沖縄整肢療護園
大城聡 大見剛 平安京美 仲田行克 稲福恭雄
琉球大学医学部小児科 太田孝男
【要旨】
小児脳性麻痺では、痙縮や強剛などの筋緊張亢進(以下、痙縮)による異常姿勢 によって、実際の運動麻痺以上に運動発達や日常生活動作が阻害される。また学童 期以降はこの痙縮によって二次的な関節拘縮や骨格変形が出現し、QOL にも大き な支障がもたらされる。したがって、早期から痙縮を軽減することは、脳性麻痺児 の成長や発達を促す上で重要な課題である。この痙縮に対する治療として、これま で装具療法、リハビリテーション、整形外科的手術などが、その重症度に応じて行 われてきた。しかし近年、痙縮に対して有効とされる機能的脊髄後根離断術、バク ロフェン持続髄注療法、またA 型ボツリヌス(以下、ボツリヌス)毒素療法が臨床 導入されるようになり1)、脳性麻痺児に対する治療は大きな転換期を迎えている。 本稿では、簡便かつ低侵襲で安全なボツリヌス毒素療法の適応症と治療方針、また その評価法について解説する。同時に、当施設での治療経験について、若干の考察 を加えて述べる。
本邦でよく用いられる脳性麻痺の医学的定義 は1968 年に厚生省脳性麻痺研究班が作成した もので、「受胎から生後1 ヵ月以内までの間に 生じた、脳の非進行性病変にもとづく、永続的 なしかし変化しうる運動や姿勢の異常である」 となっている。つまり脳性麻痺における運動障 害は、脳損傷を受けたその直後にはその障害は 明らかではなく、時間を経てあるいは環境など の影響を受けて、少しずつ『育つ』という要素 を有しており、その結果としてある時期に、あ る部位に、そしてある場面において痙縮がもた らされるようになる。(図1)
図1 脳の異常発達2)
損傷時は損傷範囲に相当する機能障害がみられる(左)が、
経年的には損傷範囲は変わらなくとも機能障害は拡大の一途
をたどる(右)。
このような臨床経過を示す脳性麻痺の運動障 害の治療を考える時には、単に目前にある痙縮 を緩めるということよりも、異常姿勢や異常運 動発達パターンをもたらす時間的要因や環境要 因などを多面的に評価し、その要因を修正する ことのほうがより本質的である2)。しかし、そ の多面的な要因を修正していく際に、この過剰な痙縮が大きな阻害因子となっていることもま た事実である。緊張性伸張反射の亢進を特徴と する痙縮は、運動機能を低下させ、疼痛を伴う 筋収縮を生じ、拘縮や変形をもたらす。したが って、この痙縮の治療を行いながら、同時に異 常姿勢パターンや異常運動発達をもたらす要因 を修正し機能改善をはかっていくという手順で 治療を進めることが、脳性麻痺児に対する現実 的な治療アプローチと思われる。
痙縮に対する治療は、1)内科的治療(リハビ リテーション療法、経口弛緩薬、装具療法、ボ ツリヌス毒素療法など)、2)外科的治療(整形 外科的痙性コントロール術、機能的脊髄後根離 断術、バクロフェン持続髄中療法など)に大き く分類される。脳性麻痺児の痙縮の治療では、 これら治療手段を、対象児の年齢、運動障害の 程度や範囲、あるいは痙縮の程度などを考慮し て適切に選択して(図2)、痙縮が拘縮や短縮 へと進行するのを予防することが最も重要であ る。さらにこれら治療法はある年齢で終了する ものではなく、成長に合わせてその治療方法を 替えて痙縮に対応するという考え方が必要であ る。つまり脳性麻痺の痙縮の治療においては小 児科、整形外科、脳外科、リハビリテーション 科などの医師や理学療法士、あるいは看護師や 介護士など脳性麻痺児にかかわるすべてのスタ ッフが統一した考え方をもち、脳性麻痺児のラ イフステージに応じた治療計画を設定してこれ をすすめていく必要がある。
図2 治療適応年齢1)
※1 ITB:バクロフェン持続髄中療法
※2 FPR:機能的脊髄後根離断術
※3 OSSCS:整形外科的痙性コントロール術
1)適応
ボツリヌス毒素の最も基本的な作用は神経筋 接合部で運動神経終末に作用し、アセチルコリ ンの放出を抑制することである3)。これにより 神経筋伝達を阻害し、筋の麻痺をきたす。この 作用機序から考えると多くの疾患が治療対象と なりえるが、本邦での実際のボツリヌス毒素製 剤の適応症については以下の通りとなってい る。1997 年に眼瞼痙攣に対して初めて承認さ れ、2000 年片側顔面痙攣、2001 年痙性斜頸が 適応承認になったが、その頃は一部の脳性麻痺 児にしか使用することができなかった。しかし 2008 年に2 歳以上の小児脳性麻痺患者におけ る下肢痙縮にともなう尖足、また2010 年に上 肢痙縮・下肢痙縮に適応が拡大されてきたこと で、現在ではほとんどの脳性麻痺児で、上肢、 下肢あるいは体幹を問わずその治療対象となっ ている。
