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第3回 シンポジウム
「会員の倫理・資質向上をめざして」
〜ケーススタディから学ぶ医の倫理〜

本竹秀光

理事 本竹 秀光

去る2 月14 日、日本医師会館にて標題シン ポジウムが執り行われた。議事は1. 基調講演(座 長:資質向上委員会副委員長 高谷雄三)ケー ススタディから学ぶ医の倫理と題して順天堂大 学医学部付属病院順天堂医院教授 小林弘幸先 生2. ケーススタディ(グループ討論)3. 総括(会 員の倫理。資質向上委員会委員長 森岡恭彦)から成った。

ケーススタディから学ぶ医の倫理

小林先生は冒頭、ここ5 年間に医療機関にお いて、医療安全・リスクマネージメントといっ た言葉が普通に聞こえるようになってきたが、 その背景としては世論の病院に対する要求が厳 しくなってきたこと、それに連動して医療訴訟 件数が増加してきたと述べた。2005 年には医 療訴訟件数が年間1,000 件を超え、最近では減 少傾向にあるものの、今後ロースクール出身の 弁護士も増え、訴訟件数が増加することが予想される。従って、医師の医療安全に関する講習 などへの参加は必須であると述べた。以下、講 演内容の要約を記述する。

T病院にとって大切なこと

現在の医療環境の中で、病院・診療所が存続 するためには、患者対応、インフォームドコン セント、記録の充実、急変時の対応などは重要 であるが、医療従事者と患者との人間関係の向 上について考え直すことが更に大切である。医 療訴訟事例の診療科別件数を調べると、一番リ スクが高いと思われる小児科の訴訟件数が他科 に比して非常に少ない事実が存在する。その理 由として、小児科診療は時間がかかることから 医師と両親との間に自然に信頼関係が構築され やすい状況が考えられる。それとは対照的に救 急外来での訴訟が多い現状が存在する。医師と 患者は初対面が多く、多忙な救急外来では患者 の話を十分に聞くことができず、信頼関係を築きにくいという状況が考えられる。医療訴訟の 影に接遇ありと言われるように、医師と患者間 の人間関係の改善が急務である。

U医療現場で起きていること〜接遇の重要性

医療現場では医療事故対策のマニュアルを作 成し、実行し、医療事故の減少に努めているが、 医療訴訟は、マニュアルを超えた、マニュアル ではカバーしきれない人間関係によるものが殆 どであり、“医療訴訟は決して患者の重症度と は比例しない” と述べておられたのが非常に印 象的であった。救急での患者家族に対するカー テンの閉め方、言葉のかけ方一つで訴訟になっ た事例や、末期患者家族の前での無神経な発言 や態度で訴訟になった事例も報告した。医療現 場での指導医の不必要な発言についても言及さ れた。以前は患者の前でも怒鳴って教育した時 代もあったが、現在の若い世代には理解されず、 患者家族に不信感を抱かせる要因となるので要 注意である。

V外来でよく起こる事例

1)外来終了時の駆け込み患者は診察が十分でな いことが多く、帰宅後に急変する事態が多く報 告されている。このような患者には、後日の来 院をしっかり指示する態度、帰宅後に電話を一 本入れるなど、しっかりフォローすることが望ましい。

2)患者急変時の対応に関して、救急蘇生法につ いて全職員がしっかり予行演習を行うことが肝 要で患者の救命率の向上につながる。

3)診療現場での注射などの口頭指示は禁忌であ る。指示と異なる薬剤が投与されたり、10 倍 量の薬剤が投与され、患者が重篤になった事例 が報告されている。薬剤能書きの確認も重要で ある。適応症のない薬剤の使用で副作用、合併 などが起きて訴訟になった事例も多く報告され ている。

4)外来で採血された患者には、必ず1 週間後に 外来受診を指示することが大切である。腫瘍マ ーカーや白血球などを検査した患者が、その結果を3 か月後、1 年後に知らされ、手遅れにな った報告も多く存在する。

Wインフォームドコンセントと記録

インフォームドコンセントのポイントとして は、記載の程度、話す相手、時間などが言われ ているが、一番重要なポイントは、承諾書にサ インをもらうタイミングである。手術の同意書 などは患者家族に説明をしてすぐに承諾書にサ インしてもらうことが一般的であるが、患者家 族はその場での説明を十分に理解しているとは 言い難い。一度承諾書を持って帰り、家族、知 人などへ相談し、十分納得して承諾書にサイン してもらう時間的ゆとりが肝要である。また、 途中の治療の変更を申請する権利があることも 説明し、誘導とられるような説明の仕方や承諾 に関しては注意をしなければならない。

