琉球大学大学院医学研究科内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)
益崎裕章(教授)、平良伸一郎(助教)、池間朋己(講師)
【要旨】
我が国に3,000 万人以上の患者が想定されている国民病、“脂質異常症”は動脈硬 化性疾患の最大のリスク因子であり、日常診療における脂質異常症の適切なプライ マリ・ケアは内科医のみならずすべての医師にとって不可避の課題である。日本動 脈硬化学会が編集する“動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症治療ガイド”でも 強調されているように、近年の脂質異常症治療薬の目覚ましい進歩を受けてすべて の医師が脂質異常症の病態をクリアカットに整理し、適切なプライマリ・ケアを実 践することが求められている。また、かつての“高脂血症”という言葉から“脂質 異常症”という用語への変遷に象徴されるように、数値が低すぎることが問題とな る低HDL-C 血症、また、コレステロールやトリグリセライドの量だけでは判別で きない“リポ蛋白の質的悪化”が注目されており、レムナントリポ蛋白や変性(劣 化)コレステロール、small dense LDL、Lp(a)など、特に動脈硬化惹起性の高 い超悪玉脂質の評価が日常臨床でさかんに活用されるようになってきている。さら に、130mg/dL を超える“高すぎる”HDL-C 血症の家族性の集積はコレステロー ル転送蛋白(CETP)の遺伝的欠損症である可能性が高く、冠動脈硬化や脳血管障 害のリスクとなる場合も少なくないことから動脈硬化病変の評価を行うことが薦め られる。
はじめに
過食・美食、運動不足、精神的・社会的スト レス、夜型生活へのシフトなどに代表される生 活リズム障害、肥満の進行が相俟って我が国に おける脂質異常症の頻度を高めており、今や 3,000 万人以上の患者が存在していると推定さ れる1)。我が国ではbody mass index(BMI); 体重(kg)/身長(m)X 身長(m)の値が25 以上を肥満とする日本肥満学会の基準が広く用 いられており、20 歳以上の肥満者は男性で約 29 %、女性で21 %を占める。我が国の肥満者 は男性において増加の一途をたどっており、地 域差も大きい(2004 年の段階でBMI25 以上の 男性は沖縄県で既に47 %に達しており、新潟 県の25 %の2 倍近くに昇っている)(2004 年 度政府管掌健康保険データ)。女性における20 歳〜 60 歳の肥満者の割合は2001 年をピークに むしろ低下に転じており、肥満における男女差 が際立ってきていることも注目に値する。
表1 に示すように、脂質異常症の診断は早朝 空腹時血漿の測定によって行うが、これらの基 準値は動脈硬化病変、特に冠動脈疾患の発症・ 進展リスクを評価する目安であり、すぐに薬物 療法の開始を意味する数値ではない。また、動脈硬化予防のための診断基準は総コレステロー ルではなく、LDL-コレステロール値を用いる2)。
表1
冠動脈疾患の発症・進展予防の観点からは脂 質異常症と同様に頻度の高い2 型糖尿病の合併 の有無が重要なポイントとなる。図1 に示すよ うに、我が国で“糖尿病が強く疑われるひと・ 糖尿病の可能性を否定できないひと”の合計数 は2007 年の段階で2,210 万人にも達しており、成人の4 人に1 人が糖尿病という凄まじい時代 に突入している(→糖尿病の社会現象化)。糖 尿病は冠動脈疾患の発症・進展における大きな リスク因子であり、表2 に示すように、糖尿病 患者の脂質管理目標値は冠動脈疾患の有無によ ってLDL コレステロール値140mg/dL 未満と いう管理目標値からさらに厳しい基準が適用さ れる(冠動脈疾患があれば100mg/dL 未満)。
図1
表2
1998 年に英国で発表された2 型糖尿病の大 規模追跡研究として世界的に有名なUKPDS の解析結果によると、2 型糖尿病における大血 管障害(心筋梗塞、狭心症、脳血管障害、閉塞 性動脈硬化症など)のリスク因子の寄与度は第 1 位がLDL コレステロール値の上昇、第2 位 がHDL コレステロール値の低下、第3 位が収 縮期血圧値の上昇、第4 位がHbA1C 値、第5 位が喫煙であった。脂質異常症単独の病態に比 べて圧倒的に頻度が高く、2 型糖尿病など、 種々の代謝異常が複合しているメタボリックシ ンドローム型の脂質異常症こそ、日常臨床の場 できめ細やかなプライマリ・ケアを必要とする 病態と言える3)(図2)。
図2
リポ蛋白代謝の基本知識
