沖縄大学人文学部福祉文化学科 山代 寛
はじめに
喫煙は我が国において早期死亡の第一の原因 であり、予防しうる単一で最大の疾患だ。プラ イマリ・ケアに携わる医療従事者がチームで喫 煙対策に積極的にかかわることにより、患者さ んのみならず、病院の職員、一般市民の方々に 禁煙への気づきを促し、禁煙する動機を高め、 そして地域の禁煙化につながる。
現在自称本邦初の禁煙学教授を名乗り、全国 から注目される沖縄県内2 ヶ所の医療機関で禁 煙外来を担当している。FCTC(たばこ規制枠 組み条約)履行のための国の施策は十分ではな いが、われわれ医師会員がニコチン依存症にい かに取り組むべきか述べてみたい。
喫煙の害について
タバコは、癌、心筋梗塞、脳梗塞、くも膜下 出血などの循環器疾患、慢性閉塞性肺疾患や急 性肺炎などの死因となる疾患の主要な原因だ が、逆に考えれば禁煙によってこれら疾患のリ スクを下げ、罹患しても再発を予防したり、進 行を遅らせたり、症状を軽快させることが出来 る。またメンタル面でも禁煙によってニコチン 切れのストレスから解放されるならば、自殺、 事故のリスクも減少することが明らかにされて いる。禁煙は最も効率のいい健康法なのだ。
日本のタバコ政策
国は「たばこ事業法」により税収を上げるた めタバコ販売を促進する立場にある。これは 100 年以上前に大日本帝国議会にて定められた 生産・販売を国家が保護・管理する「煙草専売 法」を踏襲するもので、1985 年、専売公社は JT「日本たばこ産業株式会杜」という名前に 変わり民営化されたが、「日本たばこ産業株式 会社法」により、全株式のうち半分以上の株は 国(財務省)が保有することが規定されてお り、まさに「国策企業」そのものだ。また厚労 省でなく財務省がタバコ事業の監督官庁であ り、JT は財務官僚の有望な天下り先で、さら に国会に多数の「たばこ族議員」が存在してい るため、残念ながらこの「たばこ事業法」は改 正、撤廃される見通しはたっていない。
明治以来の「お国のためにタバコを吸って税 金を納め、年金、医療費をかけないうちに死ん でしまえばよい」という財務省、タバコ会社の 論理を、医師としてはもちろん国民として認め るわけにはいかないだろう。なにしろ不健康か つ短命を推奨する国の政策、法律はおかしいと いうしかない。実際は喫煙によって税収以上の 医療費がかかることも明らかにされているし、 喫煙者は寿命が短いだけでなく、認知症、循環 器疾患、呼吸器疾患などによって闘病生活を送 る年月も長いので、健康寿命は喫煙者と健常者 で大きく異なる。また、闘病生活が長いことで 家族にかかる精神的、肉体的、経済的負担も大 きい。タバコは国民にとっていいことは一つも ないのだ。
本誌5 月号「世界禁煙デーにちなんで」にも 書かせていただいたが、我が国は国内法よりも 優先される国際条約であるFCTC に加盟してお り、タバコ代の大幅な値上げ、受動喫煙対策な どの国際的な義務を果たすことが加盟国から望 まれている。そんななか例外的に我が国の施策 として他のFCTC 加盟国から評価されているこ ともある。それが禁煙治療への保険適応だ。
禁煙外来の現況
沖縄大学に勤務のかたわら沖縄市のちばなク リニックと宗教法人セブンスデーアドベンチス トメディカルセンター(AMC)で禁煙外来を 担当し、またオリブ山病院でも禁煙外来開設に 向けて準備をしている。
ちばなクリニックでは30 分の枠に4 人予約 で4 時間に30 人以上、AMC でも多い時は20 人以上、週にあわせて50 人以上診察すること もあるが、それでもできてしまう。もちろんコ メディカルとの連携があるからこそ可能なのだ が、高血圧や脂質代謝異常,耐糖能異常を診る 感覚でニコチン依存症に取り組んでいただけれ ばよいと考えている。
最近の傾向として呼吸器、循環器、消化器だ けでなく皮膚科、歯科、そして従来の婦人科か らの紹介に加え、不妊外来からの男性喫煙者の 紹介が増えてきた。先日はAMC で禁煙した途 端に妊娠に成功したカップルを経験し、新しい 命の誕生をわがことのように喜ぶことが出来た。
検診、ドックから禁煙外来へ
那覇市医師会による昨年末に行われたアンケ ートによれば、約230 の施設のほとんどが敷地 内禁煙あるいは館内禁煙で、禁煙外来を設置可 能であるにも関わらず、禁煙外来実施施設は一 割未満で、一般診療中に禁煙指導をしていない とお答えになった施設が過半数もあった。実際 現場でタバコについてなにも指導していらっし ゃらないとは考えられないが、相当数の施設 で、特定保健指導で禁煙の指導が十分なされて いないことを危惧している。検診・人間ドック は予防医療の場であり、受診者を健康へ誘導す る義務を負っている。喫煙は健康に最悪の影響 を与える因子であり、禁煙指導は最も重要な保 健指導の一つだが、検診・人間ドックの禁煙指 導は年に一度で禁煙を維持させることは難し い。また、現に特定健診の場で時間をかけて禁 煙指導をするのは困難だという意見もある。ご 自身が禁煙外来を開設しニコチン依存症治療に 取り組んでいただくのが一番いいと思うのだ が、それが無理ならば、タバコをやめるいい方 法がありますよ、と禁煙外来受診を勧めていた だきたい。
この原稿はちばなクリニックの清水隆裕先生 のおすすめで執筆の機会を与えられたが、ちば なクリニックでは健診受診者の積極的な禁煙外 来へ紹介により、かつては40 %を超えていた 全受診者喫煙率が12 %程度にまで低下してい る。清水先生こそこの分野の実力者であり、こ の夏、旭川で行われた人間ドック学会では、多 数の喫煙関係の演題がある中、清水先生の、健 診、ドックを地域の禁煙化に結びつけていく 「非喫煙者への禁煙指導」という口演は、学会 場の注目を集めた。
このちばなクリニックの取り組みは人間ドッ ク学会誌や中村正和先生監修による「禁煙外来 ベストプラクティス」という日経メディカル発 刊の書籍にも掲載される予定なのでぜひお読み いただきたい。
おわりに
タバコ代が10 月に値上げされるのに伴い、 禁煙外来受診患者が増加しているが、仮に私一 人が今のペースでMax で週50 人、年600 人を 禁煙に導いたとしても、単純計算で沖縄県の喫 煙者30 万人が禁煙できるまで500 年かかって しまう。
ニコチン依存症治療を通じて、あたえられた 命の大事さに患者さんが気がつくための援助が できることは、医者としてとしてもとてもやり がいのある仕事だと思っている。県民をタバコ の害から救うためにぜひ会員の皆様に積極的な ニコチン依存症治療への取り組みをのぞみたい。