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平成23年度日本医師会医療事故防止研修会
〜「医療事故削減戦略システム」の実践報告と新たな課題〜

稲田隆司

常任理事 稲田 隆司

平成23 年度日本医師会医療事故防止研修会 が、「『医療事故削減戦略システム』の実践報告 と新たな課題」をメインテーマに、去る1 月15 日(日)日本医師会館大講堂で開催されたの で、その概要を報告する。

会長挨拶

日本医師会会長の原中勝征先生(代読:羽生田俊副会長)より、概ね以下の通り挨拶があった。

日本医師会では、医療の安全確保と事故防止 に関する会内委員会として、平成9 年から医療 安全対策委員会を設置し、今期は「医療安全の 推進と新しい展開」について検討をお願いして いる。

平成20、21 年度にかけて、医療安全対策委 員会が作成した「医療事故削減戦略システム」 は会員の先生方から非常に役に立ったという反 響をいただいているところである。今期の委員 の先生方には、医療事故削減戦略システムを実 際に現場で実践していただきながら、医療事故 削減の効果的な方策についてご検討いただいた。

本日のこの研修会では、『医療事故削減戦略 システムの実践報告と新たな課題』と題し、委 員の先生方からこの2 年間を通じ実践していた だいた成果を、参加者の皆様方が医療の安全の ために積極的に行動していただくためのヒント として提供する機会にしたいと計画したところ である。医療事故削減戦略システムを核とした 様々な角度からのご講演をいただき、参加者の 皆様が新たな課題を胸に活動を開始していただ ければと考えている。よろしくお願いしたい。

第1 部『愛知県医師会の取り組み』

愛知県医師会理事の横井隆司先生より、愛知 県医師会における医事紛争・医療事故の防止に 係る取り組みについて報告があった。

始めに、愛知県医師会では、医事紛争・医療 事故防止の取り組みとして、「医療安全対策委 員会」と「苦情相談センター」という2 つの事 業を柱に取り組みを行っているところであると 説明があり、それぞれの事業内容について報告 が行われた。

医療安全対策委員会は、内科、精神科、整形 外科、泌尿器科、眼科、小児科、外科、皮膚 科、耳鼻咽喉科、産婦人科と各診療科の医師が 委員として構成されるとともに、各地区医師会 の担当理事や顧問弁護士(9 名)、保険会社担 当者(5 名)、学識経験者(6 名)等、合計41 名の委員で構成されていると紹介があった。

委員会は、月に1 回定例として開催され、平 成22 年度は183 件の医事紛争事案について審 議を行ったと報告があった。件数については、 これまで200 件前後を推移しており、若干減少 の傾向にあると説明があった。

また、医療安全対策委員会では、委員会を開 催するとともに会員への啓発活動の一環として、 会報に「医療安全対策委員会だより」を掲載し、 医事紛争事案が発生した際の患者様への対応方 法や医賠責保険に係る注意事項、また医事紛争 事案として訴えられた際に誤解を生じさせない ための診断書の記載方法等、医事紛争に係る 様々な情報を掲載していると説明があった。

苦情相談センターについては、「中立的な立 場で医療に関する苦情相談に対応すること」を 目的に2003 年度に設置し、医療事故の判定や 責任の所在を判断するのではなく、患者・家族 と医療機関の当事者間での問題の解決に向けた 取り組みを支援することを主眼に活動を行って いると説明があった。

相談センターは、専任の相談員2 名と兼任の相談員4 名で構成され、医学的な専門知識を要 する相談については、各医会から推薦された専 門の医師が相談に対応していると紹介があっ た。また原則として、匿名での相談には対応し ていない(法令違反が疑われる場合は対応)と 説明があった。

相談センターに寄せられた相談件数は、平成 20 年度1,099 件、平成21 年度1,272 件、平成 22 年度1,364 件となっており、年々増加傾向 にあるが、医療安全対策委員会として対応した 件数はそのうち23 件(2.2 %)と少なく、金銭 的要求は意外と少ない傾向にあると報告があっ た。また、各種相談内容については、苦情相談 センター委員会を月1 回開催し、相談内容の精 査を行っていると説明があった。

愛知県医師会では、医師会の自浄作用に係る 取り組みとして、上記の医療安全対策委員会と 苦情相談センター委員会のそれぞれの立場から 活動を行っており、医療安全対策委員会として は、短期間(2 〜 3 年)に複数の医療事故を起 こし、いずれも有責となった医師については、 当該医師を呼び出し、事情を聴取した上で、必 要に応じて「改善レポート」の提出を求める等 の取り組みを行っており、苦情相談センター委 員会としては、相談内容に重大な問題があると 思われる場合は、当該医療機関への注意喚起を 促す等の取り組みを行っていると説明があった。

