常任理事 大山 朝賢
去る6 月1 日(水)午後1 時30 分より、日本 医師会館3 階小講堂において標記連絡協議会が 開催されたので、その概要を報告する。
開 会
日本医師会の今村聡常任理事の司会により会 が開かれた。
会長挨拶
日本医師会の原中勝征会長より、概ね以下の 通り挨拶があった。
地球の環境破壊が進行している。温暖化の問 題、空気中の汚染の問題、放射線も含め、私達 の子孫にこの悪い環境を残して良いのだろうか ということが、政府の責任や医療の責任も含 め、地球に現在おられる全ての人の責任とし て、今クローズアップされているところである。
そのような中で、命と健康を守る医師という 職業から、これをどのように捉えていくかとい うことが喫緊の課題である。
平成21 年度に環境に関する日本医師会宣言 が採択された。私達は、環境から起こってくる 病気というものがあるとするならば、少しでも そういうものに対する知識を共有していかなけ ればならない。あるいは連絡を取り合い、それ がどういうことで解決できるかということを皆 で考えていかなければならないと考えている。
本日初めて環境保健担当理事連絡協議会が開 かれることになった。今後とも継続して、この 地球環境を守り人の住める環境を子孫に残すと いう努力をすると同時に、私達がそこから出て くるいろいろな問題を、医師という立場から地 球全体に警鐘を鳴らしていく必要があると考え ている。
今日は、そういう立場で、専門の先生方、あ るいは各関係機関と話し合いながら、この事業を進めていただきたいと考えている。どうぞよ ろしくお願いしたい。
特別講演
「環境中の放射線・放射能と健康に関する基本的知識」
国立保健医療科学院生活環境研究部の欅田 尚樹先生より説明があった。
始めに、「3 月11 日の東日本大震災の津波等 に伴う大きな被害とともに、東京電力福島第一 原子力発電所による未曾有の事故に伴う放射能 汚染・被ばくの問題が発生した。ここでは、放 射線・放射能およびそれらによる健康影響の基 礎、一般公衆・労働者の健康管理、リスクコミ ュニケーションについて概説し、現在の問題点 について議論を進めたい。」と説明があり、環 境中の放射線・放射能と健康に関する基本的知 識について講演が行われた。
講演では、放射線の透過作用として、『α線』 は紙で防ぐことができ、『β線』は薄いアルミ ニウム板、『γ線』は鉛板と、線質によって透 過作用が異なることや、被ばくと汚染の形式に ついて、『被ばく』とは放射線による線量を受 けることで、体の外に線源がある「外部被ば く」と、体の中に線源がある「内部被ばく」が あり、『汚染』とは放射性物質が付着すること を指していると説明があった。
放射線の単位については、放射線のエネルギ ーが物質にどれだけ吸収されたかを表す『Gy (グレイ)』という単位と、放射線の生体影響を 考えた『Sv(シーベルト)』という単位がある と説明があった。
被ばく線量と身体各部の状態については、 「線量0 〜 1Gy における臨床状態は、一般的に 無症状であり、事故後3 〜 5 週間の白血球数は 正常または事故前レベルからわずかに抑制され る。1 〜 8Gy における臨床状態は、造血器症候 群(骨髄症候群)として、主な前駆兆候で、症 状は食欲不振、悪心、嘔吐であり、特に皮膚紅 斑、発熱、粘膜炎、下痢が認められる。2Gy を 上回る全身被ばく例の臨床検査を行うと、初期 には顆粒球増多症、事故後20 〜 30 日では明確 な汎血球減少症が認められる。造血器系の急性 放射線症候群により生じる全身的な影響には、 免疫機能不全、感染症合併症の増加、出血傾 向、敗血症、貧血、創傷治癒障害等がある。8 〜 30Gy における臨床状態は、消化管症候群と して、早期から重度の悪心、嘔吐、水性下痢等 の症状が生じ、事故後数時間以内に認められる 場合も多い。重症例では、ショック、腎不全、 心血管虚脱を生じる可能性もある。消化管症候 群による死亡は、通常事故後8 〜 14 日で生じ る。造血器症候群を併発する。20Gy 以上にお ける臨床状態は、心血管・中枢神経症候群とし て、被ばく後数分以内の灼熱感、事故後1 時間 以内の悪心、嘔吐、疲憊、失調・錯乱の神経学 的兆候等が認められる。死亡は不可避であり、 通常24 〜 48 時間で死亡する。」と説明があっ た。Sv 換算では、「極低線量(およそ10mSv 以下)では、急性影響はなく、非常にわずかな がんリスクの増加。低線量(100mSv 以下)で は、急性影響はなく、その後、1 %未満のがん リスクの増加。中等度の線量(1,000mSv 以 下)では、吐き気、嘔吐の可能性、軽度の骨髄 機能低下、その後、およそ10 %のがんリスク の増加。高線量(1,000mSv 以上)では、吐き 気が確実、骨髄症候群が現れることがある。お よそ4,000mSv の急性全身線量を超えると治療 しなければ死亡リスクが高く、かなりのがんリ スクが増加する。」と説明があった。(※公衆の 年間の被曝線量限度は1mSv)
