沖縄県立中部病院 久島 昌弘
2009 年から2010 年にかけてのユニークな体 験について書く。
2007 年頃、ネットで報道写真家ジェーム ズ・ナクトウェイの「TEDTalk」ビデオを見 た。紛争地域での映像と彼自身の生き方を語 る、深く心に響くプレゼンテーションだった。 映像に赤く光る「TED」というロゴに興味を 持ち、TED.com にたどり着いた。
TED は「Technology Entertainment Design」の略だ。ニューヨークに拠点を置く NGO で「Ideas worth spreading(広める価 値のあるアイデア)」を使命とする。毎年の 「TED カンファレンス」ではノーベル賞学者、 社会活動家、アスリート、思想家、アーティス トなど幅広い分野の人々が、最長18 分のプレ ゼンテーションを行う。そのどれもが内容・手 法ともに非常にクォリティが高く、プレゼンテ ーションの見本としてしばしば引用される。参 加費7,200 ドルのハイソサエティ・カンファレ ンスだが、その内容は「TEDTalk」ビデオと して広くネットに公開されている。
以来TEDtalk を楽しんでいたが、実際に参 加したくなり、探すと「TEDxTokyo」が見つ かった。この申し込みが大変だった。ホームペ ージを見せろ、興味の対象やプロフィールを書 け、と言われる。観客をセレクトするらしい。 「医師、医療IT 管理者、陶芸家、茶人、美術愛 好家、ファシリテーター」などと一生懸命英語 で書いたら受け入れられた。
ところでTED は先述の通りのグローバルイ ベントだが、これを世界各地で体験したいとい う要請で始まったのが「TEDx」プログラムで ある。TEDx はTED 本体とは別運営で、TEDと協同して行う「TED ライクな」カンファレ ンスである。オーガナイザーが選んだ現地のラ イブプレゼンターと「TEDTalk」ビデオを組 み合わせてプログラムを作る。分野を限定せ ず、あらゆる領域の知を一度に体験すること で、参加者の新たな発想やシナジー、コラボレ ーションの母体となる。TEDx でのプレゼンが TEDTalk ビデオに採用されることもある。
私が参加したTEDxTokyo は、日本で最初の TEDx イベントだった。2009 年5 月23 日、科 学未来館7 階ホール。参加者の6 割は外国人。 高円宮妃殿下のスピーチで始まったプレゼンは 全部英語。字幕も同時通訳もない。トヨタのデ ザイナー、社会活動家、思想家、アーティス ト、アスリートなどなど多士済々のプレゼンを 一日中聴く。とても刺激的だった。そして思っ た。「TEDxRyukyu をやりたい」
なぜか?まともな話題の、まともな知識を、 まともな人から聴きたいからだ。世間にあふれ る正体不明の自己啓発やビジネス宣伝ではな く、さまざまな領域の最前線でまっとうに何か に取り組んでいる人々に、彼らの活動の真の意 味と情熱を語ってもらいたい。そこから何かを 学びたい。最先端の実践者の真摯なプレゼン は、カラ元気でない、真の意味の元気や勇気 と、新たな発想を観客にもたらすだろう。 TEDx ならそれが実現出来ると思った。
TEDxTokyo の体験をプレゼンにまとめ、 方々で触れ回っていたら賛同者を得た。2009 年6 月、空想はプロジェクトになり、私は TEDx オーガナイザーになった。
TEDxTokyo チームとスカイプミーティングし て情報交換し、以下のスタンスを決めた:
・humanity, ecology, sustainability が基本的 なトーン。
・特定のテーマを持たず、アイデアのチャンプ ルーを作り出す。芸術家に社会問題をつきつ け、社会活動家に美を示すなど、参加者が普 段接しない世界への入り口を示し、対話の場を設け、参加者がアイデアのるつぼから何か を学び、生み出すような場を作る。
・丸一日行う。昼食などを用意し、交歓の場を 設け、「TEDx 体験」として提供する。
オーガナイザーチームでWeb サイト立ち上 げやスポンサーを探しなど分担作業し、私はプ レゼンターを探した。知人や伝手を頼ってプレ ゼン候補者を募り、実際に会って話をし、最終 的に13 人のライブプレゼンターを決めた。
一方で公開中のTEDTalk ビデオ約300 本を インパクト、社会的意味、美しさ、ユーモア、 長さの5 つの観点で採点し、約100 本を上映候 補に選んだ。
TEDTalk ビデオは全て英語である。日本人 にはきつい。そこで英語に堪能な知人を誘い、 たまたま進行中だったTEDTalk 字幕翻訳プロ ジェクトに参加し、上映候補ビデオに字幕をつ け始めた。琉大情報工学科出身のこの知人は、 TED が提供するオンライン翻訳の面倒な仕組 みが気に入らなかった。そこで彼と私でプログ ラムを開発し、Google ドキュメントを使って 翻訳作業を簡便化した。
TEDTalk の字幕翻訳は二人のピアレビューで 行うが、作業半ばで放置されている翻訳が散見 された。そこで各地の日本語翻訳者に声をかけ、 Google グループに20 人程度の翻訳互助会を作 り、協力して翻訳した。その結果2009 年中に約 200 本のTEDTalk に日本語字幕がつき、当時の 翻訳言語ランキングのトップ5 に入り、うち80 本を担当した私自身が上位4 人に入った。
私が手がけた分野は社会問題、天文、美術、 音楽、写真など多岐に亘るが、生来の雑学好き で、ほとんどのテーマを何らかの形で知ってお り、翻訳するための知識の枠組みをすでに持っ ていたのが役立った。
翻訳をしつつ、また一方ではTEDxRyukyu のライブプレゼンターのプレゼンにアドバイス した。
作家エイミー・タンがTED カンファレンス でバラしたのだが、TED には「プレゼンター 用ガイドライン」がある:
*リハーサルしろ、でも自然に振る舞え
*びっくりを準備しろ
*弱みも見せろ
*アル・ゴアが聴衆にいるかも
*だらだらやるな!!
