理事 玉井 修
平成23 年8 月25 日(木)、沖縄県医師会館 において第2 回マスコミとの懇談会が開催され ました。今回のテーマは『地域医療(かかりつ け医)に何を求めるか』であります。
最初のプレゼンターは、現在北部地区医師会 の副会長でもあり、今帰仁診療所院長として地 域のかかりつけ医として活躍する中で、農耕を 営みながら積極的に地域に溶け込み、食育の問 題や生活習慣病への啓発活動などに対して強い メッセージを発信し続ける石川清和先生です。 地域医療を担うだけではなく、地域のオピニオ ンリーダーとして非常にユニークな活動をされ ています。石川先生の視点は常にオールジャパ ンまたは世界に向いており、最新の医療情報を 如何に地域医療に実践していくかを模索してい る活動だと思いました。かかりつけ医という言 葉そのものも、日本とアメリカのF a m i l y Physician ではその意味合いが違ってきます。 フリーアクセス、皆保険制度など日本型医療の 利点を踏まえて様々な提言を頂きました。次 に、琉球大学医学部附属病院地域医療部の武村 克哉先生から現在琉球大学医学部の学生に対し て行っている地域医療研修を通して見えてき た、今後期待されるかかりつけ医の重要な役割 について解説して頂きました。地域医療を総括 的にコーディネートする中核的存在としてかか りつけ医は重要な立ち位置にあると思われ、若 い医師が早い時期にかかりつけ医という存在に 直に触れるという事が大切であるとお話されま した。
今回のマスコミとの懇談会は、マスコミ側か ら11 名の参加があり、積極的な議論が出来た と思います。今回はコミュニティFM 局からの 参加も多く、地域への情報発信において地域の コミュニティFM 局への積極的な参加は今後の 対外広報において一つの選択肢になりうるとい う思いが強くいたしました。懇談会後にささや かなオードブルを囲んで懇親会を行いましたが、 そこで話された本音の会話は非常に充実してお り、このマスコミとの懇談会が果たすべき役割 は何も色褪せてはいないと確信致しました。
懇談事項
今日は私が今帰仁で やっていることを地域医 療についての1 例として 提示し、武村先生が琉 大の地域医療部で行っ ている取り組みを中心に 総括的な話しをします。
私は国費医学制度(医師不足を解消するため の、県内の試験を受けて本土の各大学医学部に 編入される)で医師になりました。九大医学部 卒後10 年目、7 年間の県立北部病院勤務を経 て今帰仁診療所を開業しました。1995 年当時 の今帰仁村は、肝炎が多く、C 型肝炎ウィルス 抗体陽性率は2 %を超え県内の他地区平均 0.7 %よりも高い状態でした。インターフェロ ン治療、肝炎の進行遅延、食道静脈瘤・腹水な どの合併症の予防、肝がん早期発見に取り組ん できました。現在は患者さんの高齢化もあり肝 疾患は減少してきています。
地域の健康を守るため、「病気にならない生 活習慣」をモットーとして診療に取り組んでい ます。疾病予防の取り組みとして患者の付き添 いや予防接種、健康診断で病院受診時に肥満者 へ呼びかけし、管理栄養士による栄養指導を行 い、特定健診結果の確認、頸動脈エコー検査の導入、心電図変化、尿中塩分定量、エルゴメー ター負荷心電図、24 時間血圧測定等を導入し てきました。寝たきりにならないため、各種運 動を勧め、認知症にならないための検査、脳ト レを指導しています。
病気にならない生活習慣として最も大切なの は医食同源の考えです。様々な食事の問題の中 便秘にならない食事をすること、健康野菜を片 手5 皿分取ることが大切だと感じています。現 在の輸入農作物を含めた残留農薬、カビ毒素、 有機農業の有機肥料の入れすぎによる亜硝酸体 窒素の問題があり、医食同源だけでは済まされ ない、医農同源として解決していかなければな らないと思っています。
農村地域の今帰仁では夏場あまりに汗をかき すぎるため、塩分摂取不足からこむら返り、血 圧低下、全身倦怠感、食欲不振になる例があり ます。食事の塩分摂取量を指導するため、尿中 の塩分測定と、0.7 %、1 %、1.2 %の塩水で味 覚チェックをすることで、患者さんへの塩分の 摂取過不足の指導を行っています。
生活習慣改善のためには社会全体での取り組 みが必要で、ソーシャルネットワークの中で、 人とつながりの多い人は影響力が強いと考えら れます。肥満は感染する、同様に健康づくりも 感染すると考えています。ここに出席されてい るマスコミの皆さん、医師の皆さんは影響力が とても強いので、皆さんが強い意志で健康づく りをすると、周りも変わると考えられます。食 育もとても大切なことで子供のうちから医食同 源を意識させるため、子供だけで作る弁当の日を年に二回、小中高で開催しています。
