『イタリアで考えたこと』（Ⅱ）
三原内科クリニック 喜久村 徳清
☆
帰国後、コロッセオ前で購入した「ローマ。 昨日と今日」（参考1）を観た。この「…重ね て見る」ガイドブックは現存する遺跡にあり し日の建造物を重ねてみせる仕掛けになってい る。その残酷さは猛獣、剣闘士の記述を含み、 さらにはシーザーの暗殺された墓地の上に記念 碑を建て、崇め称えるという、その風習、伝統 は（日本には無い思考法で）、イタリア人の訳 した邦文が伝える耐え難いほどの生々しさも相 まり、苦痛さえ感じながら読み進めた。
そして「…遺跡と化したのは…人間の破壊行為の結果であって…」という文言に接した時、 これまで理解し難く、疑問に思っていたこと （参考2）が、突然氷解し、解決したような清々 しい強い衝撃を受けた。日本の観光案内ガイド にも「帝国の衰退とともに荒廃し・・・・」等と 紹介されているが、この書籍に記述されている 「破壊行為」は明らかに誇りをもって書かれた ものと判る。そして改めて旅を追想し、現地で 購入した航空観光写真（絵葉書）等を見直し てみて、コロッセオ、フォロ・ロマーノは徹 底的に人工的に破壊された残骸であること が解った（写真1）。
写真1. チルコ・マッシモ（16 万人収容の戦車競技場跡地）より遠望されるフォロ・ロマーノの遺跡。
写真左側は青々とした芝生で埋めつくされた公園になっており、「真実の口」で有名なコスメディン教会がある。
荒野に人類が初めて出現したその日から、 弱肉強食、過酷な生存競争があり、定住しか けた1 万5 千年前からは家族、同族のきずな が強まり、異なる種族は収穫物を収奪される、 生存をおびやかされる存在となり、敵対せざ るを得ず、ここに民族的、genetic な、本能 的（根源的＝ DNA 的）な生きかた、行為があ って、彼らにはそのような生き方しか選択の 余地はなかったのだと、冷静に客観的に、肯 定的に納得するには時間を要した。
中世の混乱期を経て後に、14 世紀からヴァ チカンに教皇が常駐するようになる（遷都）と、 再びローマが政治、経済の中心となる。16 世 紀には王政復古、ルネッサンスの影響を受けて 大聖堂にミケランジェロやラファエロなど多く の芸術家たちが絵画や彫刻を創作し、宗教改革 の試練を経てローマはカトリック文化と芸術の 都へと変貌していく。その間、フォロ・ロマー ノの破壊と略奪は18 世紀まで続いた（参考1） とされる。
☆☆
往きの機内では友人に勧められた映画「鉄の女：サッチャー」と、スピルバーグ監督作品「War horse 戦火の馬」を見て、長旅も苦にならなか った。「サッチャー」は“…ビデオを巻きもど しても人生は変わらない”と言いつつ、夫の死 後、何年も経ってから、老いが忍び寄る中での 回想録。何かしようとするのが政治家。党首に はなれないと思いつつも立候補して、1979 年、 英国保守党党首に選ばれる。何をどう考えど う行動するか。「英国は歴史に学ぶ」（参考3）。 そしてエピソード風に歴史が描かれ、アカデミ ー賞受賞作品となる。
テロ。アイルランド紛争。民営化。ソビエト を開放。暴動。デモ。対峙。そして、アルゼン チン南端に位置するフォークランド戦争。軍艦 100 隻派遣。若者の死を無駄にせず、フォーク ランドのためにと戦争遂行。戦勝。「英国人であ ることに誇りを持つ」と演説。1989 年、ベルリンの壁崩壊。ヨーロッパ連合、EU 統合が実現す るが英国は誇り高く加盟せず、党内議論、サッ チャーは党首を去ることを余儀無くされる。
☆☆☆
世界のreal なニュース、映像が瞬時に駆け 巡るglobal な時代になっている。イタリア旅 行中、滞在したホテルのTV で日本の東日本大 震災、TSUNAMI や原子力事故の映像が流れた （TVAsahi 系映像）。オプショナルツアーで知り 合った英国在住5 年間にもなる日本人商社マン は、「EU から見ればJapan は、次の世界のリー ダーとして羨望され、No.1 の国として期待さ れている。大震災の映像で、現地のTSUNAMI の ほか、東京の大混乱の一夜、略奪のない秩序だ った市民の行動に驚嘆し、くり返し何度も放映 されて（昨年、震災時）、日本への評価を最高 に高めた」。「しかし、福島の原子力事故のニュ ースが流れた瞬間に深い落胆と諦めに変わり、 それまで期待していただけ、EU では落胆がひ どいし大きい」と語っていた。
