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大腿骨近位部骨折を予防するために
椎体骨折患者を治療せよ

沖縄赤十字病院整形外科 大湾 一郎

【要旨】

高齢者が骨折するとADL やQOL の低下をきたし、生命予後まで悪化する。骨 粗鬆症治療の普及とともに、一部の国や地域で大腿骨近位部骨折の発生率低下が報 告されている。一方本邦では、大腿骨近位部骨折の発生率は未だ増加傾向にある。 骨折リスクを考慮した治療体系が、十分浸透していないためだと思われる。骨密度 を除く骨折リスク因子のうち、最も重視すべきは既存骨折である。1 個の椎体骨折 は2 個目の椎体骨折を誘発し、やがては大腿骨近位部骨折を引き起こす。この骨折 連鎖を断つこと、すなわち2 度目の骨折を防ぐことが、大腿骨近位部骨折の発生率 を下げる有効な治療戦略の1 つになり得ると考えられる。

はじめに

どのようにすれば、大腿骨近位部骨折の発生 率を低下させることができるだろうか。本邦に おいては、骨粗鬆症に対し十分な治療効果が得 られているとは言い難い。私たちが治療を行っ ている患者と実際に骨折をきたす患者との間に は、乖離があるように思われる。より骨折リス クが高い患者への治療をどのように行っていく か、私たち治療する側の意識の改革が必要であ る。本稿では骨粗鬆症治療の基礎を確認しなが ら、大腿骨近位部骨折の発生率低下を目指した 治療戦略について考えてみたい。

1. 骨粗鬆症治療の目的

骨粗鬆症治療が大切なのは、高齢者の骨折が ADL やQOL を大きく悪化させるからである。 主な骨粗鬆症性骨折として上腕骨、橈骨、椎体、 大腿骨の骨折がある。ADL やQOL への影響 が大きいのは、椎体骨折と大腿骨近位部骨折の 2 つである。骨折すると身体機能が悪化し、自 立した生活が徐々に損なわれ、生命予後が悪化することが知られている1)

平成22 年度の国民生活基礎調査によれ ば、要介護になる原因の第1 位は脳血管障害 (24.1%)で、以下認知症(20.5%)、衰弱(13.1%)、 骨折(9.3%)の順である。脳血管障害や認知症 は大腿骨近位部骨折のリスク因子であり、間接 的な原因を含めると骨折の影響はさらに大きく なるのではないかと思われる。

2. 骨粗鬆症治療の目標

骨粗鬆症治療の目標は、骨折を予防し、ADL やQOL を維持、改善させながら、生命予後の 悪化を防ぐことにある。ADL やQOL の低下 をきたす患者は、頻回の骨折を受傷している ことが多い。骨折が複数回になるほどADL や QOL への影響が大きくなるため、再骨折の予 防は重要な治療目標の1 つである。骨密度は骨 折リスクを判定する上で重要であるが、骨密度 が増加しても骨折が抑制されるとは限らず、骨 密度の増加は治療目標とはならない。

3. 大腿骨近位部骨折の動向

社会の高齢化とともに、本邦における大腿 骨近位部骨折の発生数は年々増加している2)。 2010 年の受傷者数は全国で18 万人と推定さ れている。今後も高齢者は増え続けるため、 2040 年における受傷者数は32 万人に達すると 予測されている(図1)。沖縄県でもその傾向 は同様であり、高齢者数は2035 年には現在の 1.8 倍に達し、大腿骨近位部骨折の発生数は約 2 倍(年間3千件)に増加することが予想され ている。琉球大学整形外科教室では、2002 年 より大学病院および18 の関連病院における大 腿骨近位部骨折の手術件数を経年的に調査して いるが、図2 に示すような推移で増加している。

最近、欧米の一部の国や地域で、大腿骨近位 部骨折の発生率が減少に転じたと報告されるよ うになった3)。一方、本邦の発生率はまだまだ 増加の一途にあると推定されている4),5)

