城間クリニック 城間 清剛
65 歳以上の7 〜 10 人に1 人、85 歳以上の3 人に1 人が何らかの認知症に罹患しており、日 本の全人口の2.1%が認知症という時代です。
認知症の診断基準は以下の3 点です。最近の ことをすぐに忘れる病的もの忘れの記憶障害、 物事の段取りが上手にできない実行機能障害や 日時が分からなくなる失見当識などの認知機能 障害、これらによる仕事や生活への障害の生活 障害です。認知症の診断というと、とかく脳画 像検査や知能検査がとりあげられ、かかりつけ 医には難しく感じられがちですが、多くの疾患 がそうであるように、診断のポイントは、病歴 や問診、生活上の変化です。難しい検査よりも、 家族からの話、もの忘れの具体的エピソードを 少しだけ詳しく聞いてみることが何よりも大切 です。
先日、認知症疑いの患者さんが受診しまし た。40 年以上、商売を営み問題なく過ごして います。他院での脳MRI では年齢相応で長谷 川式知能検査は正常域のため、認知症の診断が つきませんでした。家族が気にしたのは、数年 前からすこしずつもの忘れがあり、決め手は銀行決済でミスが続いたことでした。本人は、家 族からの問診の様子をそばでニコニコ笑顔で聞 いていて、ときどき失敗の言い訳をします(「と りつくろい」です)。診断は「明らかな何らか の認知症」です。理由は、もの忘れがあり、仕 事のミスの深刻さの自覚が乏しく自分の病状変 化の自覚が乏しいこと。つまり病識がなく仕事 や生活に支障を生じていることです。臨床的に はアルツハイマー型認知症(AD)を考えます。 家族には、認知症治療を勧め、今後の症状経過 の見通しや注意点を説明しました。危険や損害 を生じうる業務は控えてもらい、当面可能な業 務を続けてもらうことを助言しました。本人に は「脳の神経の病気」が隠れている様子ですと 治療や精査を勧めたら納得されました。検査よ りもまず家族の話を聞いてみる。少し視点を変 えて認知症の診療に取り組んでみてはいかがで しょうか。
認知症には様々な原因がありますが、4 大認 知症(AD、DLB、VaD、FTD)が大部分を占 めています。アルツハイマー型認知症(AD) が50 〜 60%、レビー小体型認知症(DLB)が 20%、血管性認知症(VaD)が18%、前頭側 頭葉型認知症(FTD)が5%、残り数%がその 他の原因による認知症です。
AD は病初期から極端なもの忘れが目立ち、 昔のことは詳しく覚えているのに、最近のこと はすぐ忘れます。日時がわからなくなり、同じ 事を何度も尋ねます。VaD は脳梗塞や脳出血 のあとに起きて、手足の麻痺、言葉や歩行の障 害を伴い、怒りっぽさなど感情の不安定さが特 徴です。DLB は身体のこわばりや小刻み歩行 などのパーキンソン症状と明瞭な幻視、症状の 変動が特徴です。認知症が現れる前に、不安う つ症状が現れ、高齢うつ病として治療を受けて いることもあります。認知症治療薬を含む向精 神薬への過敏反応(副作用)が出やすいのも 特徴です。認知症治療薬で、易怒性、落ち着 きのなさ、心身の不調が現れたら、DLB を念 頭に診てください。FTD は脳の前頭部や側頭 部が極端に萎縮する認知症です。重度になるまで、もの忘れが少なく、性格や行動面の変化が 主体です。無精になり、道徳観念が低下した行 動をします。生活面では、ワンパターンで時刻 表の様な日課傾向が現れます。FTD の亜型に 意味性認知症(SD:ヒントを与えても言葉の 意味がわからない)や進行性非流暢性失語症 (PA:どもりなどで言葉が次第に話せなくなる) という言葉の障害が表れる認知症もあります。 DLB とFTD では病初期にはもの忘れは目立 ちません。知能検査で見過ごされることも少な くありません。日常生活状況の問診が大切です。 一方、認知症の診療では、特定の認知症として 確定診断できず、複数の認知症が重複する混合 型認知症も多く、経過中に、診断が変わること もしばしばあります。ご家族にははじめからそ の旨、説明しておくと良いでしょう。
認知症治療薬にはコリンエステラーゼ阻害薬 (ChEI;3 種類、4 製剤)とNMDA 受容体拮抗 薬(1 種類、1 製剤)があります。ChEI の代表は、 アリセプト(塩酸ドネペジル)です。日本で創 薬された世界初の実用的な認知症治療薬です。
認知症では、記憶に関わるアセチルコリン (ACh)が低下し、神経が壊れてさまざまな症 状が現れます。ChEI は脳内アセチルコリン濃 度を高めつつ、併せ持つそれぞれの薬理作用に よってアルツハイマー型認知症の記憶障害など の中核症状や易怒性、興奮、不安イライラ感、 怒りっぽさなどの周辺症状を改善します。
アリセプトは、軽度から中等度および高度ま での広範囲のアルツハイマー型認知症治療薬で す。海外では、脳血管性認知症治療薬の承認も 得ています。なおジェネリックの塩酸ドネペジ ル製剤は、高度アルツハイマー型認知症治療 (10mg/ 日)の保険適応は未承認ですのでご注 意ください。
レミニール(ガランタミン)と、イクセロン パッチ、リバスタッチパッチ(リバスチグミン) は、いずれも軽度および中等度のアルツハイマ ー型認知症治療薬です。レミニールは内服薬で、 イクセロンパッチ、リバスタッチパッチは貼付剤です。それぞれChEI に加え別の薬理作用が あり、認知症のさまざまな症状に効果が期待で きます。イクセロンパッチ、リバスタッチパッ チは、貼付剤のため、嘔気などの胃腸障害の副 作用が少なく、内服が難しい患者さんへも投与 しやすいのが特徴です。以上、3 種類のChEI の併用はできません。
メマリー(メマンチン)はNMDA 受容体拮 抗薬で、中等度から高度のアルツハイマー型認 知症治療薬です。メマリーは単独でも効果があ りますが、前述したChEI と併用することもで きます。副作用として眠気やめまいがあります ので増量の際には注意してください。認知症治 療薬を投薬し始めると、1 〜 3 ヶ月ほどで効果 が現れ、もの忘れの減少、周りへの気遣いの回 復、ADL の改善、周辺症状が改善したなどと 病状の改善を実感することがあります。はっき りした効果が感じられなくても、認知症の進行 を抑制する効果はありますので、根気強く薬を 続けていくことが大切です。もちろんいずれの 薬も、副作用に留意して慎重に処方することが 必要です。
認知症のごく初期や軽度、中等度の患者さん では、とまどいや不安、混乱や焦り、抑うつなど、 さまざまなこころの変化と身体の不調が現れま す。表面的には、うつ病や不安神経症、不定愁 訴のようにみえるのもそのためです。みなさん 自身、昨日の記憶がぼやけ、数日前や1 週間前 の記憶がほとんど思い出せない状態を想像して みてください。どれほど恐ろしいことでしょう。 認知症の患者さんは不安と恐怖、混乱の中にい ます。患者さんには安心感が、家族には希望が 必要です。認知症は、「脳の神経の病気」です。 治療する薬があります。専門ではなくとも、か かりつけ医として、患者さんやご家族と一緒に 治療に取り組むお手伝いをしましょうとお話し していただきたいと思います。患者さんを暖か く包み、家族を支えていただくことが患者さん やご家族の希望と安心につながります。ぜひ、 多くの先生方のご協力をお願いいたします。