脂質異常症の病態を理解し、適切なプライマ リ・ケアを実践するためにリポ蛋白代謝の基本 を知っておくことは極めて有用である。本来、 なじむことのない水(血液)と油(脂質)が分 離せずに血管の中を流れていくために、脂質は リポ蛋白という構造を取っている。リポ蛋白粒 子の外側には親水性を高めるとともに、内部の柔らかく、壊れやすい脂質成分 を保持し、リポ蛋白の構築を整 えるためにアポ蛋白が配置され ており、アポ蛋白A-I(HDL リ ポ蛋白の主要な構成アポ蛋白)、 アポ蛋白B、アポ蛋白E(LDL リポ蛋白の主要な構成アポ蛋 白)、アポ蛋白C-II(VLDL リ ポ蛋白の主要な構成アポ蛋白) などが有名である(図3)。
図3
アポ蛋白はリポ蛋白が認識さ れ、個別の受容体に結合して細 胞の中に取り込まれるための “配達先の郵便番号”の役目も果 たしており、例えば、LDL リポ 蛋白、あるいはLDL がさらに加 水分解を受けたIDL リポ蛋白が肝臓や末梢組 織に取り込まれる時にはそれぞれアポ蛋白E、 アポ蛋白B-100 をリガンドとして認識される。 一方、組織・臓器の余分なコレステロールを肝 臓に戻すときにはHDL リポ蛋白の構成アポ蛋 白であるアポ蛋白A-I がリガンドとなって肝臓 のHDL 受容体に認識され、取り込まれていく。 図4 のようにリポ蛋白は比重の軽い順に(比重 が軽いということはアポ蛋白成分に比べて脂質 成分の占める割合が大きいということを意味し ており、サイズの大きな順ということでもあ る)、カイロミクロン、VLDL, IDL, LDL, HDL の5 つに大別される。
IDL は中間比重リポ蛋白(intermediate density lipoprotein )のことであり、カイロミク ロンやVLDL が代謝(加水分解)を受ける途中 の一時的な中間粒子であり、カイロミクロンレ ムナントとVLDL レムナントの2 つの中間代謝 産物の総称である。すなわち、IDL はレムナン トリポ蛋白のことであり、レムナントリポ蛋白 の増加は冠動脈疾患の発症・進展における強力 なリスク因子となる。健常者では早朝空腹時血 漿中に殆ど捉える事ができないVLDL レムナン トリポ蛋白はリポタンパク電気泳動検査を行う ことによって検出することができる(図4)。
図4
肝臓から放出されたVLDL が加水分解を受 けてLDL へと代謝されるためには酵素、リポ タンパクリパーゼ(LPL)の働きが重要であ るが、糖代謝異常、インスリン抵抗性が存在す る個体ではしばしばLPL 活性が低下しており、 食後も長時間、VLDL レムナントの粒子が血 液内を漂うことになる。糖尿病やメタボリック シンドロームの患者でVLDL レムナントが増 加している例(食後高トリグリセライド血症な ど)では冠動脈疾患のリスクが高まることが注 目されており、臨床の場で留意すべき点である (図5)。
図5
HDL 代謝の基本知識:すべての高HDL コレステロール血症が安全とは限らない
リポ蛋白代謝の基本知識の項でふれたよう に、組織や細胞、血管に蓄積した余分なコレス テロールはHDL リポ蛋白の構成アポ蛋白であ るアポ蛋白A - I がリガンドとなって肝臓の HDL 受容体に認識され、肝臓に回収される。 HDL コレステロールの低下は冠動脈疾患の独 立した強力なリスク因子であり、低HDL コレ ステロール血症は脂質異常症の重要な部分を占 めている。
低HDL コレステロール血症の原因の大部分 は遺伝性のものではなく、続発性のものであ り、肥満や喫煙、運動不足、食の偏りなどが主 な要因である。一方、適度な飲酒習慣がHDL コレステロール値を上昇させることもよく知ら れている。低HDL コレステロール血症の患者 に対しては動脈硬化性疾患の評価を行うととも に禁煙、肥満の是正、ライフスタイルの改善を 促す。HDL コレステロールを特異的に上昇さ せる薬剤の臨床応用は大きな期待を集めている が未だ発売されていないため、動脈硬化病変が 明らかな場合にはフィブラート系薬剤とニコチ ン酸誘導体の併用、あるいは、エゼチニブ、ス タチンの投与を考慮する。
