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厳しすぎると注意されたが自覚症状のない指導医より

嘉数真教

豊見城中央病院循環器内科 嘉数 真教

医師という職業についてもうすぐ20 年にな ろう。途中で、そそのかされ医師以外への転職 を考えたこともあったが、どうにか現在に至っ ている。いつまでたっても自分の仕事に満足で きずに、足りない部分を補おうと日々悩んでい るが、それでも同じ職業をこうも続けられる自 分を、最近は少し認めることができるようにな ってきた。

さて、「研修医へのメッセージを」との依頼 であるが、今回は研修医時代も含めて現在でも 自分自身が常に意識していることを2 点だけ述 べてみたい。

●Study patient, not books

いつだったか、テレビで若い海洋生物研究員 の特集を見たときにでてきた言葉が「Study nature, not books」であった。調べてみると、 これは、スイス生まれの動物学者ルイ・アガシ ーの言葉であることがわかった。彼がアメリカ のマサチューセッツ州ウッズホールに創った海 洋生物学研究所の玄関の額に、この言葉が収め られているらしい。「生物学において、学ぶべ きは自然にある。生物の採集や観察、飼育など は泥臭くて大変であるが、生物学の基本であ り、実際に自然から学ばなければ本物には出会 わない」ということのようだ。

医療の世界でもまさしくその通りだと思っ た。「Study patient, not books」である。どの ような職業でも、最も大切な事は現場で働くこ とであり、常に現場を診ることだと思ってい る。医師として、医学知識は絶対的に必要であ るが、それをどう活かすかはその医師の診断能 力次第である。医療というのは生身の人間相手 の職業であり、全く同じ状態の患者はいない。 病状経過や身体所見をいかに正確に細かく把握 し、病気を診断し、そして、その時の患者の状 態に適切に対応しなければならない。そうでき るようになるためには「数をみる、すなわち多 くの症例を経験する、多くの患者を診察する」 ことが必要だと思う。

研修医時代はできるだけ多くの患者を診察 し、診断し、担当医として受け持っていってほ しい。そして、医療を患者から教えてもらうと いう謙虚な気持ちで、その労力を惜しまない研 修を行ってもらいたい。スタート時点で各研修 医間での知識の差があるのは仕方ないことであ るが、教科書的な知識というのは経験量で、そ の差を凌駕することができるのである。知識が 足りないと思うなら先輩や同僚に聞き、寝る間 を惜しんでそれを確認することである。手技が へただと思うなら、上手な人の3 倍の数を経験 すればよいのである。倍では足りない。

どのような小さなことでも、自分の目で確認 することもまた経験だと思うし、そういう習慣 を身につけて欲しい。非常に疲れることだが、 「自分で確認するまでは、他の医師の情報を信 じるな」が私の研修医時代に自分に課した課題 であった。たとえそれが上級医・指導医の診断 であってもである。

将来、目標としている専門分野があると思う が、臨床家になるのであれば、研修医時代はで きるだけ多くの分野の疾患を診断・治療するこ とができるようになることを目標として研修し ていってほしいと思っている。

●One for all, all for one

私は大学時代ラグビーをしていた。そのラグ ビーの精神とチームプレイの大切さを表す代表 的な言葉として、「One for all, all for one」と いう言葉を真っ先に教えられた。そして紳士で あれと。

最近、この言葉がチームプレイにおいて「一 人はみんなのために、みんなは一人のために」 という意味で使われているようである。「サポ ートが必要な仲間がいれば、チームとして全員 でサポートしていこう」というニュアンスであ る。それはそれでいいことだと思うが、この言 葉本来の意味ではないと思う。

ラグビーにおいては、自分はこの言葉を「一 人はチームのために、チームはトライをとるた めに」と位置づける。チームとして何かを達成 させるためには、チームプレイ・チームワーク といった要素が必要である。「One for all」の 「One」とはチームの一員としての個人である。 個人の技量やモチベーションが低ければ、チー ムにとって貢献することは少ないし、そのチー ムのレベルやモチベーションも低いものとなっ てしまう。それゆえ、レベルの高いチームプレ イをするためには、個々のレベルも高くなけれ ばならないと思うし、個人(自分自身)をレベ ルアップすることが必要である。チームプレイ をする前に、個人の能力・レベルありきと思 う。1 対1 で勝負できない人間が何人集まって もチームプレイは成り立たないし、逆に、勝負 できる人間が集まり「all for one」の精神があ れば、そのチームは何倍もの力を発揮すると考 えている。研修医時代というのは、多少無理を してでもその個々の能力を貪欲なまでにレベル アップさせる時期だと思う。

また、「All for one」の「One」とは最後に トライをとるプレイヤーのことで、それは誰で もよいのである。自分がトライをとれれば更に 気持ちいいだろうが、大切なのは「チーム全員 がトライをとる意識下でプレーをする」という ことである。一つのトライは常に全プレイヤー の自己犠牲で成り立ち、その積み重ねが勝利と なるのである。現に、元日本代表監督であった 平尾誠二氏はこの「One」のことを「勝利」と 位置づけている。

医療の世界においては、「One for all, all for patients」である。研修医の先生には、まず 個々の能力を高めることが重要であること、チ ームの中でのその時点での自分の位置と役割を 認識し、最終的には患者をよくするという目的 を常に念頭に置いて日々の研修を頑張って欲し いと思う。

ちなみに、「One for all」の「all」は、医療 従事者だけでなく、介護施設や保健関係、行 政、消防隊、ボランティア活動など、なんらか で医療に携わるすべての職種の人達のことであ ると考えている。それぞれ、役割は異なるが、 患者を救命する、医療を良くするという目的の ために、自分のできることの閾値を高め、チー ムとして前進していければと思う。

さて、研修医の先生方へのメッセージがいろ いろあるなか、私なりにまとめたつもりであっ たが、読み返してみると不甲斐ない文章である ことに気づいた。しかし、これ以上うまくも書 けないのでこのまま載せていただくことにした。

研修医の先生方には、自分が一人の人間とし て、またプロフェッショナルな医師として、自 分に自信を持ち、自分の行う医療にも自信を持 ち、そして、病気で病む人たちを自信をもって 良くしていく医師になってほしいと願っている。

(参考文献)
・元ラガーメンの瞑想:南部地区医師会誌
・アレクサンドル・デュマ・ペール; Les Trois Mousquetaires(三銃士); 1884