琉球大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉・頭頸部外科学講座
我那覇 章
【要旨】
聴覚言語の獲得には聴力が必要不可欠です。乳幼児期に中等度以上の難聴がある と言語獲得に障害が生じます。言語獲得には臨界期がありますが、難聴を早期発見 し聴覚補償を行うことでその影響を最小限にすることが可能です。難聴児早期発見 の手段として、新生児聴覚スクリーニングが広まっており、現在では1-3-6 ルール が浸透しています。新スクの他、本邦においては乳幼児健診が難聴の早期発見に寄 与し、その意義は新スクが普及した現在においても変わりません。難聴は、その程 度により補聴器や人工内耳などの聴覚補償手段があります。軽度から中等度難聴に 対して補聴器は有効です。補聴器では対応が困難な高度から重度の難聴は人工内耳 の適応です。現在では先天性の高度から重度難聴においても早期の人工内耳による 聴覚補償により言語獲得が可能となっています。本稿では難聴児の早期診断と治療 の現状について報告します。
健聴者では主として聴覚言語を用いて意思疎 通を行います。脳に可塑性がある時期に耳から 言葉が入力されることにより、聴覚性言語野の 神経回路が形成されるため、言語獲得には乳幼 児期の聴覚刺激が必要不可欠です。乳幼児期に 中等度以上の難聴があると、言語獲得やコミュ ニケーションの障害が生じ、放置するとその影 響は生涯残存します。先天性難聴の出現率は出 生1,000 人に対して約1 人とされており1)、現 在マススクリーニングが行われているどの疾患 よりも出現頻度が高く、決して稀な疾患ではあ りません。新生児聴覚スクリーニング(以下、 新スク)の普及や人工内耳の進歩など難聴児を 取り巻く環境は大きく変化しており、現在では 先天聾の子供が健聴者と同じ普通学校に通うこ とも可能になっています。
本稿では難聴児の早期発見と聴覚補償について、1)聞こえの仕組みとことば、 2)難聴児早期発見の現状(新生児聴覚スクリーニング、乳幼児健診)、 3)聴覚補償(補聴器、人工内耳)、4)最新医療(難聴の遺伝子診断)について解説します。
音は空気振動として外耳、中耳、内耳へと伝 わります。内耳では音の振動が電気信号に変換 され、聴神経を通り大脳へ伝わり音として認識 されます(Fig.1)。外耳や中耳の障害による難 聴を伝音難聴と言います。伝音難聴では軽度〜 中等度の難聴が生じますが、通常は治療により 聴力改善が可能です。内耳の障害による難聴を 感音難聴と言います。感音難聴の場合、難聴は 軽度から高度まで様々であり、急性発症の感音 難聴を除くと治療による聴力回復は困難です。 軽度〜中等度難聴の場合、言語発達はみられますが、子音の聴き取りが困難となるため構音 障害を生じやすくなります。さらに高度〜重度 難聴の場合には聴覚言語の獲得が困難となります。 (Fig.2)
音は外耳道を通り、鼓膜→耳小骨→内耳(蝸牛)→聴神経→ 脳へと伝わる。外耳、中耳が原因の難聴を伝音難聴、内耳が 原因の難聴を感音難聴と言う。
表の縦軸は音の大きさ(dB)、横軸は音の高さ(Hz)を示す。
難聴児早期発見、早期介入は1960 年代に米 国のMarion Downs が唱えたのが始まりです2)。
1997 年に新生児聴覚スクリーナーとして自 動聴性脳幹反応検査(以下AABR)が市販さ れると、検査手技が簡便で精度が高いという理 由から飛躍的に普及しました。
難聴児の約7 割は聴覚障害が唯一の障害であり3)、 Yoshinaga-Itano らは難聴のみの障害 の場合には早期発見、早期介入により良好な言語獲得が見込まれると報告しています4)。 この報告は難聴児早期発見を目標とした新スクの 正当性を支持する報告として広く引用されています。
米国では1993 年にNIH (National Institutes of Health) から全出生児に対して聴覚スクリー ニングを行う事が勧告され5)、2000 年にJoint Committee on Infant Hearing (JCIH)は生後1 ヵ月までにスクリーニングの過程を終え、生 後3 ヵ月までに精密聴力検査を実施し、生後6 ヵ月までに支援を開始する(1-3-6 ルール)と いう聴覚障害の早期発見早期支援のガイドライ ンを出しました6)。CDC(Center for Disease Control and Prevention) による報告では2009 年時点で米国においては全出生児の97%が新 生児聴覚スクリーニングを受けているとされて います。本邦における新スクの普及状況は日本 産婦人科医会が2005 年に行った調査によると、 およそ60 〜 70%程度の新生児が新スクを受け ていると推定されます7)。