HDL 粒子の中のコレステロールエステルは コレステロール転送蛋白、CETP によって再 度、VLDL, IDL, LDL 粒子に逆転送される機 構がある。このコレステロール逆転送系に遺伝 的な障害があると遺伝的な高HDL コレステロ ール血症を招くことがある。我が国における遺 伝的な高HDL コレステロール血症の多くがこ のCETP 欠損症であり、ホモ接合体ではHDL コレステロール値が130mg/dL 以上を示すこと が多い。著高例では250mg/dL に達するものも ある。問題はこのようなCETP 欠損症の患者 が必ずしも動脈硬化に防御的ではなく、むし ろ、動脈硬化病変が進展している例が少なくな いことである。CETP 欠損症に伴って増加した HDL 粒子は大型化し、HDL2 分画が特異的に 増加しているが、このようなHDL 粒子は“余 分なコレステロールを末梢組織から引き抜き、 肝臓に戻す”という本来のHDL 粒子の機能が 低下しており、かえって動脈硬化惹起性を獲得 しているという報告もある。日常臨床の場では 家族歴のある高HDL コレステロール血症で、 そのレベルが130mg/dL を超える症例では狭心 症の精査や脳血管、頸動脈の評価を行うことが 望ましい。H D L コレステロール値が 100mg/dL を超える家族集積の場合もCETP 欠損症のヘテロ型である可能性も考慮したい。
C E T P 欠損症が疑われる場合にはまず、 CETP 活性の測定、CETP 蛋白量の測定、 HDL2 分画の測定を行い、CETP 活性の低下 と蛋白量の低下、およびHDL2 分画の特異的増 加を認める場合には遺伝子検査に進むことで診 断が確定する。CETP 遺伝子のイントロン14 のスプライスドナー部位のG>A 変異とエクソ ン15 の点ミスセンス変異(D442:G)が大半の 遺伝子異常であり、外注検査で簡便に調べるこ とが出来る。CETP 欠損症に対する薬物療法に 関しては未だ一定の見解はないが、みかけの高 HDL コレステロール血症以外の他の脂質異常 症の合併やその程度、動脈硬化性病変の進展状 況などを総合的に判断し、一般的な脂質異常症 改善薬の使用を考慮すべき場合も少なくない。
日常臨床で知っておくべき脂質異常症
表3 に、日常臨床で遭遇する主な脂質異常症 を纏めた。内分泌系との関連では女性ホルモン、甲状腺ホルモンの両者がLDL 受容体の発現量 を正に調節することから閉経後女性、あるいは 甲状腺機能低下症の症例にしばしば高LDL コ レステロール血症が出現する。肥満症、メタボ リックシンドローム、糖尿病患者にも高頻度で 脂質異常症が合併し、その背景因子としてイン スリン抵抗性や脂肪肝の存在が重要である。
この他、続発性脂質異常症としてネフローゼ 症候群(高LDL コレステロール血症)、薬剤に よるもの(利尿剤やβ遮断薬による高LDL コ レステロール血症と高トリグリセライド血症) クッシング症候群(高LDL コレステロール血 症と高トリグリセライド血症)、継続的な飲酒 による高トリグリセライド血症などにも留意し たい4)。
表3
遺伝性(家族性)の脂質異常症として人類で 最も頻度が高いものは家族性複合型高脂血症 ( Familial Combined Hyper-Lipidemia: FCHL)である(表4)。多因子遺伝疾患と考 えられており、日本人でも100 人に1 人の高頻 度である。通常、IIb 型(LDL コレステロー ル、トリグリセライドの両方が上昇)を示すこ とが多いが食事療法に対する反応性が良好であ り、食事やライフスタイルによって個人の中で も表現型が変化する(高LDL コレステロール 血症のみ、あるいは高トリグリセライド血症の みの状態など)。脂質異常症の視点からメタボ リックシンドロームの病態を考える上でも示唆 に富む疾患であり、内臓脂肪の蓄積や脂肪肝に伴う肝臓からのVLDL 過剰放出、アポ蛋白B の過剰合成などが基盤病態と考えられている。
表4
アポ蛋白Bの相対的過剰と脂質成分の相対的 低下(アポ蛋白B/LDL コレステロール比が1 以上)に伴ってLDL 粒子の比重は上昇し、小 型化する(small dense LDL)。small dense LDL は通常のLDL 粒子よりも酸化を受けやす く、血管に侵入しやすいため、酸化コレステロ ール、劣化コレステロールとして動脈硬化惹起 性が高い超悪玉リポ蛋白と認識されている。 small dense LDL の量は保険診療でも認めら れているポリアクリルアミドゲル電気泳動によ るリポ蛋白精密測定法によって臨床的に評価す ることが可能である。高レムナントリポ蛋白血 症に対してはフィブラート系薬剤やスタチンが 有効である。
