琉球大学医学部附属病院第三内科 助教
伊佐 勝憲
【要旨】
本稿では頸動脈超音波検査について、早期動脈硬化病変の検出とその解釈、説明 を中心に概説する。内中膜複合体厚(IMT)は加齢と共に増加する一方、多くの動 脈硬化危険因子と関連する。IMT 肥厚は心血管イベントの発症率増加と関連する、 さらにMRI で確認される深部皮質下白質病変の合併とも関連する。頸動脈硬化の 指標としてプラークスコア(PS)が用いられる。PS 値も脳卒中をはじめとした心 血管疾患の発症と関連するが、プラークの性状(低輝度、潰瘍形成)も脳梗塞発症 に関連する。IMT 値およびPS 値ともに性、年齢により評価が相対的に変化する。 これらの値を定期的に観察し、比較することで生活習慣病予防や心血管病危険因子 のコントロールの状況を知るより有用な指標となる。高齢者に多い高度頸動脈硬化 では狭窄率測定と可能であれば狭窄部速度測定を試みると診断の信頼性が増す。
【はじめに】
頸動脈超音波検査は非侵襲的で、経過を追跡 することが容易である。また検査結果説明も簡 便で、動脈硬化の有無と程度を患者さんに伝え やすい利点がある。頸動脈超音波検査の目的は 1)早期動脈硬化病変の検出、2)進行性頸動脈病 変の治療法決定の二つに大別される。本稿では 主に1)早期動脈硬化の病変の検出とその意義に ついて、沖縄県総合保健協会脳ドックにおける データをまじえて概説する。本稿で紹介される 検査方法や基準値は日本脳神経超音波学会の頸 部血管超音波検査ガイドライン1)に準じる。また、 本検査をこれから学ばれる方には、早期動脈硬 化研究会のホームページ2)が参考になる。
【頸動脈超音波検査測定方法】
超音波診断機器はDuplex 法とカラードプラ 法が可能なものを用い、プローベは中心周波数 7MHz 以上のリニアプローベを用いる。被験者 の体位は一般的に仰臥位で行う。枕をはずし、観察する頸動脈と逆方向に首を軽く傾け、少し 顎をあげた体勢にする(図1)。まず頸動脈を 短軸で見える範囲で広く心臓側から頭側に走査 し、血管の走行、プラークの存在部位を確認す る。長軸像ではなるべくプローベと血管を平行 に描出する。
内中膜複合体厚(IMT)の測定時には表示深 度を3cm 以下にし、十分画像を拡大する(図1)。 頸動脈の描出は、長軸・短軸ともに斜め前方・横・ 斜め後方と多方向から行う。IMT 値計測時に は血管をなるべくプローベと平行になるよう描 出し、血流速度計測時には斜めに傾ける。血流 速度計測時の角度補正は60 度以内にする。
【内中膜複合体厚(IMT)の測定と臨床的意義】
IMT の測定は前・側・後方からアプローチ し、遠位壁(far wall) で測定する。正常値 は1.0mm 以下である(図1)。IMT 値 の測定 は大規模研究での結果から総頸動脈のfar wall (IMT-Cmax)での再現性が良く、信頼性があり、血管イベントの予後や薬剤の効果判定に有 効である。頸動脈洞と内頸動脈は再現性が悪い とされる。これらの理由からIMT-Cmax が最 大IMT(max-IMT)として最もよく用いられる。
図1. 頸動脈超音波検査
上段左 検査方法:被検者は頸部を45 〜 60°程度回旋する
プローベは下顎角付近に置き 頸動脈長軸像を描出する
上段右 頸動脈超音波検査で観察できる範囲:総頸動脈から
内頸動脈および外頸動脈の分岐は下顎角付近である
下段 内中膜複合体(正常例):総頸動脈長軸像を描出し遠位
側の内中膜複合体厚(IMT)を測定する 内中膜複合体は
artifact とは異なり 血管壁の心拍動性変化に同期する
IMT の正常値は1.0mm 以下である
IMT 値は加齢と共に増加し、60 歳代までは 男性が女性よりもIMT 値高値である。70 歳以 上では男女差が消失する(図2)。
図2. 総頸動脈最大IMT 値(max-IMT)値の男女年代別推移
(男性n = 617 女性n = 492 沖縄総合保健協会脳ドックデータ)
max-IMT 値は年代と共に増加する Max-IMT 値はどの年代で
も男性が女性よりも高値で 60 歳代まで有意差があった
(年齢-39 歳 P 値< 0.0001;40-49 0.007;50-59
0.003;60-69 0.0001;70- 0.4)
箱図下面―中間線―箱図上面はそれぞれ