同じ国内でも大腿骨近位部骨折の発生率には 地域差があることが知られている。平成22 年 に長寿科学総合研究事業の一環として、国内7 つの地域において骨粗鬆症性骨折の発生率を比 較する多地点合同調査が行われた。調査地点に なったのは、浦賀町(北海道)、鶴岡市(山形)、 佐渡市(新潟)、新潟市(新潟)、横浜市金沢区(神 奈川)、境港市(鳥取)、宮古島市(沖縄)の7 か所である。宮古島市における大腿骨近位部、 脊椎椎体、橈骨遠位の骨折発生率(/千人・年) は、それぞれ4.18、8.26、4.56 で、いずれの 骨折も7 地域の中では最も高い発生率であった (図3a,3b,3c)。

図1

図1 大腿骨近位部骨折発生数の予測

図2

図2 大学病院および関連病院における
大腿骨近位部骨折手術件数

図3a

図3a 多地点合同調査:大腿骨近位部骨折

図3b

図3b 多地点合同調査:脊椎椎体骨折

図3c

図3c 多地点合同調査:橈骨遠位端骨折

4. 大腿骨近位部骨折の発生率が低下しないのはなぜか

本邦で、第2 世代のビスフォスフォネート製 剤が使用可能になったのは2001 年からで、既に 10 年以上が経過している。しかし、大腿骨近位 部骨折の発生率を低下させるまでには至ってい ない。よく言われているのは、国内の全骨粗鬆 症患者(1,300 万人)のうち、治療を受けている のは200 万人と少ないからという理由である。

骨の健康に気を配り、骨粗鬆症外来に通うの は、高齢者の中でも比較的若く元気な人が多い。 一方、私たちが行った大腿骨近位部骨折患者 1,085 例の解析結果では、平均年齢は82.5 歳で、 その6 割に認知機能の低下が認められた。この ような患者では服薬アドヒアランスが悪く、治 療が困難になりやすい。私たちが日常診療で治 療を行っている患者と実際に骨折をきたす患者 との間には、乖離があるように思われる。骨折 リスクが高い患者に適切な治療を行えば、大腿 骨近位部骨折の発生率を低下させることができ るのではないだろうか。

5. 大腿骨近位部骨折リスクの判定

さまざまな骨折リスク因子が報告されてい る。例えば、WHO が公表した骨折リスク評価 ツール「FRAX」には、骨密度以外に8 つのリ スク因子が含まれている(表1)。できるだけ多 くのリスク因子を検討した方が、正確な骨折リ スクの判定を行えると思われるが、できるだけ 簡潔に、有効で、実践しやすいリスク判定にす るという観点から、既存骨折、特に椎体骨折の 有無だけでリスク判定することを提案したい。
伝えたいメッセージは「大腿骨近位部骨折を予 防するために椎体骨折(を持つ骨粗鬆症患者) を治療せよ」ということである。実際に椎体骨 折があると次に大腿骨近位部骨折を引き起こす リスクは、骨折していない人の3 〜 5 倍になる1)

表1 骨折の予測率を上げるために

表1

椎体骨折がない場合には、骨密度と家族歴(両 親の大腿骨近位部骨折の既往)を考慮に入れる。 骨密度の測定部位は、大腿骨近位部骨折のリス クを判定する場合には大腿骨頚部を、椎体骨折 では腰椎を、橈骨遠位骨折では前腕骨を測定し た方が相対リスクが高くなり、より有用な検査 となる6)

骨粗鬆症の発症には遺伝が67%関与すると 言われている。両親の大腿骨近位部骨折歴があ ると骨折リスクは2.3 倍になる。

6. 椎体骨折は大腿骨近位部骨折に先行して起こる

当院で手術を行った大腿骨近位部骨折155 例を対象に、術前に単純X 線腰椎2 方向を撮影 し、第12 胸椎以下の椎体骨折の有無を判定し た。結果は表2 に示す通り、51%の患者に椎 体骨折が認められた。今井らは、大腿骨近位部 骨折127 例を対象に第10 胸椎以下の椎体骨折 の有無を判定し、79%に椎体骨折を認めたと報 告している。椎体骨折の好発部位は胸腰椎移行 部であり、腰椎だけでなく胸椎の骨折を含めれ ば、大腿骨近位部骨折例の9 割程度に既存の椎 体骨折が認められるのではないかと思われる。

