知念耳鼻咽喉科 知念 信雄
はじめに
「耳の日」は、難聴と言語障害をもつ人びと の悩みを少しでも解決したいという願いから始 められたもので、日本耳鼻咽喉科学会の提案に より、昭和31 年に制定されました。日本耳鼻 咽喉科学会では毎年「耳の日」に、都道府県ご とに、耳に関する無料相談や講演会などの活動 を行っています。
今回は耳の日にちなんで、小児に多い急性中 耳炎と滲出性中耳炎について書いてみたいと思 います。
急性中耳炎
急性中耳炎は鼓室、乳突洞および乳突蜂巣を 含む中耳腔に発生する急性炎症で、乳幼児に圧 倒的に多い疾患です。急性中耳炎は近年増加傾 向にあるとされていますが、3 歳までに人口の 半数以上が少なくとも1 回は中耳炎に罹患する とも言われています。急性中耳炎を頻回に繰り 返すものは反復性中耳炎と呼ばれていますが、 近年反復性中耳炎と難治性中耳炎の増加が問題 視されています。
感染経路はほとんどが経耳管感染で、急性上 気道炎や鼻・副鼻腔炎に伴う上咽頭の炎症が耳 管を経由して中耳腔に波及し、発症します。
起炎菌は肺炎球菌とインフルエンザ菌が2 大 起炎菌とされ、次いでM.カタラリス、A 群溶 連菌が多いとされています。慢性中耳炎で多い 黄色ブドウ球菌は急性中耳炎の耳漏からもしば しば検出され、かつては急性中耳炎の起炎菌と しても重要視されていましたが、上咽頭から同 時に検出されることがほとんどないため、現在 では外耳道での汚染混入、あるいは2 次感染と する考え方が主流になっています。また頻度は 多くないものの、インフルエンザ・ウイルスや RS ウイルスなどのウイルス性中耳炎も存在す ると言われています。
急性中耳炎が乳幼児に多い理由としては、1) 乳幼児は免疫能が未熟であること、2)乳幼児の 耳管は短く、水平に近いため、上咽頭の分泌物 が中耳腔へ逆流しやすいことなどが考えられて います。
また、反復性中耳炎や難治性中耳炎が増加し ている理由としては、1)集団保育による感染の 機会の増加、2)ペニシリン耐性肺炎球菌 (PRSP)やβ-ラクタマーゼ非産生アンピシリ ン耐性インフルエンザ菌(BLNAR)などの耐 性菌の増加、3)早期離乳による免疫力の低下な どが考えられています。
急性中耳炎の症状としては耳痛、耳漏、発 熱、難聴、耳閉感、耳鳴などがあげられます が、低年齢児ではこれらの症状を訴えることが できず、夜泣きの後に耳漏が出現して初めて気 付かれることもしばしばです。
急性中耳炎の診断は鼓膜所見によりますが、 乳幼児の場合は外耳道が狭く、診察時の体動が あるため、鼓膜が観察困難な場合も多く、顕微 鏡や針状硬性鏡の使用が推奨されます。鼓膜所 見は初期の場合は鼓膜の発赤のみですが、進行 すると中耳腔への膿汁の貯留による鼓膜の混 濁、膨隆が認められ、さらに穿孔を生じれば膿 汁の流出が認められます。
治療は、外国では抗菌薬を投与しないという 考え方もありますが、重症例や遷延化例の多い わが国では抗菌薬の使用が一般的です。「小児 急性中耳炎診療ガイドライン」2009 年版では年齢と症状および鼓膜所見により、小児急性中 耳炎を軽症、中等症および重症に分類し、それ ぞれの治療アルゴリズムを示しています。それ によると軽症の場合のみ抗菌薬非投与で3 日間 経過観察とし、3 日後に改善がない場合に AMPC の常用量を5 日間投与するとしていま す。また、中等症の遷延化例では1)AMPC 高 用量、2)CVA/AMPC(1:14製剤)、3)CDTR-PI 高用量、4)鼓膜切開+ AMPC 常用 量のいずれかを推奨し、重症例に対しては前記 1)〜3)のいずれかと鼓膜切開の併用を推奨して います1)。
急性中耳炎に対する鼓膜切開は古くから行わ れている治療ですが、近年の報告ではその有効 性を示すエビデンスは少なく、むしろ有効性は 認められなかったとする報告もあります2)。しかしながら、鼓膜切開を行わず、抗菌薬のみに 頼る治療が中耳炎の遷延化や重症化の一因にな っているとの指摘もあり、重症例や遷延化例で は鼓膜切開は必要と思われます。
滲出性中耳炎
滲出性中耳炎は中耳腔に慢性的に滲出液が貯 留する疾患で、幼小児に圧倒的に多く、成人で は50 〜 60 歳代にピークが認められます。
滲出性中耳炎の病因には細菌感染と耳管機能 不全による中耳の換気障害などが関与している とされています。滲出性中耳炎の貯留液は従来 は無菌と考えられていましたが、近年の研究に より肺炎球菌やインフルエンザ菌などが高率に 検出されるようになり、細菌感染が滲出性中耳 炎の成立に重要な役割を果たしていると考えら れるようになりました。特に小児では反復性中 耳炎から移行する例が多いと考えられていま す。さらに、遷延化する要因として小児ではア デノイド肥大や口蓋裂の存在による耳管機能不 全が考えられており、鼻すすりによる中耳腔の 陰圧化も一因になるとされています。成人では 急性中耳炎から移行する例はほとんどなく、加 齢による耳管機能不全が主な病因と考えられて いますが、滲出性中耳炎が上咽頭腫瘍の初発症 状である場合もあり、注意が必要です。
滲出性中耳炎の場合、急性中耳のような耳痛 はなく、年長児や成人であれば難聴、耳閉感、 耳鳴および自声強調などを訴えますが、年少児 の場合は症状を訴えることができず、発見が遅 れることが多いとされています。難聴の程度は 軽度〜中等度で、日常会話に支障を来すことは ほとんどありませんが、年齢や罹病期間によっ ては言語発達や精神発達に影響を及ぼすことも 考えられます。
貯留液の色調は淡黄色から黒褐色まで様々 で、顕微鏡下にこれを観察することができれば 診断は比較的容易です。また、簡便な検査で中 耳の状態を知ることができるティンパノグラム も診断に有用です。
滲出性中耳炎の治療は、原因となる鼻・副鼻 腔炎などの治療を含めた保存的治療が主体とな りますが、保存的治療に抵抗性の場合は鼓膜切 開や鼓室チューブ留置術が必要になります。ま た、アデノイド肥大があればアデノイド切除術 を要する場合もあります。
以上、小児に多い急性中耳炎と滲出性中耳炎 について述べてきましたが、これらは適切な治 療をすればそのほとんどが学童期には難聴など の後遺症も残さず治癒します。一方で慢性中耳 炎や癒着性中耳炎、鼓室硬化症、真珠腫性中耳 炎に移行して鼓室形成術などの手術が必要にな ったり、難聴の後遺症を残したりする例も散見 されますので、留意が必要です。
参考文献
1)喜多村 健: 小児急性中耳炎診療ガイドライン,JOHNS 26、679 − 684,2010
2)飯野ゆき子: EBM 実践の実例/急性中耳炎におけるEBM,JOHNS 17,983 − 988,2001