放射線防護体系として、「放射線被曝を伴う 行為は、それによる損失に比べて便益の方が大 きい場合でなければ行ってはならない(行為の 正当化)。経済的および社会的要因を考慮して 合理的に達成できるかぎり被曝を抑える(防護 の最適化)。職業被曝および公衆被曝における 個人の線量の制限(線量限度)。を改めて検討 していく必要がある。」と意見され、今後、リ スクとベネフィットのバランスを検討するとと もに、防護の最適化や情報開示が重要と考える と説明された。
議 事
日本医師会の今村聡常任理事より、日本医師 会における環境に対する取り組みについて報告 があった。
日本医師会では、平成21 年4 月21 日に「環 境に関する日本医師会宣言」を策定しており、 今村常任理事より、本宣言に示された『1 環境 に配慮した医療活動の推進』、『2 環境保健教育 の推進』、『3 国民に向けた環境保健の啓発と、 身近な環境保健活動への積極的な取り組み』、 『4 安心して暮らせる安全で豊かな環境づくりに 向けた、政府等に対する働きかけ』という4 つ の施策の概要について説明があった。
次いで、今村常任理事より、都道府県医師会 おける環境に対する取り組みとして、徳島県医 師会、愛知県医師会、宮城県医師会の取り組み が紹介され、それぞれの医師会では環境保健に 関する委員会等が組織され、各地域における環 境に対する取り組みについて議論されているこ とや、環境保健に関する講演会や研修会等が企 画開催されていること等について説明があった。
1)東日本大震災におけるアスベスト対策および光化学オキシダント対策について
環境省水・大気環境局大気環境課の栗林英 明氏より説明があった。
環境省では、東日本大震災の被災地における アスベスト飛散・ばく露防止対策として、災害 時における石綿飛散防止に係る取扱いマニュア ルや、建築物の解体等に係る石綿飛散防止対策 マニュアルの普及啓発、ホームページ等による アスベストに関するQ&A 等の基礎知識の情報 提供を行うことで、アスベストの飛散防止や被 災した住民等のばく露防止と、有する不安への 対応に取り組むとともに、大気濃度調査(モニ タリング)による対策の確認と結果のフィード バックを行っていると説明があった。
光化学オキシダント対策については、光化学オキシダント・対流圏オゾン検討会において、 濃度上昇等要因分析、寄与割合の定量的評価 等、調査研究やモニタリングを行うとともに、 固定発生源からのVOC(揮発性有機化合物) 削減量3 割程度抑制対策の着実な実施および効 果的な対策のあり方の検討等を行っていると説 明があった。また、環境省では、全国の大気汚 染の状況について、「そらまめ君(http://soramame.taiki.go.jp/)」というホームページ上で 情報提供しているところであると報告があった。
2)水銀条約の制定に向けた対応および熱中症対策について
環境省環境保健部環境安全課課長の早水輝 好氏より説明があった。
水銀条約に向けた対応については、2011 年 1 月24 日から28 日に開催された、第2 回政府 間交渉委員会(INC2)において、「水銀に関す る法的拘束力のある文書への総合的で適切なア プローチの要素案」の項目が示され、水銀の意 図的な使用の削減措置が盛り込まれていること から、我が国の基本的スタンスとして、「水俣 病経験国として、条例制定に積極的に貢献。条 約の採択・署名のために2013 年後半に開催予 定の外交会議を招致し、『水俣条約』と名付け たい。」としている他、「製品・生産プロセス中 の水銀使用や貿易を制限し、可能な場合は廃 絶。」、「利用可能な最良の技術及び環境のため の最良の慣行(BAT/BEP)により環境への排 出を削減。」に向けて取り組みたいと説明があ った。
熱中症に係る取り組みについては、ヒートア イランド現象や地球温暖化等により、従来、高 温環境下での労働や運動で発生していた熱中症 が、日常生活でも多発するようになったことか ら、熱中症環境保健マニュアルやリーフレット 等の作成・配布を行うとともに、環境省のホー ムページ上で熱中症に係る情報提供を行い、熱 中症の予防や熱中症が疑われる時の対処方法等 について周知を図っているところであると説明 があった。