脳性麻痺はその筋緊張の状態から、1)痙直型 脳性麻痺、2)不随意運動型脳性麻痺、3)失調型 脳性麻痺、4)混合型(痙直麻痺と不随意運動の 両方の要素を持つタイプ)に分類される。この 中でもっとも治療効果が期待できるのが、ボツ リヌス毒素の施注部位を決定しやすい痙直型脳 性麻痺である。特に6 歳未満で、関節拘縮がな い場合においては、その機能改善がかなり期待 される。一方、アテトーゼ型脳性麻痺では全身 の筋緊張が亢進と減弱を繰り返すため、その施 注部位は決定しにくいとともに、治療効果が乏しいとされている。けれども、不随意運動が特 定部位に定型的に起こるミオクローヌスや振戦 などの場合には、ボツリヌス毒素療法は試みて もよい治療法である。表1 にボツリヌス毒素療 法が適応となる症状を示した。
表1 脳性麻痺における主な適応症状
2)実施要領
ボツリヌス毒素療法実施までの流れを図3 に 示す。チーム(医師、理学療法士、あるいは看 護師や介護士)で痙縮の程度を評価し、痙縮に 対する他の治療法と比較しながら、ボツリヌス 毒素療法の適応とその治療目標を決定する。そ の後に、家族にその治療目標および予想される 効果、あるいは副作用などについて説明して、 その同意を得る。なお、実際のボツリヌス毒素 の施注資格は、インターネット上のe-ラーニン グ「ボトックスWEB 講習・実技セミナー」の 受講後に与えられるので、その手技あるいは薬 剤の溶解法などについては、そのWEB 講習会 を参考にしていただきたい。
図3 ボツリヌス毒素療法の実施要綱
3)評価
臨床効果は、治療後1 〜 2 週間で安定するこ とが多い。治療後には標準化された評価法によ って正しく検証し、効果の乏しい症例に漫然と 治療が継続されないよう注意しなければならな い。実に多くの評価法があるが、当施設では痙 縮の評価には関節可動域(ROM)、Modified Ashworth scale(図4)、運動機能評価には Gross Motor Function Classification System (GMFCS)を用いている。継続的かつ客観的 に評価することが重要であり、治療目標に応じた評価法を用いることが望ましい。
図4 Modified Ashworth Scale(MAS)4)
4)副作用・有害事象
穿刺部位の局所反応として発赤、腫脹、疼痛 などがあるが、いずれも軽微である。また全身 反応としては発熱、倦怠感、アナフィラキシー などがあるが、その頻度は極めて稀である。
過量投与あるいは薄く溶解した薬液では、治 療目標以外の筋肉にも浸潤して作用し、嚥下困 難、呼吸困難、排尿困難などの有害事象が出現 することもあるので、投与量あるいは溶解濃度 には細心の注意が必要である。また1 %の頻度5) で中和抗体が産生され、それによって治療効果 が減弱する可能性も指摘されている。抗体産生 の危険性には、投与間隔との関連が言われてい るので、できるだけ投与間隔を長くするように 治療計画をすすめる必要がある。
2009 年から我々の施設では、この治療を外 来通院中あるいは入所している脳性麻痺児を対 象におこなっている。これまで21 人(男13 人 女8 人平均年齢8.7 歳)に、のべ51 回ボツリ ヌス毒素療法を行った。対象21 人における治 療目標を大きく分類すると、1)股関節可動域 の改善を目標とした症例が10 例、2)尖足肢位 の改善を目標とした症例が8 例、3)側彎進行 予防を目標とした症例が2 例、4)その他1 例 に分けられた。ここでは、ボツリヌス毒素療法 の対象として多かった前二者の症例について、 それぞれの治療経験を紹介する。
1)股関節可動域の改善を目標とした症例
【症例】6 歳 男児 痙直型両麻痺GMFCS レベルX
【経過】在胎週数33 週、体重1,200g の極小未 熟児で出生、その際に脳室周囲軟化症を合併し た。その後脳性麻痺と診断され、1 歳時より当 園外来に通院し、理学療法や装具療法を受けて いた。しかし、下肢の痙縮が徐々に強くなって 両下肢交叉伸展肢位とるようになり、両股関節 X 線でも亜脱臼(左側>右側)を認めたのでボ ツリヌス毒素療法の適応と考えて、両親の同意 を得た後にこれを行った。
