国立病院機構沖縄病院外科
石川清司、饒平名知史、比嘉 昇、久志一朗、河崎英範、川畑 勉、国吉真行
国立病院機構沖縄病院内科
原 真紀子、那覇 唯、藤田香織、上原忠大、仲本 敦、大湾勤子、宮城 茂、久場睦夫
琉球大学大学院医学研究科細胞病理学講座
新垣和也、加藤誠也
【要旨】
日本胸腺研究会編集の「縦隔腫瘍取扱い規約」(第1 版)が2009 年に出版された。 従来用いられた胸部単純X 線写真から胸部CT 画像を用いる縦隔の概念と発生学的 要因を加味した規約である。縦隔腫瘍自験361 例の臨床像と治療上の問題点につい て、規約の分類に基づいて検討した。胸腺関連腫瘍、嚢胞性疾患で66.7 %を占め た。胸腔鏡の導入により悪性リンパ腫の早期組織診断が可能となった。加えて、縦 隔悪性腫瘍の化学療法の発達により集学的治療が行われ、治療成績の向上がみられ た。胸腺関連腫瘍の再分類と正確な治療成績の評価が今後の課題となる。
画像診断の進歩に伴い縦隔腫瘍の臨床像にも 変化がみられる1)。CT の普及に伴い小型の縦 隔腫瘍の発見数が多くなり、MRI による検索 により嚢胞性、充実性病変の質的鑑別が比較的 容易となり、加えて浸潤範囲の評価もより正確 さが増した。
過去32 年間に国立病院機構沖縄病院におい て病理組織学的に確定診断の得られた縦隔腫瘍 361 例の臨床像について検討を加えた。時代の 推移により胸腺腫、悪性リンパ腫等の組織分類 に変化が見られたため、予後を含めた詳細な検 討には慎重な再分類を必要とするため、可能な 限り2009 年発行の「縦隔腫瘍取扱い規約(第 1 版)」に準拠して、その臨床像を中心に解析 を試みた2)。
縦隔腫瘍は好発部位が存在するため、縦隔の 区分は重要である。従来、胸部単純X 線像を基 本にして病変の占拠部位の記載がなされてきた が、新規取扱い規約においてはCT 画像を基準 として単純X 線写真、MRI 像を参考にして、 発生起源臓器の概念も基本に据えられている。
縦隔の上縁は胸郭出口、下縁は横隔膜で両側 肺に挟まれた領域で、壁側胸膜に覆われる部位 である。なお、心臓、食道から発生した腫瘍は 除外される。ただし、食道壁発生の嚢胞性疾患 は含められてきた(図1)。
1)縦隔上部superior portion of the mediastinum
縦隔上縁から左腕頭静脈が気管正中線と交差 する高さまでの縦隔。前外側縁は内胸動静脈、 腕頭動静脈外側縁、後外側縁は横突起の外縁で 後胸壁に立てた垂線。なお、従来の上縦隔の表 現は発生起源臓器を基にした病変の発生頻度と の整合性に乏しいため用いないことになってい る。ただし、肺癌取扱い規約においてはリンパ節 の郭清の意義から「上縦隔」の概念は存在する。
2)前縦隔anterior mediastinum(血管前領域prevascular zone)
縦隔上部下縁から横隔膜に至る高さで、前縁 は前胸壁後面。後縁は左右で異なるが、各々の 血管、大動脈、心臓後縁より形成される領域。
3)中縦隔middle mediastinum(気管食道傍領域peritracheoesophageal zone)
食道、主気管支周囲、後縁は椎体の前縁から 1cm 後方であり、発生学的に同一起源である食 道と気管を包括できる領域3)(図2)。
4)後縦隔posterior mediastinum(椎体傍領域paravertebral zone)
前縁は椎体前縁の1cm 後方、横突起外縁で 後胸壁に立てた垂線を外縁とする領域(図3)。
図1 :縦隔区分(縦隔腫瘍取扱い規約より引用)
S :縦隔上部 M :中縦隔 A :前縦隔 P :後縦隔
図2 : CT での縦隔区分(縦隔腫瘍取扱い規約より引用)
前・中縦隔境界(→)、中・後縦隔境界(―)
図3 : CT での縦隔区分(縦隔腫瘍取扱い規約より引用)
後縦隔・胸壁境界(矢頭)、前・中縦隔境界(→)中・後縦隔境界(ー)
