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沖縄県における経口糖尿病治療薬の使用状況と問題点
― 新規糖尿病治療薬・インクレチン医療の展望と可能性―

琉球大学大学院医学研究科内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)
  植田 玲、伊波 多賀子、中山 良朗、新川 葉子、 平良 伸一郎、益崎 裕章

【要旨】

【目的】

糖尿病患者の急増が予想される中、沖縄県内における糖尿病治療の現状と問題点、インクレチン 医療の展望と可能性についてアンケート調査を実施し、実態を把握する。

【対象・方法】

平成22 年1 月6 日から2 月13 日までの期間に沖縄県内106 の医療施設の先生方に調査協力を依 頼し、同意が得られ、アンケート回収が可能であった126 名の先生方を対象とした。調査内容は、 1 カ月当たりの糖尿病診療患者数、管理目標とするHbA1c 値、従来の糖尿病治療薬の問題点、お よび、新しい作用機序を持つ糖尿病治療薬、DPP-4 阻害薬(Sitagliptin)・インクレチン医療に 期待すること、今後のインクレチン医療の位置付けについての大規模な意識調査を実施した。

【結果】

目標とするHbA1c に対する達成率は高いものとはいえず、50 %未満の達成率が全体の76 %を 占めた。従来の糖尿病治療薬での問題点として、約50 %の先生方が体重増加を懸念され、約40 % の先生方が低血糖の出現や服薬コンプライアンス不良を懸念されていた。また、約60 %の先生方 が従来の糖尿病治療薬の効果に対し、十分には満足されていないことが判明した。DPP-4 阻害薬、 Sitagliptin への期待として、軽症糖尿病患者あるいは複数の薬剤を用いても血糖コントロールが十 分でない患者への投与を考えている先生方が多く、スルホニル尿素薬、ビグアナイド薬、チアゾリ ジン薬への上乗せ投与による相加効果に期待する一方、低血糖リスクや長期投与の有効性・安全性 への心配の声も少なからず寄せられた。

【結語】

インクレチン医療に対する期待と不安を含め、沖縄県における糖尿病治療の現状に関する示唆に 富む結果が得られた。管理目標とするHbA1c の達成にSitagliptin がどの程度、貢献しうるのか、 今後も使用経験を踏まえた調査を継続し、沖縄県の糖尿病診療の質的向上に役立てて行きたい。


key words : 沖縄県、アンケート調査、経口糖尿病治療薬、インクレチン医療


緒言

我が国の糖尿病患者は増加の一途を辿り、 2006 年度の厚生労働省調査によると820 万人 が糖尿病に該当すると報告されている。これは 総人口の5.7 %に相当する高い割合である。沖 縄県の人口は、約140 万人であり、糖尿病患者 は約8 %と推定されており、全国平均に比べて 顕著に高率である。新しい経口糖尿病治療薬、 DPP-4 阻害薬の発売に伴うインクレチン医療 元年となる2010 年初頭に、沖縄県内における 糖尿病治療の現状と問題点、インクレチン医療 の展望と可能性についてアンケート調査を実施 し、結果を解析した。

図1

図1 アンケート用紙

対象および方法

平成22 年1 月6 日から2 月13 日までの期間 に沖縄県内106 の医療施設の先生方に調査協力 を御依頼し、同意が得られ、アンケート回収が 可能であった126 名の先生方を対象とした。調 査は図1 に示すアンケート票を用いて実施し た。内容は、1 カ月当たりの糖尿病診療患者 数、管理目標とするHbA1c、従来の経口糖尿 病治療薬の問題点、新しい作用機序を持つ糖尿 病治療薬、DPP-4 阻害薬(Sitagliptin)に期 待することや不安な点、インクレチン医療の展 望と可能性について調査を行った。

結果

1 カ月当たりの糖尿病診療患者数が10 名未 満である先生は16 名で、全体の12.6 %、10 〜 50 名である先生は58 名で全体の45.7 %、50 〜 100 名である先生は27 名で全体の21.3 %、 100 名以上である先生は26 名で全体の20.5 % を占めた。

管理目標HbA1c は5.5 %から7.0 %に分布 し、6.0 %と6.5 %に2 つのピークがあった。 6.5 %を目標とする先生方が46 %と最も多く、 6.0 %を目標とする先生方が22 %、次いで 7.0 %目標が9.5 %を占めた(図2)。

図2

図2 目標とするHbA1c

目標とするHbA1c の達成率に関しては30 % 未満が34 名. 26.6 %、30 〜 50 %の達成が64 名50 % 、50 〜 70 % 未満の達成が25 名 19.5 %、80 %以上の達成が3 名、2.3 %であ り、50 %未満の達成率が全体の76.6 %を占め、 目標に対する達成率は高いものとはいえない結 果であった(図3)。