【ボツリヌス毒素療法の経過】『股関節周囲筋の 痙縮を軽減し、股関節亜脱臼の進行を予防す る。』という治療目標を設定し、両股関節周囲 筋つまり内側ハムストリング(両側)、薄筋を 中心とする内転筋群(両側)に対して、3 〜 4 ヵ月おきに4 回ボツリヌス毒素療法を施行し た。同時に、股関節亜脱臼の進行予防できれば 脱臼整復をもと期待して、股関節外転装具を常 時着用させるようにした。その評価には股関節 の可動域の変化とModified Ashworth scale の変化を用いた。両股関節ともボツリヌス毒素投 与で股関節外転可動域が平均7.5 度改善してお り(図5)、治療前に較べると治療後に股関節外 転可動域はかなり改善していた。またModified Ashworth scale 評価においても痙縮の改善が 認められた(図6)。一方、両股関節亜脱臼に関 しては、MP(migration percentage)をボツ リヌス毒素療法開始前と投与後(図7)で比較 したが、特にMP の変化はなく股関節求心性の 改善はみられなかった。しかし亜脱臼が進行し た様子もないことから、ボツリヌス毒素療法で 痙縮そのものは軽減するとともに、亜脱臼の進 行を遅らせる可能性が示唆された。
図5 ボツリヌス毒素療法前後での関節可動域の変化
図6 ボツリヌス毒素療法前後でのModified Ashworth scale(MAS)の変化
右股関節での痙縮は改善しているが、左股関節では変化に乏しかった。
図7 股関節migration percentage (MP) の変化
1年4ヵ月以上経過しても、MPの悪化は認めらない。
【今後の方針】本児の場合、ボツリヌス毒素投 与量を増量して亜脱臼を改善することも検討し たが、その年齢を考慮すると今後さらに痙縮が 強くなり、側彎などの合併も起こる可能性が予 想された。そこで次のステップとして外科的治 療の必要性を考慮し、現在南部こども医療セン ターに整形外科的痙性コントロール術あるいは 機能的脊髄後根離断術の適応についての検討を 依頼している。
2)尖足肢位の改善を目標とした例
【症例】3 歳 男児 痙直型両麻痺(左側優位) GMFCS レベルT
【経過】周産期には異常はなかった。生後8 ヵ 月時に這う際に左足の動きが弱いことに気がつ かれて当科を受診した。先天性左片麻痺と診断 し理学療法を開始した。その後、立位歩行は可 能となったが、両尖足歩行(左側優位)が目立 つようになってきたため、痙縮の改善目的でボ ツリヌス毒素療法を行った。
【ボツリヌス毒素療法の経過】『尖足肢位を改善 し、歩容の安定化』を治療目標に設定し、両下 肢の内側および外側の腓腹筋に対して総計40 単位のボツリヌス毒素を施注した。その後痙縮 が軽減し尖足肢位の改善が認められ、治療前に 比較して歩容が安定してきた。写真(図8)は 治療前後での左足底接地時の姿勢を示している が、治療後の歩容では左足踵が接地した際に、同側膝、股関節での重心移動が以前よりもスム ーズに移行しているのがわかる。
図8 ボツリヌス毒素療法後の歩行の比較
治療前:左足が接地した際に、足関節は尖足、膝関節は過伸展、股関節は屈曲し、体幹を前傾しながら前方に移動する。
治療後:左足踵が接地し、膝関節はやや屈曲、股関節は伸展し、前傾姿勢はなく、重心移動もスムーズとなる。
【今後の方針】本児の尖足肢位に対しては、腓 腹筋へのボツリヌス毒素施注で改善が得られ た。今後、足関節の痙性が強くなってきた場合 には、ボツリヌス毒素療法を再度実施してその 経過をみていく予定である。
3)考察
現在我々の施設では、ボツリヌス毒素療法を 主に股関節周囲筋に対して行ない、その股関節 周囲の痙縮の改善を目的とする場合と、腓腹筋 に対してボツリヌス毒素を投与し、足関節の痙 縮とくに尖足肢位の改善を目的とする場合の両 方で用いていることが多い。今回は詳細のデー タは提示していないが、前者については、これ まで経験した10 例の経過から振り返ると、ボ ツリヌス毒素は股関節周囲筋の痙性を軽減し、 亜脱臼を整復することは難しくても、その進行 を遅らせる可能性があると考えている。同様な 可能性を共田ら6)も報告している。ボツリヌス 毒素療法による早期介入をはかることで、機能 的脊髄後根離断術など外科療法の治療適応年齢に達するまでの間は、股関節脱臼や下肢の変形 などの合併を予防することができるのではない かと期待している。
