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治療をしない医師 産業医

伊志嶺隆

I労働衛生コンサルタント事務所 (伊志嶺整形外科)
伊志嶺 隆

労働衛生に関して専門的な研究をしてきたわけ ではありませんが、これまで私が行ってきた産業 医活動の経験をもとに、若手医師の皆様へ「産業 医の紹介とその魅力」を伝えたいと思います。

<産業医とその職務>

産業医をひと言で説明するなら「労働者が快 適で健康に働けるよう専門的立場からアドバイ スを行う医師」ということになります。医師で ある皆様は、ある一定の研修を受ければ「産業 医」として働くことが出来ます。具体的には日 本医師会が認定する研修会に参加し50 単位ク リアするか、国家資格である労働衛生コンサル タント資格試験に合格するかです。(詳細は日 本医師会HP ;産業医の手引きをご覧下さい。)

労働衛生のもととなる法律に労働安全衛生法 があります。法的には社員が50 人以上いる会 社では嘱託産業医を、さらに1,000 人(1 部業 種では500 人)以上いる会社では専属産業医を 選任する義務があります。沖縄では大きな企業 が少ないため、ほとんどの産業医は嘱託産業医 として月に1、2 度ほど契約した会社(クライ アント)を訪問し産業医活動を行っています。

産業医の職務は労働安全衛生規則第14 条で 法的に決められています(表1)。そのうち作業 環境管理(場の管理)、作業管理(作業の仕 方)、健康管理(人の管理)を「労働衛生の3 管理」といい産業保健の柱になっています。ま た、少なくとも月1 回作業場を巡視し、作業方 法または衛生状態に有害の恐れがないかチェッ クすることが求められています。

表1

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<臨床医と産業医の違い> (表2)

臨床医は病気で訪れた患者さんに対し、専門 的知識を持って診断・治療を行います。一方産 業医は専門的知識を持って労働者が安全で快適 に健康で働けるようアドバイスを行い、原則と して治療は行いません。対象者は未病であり、 予防医学的観点で対応します。「働くことで健 康を害することがある」・・・どの職種でも起こりうることですが、健康障害を生じさせない ように管理しなければなりません。個人個人の 健康管理も大切ですが、作業場の環境や作業そ のものの管理などを行い、広い視野で安全で快 適な職場形成を目指します。そのためには社会 の仕組みを知り、労働安全衛生法や労働基準法 などの労働衛生に関する法規を学び、医学以外 の専門的知識を得ることが不可欠です。労働者 の背景にある仕事内容や職場環境、さらには人 間関係にも目を向け、多岐にわたる観点からア ドバイスを行うことが求められます。同時に事 業主に対して勧告権を有しています。事業場と 労働者との間に入り、第3 者的(中立な)立場 として、また産業保健の専門職として、労働者 の健康を脅かす事象を改善するように求めてい く姿勢やマネージメント力が要求されます。

表2

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<最近の問題点>

産業医をしていると実に色々なことに遭遇し ます。不況の煽りをもろに受けたある会社は大 リストラを敢行、従業員の数が当初の半数とな り、現実の厳しさを目の当たりにしました。職 場巡視や健康診断の事後措置、喫煙対策なども 大切な業務ですが、ここ最近はメンタルヘルス 対策と過重労働対策に費やす時間が確実に多く なってきています。過重労働(睡眠不足必発) や不慣れな配置転換、職場での人間関係のもつ れなどからうつ状態になり長期休職を余儀なく されてしまった職員が少なくないのです。本人 にとっても会社にとっても不幸なことです。そ の予防のためにひと月100 時間を越す時間外労 働を行った職員との面談を行い、心身の健康状 態をチェックし、必要があれば労働時間の短縮 や配置転換などの指示を出します。長期に休ん だ職員の復帰診断も産業医の大きな職務といえ ます。そのためにはある程度のメンタルヘルス に関する知識やカウンセリング技術が要求され ます。メンタル不調者との面談にはかなりのエ ネルギーが要求されます。しかし「私はメンタ ルはちょっと・・・」と逃げるわけにはいきま せん。産業医として覚悟を持って取り組む必要 があります。

<産業医のすすめ>

上記に述べてきたように産業医活動を行う上 で、自分の専門分野以外の医学的な知識はもち ろんのこと、医学以外にも多岐にわたる専門的 知識が要求されます。また時代により変貌する 社会情勢にたいしても無関心ではいられませ ん。産業医として活動することで、医師として の幅が広がること間違いなしです。

しかし産業医の資格を取ってもすぐに産業医 活動が出来るわけではありません。産業医を探 している会社と契約書を交わして初めてその活 動を行うことになります。医師は往々にして営 業活動が苦手ですので、産業医の斡旋を行って いる地域産業保健センターを利用することをお 勧めします。

産業医はクライアントから少なくない報酬を 得ます。法規上必要だからとお飾り的に契約を 交わしていた時代もありましたが、今はそれを 許さない時代であり、これからはその責任も重 くなることが予想されます。真面目に取り組め ば取り組むほど大変な業務ですが、臨床だけで は味わえない魅力がいっぱい詰まっている産業 医活動に少しは興味を持っていただけたら幸い です。