1)症例の年次推移
1979 年1 月より2010 年12 月までの期間に国 立病院機構沖縄病院において病理組織学的に確 定診断の得られた縦隔腫瘍症例は361 例であっ た。なお、CT の普及により嚢胞性縦隔病変 (特に胸腺嚢胞と心膜嚢胞)が治療の対象とな らずに経過観察されることが多くなったこと、 化学療法の奏功により胸腺腫、胚細胞腫瘍の組 織型判定が困難になった症例の増加、1992 年の 胸腔鏡の導入により、悪性リンパ腫症例が胸腔 鏡下リンパ節生検を求められる症例の増加、加 えて自験例においては甲状腺癌、腎癌、前立腺 癌等の転移性縦隔腫瘍を除外したことより発生 頻度に関してはより不確実な値になってきた。
胸腔鏡下手術の普及により、非侵襲的治療が 行われることにより、診断および治療を目的とした縦隔腫瘍症例は増加の傾向にある4)5)。
2)病理組織型
良悪性を含めて多彩な組織型を示す(表1)。 胸腺関連腫瘍124 例、先天性嚢胞を含む嚢胞性 疾患が117 例であり、全症例の66.7 %を占め る。胸腺関連腫瘍、胚細胞腫瘍においては外科 的切除、化学療法、放射線療法を組み合わせた 集学的治療が行われるため、正確な病理組織学 的診断が要求される。
悪性リンパ腫については、全身性疾患として の化学療法が優先されるため、縦隔腫瘍として の位置づけに関しては、今後さらに検討がなさ れるものと思われる。
(表1)縦隔腫瘍組織型別症例概要
(1979 〜 2010 年、国立病院機構沖縄病院)
3)胸腺上皮性腫瘍(表2)
新WHO 分類に準拠し、胸腺上皮性腫瘍の病 理組織分類に大きな変化がみられるため、症例 の再分類が必要となった。胸腺腫、胸腺癌、カ ルチノイドを含めて根治切除の可否が予後を左 右する。胸膜浸潤を有する胸腺腫に対する術後 照射の適応に関しては議論のあるところである。
胸腺腫、胸腺癌ともに化学療法に反応する症 例が多くあり、個々の症例に対応した集学的治 療が求められる。
(表2) 胸腺上皮性腫瘍Thymic epithelial tumors
4)神経原性腫瘍
46 例の切除例を経験した。胸腔鏡下手術の 良い適応であるが、胸郭出口近傍の本症につい てはホルネル症候等の合併症に注意が必要であ る。自験例においては悪性例は無かった。本性 の手術適応に関しては、良性神経原性腫瘍の自 然経過についての知見の集積が必要である。
5)胚細胞腫瘍(表3)
広範な壊死を伴う腫瘍である事が多く、経皮 生検で得られた標本が、必ずしも腫瘍全体の組 織像を表現していない。加えて、CDDP を基 本とした化学療法が奏功する症例がみられ、化 学療法後の組織診断が確定できない症例に遭遇 する。術前のAFP、HCG 等の値を考慮して分 類したため、混合性胚細胞腫瘍との鑑別で不確 定な要因が残された。
(表3) 胚細胞腫瘍Germ cell tumors
6)悪性リンパ腫(表4)
Hodgikin,non-Hodgikin lymphoma ともに9 例であった。悪性リンパ腫の確定診断において も、相応の大きさの組織が要求されるため胸腔 鏡が活用されている。しかし、治療が血液内科 で行われるため外科の役割は診断に限定されることが多い。取扱い規約ではふれられていない 原発不明縦隔リンパ節癌も本項に含めた。
(表4)リンパ性腫瘍
7)嚢胞性病変(表5)
気管支性嚢胞の発生部位は、Mayer の分類 に示された占拠部位でもってある程度の診断が 可能である6)。その他の発生部位としては頚部、 食道、心嚢、胃壁等の報告があるが、胸腺組織 内発生例については、胸腺組織の嚢胞性変化や 胸腺嚢胞との鑑別が問題となる。気管支性嚢胞 は積極的手術適応と考える7)8)9)。気管支性嚢 胞の内容液は乳白色の粘調液であることより術 中診断がある程度可能である。しかし、すべて の縦隔の嚢胞性疾患は長期間に出血、変性、上 皮の脱落等があり内容液に変化がみられ術中肉 眼所見での鑑別が難しい事が多い。
