光クリニック院長 金城 光世
若い研修医へのアドバイスを書くようにとの 依頼で一筆啓上、但し良く了解されていて屋上 に屋を架すことになるかもしれませんが大事な ことは繰り返し述べても良かろうと愚考。
御存じのように医療は患者に対する利他主義 (altruism)が基本理念です。敢えて言えば患 者にとっては医療提供側の博愛(philanthropy) の有無は問題とはならず、患者の益になる医療 が望まれる事になります。その目的を達成する ため医療行為は1)医学的見地以外に、2)患者の quality of life(QOL)、3)患者本人の意思、 4)家族の意思や社会の状況の4 点を鑑みた上で なされます。
ともすれば医師は1)の医学的見地のみで判断 し、2)3)4)が時として等閑にされがちです。医 師であれば医学的見地・知見を磨くのは当然で すが、実際の医療に際しては患者個人の病歴だ けではなく家族歴や患者本人を取り巻く状況を ふまえた医療であれば患者・家族に容認されや すくなります。
在宅医療や終末期医療は特に2)3)4)が考慮さ れます。私も開業に際し在宅医療も行っていま すが、開業前から病院へ出勤前や勤務終了後に 看取りのために患者宅を訪問する機会もありま した。これまでの経験をふまえ今回は1)以外の 事でこれまで感じてきたことを記します。
2)QOL
医者になってまだ2 年目の頃私の父が肝癌か ら骨転移をきたし、東京の名のある病院で治療 していましたが、脊椎転移より対麻痺となった 状態で沖縄に戻り介護する事になりました。元 気に歩けていた父でしたが急に寝たきりにな り、下の世話まで他人の厄介にならざるを得な い状況に本人はどうにかならないのかと焦燥す る日々でした。介護する方も大変で、最近のエ アマット式ベッドも無いので体位変換をまめに やらないと褥瘡ができてしまいますし、摘便 や、尿道留置カテーテル交換が必要でした。30 年も前の事ですが、当時から癌によるcord compression の放射線治療はoncological emergency とされており、緊急に放射線治療す れば最期近くまで自力歩行でき、排尿排便につ いても介護の負担がいらないはずでした。当時 最新医療の病院でさえQOL の保持に無頓着だ ったといえます。残念なことに昨年開業後に癌 の脊椎転移から対麻痺となった方3 人の訪問診 療に関わり、依然として改善されていない現状 を経験しました。そのうちの一人は脊椎の放射 線治療もなされていますが治療が遅きに失して 対麻痺に至ってしまっていました。癌患者を診 療する以上は癌治療だけでなく最期まで患者の QOL を保つ事、自分のことは自分ででき、で きるだけ快適な余生を送れる事も含めて留意す べきです。転移部の放射線治療については沖縄 では可能な施設が限られており、また早急な対 応が難しい施設もあって、今のところ紹介する 側の主治医の努力で解消せざるを得ない点もあ ります。ともあれ患者さんの訴えを傾聴して原 疾患だけでなくQOL 保持を心がけ、必要なら 早急に他科に相談して下さい。
QOL を大事に考える処に緩和治療の意義が あります。生きる価値は個人個人で異なり、 QOL と生命予後とを考える医療行為が相反す る場合もありますが、QOL を考えるということは患者さんの生き方、人間としての尊厳を大 切にすることに通じます。
3)患者の意思
本人の意思が医療を提供する側から客観的に みて不条理、ないし誤っている場合もありま す。医学的見地から最善と思われる医療を提供 するために患者・家族に時間をかけて説明して も最終的な意思決定はあくまで患者本人ないし 認知症や精神科的に問題が有れば家族が決定す ることになります。
エホバの証人の診療などが具体例になるので しょうが、患者が望む医療が医療を提供する側 にとって本意でない医療であっても行う事があ ります。患者の意思を尊重するとしても医師は 自分の意思を曲げたくなければ事情を説明して 診療をお断りする事もあるでしょう。
4)家族・環境
アラブの大富豪であれば、メイヨークリニッ クに自家用ジェット機で乗り付け、Kehler Hotel のワンフロアを貸し切り手術してもらい ます。アフリカの難民や戦災孤児たちは医療設 備がないために脱水、栄養障害やちょっとした 肺炎で死んでいきます。医療行為は患者環境で の最善を考え、経済状況が許せばよりよい医療 の為本土や外国の病院へ紹介するでしょうし、 逆に患者や家族の経済状態や地域の医療状況よ りグローバルには最善でない治療を行う事もあ り、医学的見地だけで一律に提供する医療は決 定できません。
厚生労働省は最近積極的に在宅医療を勧めよ うとしています。在宅で看る場合、介護できる 家族が少なければ、特に介護が長期に及ぶと介 護者の負担が大きく、本人の希望があっても在 宅医療ができないケースが多々あります。私の 母も認知症を患い一時家で看ておりましたが、 徘徊や昼夜逆転、あらぬ処での排泄などとても 平静な精神状態では介護が続けられなくなり、 グループホームでお世話頂きました。家族だけ では到底看続けることはできませんでした。介 護にしろ、看取りにしろ、世話をする家族の負 担を考え、家族が精神的、肉体的に参ってしま わないよう留意する必要があります。外来に通 院の患者でも家でどなたが世話をしているの か、その方の負担はどうかも考慮し、必要なら 病院のケアマネに相談してみて下さい。訪問診 療、訪問看護、ヘルパーを含む在宅医療で患者 さんをフォローするオプションも含め判断して 下さい。
しかし癌患者で家での看取りを希望し、訪問 看護、訪問診療やヘルパーを利用して在宅でみ ていても、手のかかる終末療養が長期になると 家族の介護力が足らないため結局最期は病院で の看取りになる場合もあり、この点は総合病院 にも御理解いただきたい処です。
以上4 つのポイントを踏まえた医療を心がけ て下さい。その為には問診上家族歴や患者環境 も必要な情報である事に気づかされます。また 地域でどんなサービスが提供できるのかについ てはケアマネなどの情報が重要な事も理解でき ると思います。
光クリニック院内風景