現在、新スクには耳音響放射 (OAE)と自動 聴性脳幹反応検査(AABR)が用いられていま す(表1)。これらスクリーニング機器はいず れも、1)防音室や入眠剤の投与が不要、2)自然 睡眠下で簡便・迅速(通常5 〜 10 分以内)に 検査可能、3)熟練者でなくても検査が行え、自 動的かつ明確に検査結果を得られる、などの利 点があります。OAE はAABR と比較し安価で すが、AABR と比較し難聴検出の特異度が低 いことからAABR によるスクリーニングがよ り有用と言われています。以下、新生児聴覚ス クリーナーと検査後の対応、乳幼児健診につい て解説します。
表1 AABRとOAEの比較
感度や要再検率の点でAABR による新スクが好ましい。
1) 自動聴性脳幹反応 (Automated Auditory Brainstem Response; AABR)
ABR は耳に音(クリック音)を提示して得 られる誘発反応です。この聴性脳幹反応は脳幹 に起源をもつ反応で、睡眠の影響を受けず安定 して測定できるため聴覚検査のみならず脳死判 定にも用いられています。ABR の波としてT 波からZ波が認められますが臨床的に重要であ るのはX波までとされています。各波は厳密に 中継核と1 対1 に対応するものではありませ んが、大まかには、T波は蝸牛神経、U波は蝸 牛神経核、V波は上オリーブ核、W波は外側毛 帯、X波は下丘中心に起源をもつ電位とされて います。そのABR を自動化し検査結果を自動 解析する機能を持った機械がAABR です。検 査は前額部、項部、肩に電極をつけ、両耳にイ ヤーカプラを装着し35 〜 40dB の音刺激を行 い、ABR を測定します。あらかじめ機械に入 力されている正常波形とパターンマッチングを 行い統計的に有意に一致した場合には“pass”、 一致しない場合には“refer”(要再検)と自動 的に判定されます。
2)耳音響放射 (Otoacoustic Emissions; OAE)
1988 年にKemp は耳に音を入れると内耳か ら放射されてくる微細な音を記録することに 成功しました。音が中耳を経て蝸牛に音が到達 すると、内耳の外有毛細胞が収縮、伸展を起こ し振動します。この振動が入力音と逆の経路を 伝播し音として外耳道に放射されたものが耳 音響放射です。中等度以上の感音難聴では外有 毛細胞の機能が消失するため、この反応が消失します。
検査結果は設定された基準に基づいてノイズ レベル以上の有意な反応音が得られているかど うか自動的に判定され、“pass”または“refer”(要 再検)と判定されます。OAE は外耳や中耳の 影響を受けやすく、中耳に羊水が貯留している 出生直後や外耳に耳垢があると偽陽性 (refer) 率が高くなります。また、OAE は内耳蝸牛の 外有毛細胞の機能を見ているものであるため、内耳よりも中枢 (聴神経や脳幹など)に障害が ある場合には検出することが出来ないことがあ ります。
3)新スクの結果と対応(Fig.3)
OAE、AABR とも初回検査にてrefer の場合は再検査すること が好ましい。再検査でrefer の場合には一次または二次精査機 関への紹介が必要。
1)Refer 例への対応: refer となった場合、再 検査を行う事が薦められています。再検査は 同日よりも日を改めて行う事によりrefer 率 を低下させることができるとされています。 検査はrefer 側のみでなく両側再検査を行う 事が推奨されています。refer は即座に難聴 を示すものではなく、あくまでも「要再検」 であり再検査にてrefer であった場合には精 密聴力検査が可能な施設へ紹介する必要があ ります。片側refer の場合も、症候群性疾患 の部分症状の場合もあり、精査が必要です。
2)Pass 例への対応:pass であった場合はその 時点での聴力に異常がないと判断します。し かし、進行性の難聴(サイトメガロウイルス 感染など)や後天性の難聴(ムンプス難聴な ど)は検出できないことから、ことばの発達 に異常を感じた時には耳鼻科を受診するよう にご両親に説明しておくことも大切です。
現在、耳鼻咽喉科学会沖縄県地方部会では新 スク後の要精密検査児や難聴疑いの乳幼児が早 期に精密検査を行えるように一次、二次精密検 査機関を設置しています。一次精密検査機関としてABR 検査が可能な県下7 施設(県立北部 病院、県立中部病院、県立宮古病院、県立南部 医療センター、中頭病院、那覇市立病院、豊 見城中央病院)を定めています。一次検査機関 で難聴が強く疑われる場合は二次精査機関で ABR 検査に加えて乳幼児精密検査や補聴器装 用、人工内耳や聴能・言語訓練の実施を行いま す。二次精査機関は琉球大学医学部附属病院が 指定されています。乳幼児の難聴を疑う場合に は一次、二次精査機関に相談してください。
4)乳幼児健診(1 歳6 カ月健診、3 歳児健診)