宮古島市における多地点合同調査の結果で は、椎体骨折および大腿骨近位部骨折患者の 平均年齢は、それぞれ77.6 歳、84.1 歳であり、 椎体骨折の方が大腿骨近位部骨折より若い年齢で生じていた。

平均的な日本人女性が、生涯のうちに椎体骨 折を生じるリスクは50%(2 人に1 人)、大腿 骨近位部骨折を生じるリスクは20%(5 人に1 人)と計算されている。椎体骨折患者の約半数 は、3 〜 5 年で大腿骨近位部骨折を発症すると 言われている。椎体骨折後、早期に治療介入を 行えば、大腿骨近位部骨折の発生率を低下させ ることができるのではないかと考えられた。

表2 大腿骨近位部骨折患者における椎体骨折の有無

表2

7. 椎体骨折の治療効果は高い

新規の薬剤の有効性を確認するために大規 模臨床試験が行われるが、これらFracture prevention studies における対象者は、椎体骨 折ありの症例が選ばれることが多い(表3)。 既存の椎体骨折があると、治療効果が高く表れ るからである。

薬の治療効果を示す指標の1 つに治療必要数 (NNT:number need to treat)がある。これは、 ある疾病イベントが1 人に起きるのを防ぐため に何人に薬物投与を行えば実現するか、という 数字である。65 歳女性を対象としたとき1 骨折 を予防するために必要な患者数は、既存の椎体 骨折がある場合だと10 人、T スコアが ―2.5 以 下で骨折がない場合だと35 人、T スコアが ―2 から ―1.6 の範囲だと363 人と報告されている。

表3 Fracture Prevention Studies における対象者

表3

8. 椎体骨折を見逃さない

椎体骨折は骨折連鎖の出発点になることが多 く、また治療開始の指標でもある。大腿骨近位 部骨折の発生率を低下させるには、椎体骨折を 見逃さない努力が必要である。

椎体骨折の有無は問診だけでは分からないことが多い。椎体骨折を生じた患者のうち痛みを 伴う場合は全体の1/3 で、2/3 は本人が知らな いうちに進行するからである。椎体骨折の有無 を正確に把握するには、胸椎および腰椎の単純 X 線撮影や、時にはMRI が必要となる。骨密 度検査を行う際には、胸腰椎の単純X 線撮影 も同時にオーダーした方が良い。特に、若い時 と比べて身長が3 p以上低下した例では既存の 椎体骨折を認める場合が多く、単純X 線撮影 は必須である。

私たちが行った大腿骨近位部骨折患者1,085 例の解析結果では、大腿骨近位部骨折患者の8 割に内科合併症を認めた。内科通院中に胸部X 線撮影を行う際には、ぜひ側面像で椎体骨折の 有無を確認していただきたい。

9. 3 つの骨折連鎖

既存骨折や骨折の家族歴があると骨折リスク が増加するということは、骨折は連鎖しやすい ことを表している。新潟大学整形外科の遠藤直 人教授はこの点に注目し、「骨折連鎖を断つ」 ことが骨粗鬆症を治療する上で大切だと強調 し、断つべき骨折連鎖として次の3 つを挙げた。

  • 1)椎体骨折から大腿骨近位部骨折への連鎖を断つ。
  • 2)一側の大腿骨近位部骨折から反対側への連鎖を断つ。
  • 3)母親から娘への連鎖を断つ。

本稿では特に椎体骨折から大腿骨近位部骨折 への連鎖を重視したが、2)3)の連鎖を断つこ とも念頭に置きながら、骨粗鬆症治療を進めて欲しい。

最後に

大腿骨近位部骨折の発生率を低下させるため には、椎体骨折患者を治療すると同時に、転倒 対策も重要である。65 歳以上の1/3、80 歳以 上の1/2 は年1 回以上転倒すると報告されて いる。転倒者の10 〜 15%に何らかの外傷が、 2 〜 6%に骨折が起こる。