前号に書いた都市間を移動中の高速バスの中 で、ヨーロッパの民族の違いによる国民性の話 を面白く聞いていたが、この旅も終わりに近づ き、女性ツアーコンダクターは解説した。
『ローマ、イタリアを含むヨーロッパの歴史 の中でNoblesse oblige“持てる者は持たざる 者へ分け与える風習”があって国家が成り立っ ている。こういう伝統があるために建築物が何 世紀にもわたって改修が可能であった。また、 幅広く献金する風習があり、ここでは来世が 本当にあると思い込んでいる人達にもよく出会 う。そういう風に肯定し、解釈しなければこの 国は到底理解できない。… 』
☆☆☆☆
日本人現地案内人、中年男子のムラカミさん は、ローマを愛し、日本人によく識ってもらお うと、時に質問しながらガイドする。「五月雨を集めて速しテヴェレ川」、「ヴァチカンを最初 に訪れた日本人は？」、考えていると、「…それ は信長が送った長崎からの4 人の少年使節団。 14、5 歳で異郷で生活。帰国に際して皇妃を感 激させた会話のエピソード。日本に帰った後の 人生、処刑された者、長命を全うした者、それ ぞれの人生を物語ってみせる。
バチカン博物館には地図のギャラリーの廊下 があった（写真2）。地球が丸くなかった時代 の世界地図。ローマより東方に大陸が続き、そ の東の端ての海上に浮かぶホウライの邦、縄文 時代、弥生時代の歴史はあるものの、黄金の建 物が建ち、ワビ、サビ、もののふ、ツワモノ、 神風の吹く不思議な邦の島、ニッポン。昔人も また、現在もなお日本に憧れ、好意、親近感を 持つ者達がおり、私も日本が遥かに遠く、頭の 中に、儚い夢のように観念にのみある存在、日 常些事を忘れさせるノスタルジックな感動多 い、忘れ難い旅となった。
写真2. バチカン博物館。地図のギャラリー。
廊下の両側に中世の地図が展覧されている。
（本稿は2012 年10 月1 日に投稿しましたが、 長すぎるとの指摘を受け、二分割して再投稿 したものです。その間、中東ではイスラエル とパレスチナは互いに相手国に砲弾を撃ち込 み死者を出しました。また、EU はノーベル平 和賞を受与されましたが、私のイタリア旅行 の体験はそのことを深く理解するのに大変役 立っています。 2012 年12 月10 日記）
参考1
ローマ 昨日と今日 重ねて見る Giuseppe Gangi
（邦文和訳 抄）
（下線＿ 、カッコ（ ）は筆者が挿入した）SPQR、ローマ市の紋章。この略号を用いて、二十五世紀も前から、ローマの元老院と市民は、 彼等の意志、実行力、そして法規社会の精神のしるしを、彼等の軍隊が到達し得たあらゆる場所 に残してきたのである。彼等は いかに偉大な民主制が、寛大な…、…世界中の人たちに教えたの である。ローマの遺跡（は）…、…ローマそのものを理解することを意味している。
『…この本には、あまり時間のない観光客の方々に…手っ取り早くしかも正確に理解していただくために作られた…。』
ローマの歴史概略
ローマの…、パラティーノの丘は、定住のための理想的条件が整っていたため、早くから幾つ もの家族が住みつき…
伝説によるとローマは前753 年に初代の王ロモルスによって建国され、…しかしこの王政は七 代目に…突然終わりを告げた。
共和制は前509 年に始まり、…大規模な公共建築物が…
前378 年には、七つの丘…の城壁が…建設された。その後、激しい戦いに勝利をおさめ、ロー マはほぼイタリア半島全土を支配するようになった。…
前264 年、ローマは、当時の地中海の支配者、強国カルタゴと運命を賭する戦いを開始し、…遂に、滅ぼしたのである。
フォロ・ロマーノ
丘に囲まれたこの谷間は、名高いクロアカ・マッシモ（大下水道）の建設によって干拓されて はじめて政治、宗教、司法及び行政の中心フォーロ（広場）となった。遺跡と化したのは、ロー マ帝国崩壊後の人間の破壊行為の結果であって、時間の経過に伴って自然に壊れたものではない。