25 パーセンタイル―中央値―75 パーセンタイルを表す
IMT 値は多くの動脈硬化危険因子と関連す る(表1)。max-IMT 値は体格、血圧、糖脂質指標、 腎機能などさまざまな動脈硬化危険因子と有意な関連がある。本データには記載されていない が、喫煙もmax-IMT 値を増加させる。
表1. 総頸動脈最大IMT 値(max-IMT)値と危険因子との関連
max-IMT 値は体格 血圧 糖脂質指標 腎機能などさまざまな動脈硬化危険因子と有意な関連がある 但し HDL コレステロール値とeGFR 値とは逆相関にあることを注意する
max-IMT 値 の変化は心血管病リスク評価に 有用と考えられており、特に65 歳の高齢者に おいて、max-IMT ≧ 1.2mm は心血管イベント の発症率を増加させる3、4)。若年者においても max-IMT 値の上昇と心血管イベントの発症率 増加と有意な関連が報告されている5)。しかし 一方で、高齢者のように充分確立していないと する指摘もある 。
脳ドックでは頸動脈超音波検査と頭部MRI 検査の両方が行われる。頭部MRI で頻繁に遭 遇する深部皮質下白質病変(いわゆる隠れ脳梗 塞)は脳卒中、認知症、死亡に関連することが 指摘されている6)。沖縄県総合保健協会受診者 のデータを多変量解析すると、max-IMT 値が 0.1mm 増加するに伴い、有意な深部皮質下白質 病変の合併率が5%増加する(図3)。
図3.max-IMT 0.1mm 増加と有意な深部皮質下白質病変
(Fazekas grade 2 以上)の合併との関連を検討した多変量ロジスティック解析
上段. 深部皮質下白質病変のMRIをFazekas gradeごとに示す
下段表. Model1 年齢 性 BMI 収縮期血圧 eGFR 総コレステロール HbA1c 値で補正.Model 2 はModel1 に年齢を加えて補正
【プラークの測定】
IMT を含み1.1mm を超える部分をプラーク
と定義する。頸動脈超音波検査では少なくとも
総頸動脈、分岐部、内頸動脈の最大プラーク高
を計測することが望ましい。プラークスコア
(PS) は、左右総頸動脈、分岐部、内頸動脈に
存在するプラークの高さの総和である(図4)。
プラークは加齢とともにその検出頻度は増し、
PS 値も増大傾向を示す(図5)。また、経年的
にPS 値を追跡すると、体重増加に伴いPS 値がより増大することが観察されている(図6)。
図4. 頸動脈プラークを多数有する 高度頸動脈硬化所見
IMT 値が1.1mm 以上で隆起性形態を呈する内中膜複合体をプラークと称する
プラークスコアは各S1(内頸動脈)からS4(総頸動脈近位側)
までの各部位でのmax-IMT 値の合計である 本例の場合2.6 (S1)+ 2.5(S2)+ 2.2(S3)+ 2.4(S4)= 9.7(mm)となる プラークの中には低輝度なものがあり B-mode では発
見しにくいことがある カラーフローイメージを併用することでこれら低輝度プラークを発見しやすくなる
図5. プラークスコア分類の男女年代別推移
プラークスコアも年代と共に出現率および程度が増加する60 歳代まで男性は女性よりも動脈硬化が有意に強かった(年齢-39 歳 P 値= 0.005;40-49 0.05;50-59 0.02;60-69 0.001;70- 0.8)
図6. 頸動脈プラークの経年増加とBMI 変化との関連
四年間でBMI 値が4%以上増加したか否かでプラークスコアの経年増加を比較した BMI 増加4%以上の群はそうでない群と比較して プラークスコアの経年増加が増強した(p 値= 0.03) 初回検査時のBMI 値に有意差はない(平均値(95%信頼区間)24.4(23.1-25.9)vs. 24.8(22.1-27.1))
PS 値は大きくなれば脳梗塞7、8) および虚血性心疾患 9) の発症頻度が増大する。