本邦では1 歳6 か月健診や3 歳児健診が制度 化され、難聴を含めた様々な障害の早期発見に 寄与してきました。日本耳鼻咽喉科学会の3 歳 児聴覚検診アンケート全国調査による過去10 年間の変遷を表2 に示します。3 歳児健診で発 見される両側難聴児数は新スク普及前後でほぼ 同数でした。この理由としては、進行性難聴や 後天性難聴の存在の他に、新スクの普及により 0 歳代での早期診断は増加したものの新スク普 及前においても高度難聴が3 歳代まで放置され ることは少なかったことなどが推察されます。 しかし、良好なコミュニケーションをもたらす 有効な聴覚補償を行うためには、新スクのさら なる普及と進行性・後天性難聴を早期に発見す ることが必要です。現在、日本耳鼻咽喉科学会 では難聴を見逃さないための1 歳6 か月健康診 査および3 歳児健康診査リーフレットを作成し 日本耳鼻咽喉科学会のホームページ( http://www.jibika.or.jp/ )にて入手可能となっております。検診のみならず日常診療における難聴児 早期発見の一助となれば幸いです。
表2 3歳児聴覚検診にて発見される両側感音難聴児数の変遷
日本耳鼻咽喉科学会の3 歳児聴覚検診アンケート全国調査に 基づく、3 歳児健診にて発見される難聴児数の変遷を示します。 新スク普及後も新スク普及前とほぼ同数の難聴児数が発見されている。
1)補聴器
軽度から中等度の難聴に対して補聴器は有効 な手段です。マイクで音を集めて、アンプで音 を増幅し、スピーカーで音を発生させる、これ を小型化したものが補聴器です。このアンプが アナログ処理のものをアナログ補聴器と呼び、 デジタル処理のものをデジタル補聴器と呼びま す。最近の補聴器の多くはデジタル式になって います。音声のデジタル処理は患者の多様な聴 覚特性に合わせたきめ細かな調整(フィッティ ング)を可能にしました。雑音抑制や指向性コ ントロールを行うものもあります。形状も小型 化が進み、耳かけ型、箱形、挿耳型と様々な種 類があり装用者のニーズに合わせて選択が可能 です。その他、一般的に知られている補聴器の 他に外耳道閉鎖症や伝音難聴に効果的な骨導補 聴器があります。このように、補聴器の進歩に より、多様な聴力レベルや病態に対して適応が 拡大しています。
補聴器は軽度から中等度の伝音難聴では補聴 効果が高いですが、老人性難聴などの感音難聴 では内耳の有毛細胞や聴神経が障害されている ために、いくら上手に補聴器を調整しても聴力 改善には限界があります。平成17 年から「薬 事法の改正」に伴い補聴器は「管理医療機器」 となりました。このような社会的変化に伴い、 日本耳鼻咽喉科学会では「補聴器相談医」制度 を発足しました。補聴器活用に関する専門的な 助言・指導ができるように学会の定めた研修を 修了した会員に補聴器相談医を委嘱し難聴者が 補聴器を適切に活用することに貢献する活動を 行っております。補聴器相談医は http://www.jibika.or.jp/meibokensaku/hochouki.html で検索 することができます。
全ての補聴器は最終的に音を耳に提供する事 に変わりはなく、補聴器を装用しても言語を理 解できないような高度の難聴に対しては人工内耳が適応となります。
2)人工内耳
蝸牛(内耳)は音という空気振動のエネルギ ーを電気信号に変換し脳へ音を伝達していま す。蝸牛の障害により高度〜重度の難聴になっ た症例に対して人工内耳は適応となります。本 邦における人工内耳の装用者は2011 年時点で は6,000 人を超え、全世界ではで17 万人を超 えています。新スクなど難聴に対する早期介入 の有効性が広く認識され、2006 年には人工内 耳の適応が拡大し、年齢は、2 歳以上から1 歳 6 か月以上となり、難聴のレベルも100dB 以 上から90dB 以上となりました。補聴器では言 語発達に十分な聴覚獲得が困難な例でも人工内 耳により言語獲得可能な聴覚の獲得が可能で す。(Fig.4)
高度から重度難聴(△)症例では補聴器をしても会話可能な聴力の獲得は困難(▲)。このような症例でも人工内耳により会話可能な聴力(○)を獲得可能。
人工内耳は手術で蝸牛に電極を挿入します。 (Fig.5)音は耳に掛ける体外部で信号化され、 高周波無線信号として体外部から体内部に送信 されます。手術で埋め込んだ体内部は体外部か ら受信した信号を電気信号に変換し蝸牛の電極 に送信し聴神経を刺激します。刺激は聴神経か ら大脳へ伝わり音として認識されます。 (Fig. 6)
手術で右内耳(蝸牛)に埋め込まれた人工内耳電極。 矢印(←)は人工内耳電極を示しこの症例に使用した機種では22 個電極がある。
人工内耳手術はできるだけ早期に行う方が言 語獲得成績が良いとされています。手術時期が 遅くなるほど言語獲得は悪く、個人差はありま すが4 歳を越えると充分な言語療法を行って も聴覚を主としたコミュニケーションは難しくなります。人工内耳は高度〜重度の難聴に対し て有効な手段ですが、万能ではありません。人 の聴神経は数万本あるのに対して、人工内耳は 16 〜 22 個の電極刺激により聴覚を代償してい るため、本来の聞こえとは異なる音感覚となり ます。日本耳鼻咽喉科学会では医療の質を担保 するために、診断・治療・リハビリを一貫して 行う施設を認定していますが、沖縄県では琉球 大学医学部附属病院が基準を満たし認定されて います。県内の人工内耳手術症例はすでに累計 100 症例を超えています。
1)先天性難聴の遺伝子診断