転倒や骨折を予防するためには、メディカルスタッフ総出で取り組む必要がある。英国では 転倒や骨折を効率良く予防するために、図4 の ようなシステムを構築している。基本戦略とし て、2 度目の転倒を無くすこと、骨粗鬆症に対 し迅速な対応をすること、2 度目の骨折を予防 すること、骨折患者に対しては総力的な対応を することを取り上げている。多職種で取り組む このシステムを、英国では骨折リエゾンサービ スと名付けている。

リエゾンとはフランス語で、仲介とか、連携 を意味する言葉である。日本でも骨粗鬆症学会 が中心となって、骨粗鬆症リエゾンサービスを 構築しようと活動している。具体的には、骨粗 鬆症マネージャー認定制度の発足が検討されて いる。その前段階として、昨年の日本骨粗鬆症 学会において、看護師、薬剤師、保健師、理学 療法士などを対象にした骨粗鬆症マネージャー レクチャーコースが開催された。骨折予防に取 り組むスタッフを増やすことは大切である。ぜ ひ皆さんの病院でも、このようなスタッフの育 成を検討されてはいかがであろうか。

図4

図4 英国における骨折予防対策(著者一部改変)

文献
1) 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編:骨 粗鬆症の予防と治療ガイドライン2011 年版、ライフ サイエンス出版、東京、2011.
2) Hagino H, et al: Nationwide one-decade survey of hip fractures in Japan. J Orthop Sci 15:37―745, 2010.
3) Cooper C, et al : Secular trends in the incidence of hip and other osteoporotic fractures. Osteoporosis Int 22:1277―1288, 2011.
4) Arakaki H, et al: Epidemiology of hip fractures in Okinawa, Japan. J Bone Miner Metab 29:309―314,2011.
5) Hagino H, et al: Recent trends in the incidence and lifetime risk of hip fracture in Tottori, Japan. Osteoporosis Int 20:543―548, 2009.
6) Stone KL, et al: BMD at multiple sites and risk of facture of multiple types: long-term results from the study of osteoporotic fractures. J Bone Miner Res 18:1947―1954, 2003.



Q U E S T I O N !

次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(77.骨粗鬆症)を付与いたします。

問題

骨粗鬆症性骨折について正しいのはどれか。

  • 第1問.最も発生率が高いのは大腿骨近位部骨折である。
  • 第2問.本邦の大腿骨近位部骨折の発生率は低下傾向にある。
  • 第3問.既存骨折があると骨折リスクが増加する。
  • 第4問.遺伝の関与は少ない。
  • 第5問.椎体骨折の好発部位は下位腰椎である。


CORRECT ANSWER! 1月号(Vol.49)の正解

子宮頸癌とヒトパピローマウイルス
(human papilloma viruses:HPV)

問題
次の設問1 〜 5 に対して、〇か×でお答え下さい。

  • 第1問.1982 年の老人保健法制定による国費補助での子宮がん検診の開始以降、子宮頸癌死亡率が減少し、子宮がん検診の有効性が示されていた。しかし、近年は若年者の子宮頸癌罹患率が上昇し、子宮頸癌死亡率の低下も横ばいとなっている。
  • 第2問.HPV は性交渉により子宮頸部に感染するが、性活動を行う女性の大半は、生涯に一度はHPV に感染すると考えられている。
  • 第3問.子宮頸部にHPV 感染が成立すると、持続感染し、癌遺伝子を活性化することにより子宮頸癌が発症する。
  • 第4問.高リスク型HPV はこれまでに約15の型が報告されており、HPV ワクチン接種によりそれら全ての感染が予防可能で子宮頸癌の発症予防が期待されている。
  • 第5問.HPV ワクチン接種率が向上することによって、将来の子宮頸癌罹患・死亡率が低下すると期待されるが、現在公費助成が行われ、今後の定期接種化が検討されている。

正解 1.○ 2.○ 3.× 4.× 5.○