沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
神経内科 神里 尚美
80 代のT さんは、地域で知られる聡明な沖 縄オバーであった。一過性脳虚血性発作と思わ れる片麻痺で救急室に搬送されたが、我々が診 察したときは運動麻痺は消失していた。
一晩入院し、翌日の昼に退院の帰路につこう とした矢先に、意識障害と片麻痺を再発。心原 性脳塞栓症と診断した。血栓溶解療法(遺伝子 組み換え組織プラスミノゲンアクチベーター: rt-PA 静注療法)を考えたが、高齢で意識障害 が重度であったため適応なしと判断した。エダ ラボン投与を主体に急性期脳梗塞治療を慎重に 行ったが、うっ血性心不全が顕在化した。連日 の綿密な水・栄養管理により、T さんは意識を 取り戻したが片麻痺を残した。
T さんは看護師の日々のケアに‘ありがとう ね’と感謝と礼節の態度を身で示した。
T さんの研修医指導は愉快であった。‘あんた 達は採血したら、ちゃんと結果説明に来なさい’、 ‘こんなオバーも治しきれんかい。もっと賢明に 勉強するんだよ’、採血に四苦八苦する研修医に ‘この病院は蜂が一杯飛んでくるねー’。
T さんの入院カンファレンスで、我々はrt- PA 静注療法の慎重投与項目である年齢につい て話し合った。実年齢ではなく生物学的年齢、 すなわち発症前の家庭生活での自立レベルを考 慮することにした。数週後にT さんより2 歳若 い高齢の心原性脳塞栓症例にrt-PA 療法を試 みた。入院経過は良好で、T さんより先に回復 期リハビリ病院に転院した。
高齢者の超急性期脳梗塞治療の選択は一例ず つ経験を重ねていくしかない、と考えながらT さんの純朴な笑顔が頭をよぎった。
T さんが心不全で寿命を遂げる2 日前、回診 した私に‘そろそろ終りにしてください’と微 笑んだ。翌日、T さんは研修医がベットサイド から離れるのを寂しがった。暖かい秋空の日曜 日の朝、穏やかな表情でT さんは静かに旅立っ た。我々も看護師も皆、人生の大先輩を自分の 祖母を送り出すが如き惜別の涙で自宅へ送り出 した。
当センターの急性期脳梗塞の入院患者の約 44 %が75 歳以上の後期高齢者である。国内の rt-PA 療法全国使用成績調査1)の42 %が後期 高齢者で、国内の脳卒中データバンク2)におけ る脳卒中平均発症年齢は73 歳である。
加齢脳のblood brain barrier 透過性亢進3)4) を来たした状態に発症した急性期脳梗塞に、 我々はどのような治療を選択すればよいのか、 臨床の現場で評価を重ねながら治療を進めてい きたいと考える。
文献
1)山口武典. アルテプラーゼ使用成績調査(全例調査)
中間集計. 脳卒中2008, 30: 760-763.
2)小林祥泰. 脳卒中データバンクの生い立ちと今後. 脳
卒中2009, 6: 395-403.
3)Bogdan O, et al. Blood-brain barrier alterations in
ageing and dementia. J Neurological Science 2009,
283:99-106.
4)Farrall AJ et al. Blood-brain barrier: Ageing and
microvascular disease. Systematic review and metaanalysis.
Neurobiology of aging 2009, 30: 337-352.