…そして紀元前からジュリアス・シーザー（前101 ～前44 年）の輝かしいローマ共和国の時代 （テーベレ川の流れをヴァチカンの丘の方向に変える新都市計画、シーザーの急死によって実現し ない）を終え、アウグストス帝（前23 ～後14 年）時代の帝政時代に革新が進められ、シーザー に捧げた神殿を建て、その上新しいフォーロを造り、復讐のマルスの神殿をその中心においた。 又自分の霊廟、平和の祭壇を造り、熱中した壮大な建築物で街を展開し、“レンガの町を受け取り、 大理石のローマを残す”と遺言した。
後24 年、ネロ皇帝の治世に、大火が発生した。その後革新的再建都市計画が発布され、再建は次の皇帝一族によって（遂げられた）。
コロッセオ（フラヴィス円形競技場）
ヴェスパシアヌス（69 ～ 79 年）とティトス（79 ～ 8 年）によって造られた。コロッセオでは、 いくつものタイプの催しがあった。猛獣狩りは大衆的で、ローマ人のお気に入りでもあった。… ライオン、トラ、豹等出場し、時が過ぎる毎にワニ、カバ、エジプトのサイ等を出場させた。皇 帝たちによって（養成所）飼育係りができ、野獣達は攻撃性を煽る為に、断食、暗闇の中に置かれた。
剣闘士の戦い
見世物は元来エトルリア人からもたらされた。事実、彼らには名家の男達の墓に殺した捕虜等 の血をかけて死者の怒り、嫉妬、憤慨の心をなだめる習慣があった。これが娯楽としての剣闘士 競技へ発展し、群衆の支持を得るための政争に影響を及ぼす事すらあった。
剣闘士は、犯罪者、死刑囚、奴隷、一攫千金の幻想を抱いた市民、没落貴族の若者等で構成された。 決闘は音楽で始まった。人々は大興奮し、一人の剣闘士の死で終わる。もう一つは負傷してエデ ィトール（主催者）のMissio を得ることもあったが、指導者たちは殺しを扇動し、「命乞いせず 笑って死んでいけ」という黄金の規則で剣闘士は教育された。
チルコ マッシモ
かつては主に二頭立てと四頭立て二輪車、四輪車の競技に使われた。前329 年に創建され、後549 年に最後の競技が行われた。
帝政末期
ディオクレツィアヌス（284 ～ 305 年）とコンスタンティヌス（306 ～ 337 年）の二人の歴史的 人物としての皇帝の出現を誇る。今日コロッセオの前に見る凱旋門は、“市の守護者”としてのコ ンスタンティヌスに元老院がその業績をたたえて捧げたもの。
幾世紀に渡るコロッセオの変遷
1349 年、2 回目の大地震。1451 ～ 51 年ニコラウス5 世の治世下に、内部と南部の外円を崩して 新しいサンピエトロ寺院造設。北側の部分は舞台の軸として残した。ローマを完全に変貌させる ほどの多くの建物が、フォロ・ロマーノの破壊と資材の略奪により建てられた。
ベネディクトウス14 世（1740 年～ 58）
何世紀にも渡った略奪は18 世紀に終止符を打った。
参考2
戦禍が絶えることのない中東情勢。2001.9.11. 事件とその後のビンラディン殺害に至るまでの歴 史の事実。死刑制度廃止をEU 全加盟国が決めていること。医学部の後輩が民族学研究者となり東 欧の現地に赴き研究をした結果、「旧ソ連が崩壊した直後に民族の独立運動が各地におこり、無政 府状態の中で仇討ちのような現象が各地で起こったこと」という話を聞いたこと。「日本では、割 腹自殺を遂げた三島由紀夫の純国粋主義的思想がある」との研究者の説。洋画のアクションシー ンにみる残酷なまでのリアリティさ。…等々が腑に落ちるような形で理解できた。
参考3
国家の軍事力を肯定した論拠は根強く西欧諸国にある。ドイツの名宰相ヴィスマルクは「賢者 は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という名言を残したが、ここでいう歴史とは軍事指揮権を発 動して実行することを指すと言われている。軍事力の極限、ナチズムのジェノサイドの反省から 政治的対立を国家、民族間で解消する目的でEU 圏が合意されたという説は説得力があり、評価さ れている。