社会医療法人敬愛会
ちばなクリニック 放射線科
西蔵盛 由紀子
はじめに
2010 年4 月の診療報酬改正でFDG-PET 検 査の対象疾患がひろがり、早期胃癌を除く全て の悪性腫瘍に対し保険適応となりました。今日 の癌診療においてPET 検査はなくてはならな い検査になりつつあります。しかし、FDG は 腫瘍に特異的に集積するわけではありません。 その性質上、偽陽性や偽陰性の所見もあり、評 価する際は少々コツが必要です。今回はFDG集積のしくみをはじめ、FDG-PET 画像に影響 を来す要因について述べていきます。
FDG-PET は「糖代謝を反映した機能画像」である
ブドウ糖は細胞膜にあるグルコーストラン スポーターを介して細胞内に取り込まれ、解 糖系で代謝されエネルギー源となっています。 多くの癌細胞では正常の細胞に比し数倍〜十 数倍多くブドウ糖を取り込むと言われており、 グルコーストランスポーターの発現亢進や脱 リン酸化酵素の活性低下等が見られることが わかっています。FDG はブドウ糖によく似た 構造をしているため、そのような状態の癌細 胞にはFDG も多く取り込まれ、酵素の働きに よってFDG-6- リン酸となりますが、その後 の糖代謝を受けず、そのまま細胞内に留まり ます(図1)。この現象はメタボリックトラッ ピングと言われ、癌細胞内にFDG が多く集積 する状態となります。
図1
FDG の生理的集積・生理的排泄
ただし、下記のしくみからわかるように、 FDG は癌細胞に特異的に取り込まれる物質で はなく、正常細胞にも取り込まれます。体内で ブドウ糖を最も消費する臓器は脳で、そのため 通常は脳実質へのFDG 生理的集積がいちばん 目立ちます。扁桃・心臓・腸管・生殖器への生理的集積もよく見られる所見です。運動等の影 響による骨格筋への集積、褐色脂肪組織への集 積(鎖骨上窩付近や傍椎体領域に見られ、比較 的左右対称性)が見られることもあります。ま たFDG は尿中に排泄されるため、腎尿路系に は生理的排泄が見られます(図2)。
これらの臓器に発生した癌については、もと もとFDG が集積して見える部位であるため評 価が困難なことがあります。
図2
血糖値との関係
細胞内へのFDG 取り込みはその仕組み上、 ブドウ糖と競合するため、食後など高血糖の状 態ではFDG 集積が低下してしまいます。検査 を施行する際は数時間絶食し、甘いものも控え た状態で行います。
そのため血糖コントロールが不良な糖尿病患 者に対しFDG-PET 検査を行う場合は注意が 必要です。(例1):絶食下でも高血糖の状態で 検査を施行する可能性がある、例2):検査中に 低血糖発作を起こした場合、ブドウ糖急速静注 を行うと画像に影響が出る可能性がある)
FDG は炎症細胞にも取り込まれる
FDG は白血球やマクロファージといった炎 症細胞にも取り込まれます。肺炎、結核、膿瘍、術創・穿刺部位、骨折や外傷の部位等、炎症性 疾患や反応性/炎症性変化を来している部位に はこれら炎症細胞が集まってくるため、FDG が集積します。また活動期のサルコイドーシス にもFDG 異常集積が見られます(図3)。
癌病巣の有無を診断する際には炎症は疑陽性 となり注意が必要ですが、逆にこの現象を利用 して炎症の状態を把握することができます。現 在は保険適応外ですが、不明熱の精査や炎症性 疾患の評価にFDG-PET 検査が有用であった という症例が多数報告されています。
図3
FDG 集積が高い良性腫瘍、FDG 集積が低い癌がある
甲状腺腫瘍、耳下腺(唾液腺)腫瘍、子宮筋腫、 大きな大腸腺腫など、良性腫瘍ですがFDG 集積が高いものがあります。これらは悪性腫瘍と の鑑別が問題となります。骨軟部腫瘍や神経原 性腫瘍についても良悪性の鑑別が難しいことが あります。
また、FDG 集積が低いタイプの癌もありま す。肝細胞癌は脱リン酸化酵素の活性が分化度 と関連すると言われており、高分化- 中分化の 肝細胞癌はFDG 集積が低いことが多いです。 そのため肝細胞癌におけるFDG-PET 検査で の存在診断率はそれほど高くありませんが、低 分化- 未分化癌はFDG 集積が高い傾向があり、 集積の程度が予後や治療効果と関連する可能性 が示唆されています。
腎細胞癌、前立腺癌、印環細胞癌、細胞成 分が乏しい嚢胞性腺癌、カルチノイドなども FDG 集積が低いことがあります。
SUV 値とは?
放射性薬剤(FDG)が全身に均等に分布 したと仮定して、病変へのFDG 集積の程度 を体重・投与量で補正した半定量値のことを SUV:standardized uptake value と言います。 一般的にSUV 値が高ければ高いほど悪性度や 活動性が高いと言われており、悪性度や治療効 果の判定に利用することがあります。しかし、 FDG 集積の機序には様々な要素が絡んでおり、 SUV の数値のみで良悪性を鑑別するのにはな かなか難しいところがあります。SUV 値はあ くまで目安として使用します。
指摘可能な大きさの限界
一般的にFDG の異常集積像として捉えられ るようになるのは、病変の大きさが約1cm からと言われています。5 o以下の病変は検出 できず、検出能には限界があります。早期癌 は病巣自体が小さいことが多いため、異常集 積像として指摘しにくい原因のひとつになっ ています。
おわりに
以上のように、FDG-PET 検査には様々な要 素が影響しています。炎症の存在や良性腫瘍の 種類によっては偽陽性となることがあり、悪性 腫瘍でも小さな病変やFDG 集積が低い性質の ものについては偽陰性になることもあります。 FDG 生理的集積・生理的排泄が評価困難の要 因になることもあります。
FDG-PET 検査は苦痛なく全身検索が可能で あり(図4)、原発巣の状態や転移の有無、病期 診断、治療効果判定、再発の有無、癌検診など、 癌診療における検査の意義は高いです。FDG 集積のしくみや特徴をふまえたうえで、癌患者 のよりよい診断治療のためにFDG-PET 検査 が活用されれば幸いです。
図4