プラークにおけるエコー輝度の分類は、低輝 度、等輝度、高輝度の3 段階で、それぞれ血 液、内中膜または近傍の筋肉、骨と輝度が近い ものとする。低輝度は血栓や粥腫、等輝度は線 維性組織、高輝度は石灰化と対応している。大 きなプラークは通常不均一なことが多く、これ らの病変が入り交じった複合病変であることが 多い。エコー輝度が2 種類以上混在しているも のは、不均一プラークと表現する。少なくとも 50%以上の狭窄を生ずるプラークは、上記エコ ー性状の記載が望ましい。可動性については、 付着血栓・プラークの崩壊・脆弱性が関与して いるため、注意して観察する。プラークに生じ る潰瘍は2mm 以上の陥凹を有するもので、そ れ以下の陥凹は壁不整とする。低輝度プラーク は脳梗塞発症の危険性が高い9)。さらにプラー ク表面に潰瘍がある場合も脳梗塞発症の危険性が高い7)。
【IMT 値とPS 値をどう説明するか】
頸動脈超音波検査の多くは脳ドックあるいは 労災二次検診で行われている。その場合IMT 値やPS 値をどのように説明するか本項では私 案を述べる。
1)頸動脈超音波検査を初めて受ける患者さん の場合:まず頸動脈超音波検査の意義について説明する。頸動脈超音波検査は単なる頸動脈を 観察する検査ではない。全身の動脈硬化の状態 を代表して行われる検査である。頸動脈の状態 により、脳卒中、心筋梗塞などの心血管疾患が 健常人より発症しやすい状態にあるかどうか判 定することが可能である。次にmax-IMT 値が 性別年代別の中で高め(図2、75 パーセンタイル以上)にあるか否かを確認する。仮に高めで あった場合は、同年代の健常人よりも心血管疾 患になりやすい状態であることを説明する。プ ラークが指摘された場合も同様である。PS 値 が同性、同年代の区分頻度がどれぐらいかを図 5 を参照して説明する(例、50 歳代男性、PS 値 5.5 の場合 ― 同性同年代の方で、あなたと同 じ程度の動脈硬化を持っているのは10%程度で す)。IMT 値やPS 値が患者の同性同年代と比 べてどの位置にあるか相対化すると、説明の具 体性が増す。今後、IMT 値やPS 値が増大しな いよう、生活習慣や動脈硬化危険因子の管理に より積極的に取り組まれるよう説明する。
2)頸動脈超音波検査を過去に受けたことがあ る患者さんの場合:基本的にIMT 値やPS 値 は加齢に伴い増加するので、基本的には減少 しないことを前提にしていることをまず説明す る。その上で、IMT 値やPS 値に増加が認め られなければ、生活習慣や動脈硬化危険因子管 理のこれまでの取り組みについて評価する。明 らかな増大があると認められた場合は、改めて 生活習慣や動脈硬化危険因子の今後の取り組み について受診者と確認する。
3)複数回の検査でも動脈硬化危険因子が指摘 されないのに、プラークが指摘された患者さん の場合:過去の喫煙歴がなければ、プラークは 加齢に伴って出現したものと説明する。しかし ながら、早朝高血圧、睡眠無呼吸症候群、イン スリン抵抗性などが背後に隠れている可能性が あることも説明する。
【頸動脈狭窄病変】
脳卒中や心血管疾患を有する患者、動脈硬 化を複数有する患者、高齢者ではしばしば頸 動脈狭窄病変を有する。頸動脈狭窄は分岐部から内頸動脈起始部にかけて多く認められる が、頸動脈狭窄病変は必ずしも頸部血管雑 音を伴わないことから、頸動脈超音波検査 による頸動脈狭窄病変の検出は有用である。 B-mode のみではなく、カラードプラ法を併用 することで頸動脈狭窄診断の信頼性が高まる (図7)。狭窄部の血流速度が200 cm/sec を超 えると、狭窄率が70%以上である可能性が高 い。狭窄率≧ 70%(症候性)または≧ 80%(無 症候性)で頸動脈内膜剥離術または頸動脈ス テント留置術の適応となるので、この場合は 専門施設への紹介が必要となる。
図7. 内頸動脈起始部高度狭窄。
カラーフローイメージを用いることで、頸動脈狭窄をより明瞭に描出できる
頸動脈狭窄率には面積狭窄率と径狭窄率を測定する方法がある径狭窄率算出方法にはNASCET 法=(B-A)/ A = 65% ECST 法=(C-A)/ A = 77%がある
【椎骨動脈血流速度】
B-mode で総頸動脈長軸像を描出し、そのま ま外側にプローベを平行移動させると、椎体横 突起の間を走行する椎骨動脈が描出される。そ の際、鎖骨下動脈狭窄に伴う、椎骨動脈血流形 の変化がしばしば発見される(鎖骨下動脈盗血 現象)。図8 に左鎖骨下動脈狭窄率と左椎骨動 脈血流波型との関連を示す10)。鎖骨下動脈盗血 現象は多くの場合は自覚症状を伴わないが、上 腕血圧値に左右差を伴うことがある。
