沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 12月号

第38 回沖縄県学校保健・学校医大会
〜「危機に立ち向かうプロフェッショナルたち
― CRT(クライシス・レスポンス・チーム)の取り組み―」〜

宮里善次

理事 宮里 善次

10 月3 日(日)、県医師会館において第38 回 学校保健・学校医大会が開催された。

講師に山口県CRT 委員会の委員長河野通英 先生をお招きし、“危機に立ち向かうプロフェッ ショナル”をテーマにご講演をして頂いた。

CRT とは学校内で事件や事故が起きた時、 24 時間以内に学校に駆けつけ、生徒や学生さ らに校長や担任の先生に対して心理的な支援を するチームである。

山口県では2001 年6 月8 日の大阪池田小学 校事件をきっかけに、精神科医(河野先生を中 心としたグループ)と臨床心理士が集まり、全 国初のCRT が結成された。その折には山口県 福祉保健部がシステム構築と予算化の一役を担 ってくれたと報告があった。

その後長崎県、静岡県、和歌山県、大分県、 石川県など計6 県に結成され、それぞれ独自性 を出そうと工夫されたようであるが、現在は山 口県のマニュアルが標準化され、それに準じて 活動がなされている。

講演では様々な事例が供覧されたが、学校内 で事件事故(殺人や自殺等)が起きると、校長 と担任の心理的負担は大きく、時としてパニッ クに陥る場合がある。CRT メンバーは校長や 担任を心理的にバックアップするだけではな く、特にマスコミ対応などの仕方を教え、実際 に記者会見の場にも同席し、コメント等のアド バイスを与えてゆく。

例えば生徒の自殺の原因が“いじめの可能 性”であった場合、初動の段階でそれを否定す るような発言をすると、言葉尻をとらえられて 更なる苦境に追い込まれてゆき、ケースによっ ては自殺に至る時もあるらしい。そのような二 次被害を避ける為にも、子供達より校長や担任 を優先する場合が多いと説明があった。

また子供達は、事件事故に直接遭遇しPTSD になるケースと、直接遭遇しなくても友人を失 った喪失感を伴うケースがあり、適宜専門家に 紹介し必要な心のケアーにつなげてゆく。

山口県をはじめ他の県のCRT は基本的に県 外には出ないと云うことなので、沖縄県を含め 他の41 都道府県では学校に配された心理士が 何らかの対応をしているにすぎない。

7 月に県内で未成年が集団で飲酒し、女子中 学生が集団レイプされ自殺すると云う痛ましい 事件があったが、CRT を最も必要としたケー スであったろうと痛感した。と同時にCRT に 参加するプロフェッショナル達の活動はボラン ティアに近く、365 日24 時間対応を考えると、 軽々に開設できるものではないことも合わせて 痛感した次第である。

講演「危機に立ち向かうプロフェッショナルたち
― CRT(クライシス・レスポン ス・チーム)の取り組み―」
河野通英

山口県精神保健福祉センター所長
河野 通英



表1 山口県CRT の派遣実績(2003 年8 月〜 2009 年12 月)

表1

山口県CRT のスタート

山口県では、2001 年6 月の大阪教育大池田 小事件直後から、有志の専門職が心のレスキュ ー隊設立に向けて準備を始め、2 年後の2003 年8 月に「山口県クライシスレスポンスチーム (CRT)」をスタートした。その後、県が事業 化し、行政として取り組むこととなった。山口 県CRT の派遣実績は表1 のとおりである。

全国への広がり

山口県を皮切りに、その後、長崎県、静岡 県、和歌山県、大分県、石川県でCRT がスタ ートした。いずれも県精神保健福祉センターが CRT の司令部となっている。各県CRT の派遣 実績は表2 のとおりである。派遣44 件のうち 約4 割は子どもの自殺であった。

表2 CRT 派遣実績(回) 2003 年8 月〜 2009 年12 月

表2

CRT の特徴

CRT は、「コミュニティーの危機に際し、支援 者への支援を中心に、期間限定で精神保健サー ビスを提供する多職種の専門家チーム」であり、 中核事業として要件(詳細はホームページで公 開)を満たす「学校CRT」を有している。県精 神保健福祉センターがCRT の司令部となってお り、教育委員会とは独立した外部チームである。

CRT の活動日数は最大3 日間で、事件発生 日から数えて数日目までに撤収しなければなら ない。CRT 撤収後はスクールカウンセラーな どに校内のアフターケアを引き継ぐ。また、医 療が必要な場合は医療機関を受診してもらう。 また、小さな事件には派遣できない。

CRT 隊員には、医師、臨床心理士、精神保 健福祉士、保健師、看護師などの専門職が登録 されている。CRT 派遣に際しては、登録隊員 の中から本人の都合などを確認の上、1 日に数 名〜十数名の隊員が派遣される。隊員は指揮担 当隊員(隊長・副長)、直接ケア隊員、補助業 務隊員(ロジスティクス)の3 つに区分されて いる。

CRT の支援内容

CRT の支援を一言で言えば、「二次被害の拡 大防止とこころの応急処置」になる。支援内容 は、1)校長、教育委員会への助言、2)教職員へ のサポート、3)保護者への対応サポート、4)子 どもと保護者への個別ケア、5)報道対応サポー ト等に分類される。心のケアだけではなく、報 道対応を含む危機管理全般に対してサポート能 力を有している。

あえて「しないことも」もある

実際に活動してみると、「してあげればよい」 というほど簡単ではないことが明らかになってきた。CRT のサポートによって、学校や教育委 員会が依存的になり、当事者意識や対応力を損 ねてしまうことがあることに気づかされた。「3 日間限定、アフターケアなし、小さな事件には 派遣しない」という枠組みは「CRT にお任せは できない」という意味でも重要と考えている。

学校医への期待

危機に際し、身近な受診先として学校医の果 たす役割は大きい。子どもは身体症状を訴える ことが多いので、精神的なものだと決めつけず に、身体症状にはまず身体のケアから始めるほ うがやりやすい。保護者の不安の軽減も重要で ある。精神科受診が望ましい場合の橋渡しの役 割もお願いしたい。

おわりに

CRT は、援助専門職の情熱を基礎に、行政 の事業化により組み立てられる。もちろん、当 事者である学校、教育委員会自身の取り組みが 重要であることは言うまでもない。さらに、行 政や専門家にお任せではなく、保護者や地域住 民が主体的に「子どもを守るために自分たちが できることをしよう」とのうねりが起こること を期待してやまない。

※詳しくはCRT ホームページを参照されたい。(http://www.h7.dion.ne.jp/~crt/