*世界を変えろ!!
*「箇条書きリスト」を使うな!!
さらにレーザーポインターも使わない。 (TED でこれを無視して素晴らしい効果を上げ ているのは、カロリンスカ研究所の名物男ハン ス・ロスリングくらいだ。) これらを元にプレ ゼンターに助言し、極限的にシンプルでポイン トを押さえた効果的なビジュアルを考え、その 中で情熱と哲学、「自分自身」を語ってもらう。
会場や食事などのアメニティの手配は、知人 友人が身を粉にして助けてくれた。会場は沖縄 電力さんが貸してくださり、映像関係は沖縄映 像センターさんが協力してくれることになっ た。会場のインターネット接続ではOTnet さ ん、InfoRyukyu さんのお世話になり、その他 たくさんの方々に助けていただいた。
準備を進めながら、TED にTEDxRyukyu の 開催を申し込んだ。予定は2010 年2 月20 日土 曜日。
2009 年12 月頃のある日、TED 本体からメー ルが来た:
Dear Masahiro,
As this year comes to a close, we've been
reflecting on the growth of our Open
Translation Project. We were so humbled by
the outpouring of time and skill each of you
contributed to make it an overwhelming success.
We were particularly impressed, however,
by your efforts, and this is why we
want to give you something special: a free
pass to TEDActive, which will be held February 9-13, 2010, in Palm Springs,
California.
翻訳プロジェクトの上位者を2010 年のTED カンファレンスに招待するというのだ。 TEDActive というサテライト会場で、世界各 国でTEDx を主催するボランティア、翻訳者な ど、TED activist が集まる。
面白そうだが、なんとTEDxRyukyu の前の 週! 迷ったが、連休も挟まり業務への影響も 比較的少ない。ええいこれも縁だ、と参加の返 事を出した。
さらにTEDActive にはTEDYou というプ ログラムがあり、サテライト会場で5 分のプレ ゼンができる。はるばる行くならcontribution もしてやれ、と、半年で80 本翻訳というプロ セスをプレゼンする事にした。
◎ TED カンファレンス2010
年間降水量130mm の砂漠のリゾートタウン、 パームスプリングスへはLAX 経由のプロペラ 機で到着した。会場はRiviera Resort & Spa。
その頃TEDxRyukyu の方はWeb サイトで参 加受付していた。提供可能なアメニティの関係 上、参加枠は110 人。希望者が170 人押し寄 せ、参加者のweb ページや、ツイッターのリン クなどを見ながら泣く泣く120 人に絞った。
この受付作業は、私がTED 会場の無線LAN で、ノートパソコンとGoogle ドキュメントで 行っていた。「えらい忙しそうだな」と周囲が 言うので「来週TEDx やるんだ」と答えると、 皆驚いていた。
TED2010 では、5 日間で40 人以上が語った。 多くはTEDTalk で見ることができるが、一部を紹介する:
ダニエル・カーネマン:行動経済学者、ノーベル賞受賞
ジェイク・シマブクロ:ウクレレ演奏
ウィリアム・リー:アンギオジェネシス
ジェーン・マクゴニガル:ゲームソフト開発者。ゲームで世界の危機的問題を解決を試みる
ケビン・ベールズ:現代の奴隷制度・売春や低 賃金の出稼ぎ労働に反対する活動家
LXD :ダンスチーム
デイヴィット・キャメロン:後の英国首相
ジョン・アンダーコフラー:映画「マイノリテ ィレポート」のビジュアルを、実際のOS とし て開発したMIT の人
マーク・ロス:人工冬眠
テンプル・グランディン:著名な自閉症の動物 学者。彼女を描いたテレビ映画で主演したクレ ア・デーンズはエミー賞主演女優賞を受賞した
ムート・プール:アメリカ版2 ちゃんねる匿名 掲示板「4chan」の管理者
マイケル・サンデル:ハーバード白熱教室の 教授
ラカーヴァKK :インド人の漫画家。911 を契 機に変わってしまった彼のライフストーリー