図8. 左鎖骨下動脈狭窄率と左椎骨動脈血流波型との関連(崎間分類)[10]
左鎖骨下動脈狭窄率が50%までは血流波型は正常(Type I)であるが50%を超えると拡張早期の血流速度が減少し始め(Type II 矢印) 60%を超えると逆流性血流が明確となる
(Type III 矢印) 狭窄率進行に伴い逆流性血流は増大し90%以上の高度狭窄または閉塞では血流波型が完全に逆転する(Type V)
【最後に】
以上、頸動脈超音波検査について、早期動脈 硬化病変の検出とその解釈、説明を中心に概説した。今後、同検査が広く普及し、多くの知見が発掘されることを期待したい。
【参考文献】
1. 日本脳神経超音波学会機関紙Neurosonology編集委員会編:脳神経超音波マニュアル,報光社,2010.
2. 早期動脈硬化研究会:http://www.imt-ca.com/index.html
3. del Sol AI et al: Is carotid intima-media thickness
useful in cardiovascular disease risk assessment ?
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4. O'Leary DH et al: Carotid-artery intima and media
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5. Lorenz MW et al: Carotid intima-media thickening
indicates a higher vascular risk across a wide
age range: Prospective data from the carotid
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6. Debette S, Markus HS: The clinical importance
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7. Handa N et al: Ischemic stroke events and carotid
atherosclerosis. Results of the osaka follow-up
study for ultrasonographic assessment of carotid
atherosclerosis( the osaca study). Stroke 26;1781-
1786, 1995.
8. Nagai Y et al: Significance of earlier carotid
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9. Mathiesen EB et al: Echolucent plaques are
associated with high risk of ischemic cerebrovascular
events in carotid stenosis: The tromsφstudy.
Circulation 103;2171-2175, 2001.
10. Sakima H et al: Correlation between the degree of
left subclavian artery stenosis and the left vertebral
artery waveform by pulse doppler ultrasonography.
Cerebrovasc Dis 31; 64-67, 2011.
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(74.高血圧症)を付与いたします。
問題
次の設問1〜5に対して、○か×でお答え下さい。
慢性腎臓病(蛋白尿とeGFR)という
“ツール”を日常診療に生かす
― CKD ビジュアルシンキング ―
問題
次の設問1 〜 5 に対して、〇か×でお答え下さい。
正解 1.× 2.× 3.○ 4.○ 5.○