その他の医療安全に関する取り組みとして、 社会保険集団指導講習会と併せた医療安全に関 する講演会の開催や、日本医師会が策定した 「医療事故削減戦略システム〜事例から学ぶ医 療安全〜」の伝達講習会を各地区で開催すると ともに、医療事故予防のための会員実態調査を 実施し、静脈採血の手法や院内感染予防対策の 徹底等に向けた取り組みを行っていると説明が あった。

第2 部『大阪府医師会の取り組み』

大阪府医師会理事の齋田幸次先生より、大阪 府医師会における医事紛争・医療安全に係る取 り組みについて報告があった。

大阪府医師会における主な取り組みとして、 医療安全推進指導者講習会の開催や、診療所に おけるインシデント・アクシデント事例の調査等 を行っていると説明があり、また各地区医師会 においても、医療安全等に係る様々な取り組み が実施されているところであると説明があった。

医療安全推進指導者講習会については、大阪 府からの委託事業として実施しており、インシ デント・アクシデント事例の要因分析や医薬品 及び医療機器の安全管理、院内感染対策や医事 紛争の法的責任分析等を主なテーマに、全5 日 間のプログラムで講習会を開催していると報告 があり、全日程修了者には修了証を発行してい ると説明があった。

診療所におけるインシデント・アクシデント 事例調査については、会員診療所の医療安全に 対する問題意識の向上を図ることを目的に実施 しているところであると説明があり、調査結果 より、事故発生率が高い曜日や時間帯、医療行 為別の発生内容、生命危険度や患者信頼度等、 様々な分析が行われ、会員に対し調査結果のフ ィードバックを行うことで、医療安全対策に係 る各種情報の共有を図っていると紹介があった。

第3 部『茨城県医師会の取り組み』

茨城県医師会副会長の石渡勇先生より、茨城 県医師会における医療安全等に係る取り組みに ついて報告があった。

茨城県医師会では、「医療ADR(医療問題中 立処理委員会)」、「医事紛争処理(医師賠償責 任保険による紛争解決)」、「医療安全対策」を 3 本の柱として、医療安全等にかかる事業展開 を行っているところであると報告があり、各事 業の概要について紹介があった。

医療ADR については、患者側と医療側が話 し合える場を提供し、中立の立場で問題処理の 支援を行うということを目的に設置していると 説明があり、委員会の運営については、茨城県 医師会が年間400 万円を負担し活動を行ってい ると報告があった。

医療ADR への申し立て件数は、委員会が設 置された平成18 年度から平成22 年度までで 61 件となっており、そのうち応諾した件数は 55 件となっていると報告があった。応諾を拒 否した事例については、指摘を受ける誤った医療はしてない事例や、委員会で患者と話し合う 必要が無い等の事例であったと説明があった。 医療ADR で合意に至った件数は24 件となって おり、合意に係る解決金(見舞金)額について は、100 万円以上が11 件、100 万円未満が12 件となっていると報告があった。

医事紛争処理委員会については、最近5 年間 の取り扱い件数は147 件となっており、毎年平 均29 件の事案を受け付けていると報告があっ た。診療科別では、外科31 件(21.1 %)、整形 外科30 件(20.4 %)、内科27 件(18.3 %)、 産婦人科26件(17.7%)、脳外科1 1 件 (7.5 %)となっていると説明があった。

医療安全の取り組みについては、日本医師会 が策定した「医療事故削減戦略システム」の理 解と職員への徹底を図ることを目的に、その実 施体制について各医療機関に対しアンケート調 査を行うとともに、伝達講習会の開催や医師会 ホームページへの事業内容の掲載等の取り組み を行っていると報告があった。

第4 部『医療安全情報等の活用方法について』

日本医療機能評価機構執行理事の後信先生 より、公益財団法人日本医療機能評価機構にお ける医療事故情報収集等事業等について報告が あった。

始めに、医療事故情報収集等事業は、その目 的を、医療事故が起こった際に誰に責任があっ たかという点を主眼としているのではなく、医 療事故の再発予防・再発防止を促進することを 一義的な目的としていると説明があった。