ジェームズ・キャメロン:映画「アバター」の 監督。彼自身のライフストーリー
サテライトでプレゼンした私も「いちおう」こ の仲間に入っている:)
TED に参加し、TEDx で実現すべき環境が わかった。ホスピタリティを含め全てを準備し て、会場から観客を外へ出さない。そこでコミ ュニケーションの機会を提供し、皆でアイデア の交換を行う。知的好奇心を刺激することなら 何でもやる。その体験全体を提供する。
帰国すると、翌週末はTEDxRyukyu である。 2 0 1 0 年2 月2 0 日、開催。日本で3 回目の TEDx イベントとなった。
◎ TEDxRyukyu のプログラム:
TEDTalk : 5 弦のチェロと折り紙のコラボレ ーション
萩野一政さん:箆柄暦とイベントDB
TEDTalk : ジャチェック・ウツコ:新聞のデ ザイン革命
東松照明さん: 1964 年のアフガニスタンの写真と現在
具志堅隆松さん:ボランティア遺骨収集ガマフ ヤーの会と不発弾の県内処理と子供の命
TEDTalk :ジェームズ・ナクトウェイの報道 写真
昼食:だいこんの花特製
歌:アコースティック10 行
橋口幹夫さん:沖縄の産婦人科救急医療
TEDTalk :ジル・ボルト・テイラーの脳卒中 のインパクト
高良剛さん:沖縄の救急医療
長嶺隆さん:安田のヤンバルクイナ保護活動
TEDTalk :ナリニ・ナドカルニ:熱帯雨林の 樹冠研究
上地正子さん:ロハス活動とミートフリーマン デー
おやつ
TEDTalk :スティーヴ・ジャーヴェソン:趣 味のロケット打ち上げ
TEDTalk :ジャクリーン・ノヴォグラッツ: アフリカの貧困救済
歌:アコースティック10 行
TEDTalk :ピーター・ディアマンディス:ス ティーブン・ホーキングをゼロG に
屋比久友秀さん:オープンソースソフトウェア
TEDTalk : ジョニー・リー: Wii リモコンハック
和田知久さん:大学とIT 起業
William 斎藤さん: Change = Communication
おやつ
篠宮龍三さん: Deep Sea Diving, One Ocean
内田詮三さん:美ら海水族館長:サメの生態
古谷千佳子さん:海人の写真
TEDTalk :ロバート・バラードの深海探査
歌: アコースティック10 行
TEDTalk :ベンジャミン・ザンダー:モーツ ァルトとピアノと人生
以上を10:30 から18:30 までみっちりと。終 了後の評判は上々であった。人気投票のトップ 3 は長嶺隆さん、具志堅隆松さん、橋口幹夫さ んだった。
開催までのプロセスはとても充実していた が、苦労もあった。
そもそもTED を知らない人にそれが何か説 明しづらい。昨年11 月にクーリエジャポンで 紹介されたが、以前は国内で知名度がなく、新 興宗教か怪しい団体と疑る人もいる。特に官僚 型の組織にこれを説明するには難渋した。ビ ル・ゲイツやクリントン氏が喋ってますよ、な どと説明し、ベネズエラの低所得者層の子女の 音楽教育から生まれた驚異的なシモン・ボリバ ル・オーケストラや、両足が義足のモデル、エ イミー・マリンズなどのTEDTalk を紹介する とわかってもらえる状態。いったん理解する と、殆どの人から協力が得られた。
TED が、日常はオンラインネット上だけで 活動していることも説明を困難にしている。 TEDx カンファレンスの開催にあたっても、彼 らは「マスコミに大々的に宣伝するな、プレス と一線を画せ」という。代わりに会場にネット ワークを設置し、ストリーミング配信し、ツイ ッターなどのコンシューマーメディアを活用す るようにと推奨する。極めて現代的。
紙幅の関係で詳細は割愛させていただくが、 さまざまな方々にたくさんの支援を戴いた。何 よりもそれに感謝している。ものごとは他人と 協力することで成し遂げられると実感した。信 頼できる知人・友人がいることに感謝した。皆 様本当にありがとうございました。
次はいつやるのか?、と聞かれる。開催した いのだが、今は身体に余力がない。しかし近い 将来またやりたい。その時は、若い人が中心で やって欲しいと思う。参加者100 人以上の TEDx イベント開催には、TED 参加経験者がオ ーガナイザーに必要だが、私はその役を果たす ことができる。TEDTalk の翻訳を続けながら、 開催するプログラムへの助言と、TED の雰囲気 を伝えられればと考えている。Ideas worth spreading を次の世代の人たちに手渡したい。