勢の重要性
4)刑事司法の課題
1)なぜ中学校の危機感と情報が児童相談所に伝わらなかったのだろうか。
2)学校現場でできること、できないこと。
3)児童相談所の出した結論と学校が組織として決定した結論が異なる場合、どうするべきか。
4)モンスターペアレンツへの対応(学校ネッ トワーク支援)と、その落とし穴(監視され ている不満。マンネリ化。油断。引き継ぎの 円滑さ。援助方針の見直しのタイミング)
5)検証報告書について
1)虐待→「被害者」としての少年
非行→「加害者」としての少年
2)自己肯定感の再生の必要性
3)親の役割はなにか。
印象記
常任理事 宮里 善次
平成25 年2 月18 日(月)、沖縄県医師会館に於いて、「第40 回沖縄県学校保健・学校医大会」 が開催された。
今回は、あかつき法律事務所の岩城正光弁護士を講師にお招きし、「聴こえますか心の叫びが(い じめ、虐待への対応)」と題したご講演をいただいた。
講演の始めに、(ふざけ、しつけ)と(いじめ、虐待)の説明があった。
いじめや虐待が表面化した時、被害者側は(いじめ、虐待)と感じているにも関わらず、加害 者側は(ふざけ、しつけ)という場合が多く事態がうやむやになり、解決が遅れるケースが多々 みられる。
しかし、(ふざけ、しつけ)と(いじめ、虐待)の両者は± の対局にあるものではなく本質は 同じ側にあって暴力の強さのレベル差にすぎない。
ふざけ、しつけ←暴力→いじめ、虐待という関係をきちんと踏まえてないと対応が後手にまわ ると強調された。
我が国では1980 年代、いわゆるバブル期頃からいじめによる子供の自殺が散見されるようになった。
講演では1986 年〜 2011 年に起きた自殺例(中学生4 名、小学生1 名)の詳細や遺書等が紹介 されたが、痛ましい限りである。
いじめの顕在化は男子では中学生、女子は小学校高学年に多く、第二次成長期の性ホルモンが 何らかの関与をしている印象を受けた。
安倍政権では、いじめ予防で道徳教育が強化されるようであるが、道徳は社会規範を守る観点 からの教育であり、基本的にいじめ防止には繋がり難いだろう。
いじめは道徳というよりも人権(命)教育であると強調された。
いじめ予防は1)いつ、2)誰が、3)どの様に、教えるのか?
我が国では組織だった具体的な取り組みはなされてないが、文部科学省のいじめQ&A が紹介された。
いじめ対策の先進国である英国ではいじめ防止プロジェクトがあり、米国ロサンゼルスでは生 徒(リーダークループ)への教育プログラムが確立されている。
ロサンゼルスを視察してきた演者によれば、コミュニティーが子供一人一人に目が行き届くよ うに、ソーシャルワーカーによる社会資源の活用、職員研修、警察との連携等を密にしていると 述べられた。
教育現場に警察が割り込むことに違和感を禁じ得なかったが、「1)いじめは虐待であり暴力であ る。2)いじめは主体性を喪失させる。3)被害者は何も悪くない」と云う観点から、一時的にせよ 被害者を救出する必要性が指摘された。
いじめに対する対象療法的な対応や学校や教師の問題点も指摘されたが、本文を参照して頂きたい。
また、保護者や大人による児童虐待の本質と子供同士のいじめは本質的に同じであると指摘さ れていた。
保護者特に父親が何らかの強いストレス下にあり、妻に対して暴力を振るった場合、妻は子供に、 子供は学校のクラスメートに暴力をする傾向がある。
演者は「暴力の下流への流れ」と表現していたが、興味深い意見であった。
虐待による死亡児の4 割は0 歳児であり、望まない妊娠と云う対応困難な深刻な問題が提起された。
産科の積極的な関与が必要となるだけではなく、その後のフォロー体制作りが重要であると述べられた。
いじめと虐待は早期に発見して早期に介入することが肝心だが、教育委員会や児童相談書、コ ミュニティー、家庭や学校、警察や学校医、心理士やケースワーカー等の子供に関わるあらゆる 人達が結集しないと、どこかに強い負担がかかり自滅するだろうと云う印象を受けた。
実際に児童相談所や学校担任あるいは校長先生がそれらに被害者となってしまう事例が述べられた。
最後に警察が小学生の教材に使っているというドラえモンの話を紹介しよう。
Q. いじめっ子は誰ですか? A. ジャイアン
Q. いじめられっ子は誰ですか? A. のび太
Q. いじめの手助けしている子は誰ですか A. すねお
Q. 見て見ぬふりをしている子は誰ですか? A. しずかちゃん
Q. 一番悪い子は誰ですか? A.…
筆者はジャイアンかと思いましたが、岩城弁護士の答えは「しずかちゃん」だそうです。しず かちゃんが立ち上がれば、問題の半分は解決したも同然だそうです。