本事業に寄せられた報告件数は、平成22 年 度では、報告義務がある医療機関(272 施設) からの報告が2,182 件(平成17 年度: 1114 件)、報告義務がない任意の施設(521 施設) からの報告が521 件(平成17 年度: 151 件) となっていると報告があり、各施設から寄せら れた事案については、個別名称等を削除した上 で報告書や年報という形で随時情報を公開して いると説明があった。情報提供に際しては、事 例の具体的な内容が紹介されるとともに、事例 の背景や要因についても併せて掲示していると 説明があった。

本事業は、最初の5 年間(2004.10 〜 2009.9) の課題として、「事業への参加」、「報告件数の 増加」、「報告の質の向上」という3 点を挙げて いたが、これからの5 年間(2009.10 〜 2014.9) については、前述の課題に加え「収集事例の活 用」という点が重要になると考えていると説明 があった。

第5 部『医療事故対応について』

昭和大学病院病院長の有賀徹先生より、医療事故防止対策について報告があった。

始めに、我が国における医療訴訟件数は、10 年間で400 件から1,000 件と倍以上に増加して おり、現在、日本中で約2,000 件の民事医療訴 訟が進行中となっていると説明があり、これ は、1 件の訴訟に2 人の医師が関係するとした 場合、おおよそ50 人に1 人の医師が現在紛争 中ということになると説明があった。また、裁 判に至らない医事紛争事案も含めると、医事紛 争を経験したことのない医師はいないと言える のではないかと意見があった。

このように医事紛争事案が増加傾向にある理 由として、1)最高水準要求型(求める水準が高 すぎる)、2)説明義務過剰型(説明義務の範囲 が広すぎる)、3)因果関係こじつけ型(ミスと 転機とを無理にこじつけ)、4)医学的根拠希薄 型(医学的誤った根拠)、という医療の限界や 不確実性を無視した4 つのタイプが挙げられる と説明があり、このままでは我が国の医療が崩 壊することになりかねないと提起した。

このような状況において、医療事故を防止す るためには、一次予防(安全管理)としてヒヤ リハットの未然防止、二次予防(狭義の危機管 理)として損傷拡大の防止、三次予防(crisis management)として苦情・訴訟対応、それぞ れに取り組む必要があると説明があり、2)+3) は広義の危機管理であり、1)をもう一歩発展さ せると「質の管理」、1)2)3)全てが広義の「質 管理」と、全てがその延長線上にあると説明が あった。

チーム医療を実践するためには、医師が各医 療スタッフ(看護師、リハスタッフ、薬剤師、 等)に直接指示を出していた『ピラミッド型チーム医療』から、医師が病棟の医療チーム(看 護師、リハスタッフ、薬剤師、MSW 等)に包 括的な指示を行う『情報共有型チーム医療』に 変えることが重要であり、情報共有型にするこ とで、各医療従事者が情報交換を行い、すり合 わせを行いながら各自が考え(専門性アップ) 最適なチーム医療の提供に繋がっていくと説明 があり、またそのことで業務内容が標準化する とともに、医療の質の向上と効率化が図られる と意見された。

第6 部の総合討論に入る前に、医療安全全国 共同行動推進会議議長の高久史麿先生より、概 ね以下の通り挨拶が述べられた。

医療安全全国共同行動は、医療の質安全学会 が提唱し、日本医師会、日本歯科医師会、日本 病院薬剤師会、日本看護協会、日本工学技師 会、医療工学技師会の方々が運営の中心となり 2008 年に発足した。参加した病院等から非常 に評判が良かったことから、更に2 年間、2011 年から2013 年まで続けることとした。連絡会 議を昨年11 月に開催し、今年の運動方針等に ついて討論を行った。

第1 期目は、広島県医師会、沖縄県医師会、 宮城県医師会に、地域推進拠点としてご活躍い ただいている。各県医師会の先生方にも、第2 期にはご参加いただきたいと考えている。よろ しくお願いしたい。

第6 部『総合討論−医療事故削減戦略システムの実践報告と新たな課題−』

日本医師会常任理事の高杉敬久先生の座長のもと、総合討論が行われた。

Q.群馬県医師会:情報提供に関して、苦情相 談に対応する医師と、事例検討会の委員構成はどうなっているか。

A.横井先生:事例検討会のメンバーは各医会か ら1 名ずつ出ていただいている。苦情相談セン ター委員会は、医師だけではなく医療関係者や 市民代表の方も参加している。

Q.群馬県医師会:事故をおこした先生に承諾 をとって報告書に載せているのか。報告書に記 載することを拒否される先生がいた場合はどうするか。

A.横井先生:報告書は匿名化を図っている。従 って医療機関に承諾を得るということはない。 患者の年齢等もある程度ぼかしている。当事者 が見れば分かるかもしれないが、それ以外は分 からないということでやっている。

