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妻と行く旅吟

玻座真博公

玻座真内科医院 玻座真 博公

「おーい、ギンコウに行ってくるよ」

「あなた、日曜日なのに銀行に行ってどうす るのですか」

「吟行に行ってくるんだよ」

俳句を始めた頃は、このような話の合わない こともありました。一般の方には馴染みのない 言葉でも俳句を作る人達には新しい句材を求め る欠かせない出会いの場です。本稿は初句集以 後の句を紙面の都合で、吟行の一つである旅吟 に限らせて頂きますが、旅吟といえば芭蕉でし ょう。芭蕉は『野ざらし紀行』の旅で始まる41 才から亡くなる51 才までの10 年間、その半分 を旅に過ごしました。凡人には真似の出来ない までも何時かはまとまった時間を使っての旅へ の憧れはあります。この1 〜 2 年の句稿を調べ てみて、かなりの旅に行っていることに自分な がら驚きました。入院を閉めてから気ままな時 間を過ごせるようになったことも一因でしょう。

旅吟は「その地で詠む。その地を詠むのでは ない。」と言われますが、なかなかそうは行き ません。観光俳句とのそしりを受ける覚悟でい くつかの句を披露させて頂きます。

(冬・新年)

那須塩原・会津の旅

平成21 年の大晦日は塩原温泉に泊まりまし た。近くの塩原ダムに全長320m のもみじ谷大 吊橋が架かっています。強い風にゆさぶられな がら渡りました。<渡るごとくに>と例えにし たのは、大晦日を過ごす多くの人達の気持ちを 思ってのことでした。

大吊橋渡るごとくに大晦日
 山の端を虹の輪まとふ初日かな
 大内宿茅の色なす軒氷柱

北陸・飛騨の旅

大雪のため、車を動かせず、何時間も車内に 閉じこめられているとのニュースを聞く時節で したが、国道は除雪されており、一本の道だけ が雪の中に伸びていました。雪から木を守るた めに方々で雪吊りを見ました。兼六園には唐崎 松があります。十三代藩主前田斉泰が琵琶湖の 松の名所唐崎から種子を取りよせて育てたもの です。加賀百万石の面影が残る武家屋敷跡にぼ っこ石がありました。ぼっこ石とは下駄の雪を おとす石のことです。

一本の国道のぶる雪景色
 雪吊りや由緒ある木もなき木々も
 屋敷跡雪踏みゆけばぼっこ石
 立札の落雪注意寺の門

(春)

奈良・和歌山の旅

念願の吉野山千本桜を見ることが出来まし た。張り切りすぎた為、少し気分を悪くして妻 にたしなめられました。山の神ならぬ虚空蔵菩 薩が寅年生まれの人の守護仏であることを知っ たのも今度の旅の収穫の一つでした。吉水神社 は中千本へ行く途中にあり、源義経と静御前の 別れの場所です。

吉水や春灯けぶる哀史の間
 義経の鎧華奢なり花の冷え
 飛花残花虚空蔵菩薩見守れり
 弘法も我も寅年四月馬鹿

大分・熊本の旅

ゴールデンウィークは正月休み以外でまとま った休みの取れる旅のチャンスです。5 月6 日 の立夏とつながるそれこそ晩春の候で、季語の 選択に苦労します。福岡からのバスの長旅で宇 佐神宮をお参りしたあと、国東の千財農園の藤の花は見事でした。5 月3 日、別府より湯布院 を経て九重へ出ました。血の池を覗いたり、九 重の夢の大吊橋を渡ったりして憲法記念日をか みしめました。

行く春や両手に触るる御神木
 国東の藤の香りや茶の香り
 血の池に黙す憲法記念の日
 大吊橋軋む憲法記念の日
 夏近し馬糞かがよふ草千里

(夏)

東京の旅

毎年、日本内科学会生涯教育講演会が有楽町 の東京国際フォーラムで有ります。その年は父 の日に当たり、たまたま国際フォーラムの横の 広場で骨董市が開かれていました。昼休みに覗 いて手頃な浮世絵を手に入れる幸運に恵まれま した。

父の日の骨董市に父集ひ

京都の旅

金閣寺からきぬかけの路をゆるやかに上ると 竜安寺に行き着きます。

サングラス外してからの金閣寺
 妻と行くきぬかけの路風薫る
 石庭の石は語らず油照り

(秋)

北東北の旅

秋田・岩手・青森にまたがる旅でした。一日 目、角館はみちのくの小京都と呼ばれ、深い木 立と武家屋敷が藩政時代の面影を残していま す。二日目、宮沢賢治記念館を訪ねた9 月21 日は奇しくも賢治の忌日でした。三日目、朝に は浄土ヶ浜の波に漂う鴎達との一時、昼には山 紅葉、夜には山中の月と楽しみました。

武家屋敷の鯉は大振り水の秋
 人囲むミニコンサート賢治の忌
 鴎あそぶ浄土ヶ浜や秋彼岸
 みちのくの日暮れは早し山紅葉
 八甲田一峰めざす月の舟

広島宮島の旅

宮島や鹿の寝そべる神無月
 紅葉散る水面ゆすりて錦鯉

(追記)

3 月11 日の東日本大震災の折は、テレビの 時々刻々に変化する映像に身震いする思いでし た。改めて被災地の皆様に御見舞いを申し上げ ます。俳人は時事問題を詠むのに不向きと思わ れていますが、新聞俳壇に多数の句を拝見し感 服しました。第三者的に悲惨な状況を詠むのは 憚られる思いもありました。少し間を置いて詠 んだ御見舞いの句を披露させて下さい。

春はあけぼの避難所に笑み生まれ
 春の海御霊を擁す地震のあと
 震災の瓦礫かきわけ涅槃西風
 竜天に性善説を疑はず
 復興の道ひとすじに夏近し