産業医科大学医学部衛生学講座エコチル調査 福岡ユニットセンター長の川本俊弘先生より説 明があった。
子どもの健康と環境に関する全国調査(エコ チル調査)とは、胎児期から小児期にかけての 化学物質曝露が、子どもの健康に大きな影響を 与えているのではないかということを仮説に、 全国で10 万人を対象に16 年間の調査期間にて 行われているものであると説明があり、本調査 から期待される成果として、「1)小児の健康に 影響を与える環境要因の解明」、「2)小児の脆弱 性を考慮したリスク管理体制の構築」、「3)次世 代の子どもが健やかに育つ環境の実現」、「4)国 際競争と国益」、という4 点について検討を進 めていると説明があった。
独立行政法人労働者健康福祉機構岡山労災 病院副院長の岸本卓巳先生より説明があった。
石綿ばく露の種類として、職業ばく露(労災 補償対象)、傍職業ばく露(石綿健康被害救済対 象)、近隣ばく露(石綿健康被害救済対象)、上 記以外の特定できない真の環境ばく露(石綿健 康被害救済対象)に分けられると説明があった。
石綿による健康被害については、石綿肺、石 綿肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚、良性石 綿胸水が挙げられると説明があり、中皮腫や石 綿肺がんは職業性石綿ばく露を問わず石綿健康 被害救済法対象疾病とされることに対し、石綿 肺やびまん性胸膜肥厚は職業性石綿ばく露を調 査した上で石綿健康被害救済法対象疾病として 取り扱われる等の説明があった。
会議時間の都合上、当日の質疑応答は行われ ず、質問等がある場合には、後日、日本医師会 に書面にて問い合わせることになった。
印象記
常任理事 大山 朝賢
東日本大震災(3 月11 日)から3 ヶ月も経とうとしているのに、被災地はいまだにがれきの山 であり、10 万人以上が避難所におり、福島原発問題は遅々として進んでいない中で、第1 回環境 保健担当理事連絡協議会が開催されたことは、まさに時期を得たものと言えよう。
欅田先生の“放射線・放射能の基礎と臨床”は極めて明快であった。胸部X 線撮影は1 回50 マ イクロシーベルト(μ Sv)、胃の集団検診で600 μ Sv、CT スキャンでは6,900 μ Sv、東京〜ニ ューヨーク間の往復飛行では200 μ Sv 被曝するという。普通に生活して1 年間にあびる放射線量 は2,400 μ Sv のようだが、公衆被爆の上限として日本や米国は1 ミリシーベルト(1mSv)、英国 や独国では0.3mSv と設定されている。
原子力委員会は年間10mSv は様子観察、20mSv を超えると何らかの対策が不可欠とされている。 嘔気や嘔吐など臨床状態が発現するのは1,000mSv 以上の場合が殆んどのようであるが、それ以下 では人体に対する被爆のデータはしっかりしたものは無いようである。マスコミでグレイ(Gy :吸 収線量の単位)、シーベルト(Sv :放射線の生態影響を考えた単位)、ベクレル(Bq :放射線の強 さの単位)といった言葉がよく聞かれる。ちなみにSv とBq の換算では、例えばホウレンソ草1kgにヨウ素131(I-131)が200Bq 検出されたとする。Bq をSv に換算するためには、I-131 の実行線 量係数(経口摂取の場合)は2.2× 10-8 であるので、200Bq/kg× 2.2× 10-8Sv/kg= 0.0000044Sv/kg、 つまりホウレン草を1kg を経口摂取すると生体には4.4 μ Sv の影響を受けることになる。半減期 (8.04 日)が短いI-131 をごく微量おびたホウレン草は、しかし食べる気がしない。原子力発電の 継続やいかにと問われると「ウーン」とうならざるを得ない心境である。
今村聡日本医師会常任理事のご講演は平成21 年4 月21 日に公表した環境に関する宣言−日本 医師会は地球と人類の健康を守ります−を中心に話され、都道府県医師会に環境保健・衛生委員 会を設置してほしい要望が主であった。全国で愛知県と徳島県の2 県が既に環境保健委員会の活 動をしているようである。その他は今回の大震災に伴い発生するであろうと思われる事柄につい てのご講演であった。
文書映像データ管理システム開設(ご案内)
さて、沖縄県医師会では、会員へ各種通知、事業案内、講演会映像等の配信を行う「文書映像デー タ管理システム」事業を本年4 月から開始致しましたのでお知らせ致します。
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