記録に関しては教育がしっかりなされなけれ ばならない。裁判においては、診療録のみがし っかり診療していたと証明してくれる唯一の証 拠となるからである。

X訴訟でよくみられるケース

訴訟例で、よく休日をはさむケースが多くみ られる。休日では、相談できない、検査できな い、人手が足りないなど、大変危険な状況にあ ることを医療従事者すべてが認識することが大 切である。すべての職員に「報告、連絡、相談 (ほうれんそう)」を徹底させることが、この危 険な状況を回避できる唯一の方法と考える。患 者にとっては、平日も休日も関係ないという認 識が必要である。

Yまとめ

最後に、患者が訴えてくる情報、医療従事者 間での情報にしっかり耳を傾け、誠意をもって 謙虚に対応することが一番大切で、「先生の顔 を見ると治った」とか、「先生に会いに来た」 などの赤ひげ先生的な患者、医師関係の構築が なされれば、医療訴訟も医療崩壊もおのずと少 なくなっていくと考える。

ケーススタディ(グループ討論)

各県から参加した理事が六つのグループに分 かれて、ケーススタディ1(医師患者関係―説 明と対応―)、ケーススタディ2(医業広告につ いて)についてグループ討論し、最後に各グル ープの代表者が報告するというものであった。

ケーススタディ1(患者への態度が著しく悪い医師)

患者に対しての暴言・罵声・理不尽な対応が あまりにも酷いとして、ある医師に対する苦情 が、多数の患者から医師会に寄せられたため、 県医師会役員会で検討し、まずは郡医師会に対 応を依頼した。郡市医師会では調査のうえ、役 員が当該会員に対し、再三にわたり注意をした にもかかわらず改善されなかった。そこで、裁 定委員会をひらくことになり、当該会員に出席 を要請したところ、退会届が提出され、郡医師 会はそれを受理した。その後、当該医師は何の 罰則も受けず診療を続けている。このケースに 対する郡医師会の対応、またこの医師の態度を 改めさせるにはどうしたらよいかがグループに 課せられた討論テーマであった。

討論の結論:まず、郡医師会の退会届の受理は 拙速であったという意見が大方であった。医師 会は地域住民の健康を守る義務があることか ら、当該医師を粘り強く説得し改善を促してい く必要がある。その方法としては、当該医師の 先輩や後輩に依頼して説得にあたらせるなどが 提案された。それでも改善が見られなければ都 道府県医師会に解決をゆだね、裁定委員会は最 後の手段であるという意見であった。

ケーススタディ2(医業広告について)

広告に関しては、厚生労働省の規制があり、 また、各医師会に種々の規制があると思う。 各々医師の広告に対する考えが根本にあり、医 療は口コミが大きく、宣伝の必要はないと考 える医師もいる一方で、「移動媒体」、「駅構内」、 「折り込み広告」、「タウンページ」などの種々で宣伝する機関もある。「美容整形外科」のよ うにテレビで盛んに宣伝するところもある。ま た、インターネットでの医院の設備・手術数な どの宣伝となれば、ほとんど規制不能と考え る。これらをどう考えるかがグループ検討の課 題であった。

討論の結論:医療法では保険指定医療機関、す なわち一般の医療機関では広告と宣伝について 規制がなされている。「移動媒体」、「駅構内」、「折 り込み広告」、「タウンページ」への広告宣伝は できないし、明確な違反、悪質な行為は保険診 療の取り消し・停止の処分を受ける可能性があ る。但し、最近では患者の自己決定権の尊重と 情報公開の観点から、インターネット上の広告 に関しては規制が緩和されている。ホームペー ジは、患者自ら情報を得るためにアクセスする ためのものなので、医療法上の広告として取り 扱われないが、その内容が不特定多数を誘引す る目的を持っているものなどについては、広告 規制の対象となる。いずれにしても、医師は過 大な自己宣伝に陥ることなく、また、医療従事 者間での誹謗中傷はおこなわず、節度ある宣伝・ 広告を行うことが重要であるとの意見が大方であった。

総 括

最後に会員の倫理・資質向上委員会委員長の森岡恭彦先生が総括された。

倫理向上にむかっての医師団体の役割とし て、1. 会員各自の倫理・資質に対する問題意識、 自覚を促すこと、そのために情報提供(文書、 会合、対応などを通して)、切磋琢磨が重要で ある。2.Peer review、自浄作用で欠陥を持っ た不適切な行為に加担する医師に対応する必要 があることを述べられた。また、人格や能力に 欠陥を持った医師、あるいは不正や詐欺行為に 加担している医師がいればこれを適切な機関に 報告するよう努めなければならないという、ア メリカ医師会「医の倫理原則」(2001 年改訂)で総括した。

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