沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 3月号

隠れた脳シャンカール・ヴェダンタム渡会圭子訳合同出版
―私を操る私の中のもう一人の私―

石川清和

今帰仁診療所 石川 清和

ケヴィン・メア元在沖総領事、田中聡前沖縄 防衛局長、就任直後から様々な失言をして消え ていった大臣たち、なぜ多くの政治家、官僚達 のトップが非常識な発言をしてその職を追われ ていったのか?偏見や道徳は隠れた脳が司って いる。緊張し、疲れ時、加齢によって理性が弱 まり隠れた脳が私たちの言動を支配するように なる。無意識での言動を、本人は自分がしたと 認識しようとしない。しかし、無意識であれ、 自分自身の言動に責任は取らねばならない。

私達は多くの情報にさらされている。五感か ら入る情報をすべて認識することは不可能であ る。街の中で歩く時、興味のある必要な情報だ けを取り出し認識するようにしているのが、隠 れた脳である。金額をきちんと入れなくても買 えるようになっている自動販売機の値段表の下 に人の目の写真と花の写真を表示したとき、人 の眼の写真を表示した方が花の写真を表示した ときよりもきちんとお金を入れていた。しかし 買った人々は目や花の写真が表示されているこ とを全く気付いていなかった。意識はしなかっ たが隠れた脳は目の写真に気づき、監視されて いると感じてきちんとお金を入れるように行動 をコントロールしたのである。

911 テロ事件でサウスタワーにいたKBW 会 社の職員で89 階にいた全員67 人が犠牲になり、 88 階にいた53 人はほとんどが脱出した。それ は災害・危機時に人々は集団で行動する方がよ り安心できるという、隠れた脳の働きに左右さ れたからである。狩猟・採集生活や農耕をして 暮らしていた時は、集団でいたほうがはるかに 安全であったからである。しかしそれは危険が 複雑で、災害・危機時に何が起こっているか分 かりにくい現代の災害・危機時には個人の自主 性を奪い、集団の生命を危機にさらしてしまう 可能性がある事を意識しなければならない。

東北地方はたびたび地震・津波に襲われてき た。リアス式海岸であるため、地震の強さか ら、津波の到達時間、津波の大きさを予想する のは困難であった。そのため「津波てんでこ」 と地震・津波から逃れるには家族でさえ一緒に 行動するのではなく、別々に一目散に逃げろと 言われていた。あの大津波で悲劇的な集団犠牲 者を出した大川小学校は集団で避難しようと し、時間がかかったために被害が大きくなっ た。災害や危機時に私たちは隠れた脳に支配さ れやすいということを認識し、災害や危機時の 対策を練らなければならない。

同じように、人を評価するにも、道徳的な判 断をするにも、偏見を持つようになるのも、男 性と女性の間にある深い溝も、テロリストが養 成されるのも、集団よりも一人を救助するのに より熱心なのも、私達がほとんど気づいていな い私達の隠れた脳が関与している。

私たちが常に意識できるのは私達の記憶・経 験の中にある情報の極わずかである。意識でき ない私達を隠れた脳と呼んでいるが、無意識、 意識下、潜在意識等とも呼ばれる隠れた脳に私 たちは操られている。その隠れた脳を理解する ことは患者、家族、友人の言動を理解し、様々 な事件や出来事の真相を理解するのにきっと役 立つだろう。