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国際保健に関するセミナー
〜オバマ大統領の医療改革−日本への教訓〜

宮里善次

理事 宮里 善次

2010 年8 月30 日(月)、日本医師会館におい て『国際保健に関するセミナー』が開催された。

武見フェロー帰国報告2 題に続いて、「オバ マ大統領の医療改革―日本への教訓」と題した 特別講演が行われた。

演者はハーバード大学公衆衛生大学院国際保 健・人口学教授のマイケル・ライシュ氏。

演者はまず初めに米国のヘルスケアシステム における二つの大きな欠陥を指摘した。

1)高い水準で高騰する医療費; GNP 比14 % で、国民一人当たりの医療費は3,094 ドル (1992 年)、2)保険未加入の国民; 4,000 万人。

世界で最も高い医療費でありながら、多くの 労働者に医療保険の支給がなく米国は医療受給 制度が整備されてない唯一の先進国である。

過去100 年間に7 人の大統領が医療改革を試 みたが、ことごとく失敗し成功したのは1 例だ けであった。1960 年代半ばにジョンソン大統 領が高齢者対象のメディケアと貧困者対象のメ ディケイドに関して給付の大幅拡大を実現させ た事例である。

失敗に終わった大統領は、セオドール・ルー ズベルト、フランクリン・ルーズベルト、トル ーマン、ニクソン、カーター、ジョージ・ブッ シュ等がいるが、記憶に新しいところでは、ク リントン大統領が提唱した国民皆保険制度 (Health Security Plan)への移行失敗がある。

さて、2010 年3 月にオバマ大統領はアメリ カ医療改革法を成立させた。

このオバマ医療改革は1)医療保険を『個人の 義務』と定めることで医療保険を拡大し、無保 険者を3,200 万人減らし、加入率94 %をめざ す。2)保険会社の業務規制。3)実験や実証プロ ジェクトを行い、独立支払諮問機関を設立し て、医療制度の効率化を図ることであり、推計 によれば今後10 年間に連邦財政赤字を1,430 億ドル減少させ、その間にかかる費用は1 兆ド ルを下回ると試算されている。

では、なぜ歴代の大統領がなし得なかった医 療改革をオバマ大統領はできたのか、またその 手法は現在日本で取り組まれている医療改革に どのような示唆を与えるのかという点を中心に 話しがすすめられた。

話しの冒頭に“医療政治学の視点”が提示さ れたが、医療改革において医療経済学の視点は もちろんのこと、医療改革のプロセス、特に政 治的駆け引きが重要であると力説されていた。

955 ページにも及ぶと云われるオバマ医療改 革を成し遂げた要因は、大統領のリーダーシッ プに加えて、下記の6 点であり、それはクリント ンの失敗に学んだことが大きいと指摘があった。

具体的には1)改革実現のプロセスを指揮する 優秀な人材の発掘。メディケアメディケイドセ ンター責任者にDonald Berick 氏を任命。2) 利害関係者が反対表明する前に根回しを行っ た。米国医師会の支援をとりつけ、いつも反対 に回る製薬会社が反対できないような国内世論 状況を作り上げた。3)細かな立法作業を連邦議 会に依頼。4)米国唯一皆保険制度があるマサチ ューセッツ州の基本原則を活用。5)全てを解決 しょうとしない。政治的合意を得るために大幅 な譲歩をし、質と費用は次期大統領へ。

米国と日本の医療保険制度は異なるが、改革 という手法においては、こうした“医療政治学 の視点”と国のリーダーのまさにリーダーシッ プが必要であると云う点は多いに参考にすべき であると結論された。

ところで我が国では後期高齢者医療制度が国 会で決議され運用されたが、現場からの突き上 げで廃止の見通しとなった。

あの時決議した国会議員が見直し議論をした のだが、中身を知らないで賛成したのか?と云 う疑問にかられる。

今回の特別講演は医療関係者よりも国会議員 に聞いて欲しい内容であった。

国際保健に関するセミナー
「オバマ大統領の医療改革―日本への教訓」

  • 日   時: 2010 年8 月30 日(月)15:30 〜 19:00
  • 場   所:日本医師会館3F 小講堂
  • 参加予定者:日医役員、都道府県医師会役員、日本製薬工業協会
          国際協力医学研究振興財団、国際保健検討委員会その他関連委員会
          武見フェローOB、医学会、日中医学協会その他関連組織
          国際課、日医総研
  • 総合司会:石井正三(日本医師会常任理事)
  • 次   第:15:30 〜 15:40
  • 開会あいさつ:原中勝征(日本医師会会長)久史麿(日本医学会会長)
    武見プログラムの紹介:武見敬三(東海大学政治経済学部教授)