家族性複合型高脂血症以外の遺伝性脂質異 常症としては、家族性高コレステロール血症 (常染色体優性遺伝、ヘテロ型は500 人に1 人、 ホモ型は100 万人に1 人の頻度)、家族性III 型 高脂血症を記憶に留めておきたい。家族性高コ レステロール血症のヘテロ型ではLDL コレス テロール値が150 〜 400mg/dL 程度、ホモ型 (あるいは複合ヘテロ型)ではLDL コレステロ ール値が500mg/dL を超える。アキレス腱の腱 黄色腫、角膜輪、早期からの冠動脈疾患の発 症・進展が認められる。ヘテロ型であっても生 活習慣の是正のみで安全域のLDL コレステロ ール値を達成することは不可能であり、スーパ ースタチンなどの強化薬物療法が不可欠である。特に、ヘテロ型は500 人に1 人と比較的、 高頻度であるため、家族歴、治療抵抗性、身体 所見を手掛かりにして見逃しのないように努め たい。
家族性III 型高脂血症はアポ蛋白E の遺伝子 異常に起因し、アポ蛋白E2 アイソフォームの ホモ接合体(E2/E2)ではIDL(レムナント) 粒子が主に肝臓のLDL 受容体に認識されない ために血中にレムナントリポ蛋白が大量に蓄積 し、冠動脈硬化を促進させる。外因性のカイロ ミクロンレムナントの蓄積が主因であるため、 食事由来の脂肪制限が一定の効果を挙げる。ま た、薬物療法としてはフィブラート系の薬剤が 第一選択である。興味深いことに、(E2/E2) ホモ接合体であっても必ずしも著明な脂質異常 症になるとは限らず、他の要因(肥満、糖尿 病、甲状腺機能低下症、あるいは、家族性複合 型高脂血症や家族性高コレステロール血症の合 併など)の重複によって初めて顕在化すること も少なくない。
おわりに
今や、社会現象化しつつある脂質異常症のプ ライマリ・ケアについて最近の考え方を御紹介 した。高HDL コレステロール血症の捉え方に 関してはストーリーがやや複雑であり、多くの 先生方がすっきりしない感覚をお持ちであるこ とを踏まえ、詳細な記載を試みた。
あらゆる診療科の先生方が頻繁に遭遇する脂 質異常症において、生活習慣病の観点から、あ るいは、種々の内分泌疾患の表現型のひとつと して、また、薬剤の副作用の観点から、そして 遺伝性脂質異常症の観点から日常診療のヒント として戴ければ幸いである。
脂質異常症が描かれた有名な絵画としてダ・ ヴィンチのモナリザを挙げるひとは多い。モナ リザが生きた16 世紀初頭のフィレンツエは空 前の高脂肪食ブームで、当時の婦人像の大半が 肥満していることも興味深い。モナリザの目も とには高コレステロール血症の反映である黄色 腫が描かれており、彼女の推定BMI は29 前後 と試算されている(図6)。人類の歴史を1 年に 例えると、“飽食の時代”は最近の僅か3 分間 の出来事と言われる。我々の祖先は繰り返す寒 冷と飢餓という過酷な環境を生き抜くため“食 べ物が得られたときに出来る限りエネルギーを 蓄え、逃さない仕組み”を何重にも張り巡らし てきた。生命の知恵の結晶とも言えるこのよう な“省エネ体質”が皮肉なことに今日の飽食・ 運動不足・ストレス過剰社会で脂質異常症や糖 尿病、メタボリックシンドローム発症の基盤と なっている。
図6
致死的心血管・脳血管イベントの主要な危険 因子である脂質異常症にプライマリ・ケアの段 階から適切に向き合い、きちんとした医療と患 者指導を実践する重要性5)はいくら強調しても し過ぎることはないであろう。
文献
1)益崎裕章:肥満症の外来診療ガイドライン
ガイドライン:外来診療2011(日経メデイカル開発)
211-215, 2011
2)動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症治療ガイド
2008 年版 日本動脈硬化学会編集2008
3)益崎裕章、多和田久美子他:肥満を鑑別する検査
Life Style Medicine 4:67-71, 2010
4)益崎裕章、植田玲、島袋充生:酵素、11 β-HSD1
を介した糖・脂質代謝異常への介入:脂肪組織機能異
常に対する治療介入の意義と展望
糖尿病 (日本糖尿病学会) 54:172-174, 2011
5)益崎裕章、比嘉盛丈、山川研:
これからの糖尿病薬物治療、求められる理念:予防の観点から
Mebio (メデイカルビュー社) 28:91-97, 2011
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(75.脂質異常症)を付与いたします。
問題
次の設問(1)〜(5)に対して、○か×でお答えください。
外傷性頚部症候群の診断と治療
問題
1)外傷性頚部症候群で最も多い受傷機転はどれか。
2)本邦で1 年間に何人が外傷性頚部症候群と称されているか。
3)外傷性頚部症候群の症状で正しいものはどれか。
4)Quebec 分類で正しいものはどれか。
5)外傷性頚部症候群の治療で正しいものはどれか。
正解 1).2) 2).3) 3).2) 4).1) 5).2)