最後に最も大切なことは地域、社会が持続可 能であることです。次の世代のために地域の環 境を守ることは最も大切な使命と考えていま す。今帰仁には宝物がたくさんあります。複雑 な地層ゆえ植層が多く、蝶や野鳥の種類が多く 生息する乙羽岳、その乙羽岳が育む豊かな海産 物を住民に供するイノーや海、基地のない農業 が基幹産業であることが今帰仁の健康長寿をも たらしてきたと思います。健康長寿も今帰仁村 の宝物です。今帰仁診療所の7 月〜 8 月中旬の 受診者を見てみるとかなり高齢者が多いのがわ かります。これまでに、ハーバード大公衆衛生 大学院生らによるJAPAN TRIP や公衆衛生学 教授らの健康長寿者のフィールドワーク、世界 のマスコミの取材がありました。多くの百寿者、 世界一長寿者を今帰仁から輩出することも今帰 仁を活性化することになると信じて今後も地域 医療に取り組んでいきたいと思っています。
地域医療部は、1970 年代初頭に創設された 歴史ある部署です。現 在、県寄附講座の地域 医療システム学講座、 地域医療教育開発講座 など他の部署と協同 し、地域医療を支える 人材育成に力を注いでいます。今後、沖縄の 地域医療のさらなる充実と発展を目指し、よ り一層教育・診療・研究活動に励んでいく所 存です。
さて、本日のテーマについてですが、私から は総論的なお話をした後、「地域医療(かかり つけ医)に何を求めるか?」について私見を述 べたいと思います。この会の冒頭挨拶で宮城信 雄会長から、これからの医療は「一つの医療機 関だけで医療を完結するのではなく、地域の中 で医療を完結する」「診療所にかかっている人 だけを診るだけではなく、家族、地域を包括的 に診る」ことがより求められるとのお言葉があ りました。今帰仁診療所の石川清和所長から は、「病気にならない生活習慣」への実際の取 り組みのお話がありました。本日私がお伝えし たいのは、まさにこの2 点に集約されます。
現在の日本の保健医療を取り巻く環境とし て、がんや循環器疾患等生活習慣病の増加など 疾病構造の変化、急速な少子高齢化の進展、医 学・医療技術の進歩による医療の高度化・専門 化の進展ということが挙げられます。沖縄も例 外ではありません。
2000 年に沖縄県の男性の平均寿命が全国第 26 位に後退し、いわゆる「26 ショック」とし て受け止められました。それ以降も沖縄県は、 全国の平均寿命の延びに比べ、男女とも下回っ ており、健康長寿沖縄の維持継承が大きな課題 となっています。その原因の一つに生活習慣の 問題が挙げられます。沖縄の肥満者の割合は全 国と比較し、各年代で突出しています。肥満は 糖尿病をはじめ生活習慣病のリスクとなります。沖縄県の糖尿病の年齢調整死亡率は男女と も高く、糖尿病性腎症による新規透析導入率は 全国平均を上回り、都道府県別でみると上位と なっています。糖尿病をはじめとする生活習慣 病は動脈硬化を引き起こし、沖縄県の死因の上 位を占める心疾患や脳卒中につながります。沖 縄県では県民の健康づくりを推進するため、健 康おきなわ21 が策定され、健康増進計画が進 められています。現在、既に多くの医師が特定 健診・特定保健指導、地域での健康教室などを 通して保健活動に熱心に関わっておられるよう に、今後もかかりつけ医には、保健関係者との 連携、ヘルス・プロモーションを意識した地域 との関わりが求められると思います。
もう一つの大きな課題としては、少子高齢化 の進行が挙げられます。沖縄は全国に比較し、 少子高齢化の進展は緩やかではありますが、着 実に進行しています。その変化に対応するた め、地域包括ケアの構築が急がれます。今年7 月に閣議報告された社会保障・税一体改革にお いても、地域の中で完結する医療への方向性が 示され、在宅医療の充実を含め、これからかか りつけ医に求められる役割は大きくなってくる ものと思われます。
以上、まとめますと、地域医療(かかりつけ 医)に求められるものは、1)ヘルス・プロモー ションへの積極的な関わり、2)在宅医療に関 する取り組み、3)家族・地域を含めた総合的 な視点を持った診療ではないかと私は思います。
最後に、医学教育に関わっている立場とし て、地域の先生方には「地域で医学生を育て る」ことへのご協力をお願いし、話を終えたい と思います。
質疑応答
○玉城氏(琉球新報社)
沖縄戦追悼・平和祈念生活習慣改善運動は今年から始めたのか。
○石川先生 この沖縄戦追悼・平和祈念生活 習慣改善運動を今年から3 月26 日〜 6 月23 日 まで実施した。初めは自身の禁酒のため、生活 習慣改善の目的で実施したのだが、長期間続け ることで身体が軽くなったと感じた。是非皆さ んも実施してほしい。また、毎月23 日を記念 日とし、それが、是非自分たちの生活の根底に ある健康を再度見つめ直すきっかけとなってほ しいと願っている。
○平良氏(エフエム那覇)
