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還暦を前にしてサンシンを始めた

久田 友治

琉球大学医学部附属病院 手術部  久田 友治

子供の頃は、琉球民謡が聞こえてくると眠く なるだけで、好きになれなかった。中学や高校 では、歌謡曲やフォークソングを聞いたり口ず さんだりしていた。ただ、大学では福岡にあっ た沖縄県学生寮の酒の席で、先輩がサンシンを 弾きながら、汗水節や三村節を歌っていた。ほ とんど聞いたことのない歌だったので、印象に 残っている。医師になってからこれまで、音楽 にゆっくり親しむ余裕は少なかった。また、家 族サービスで映画を観に行っても、暗くて涼し い館内で眠るのが常であった。子供にはアイポ ッドを買ってやったが、自分自身は使ったこと がない。

今年の初め、サンシン教室の見学会があるこ とを知り出かけてみた。会場は桜坂にある映画 館の 2 階で、平日の夕方からであった。生徒の 素性はよく分らなかったが、講師は北海道出身 の若い女性であった。しかし、定期的に参加す るのは難しいと思ってあきらめた。そして最近、 某新聞社のカルチャースクールの記事が目にと まった。土曜の午後なので出張の日は別として、 参加できるのではないかと思い、 入校の手続 きをした。人間国宝である T 先生とその門下 の方の計三名が先生である。生徒は十人で、半 分は県外出身、残りはウチナーンチュであり、 女性は一人であった。

娘三名はピアノのお稽古に通っていたが、自 分自身は楽器といえば口笛くらいしか出来な い。女房とも相談して数万円のサンシンを買っ たので、これで後戻りはできない。それからが 結構大変であった。最初の曲は「ワタリゾウ」、 昔はこれが某テレビ局の早朝の開始の曲であっ た。次は「春の踊り」、“歌サンシン” なので、当 然歌いながら弾くし、YouTube で検索して、踊 りも見ている。三番目は「秋の踊り」、季節も秋 になり、歌詞の情景を思い浮かべながら練習し た。そして今は安波節や武富節。半年たってよ うやく、音が出るようになったが、先生のあの 乾いた気持ちのよい音色は全然出せない。

今はもういない母から、先祖はサンシンを弾 いていたと聞いたことがある。自分の中にある “サンシンのDNA” が動き出したのだろう。方 言札があり、方言を使うのは “不良” であった 小学校時代を過ごしたが、ようやくその呪縛か ら逃れたのかもしれない。