図3

図3 目標とするHbA1c の達成率

従来の経口糖尿病治療薬に関する問題点とし て、50 %の先生方が体重増加を懸念し、40 % の先生方が低血糖や服薬コンプライアンス不良 を指摘した。また、60 %の先生方が治療薬の 効果に対し、十分には満足されていないことが 判明した(図4)。DPP-4 阻害薬、Sitagliptin を使用する場合、どの経口糖尿病治療薬への上 乗せを考慮するか、との質問に対し、スルホニ ル尿素薬の量を維持しての上乗せが60 %、ス ルホニル尿素薬の量を減らしての上乗せが 35 %、ビグアナイド薬、チアゾリジン薬への上 乗せが40 %を占めた(図5)。一方、投与対象 は、軽症糖尿病患者と考えている先生方が約 56 %、複数の薬剤を使っても血糖コントロー ルが十分でない患者と考えている先生方が 58 %に達した。Sitagliptin に期待することと して、低血糖のリスクが少ない(69 %)、膵β 細胞の保護作用(56 %)が挙げられた。不安 な点として、併用療法における有効性や安全性 が50 %、長期投与の有効性や安全性が70 %、 低血糖の発現、急性膵炎の発現が20 %近くを 占めた(図6)。

図4

図4 従来の治療薬での問題点

図5

図5 従来薬に上乗せする薬剤

図6

図6 シタグリプチンを使用するに当たっての気になる点

考察

沖縄県の人口は、約140 万人であり、糖尿病 患者は約8 %と推定されており、全国平均に比 べて顕著に高率である。その主要な要因の1 つ に、BMI(肥満度指数)25 以上の肥満者の割 合が高いことが挙げられる。2004 年度の健診 結果では30 歳以上で、BMI 25 以上の割合は 男性で46.9 %、女性で26.1 %であり、いずれ も全国1 位の結果である。さらに、総摂取カロ リーに占める脂質の摂取割合が他県に比較して 顕著に高いこと、脂質異常症の割合が高いこと も注目すべき点である。沖縄県が2 人に1 台の 割合で自動車を保有する高度な自動車社会であ り、運動量が少ないこと、ファストフード・外 食文化の浸透、夜型社会、熱帯型で気温の日較 差の少ない特有の気候など、種々の因子が重な り合っていることも重要である。

経口糖尿病治療薬はインスリン抵抗性改善 薬であるビグアナイド薬とチアゾリジン系薬 剤、インスリン分泌促進薬であるスルホニル尿 素薬と速効型インスリン分泌促進薬、食後過血 糖改善薬としての速効型インスリン分泌促進薬 とα-グルコシダーゼ阻害薬に分類され、状況 に応じて単剤あるいは作用機序の異なる複数の 薬剤の組み合わせで使用されている。 Sitagliptin はインクレチン、GIP やGLP-1 の 分解を担う酵素、DPP-W(dipeptidyl peptidase-W) を選択的に阻害することにより血糖 の上昇に応じたインスリンの分泌を刺激する。 国内における臨床試験において、運動療法、食 事療法に加え、Sitagliptin 単剤を1 日1 回、12 週間投与により、約1 % のHbA1c の低下が示 されており、ピオグリタゾン、メトホルミン、 グリメピリドとの併用試験においても、単剤に 比べ、併用により約0.7 %〜 0.8 %のさらなる HbA1c の低下が確認されている。副作用の発 現率は8.1 %で、低血糖が17 件(1.4 %)、胃 腸障害が38 件(3.2 %)報告された。

本アンケート調査において、Sitagliptin の臨 床データとして今後、求められるものとして、

●長期投与の有効性(効果減弱の有無)・安全 性(膵炎や膵癌の発症リスクの有無も含めて)

●種々の経口糖尿病治療薬との併用効果(短 期、長期)

●インスリン分泌能の改善効果

●細小血管合併症の進展抑制効果や心血管・脳 血管イベントの抑制効果、頸動脈硬化の改善 効果

●β細胞の増殖・再生効果

●食後血糖値の時間的変化、安定性

●糖尿病腎症による透析患者に対する安全性

●インスリン療法との併用の場合の有効性や安 全性

などが指摘された。

インクレチン医療に対する期待と不安を含 め、沖縄県における糖尿病治療の現状に関する 示唆に富む結果が得られた。管理目標とする HbA1c の達成にSitagliptin がどの程度、貢献 しうるのか、安全性と有効性の検証と新しい治 療モードの構築を視野に入れながら今後も使用 経験を踏まえた調査を継続し、沖縄県の糖尿病 診療の質的向上に役立てて行きたいと考える。

謝辞

本アンケート調査を実施するにあたり、貴重 な御協力を賜りました沖縄県内106 の医療施設、 126 名の先生方に心より感謝申し上げます。