先天性難聴の原因は約50%が遺伝的な原因 とされています1)。2012 年4 月よりInvader 法 による難聴遺伝子の検査が保険適用となりまし た。対象の遺伝子は日本人に多く認めるとさ れる10 遺伝子47 変異が対象となっています。 この検査により先天性難聴の約30 〜 35%の難 聴原因を特定できるとされています8)。先天性 難聴において、その原因遺伝子を調べることは、 疾患の診断のみならず予後予測、難聴の予防、 治療(人工内耳等)の有効性予測につながりま す。今後難聴児早期診断、治療の一環として普 及していくと考えられます。
難聴児早期発見の現状と聴覚補償、最新医療 について概説しました。早期の適切な診断、聴 覚補償、療育を受けることができなければ、児 は一生聴覚言語によるコミュニケーションを得 ることができなくなり、大きな社会的不利益を 被ります。医療機器、技術の進歩と共に着実に 早期発見、早期介入が進み難聴は克服可能な障 害となりつつあります。難聴児の診断から介入、 療育までを円滑に行うためには難聴児を取り巻 く、家庭、行政、医療従事者(産婦人科、小児 科、耳鼻咽喉科、言語聴覚士など)、療育機関 を包括した体制が必要です。そのためには、す べての関係者が何のための新スクなのか、誰の ための新スクなのかをよく考えて取り組む必要 があります。耳鼻咽喉科学会沖縄県地方部会で は今後もこの問題に積極的に取り組んで参りま すので、関係諸兄からのご支援をお願いして本 稿を終了致します。
参考文献
1) Morton NE.: Genetic epidemiology of hearing
impairment, Ann NY Acad Sci,630:16 ? 31, 1991.
2) Downs MP andd Sterritt GM: A guide to newborn and
infant hearing screening program, Arch. Otolaryngol,
85: 15-22, 1967.
3) Fortnum HM et al.: Epidemiology of the UK
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affluence, Int J Audiol, 41: 170-179, 2002.
4) Yoshinaga-Itano et al.: Language of early and lateridentified
children with hearing loss, Pediatrics 102:
1168-1171, 1998.
5) National Institute of Health: Early identification of
hearing impairmen in infants and young children. NIH
Consensus Statement, 11: 1-24, 1993.
6) Join Committee on Infant Hearing, American Academy
of Audiology, American Academy of Pediatrics,
American Speech and Hearing Programs in State
Health and Welfare Agencies. Year 2000 Position
Statement: principles and guidelines for early hearing
detection and intervention programs, Pediatrics: 106,
798-817, 2000.
7) 三科 潤: 新生児聴覚スクリーニングの効率的実施お
よび早期支援とその評価に関する研究。平成16 年度
〜 18 年度厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総
合研究事業), 総合研究報告書, 1-10, 2007.
8) Shin-ichi Usami et al.: Stimultaneous Screening
of Multiple Mutations by Invader Assay Improves
Molecular Diagnosis of Hereditary Hearing Loss. A
Multicenter Study, PloS ONE 7 e31276: 1-8, 2012.
( http://www.plosone.org/article/info % 3Adoi % 2F10.1371% 2Fjournal.pone.0031276 )
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(38.聴覚障害)を付与いたします。
問題
次の設問1 〜 5 に対して、○か×でお答えください。
非定型抗精神病薬による悪性症候群、遅発性の錐体外路症状の現状について
問題
次の設問に対して、○か×でお答え下さい。
正解 1.○ 2.× 3.○ 4.○ 5.×