15:40 〜 16:10 武見フェロー帰国報告
「HSPH ジャパントリップ2010 報告」
崎坂香屋子、依田健志

「日本はなぜ1 日90 人の自殺を防げないのか。2008〜2010年全国データと自殺遺族のバーバル・オートプ シー調査からの知見」
崎坂香屋子(東京大学大学院医学系研究科助教)

「日本における新型インフルエンザ初期流行の疫学について」
依田健志(長崎大学医学部熱帯医学研究所助教)

質疑応答

16:10 〜 16:50 特別講演
座長:神馬征峰(東京大学大学院国際地域保健学教授)
「オバマ大統領の医療改革―日本への教訓」
マイケル・ライシュ(ハーバード大学公衆衛生大学院国際保健・人口学教授)

16:50 〜 17:20 質疑応答
閉会あいさつ:横倉義武(日本医師会副会長)

17:30 〜 19:00 レセプション
カクテル・立食パーティー

オバマ大統領の医療改革−日本への教訓

マイケル・R ・ライシュ

マイケル・R ・ライシュ1

抄録

2010 年3 月、バラク・オバマ大統領はアメリカ医療改革法を成立させた。本講演では、「オバ マ改革とは何をするのか?」「オバマ大統領はどうやって改革を成し遂げたのか?」「それは日本 にどのような教訓と示唆を与えるのか?」の3 つの問いを検証する。

オバマ医療改革は歴史的偉業であった。オバマ大統領は過去100 年間に7 人のアメリカ大統領 がやろうとしてできなかったことを成功させた。同改革が目指すアメリカ医療制度の変化は複雑 である。第一に、医療保険を拡大し、米国人の無保険者を3,200 万人減らす。第二に、保険会社 の業務を規制する。第三に、実験や実証プロジェクトを行い、独立支払諮問機関を設立して、医 療制度の効率化を図る。同改革は今後10 年間の連邦財政赤字を1,430 億ドル減少させ、この間 にかかる費用は1 兆ドルを下回ると試算されている。本講演では次に、オバマ改革のプロセスに 関する政治的教訓を分析する。特に、主要利害関係者との交渉の大切さ、立法者の役割、大統領 のリーダーシップの重要性、成功した政策事例の活用、および政治的実現を図るための妥協の必 要性について考察する。最後に、これらの政治的教訓が日本における現在の医療改革の取り組み にどのような示唆を与えるかを論じる。

1 Michael R. Reich: エール大学より分子生物物理学・分子生物化学学士号、東アジア研究(日本研究)修士号、政治 博士号取得。1983 年よりハーバード大学で教鞭を執り、現在に至るまで同大学武見国際保健プログラムのディレクタ ーも兼務。主要研究テーマは保健政策における政治的側面、特に貧困国の保健政策や政策形成過程の政治、医薬品への アクセスといった薬事行政への造詣が深い。先進国、途上国における保健医療改革の政治経済的側面について多くの研 究を実施し、多数の著書、論文を発表。最近の共著書に『実践ガイド医療改革をどう実現すべきか』がある(日本経 済新聞出版社、2010 年、中村安秀、丸井英二監訳)。

なお、日本に居住経験があり(1971 〜 74 年)、以来、年に一度位の頻度で来日している。東京女子医科大学、日本 心臓血圧研究所、慶応大学医学部公衆衛生学教室、国立公衆衛生院、東京医科大学での職歴があり、日本医師会には武 見プログラムのほか日医総研や英文雑誌JMAJ 等でも協力。日本に関する著書として、ノリ・ハドル、マイケル・ライ シュ他『夢の島―公害からみた日本研究』(サイマル出版会、1975 年)、加藤周一、マイケル・ライシュ、R.J.リフト ン『日本人の死生観』(岩波新書、1977 年)等がある。の島―公害からみた日本研究』(サイマル出版会、1975 年)、 加藤周一、マイケル・ライシュ、R.J.リフトン『日本人の死生観』(岩波新書、1977 年)等がある。

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