現在の高齢化社会を 踏まえて、理想とする 保険の形態は何か。
○石川先生 自由経済主義のアメリカでは、 国民皆保険制度は成り立たないと考える。日本 は長寿会社が多く、思想として1.自分も儲か る。2.商売でも儲かる。3.社会全体にとって も利益になる。その3 思想が日常生活でも定着 しているので成り立つと考える。そのために は、国民一人ひとりが自覚をもって生活してい けば大丈夫だと思っている。
○小渡副会長
保険の形態は世界各 国で様々な種類があり、 日本の医療制度でも 様々な問題が発生して いると報道されている 中で、WHO では日本の 医療制度は世界で1 番 優れている医療制度だ と認めている。理由として安い費用で、長寿国 となっている現状が評価されている。
現在の日本の医療制度の問題点は、急激な高 齢化社会を迎え、それを補う保険料が足りない とのことで、小泉政権ではアメリカと同様に自 由主義の医療制度を導入しようと考えたが、医 療制度が崩壊する恐れがあり、日本医師会でも 反対の意向を示していた。
○宮城会長
OECD 加盟国の中で GDP 比に占める日本の 医療費は22 位となり、 先進国の中では下位に 位置している。その結 果から、他の国と比べ ても日本の医療費は非 常に安いと考える。
皆保険については、国民のほとんどが加入し ており、組合保険が解散しても協会健保に入る ことになるため、日本では無保険になることは ないことから、非常に安定した保険とのことで 評価されている。
アメリカでは、国民皆保険制度導入の提案が あったが、医療保険を取り扱っている民間保険 会社が市場を荒らされることを嫌って反対する とともに、自由な価格を設定できなくなり、医 療費が抑制されることを懸念した医療関係者 が、国民皆保険制度を反対している。
○平良氏(エフエム那覇) 現状の被用者保 険を実施すべきか、それとも税金を投入して運 用すべきか。
○石川先生 財源は別として、費用の面で負 担を減らしていければいいと考える。一人ひと りが生活習慣を見直すことで、医療費を抑える ことができるので、そこに視点を向けて取り組 んでいければ運用できるのではないか。
○平良氏(エフエム那覇) 健康に関する普 及啓発の活動に関して、成功体験等あればお聞 きしたい。
○武村助教 石川先生の講話でもあったが、 影響力のある人がいい生活習慣を持ち、前面に出て活動すると、それが周りの人間に影響し、良い 効果が得られるのではないかと私も考える。
○喜久村先生
医者は診療所で治療 するが、こちらから一方 的に説明を行っても患 者さんに知識があれば スムーズにいく。ポピュ レーションアプローチと は公衆衛生学的な啓発 活動である。成功体験 はあるのかないのか。全国的にもマスコミは健 康問題を積極的に取り上げているので、沖縄の マスコミの方も主体的にアイディアを出してい く時代と思う。
○照屋理事
「健康おきなわ21」 のキーワードは、栄養 対策(食育)と運動対 策(貯筋)、タバコ対策 (禁煙)、アルコール対 策(節酒)、ストレスマ ネジメント(笑い)、歯 科保健対策(歯磨き)、 生活習慣病対策、の六つの大きな柱であり、是 非とも一般の方に伝えてほしい。
○赤嶺氏(沖縄タイムス)
在宅医療の推進には 学生のうちから教育す ることが重要との声が ある。在宅医療に関し て、琉球大学ではどの ような取り組みをして いるのか。
○武村助教 現在、琉球大学では、在宅医療 を行っている先生から学生に講義して頂いてい る。また1 日〜 2 日地域の診療所で地域医療実 習を実施しているが、その中で診療所によって は在宅医療に触れる機会もある。今後は実習期間を伸ばし、実習にご協力頂いている施設の中 に在宅医療を行っている施設を増やしていきた いと考えている。
○玉井理事 私の診療所でも、毎年何人か研 修医が実習を行う、若い世代が一人でも多く地 域医療に触れ活性化を担ってほしい。
○仲宗根氏(FM よみたん)
未病の方に対してど のように健康に関して 情報提供していくかが 重要だと思う。特に中 高年に向けた医療情報 の発信のために、地域 のマスコミを是非活用 して積極的に情報発信 してほしいと考えるがいかがか。
○玉井理事 医師として、できるだけ時間を 割いて、一般向けに情報発信する機会を設ける よう努力する必要がある。また、マスコミ側か ら具体的にどのような情報を提供してほしいの か、依頼を頂ければ是非協力していきたい。出 演交渉については、沖縄県医師会、地区医師会 等を通じて交渉するのも一つの手段である。ま た、当懇談会等に是非出席いただいて、顔見知 りになることで、交渉もしやすいのではないか と考えるので今後も参加頂きたい。
○小渡副会長 未病の方に対して行う予防活 動のことを地域保健活動というが、本来は公的 機関の保健所等が積極的に実施していくべきで あると考える。