一方、尖足肢位例へのボツリヌス毒素療法で は、立位時に踵接地が可能となる症例も多く認 められた。しかし今回腓腹筋への投与のみで、 内反との関連が強い後脛骨筋7)には施注してい ないため、内反肢位が残存してしまい、歩容が 不安定となるケースが見られた。これを解決す るには、後脛骨筋にボツリヌス毒素を施注する 必要がある。しかしこの筋はかなり深部にあり、 その周囲には動脈や神経も走行しているため、 ブラインドでこの筋に施注するのは手技的に難 しいとされている。このため超音波カラードッ プラーを導入し、そのガイド下で後脛骨筋への 施注できるよう検討しているところである。
脳性麻痺児の痙縮の治療にボツリヌス毒素療 法あるいは外科的治療として機能的脊髄後根離 断術、バクロフェン持続髄注療法などの新しい 治療法が開発されてきたことで、脳性麻痺児の ライフステージにあわせた治療法の選択や組み 合わせがより重要となってきている。このよう な中で、2 歳という低年齢から実施することが 可能、あるいは作用期間が短く、治療を繰り返 しおこなうことができる、また作用部位は局所 的で、痙縮の状態に応じて施注部位や投与量を 変えることができるなど多くの利点をもつボツリヌス毒素療法は、図9 に示すように脳性麻痺 治療のさまざまな局面でこれを導入することが 可能である。実際、我々の経験でも、対象とな った21 例のうち1 例は、整形外科的痙性コン トロール術後の症例で、内転痙縮は改善した が、股関節伸展に制限があるということでボツ リヌス毒素療法を継続して行なっている。この ようにボツリヌス毒素療はさまざまな局面で、 他の治療法と組み合わせることで、これまでと は異なった方法で痙縮のマネージメントが可能 となってきている。
図9 ボツリヌス毒素治療の考え方1)
最後に、脳性麻痺児にボツリヌス毒素療法を 行う際に注意しておくべきことが二つある。一 つは、治療目標設定とその評価が不十分だと、 漫然とこの治療を継続してしまうことに陥る可 能性がある。そうならないようこの治療導入す る際には、目標設定を明確にする。さらに十分 量投与しても効果があがらない場合は、治療を 中止する対応が必要である。もう一つは、ボツ リヌス毒素療法は痙縮の軽減をはかることはで きるが、その麻痺を改善するものではないとい うことである。その事実が家族にうまく伝わっ ていないと、家族に過剰な期待を抱かせてしま うことにもなる。脳性麻痺児に対してボツリヌ ス毒素療法を導入する際は、以上の点を常に念 頭においておく必要がある。
文献
1)志村 司:脳性麻痺にみる痙縮の総論、根津敦夫編、
小児脳性麻痺のボツリヌス療法、診断と治療社、東京、
2008;41-46.
2)鈴木恒彦:脳性麻痺(整形外科の立場から)、日本言
語聴覚士協会編、脳性麻痺、協同医書出版、東京、
2002 ; 49-72.
3)目崎高広:ボツリヌス毒素の基礎知識、根津敦夫編、
小児脳性麻痺のボツリヌス療法、診断と治療社、東京、
2008;2-19.
4)Bohnnon RW, et al: Interrater reliability of a
modified Ashworth scale of muscle spasticity. Phy
Ther 67:206-207,1987.
5)根津敦夫:ボツリヌス毒素の基礎知識、根津敦夫編、
小児脳性麻痺のボツリヌス療法、診断と治療社、東京、
2008;20-30.
6)共田義秀、他:股関節周囲筋の痙縮に対するボツリヌ
ス療法、第6 回日本脳性麻痺ボツリヌス療法研究会記
録集: 26-28、2010.
7)君塚葵:歩行と下腿三頭筋、第6 回日本脳性麻痺ボツ
リヌス療法研究会記録集: 47-51、2010.
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(84.その他)を付与いたします。
問題
ボツリヌス毒素療法に関する次の1)から5)の設問に対して、○か×でお答え下さい。
発作性夜間ヘモグロビン尿症
問題
次の設問1)〜 5)に対して、○か×でお答え下さい。
正解 1.× 2.○ 3.× 4.× 5.○