Q.静岡県医師会:医療安全対策委員会の施策 の一つとして、裁判所とのコンタクト、すなわ ち医療訴訟の検討の場について、定期的あるい は不定期的にあるか。

A.齋田先生:司法のコンタクトは一切ない。大 阪府市医師会に協力いただいている弁護士を仲 立ちとして話し合うことはあるが、そういうこ とは難しいと考える。

Q.匿名:医療ADR について、医療側が全く無 責の場合でも見舞金を発生するということにな れば、クレームを助長することになりうるとい うことで納得いかないが如何か。

A.石渡先生:医療側と患者側が同意しなければ 解決しないので、医療側の方で、ご質問のよう に全く責がないと判断した場合は、これは妥協 することはない。多少なり医療側に非がある場 合は、これは話し合いの中で仕様が無く見舞金 程度で解決する事例はある。明らかに全く過失 が無いものについては、私達委員会の方でも、 それを医療側に敢えて解決する方向の見舞金を 出すようなことは一切していないので、そのよ うなご懸念はないと考える。

Q.匿名:クレーマー対応について、医療側からの名誉毀損等のシステムを考えてはどうか。

A.後先生:医療機能評価機構は、病院の医療の 質の向上のために、病院の支援をするというこ とで取り組んでいる。クレーマーの対応として、 医療機関と別のところから、名誉毀損というこ とを患者さんに対応するという仕組みについて は、医療機能評価機構という団体の性質とは少 し違う。医療機関と顧問弁護士がしっかり対応 しなければならないことではないかと考える。

A.石渡先生:理不尽なクレーマーに対しては、 茨城県医師会では事務で対応しているが、一 応、弁護士に相談して対応するようにと、システム的にきちんとした対応ができているという 状況ではない。組織だって、クレーマー対策や それについての名誉毀損等、そういう民事裁判 を起こす等、システムとしてはこれからも出来 上がっていかないのではないかと考えている。 個々の事例について対応していくという形を取 らざるを得ないと考えている。

A.齋田先生:大阪府医師会では、担当弁護士から債務不存在の訴えをする場合もある。

印象記

常任理事 稲田 隆司

「医療事故削減戦略システム」の実践報告と新たな課題として、日医の委員が所属する地域での取り組みが発表された。

「医療安全を文化に」を理念に、愛知県、大阪府、茨城県と、規模も特性も異なる地域での工夫の数々が語られた。

大学病院と連携した「死因究明システム推進委員会」(愛知県)、「区民への医療安全アンケート 調査」により、医師・患者間のコミュニケーションを分析し改善につなげる試み(大阪府)、「医 療問題中立処理委員会(ADR)」(茨城県)等が印象に残る活動であった。

その他、静脈採血のスキルアップへ向けた活動は、各診療科に共通する安全対策として、本会でも取り組みたいと考えた。

午後は、日本医療評価機構の医療安全情報の収集とフィードバック報告、昭和大学病院における実践、最後に演者全員による総合討論と、問題の複雑さを背景とした多様な内容であった。

特に昭和大学の有賀院長の報告は、実践的かつ論理的で勉強になった。例えば、昭和大学の患 者様への真摯な呼びかけ「昭和大学を受診される患者様の皆様へ−医療安全に関するメッセー ジ−」は、医療の不確実性を示し、我々には身にしみて頷ける事実であるが、医療の限界、不確 実性を無視した以下のような4 パターンの判決が医療界を脅かしていると述べられた。

1)最高水準要求型(求める水準が高すぎ)
2)説明義務過剰型(説明義務の範囲が広すぎ)
3)因果関係こじつけ型(ミスと転帰とを無理にこじつけ)
4)医学的根拠希薄型(医学的誤った根拠)

このような司法の流れに対して、我々は一層の医療安全の構築、紛争処理体制の充実、裁判時の勝訴を目指さなければならないと感じた。

21 条の届け出は、警察から見れば自首と同じだという発言は、この条文の恐ろしさをよく示していると考えさせられた。

総合討論では、東京や静岡で行われている裁判官や弁護士、医療関係者の合同の勉強会の報告があり、これは司法の論理と医療の論理を互いに学び合う良い機会になると考えた。

クレーマー対策も語られ、大阪の齋田先生の裁判所による債務不存在の告知の活用は参考になった。

最後に、高杉常任理事による事故調査委員会アンケートの経過報告があったが、法の改正については、道険しいというニュアンスであった。行程表、段取りの表明を期待したい。