胸腺嚢胞、心膜嚢胞は経過観察が可能と考え るが、大きな症例、増大傾向、鑑別に迷う症例 においては胸腔鏡下の切除も検討される。
(表5)縦隔の嚢胞性病変
8)その他(表6)
縦隔内甲状腺腫は頚部からのアプローチで切 除が可能であるが、開胸にいたる症例もある。 若年者の血管腫(海綿状血管腫を含む)は栄養 血管に富むため、術前の血管造影や丁寧な手術 操作が求められる。
悪性胸膜中皮腫は独立した疾患概念で捉えら れるが、縦隔に限局した本症があったため、そ の他の縦隔腫瘍に加えた10)。縦隔嚢胞に発生し たと考えられるカルチノイドを経験した。
(表6)縦隔のその他の病変
自験縦隔腫瘍症例の概要を本邦の「縦隔腫瘍 取扱い規約(第1 版)」に準じて呈示した。CT、 MRI、RI シンチグラム等の画像診断の発達によ って、より小型の縦隔病変が指摘できるように なり、加えて質的診断が可能になった。さらに は胸腔鏡の導入により、より少ない手術侵襲で もって病変の治療が行われ、加えて悪性リンパ 腫等の早期確定診断が得られるようになった。
CDDP を基本とした化学療法の発達により、 縦隔悪性腫瘍の集学的治療が可能となり、治療 成績の向上がみられるようになった。早期診断 と集学的治療手技の発達により、縦隔悪性疾患 の治療成績の今後一層の向上が期待される。
文献
1)石川清司、源河圭一郎、国吉真行、前里和夫、赤崎
満、山内和雄:沖縄県における縦隔腫瘍報告例の集
計. 国立沖縄医誌 8 : 68 − 70、1987
2)日本胸腺研究会編:臨床・病理 縦隔腫瘍取扱い規約
[第1 版]金原出版 東京 2009
3)石川清司、正 義之、外間 章、金城清光、源河圭一
郎:気管支性嚢腫4 例(頚部1 例、縦隔1 例およ肺内
2 例).琉球大学保健医学雑誌 2(2): 156 − 162、
1979
4)石川清司、国吉真行、大田守雄、川畑 勉、河崎英範、
平安恒男、宮平 工、上原忠司、饒平名知史、河野朋
哉:肺癌に対する胸腔鏡下手術の適応と手技、外科治
療 87(5): 463 − 468、2003
5)石川清司、照屋孝夫、上原忠司、宮平 工、平安恒男、
河崎英範、川畑 勉、大田守雄、国吉真行:胸腔鏡下
手術の現状と問題点、沖縄県医師会報 39(6):
523 − 530、2003
6)Mayer. E. et al.:Developmental origin of cystic
brochiectasis and emphysematous change in the lung.
Diseases of the Chest 21:146-160,1976
7)石川清司、源河圭一郎、国吉真行、長嶺信夫、宮里恵
三郎:縦隔嚢腫切除症例の検討. 外科 45(8):
827 − 830、1983
8)石川清司、源河圭一郎、国吉真行、長嶺信夫、宮里恵三郎、久場睦夫:気管支性嚢腫14 例の臨床的検討.胸部外科 36(4): 301 − 304、1983
9)石川清司、稲福 斉、兼城隆雄、宮城 淳、野村 謙、本馬周淳、川畑 勉、大田守雄、国吉真行、源河圭一郎:長期経過観察(20 年以上)された縦隔発生気管支性嚢胞の3 例. 国立沖縄医誌 18 : 59 − 63、1997
10)石川清司、源河圭一郎、国吉真行、前里和夫、赤崎満:縦隔腫瘍を疑われた悪性限局型胸膜中皮腫.胸部外科 38(11): 846、1985
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問題
縦隔腫瘍に関しての次の設問1 〜5 に対して、○か×印でお答え下さい。
冠攣縮性狭心症の診断・治療について
問題
次の設問1 〜 5 に対し、○か×印でお答え下さい。
正解 1.× 2.× 3.○ 4.○ 5.×