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ハンセン病を正しく理解する週間(6/20 〜 6/26)に因ちなんで
〜ハンセン病を理解するために〜

細川篤

琉球大学医学部臨床教授 細川 篤

昭和26 年にハンセン病の予防と患者の 救済に深い関心をよせられた大正天皇の 后・貞明皇后の誕生日(6 月25 日)を記 念し「救らいの日」が設けられた。その 後、昭和39 年に厚生省が正しい知識の普 及と偏見の是正の運動を広げる目的で 「ハンセン病を正しく理解する週間」を制 定し、6 月25 日を含む一週間に、いろい ろな行事を行うようになった。

毎年、この週間を控えて、このコーナー においてはハンセン病の歴史や療養所の現 状などの詳細が報告されてきました。一 方、ハンセン病の講義を行う医学部は少 なく1)、この疾患を知る医師は少なくなり 誤診例も散見されます。今回は、このコ ーナーをお借りし、ハンセン病の全般的な 知識と琉球大学医学部附属病院における 新患の集計を掲載し、沖縄県地方におけ るハンセン病を理解する一助としたい。

最初に、同疾患のチェックシート(文 末)に記入して下さるようご協力お願い いたします。ご協力頂けた回答について集 計し、今後の情報提供のあり方などに関 して沖縄県医師会報でご報告いたします。

【概念】

ハンセン病は、らい菌( Mycobacterium leprae)による慢性肉芽腫性感染症であり、最 初に末梢神経が障害され、その後に皮膚や眼な どの諸臓器が障害される。らい菌に対する宿主 の細胞性免疫の程度により2 群、2 型に病型分 類されている2)(図1、2)。

図1.

図1.病型解説(Jopling)2)

図2.

図2.感染より病型への経過9)

【疫学】

琉球大学医学部附属病院の新患者数は昭和 60 年前後には20 名ほどであったが、以後は漸 減し平成15 年にゼロとなり、沖縄県全体では 平成17 年にゼロとなった(表1、図3)。しか し、その後にも新患発生があり、新患の年齢分布などから(図4)、し ばらくの期間、ごく少数 の新患が散発的に発見 されると推測される3)。 世界の新規患者数は約 25 万人(2007 年)、日 本人の新患はごく少数で あり、流行地からの在日 外国人例が年間5 〜 10 名ほどである。なお、南 西諸島地域の高齢者の 間では、現在も、同疾患 に対する偏見は根強い。

表1.ハンセン病の新患病型・年度別頻度(琉球大学医学部附属病院、昭和57 年〜平成21 年)

表1.
図3.

図3.ハンセン病新患の年度・病型別頻度(昭和57 〜平成21 年)

【検査および診断】

皮疹とその数や分布及 び現病歴から大部分の症 例は臨床診断が可能であ り、アトラスなどを利用 すれば病型診断もある程 度可能である4)〜6)。手足 などの病変部に「ジンジ ンする」「ジリジリする」 などの末梢神経炎症状が 伴うことが多く、診断の 参考になる。

1)知覚テスト(触覚、 痛覚、温度覚):温度 覚が正確で、熱い湯と 冷水を入れた試験管を 利用。

2)菌学的検査:紅斑〜 結節などの皮疹をつま み、15 番メスで1cm ほど皮切し真皮組織を 掻き取る様に採取し、 塗抹Ziehl-Neelsen 染 色標本を1,000 倍油浸 で観察。病理組織はFite 染色標本を肉芽腫 性病変のほぼ中央に位置する末梢神経を中心 に観察する。らい菌特異抗体(phenolic gly-colipid,PGL-1 抗体)染色も有用。

3)免疫学的検査:レプロミン抗原の入手が難 しい現在、病理組織標本のリンパ球CD4/8 比はLL 型側よりで低値傾向を示し、病型の 補助診断に有用。

4)血清学的検査:血清抗PGL-1 抗体価は化 学療法の効果や再燃の判定に参考となる。

5)神経学的検査:末梢神経の肥厚・圧痛・放 散痛は末梢神経炎の程度を知る参考となる重 要な所見であり、手関節部の尺骨神経、正中 神経、橈骨神経で明らかことが多い。さらに サーモグラフィーにより末梢自律神経障害に よる末梢循環障害の状態の観察は、手足の変 形などの諸後遺症の予防的治療の効果判定に 有用。

図4.

図4.年齢・男女別頻度(昭和57 年〜平成21 年)

【治療】

患者毎に、病期により病態が異なり、病態に 応じた治療方針の微調整が必要であり治療経験 者のコメントがあると良い。WHO が推奨する 多剤併用療法(multi drug therapy,MDT)に 準じ7)、らい菌の性質が治療に密接に関係する ことを念頭に(表2)、末梢神経障害(後遺症) の予防・治療を中心に治療を計画する。経過中 に生じる急性炎症反応(らい反応)として、主に境界群例に生じる「境界反応」とBL 型〜 LL 型に生じる「らい性結節性紅斑」がある。この反 応時に末梢神経炎や血管炎が発生・増悪し、諸 後遺症を発生・増悪させることがあり、ハンセ ン病治療のポイントである8)。具体的には、初 診時〜治療経過中に高熱、浸潤を伴う紅斑の新 生、強い末梢神経炎症状や関節痛が認められる 場合にはPSL30mg 〜 60mg ほどを速やかに短 期間投与し、これに反応しない場合はソル・メ ドロール125 〜 750mg ほどを数時間で点滴静 注し、症状が沈静化した時点で速やかに中止す る。神経痛のある末梢神経の中枢端部位へのス テロイド局注も有効である。さらに末梢神経障 害と末梢循環障害との悪循環の抑制と治療には セロトニンブロッカーの併用が有用であった。 なお、乳幼児への感染予防の観点から、びらん や潰瘍が認められる未治療のBL 型〜 LL 型の 症例は入院治療が望ましい。

表2.らい菌の特徴

表2.

【まとめ】

現在のハンセン病問題の焦点は、差別・偏 見にあり、穢多えた非人ひにん 〜いじめなどを生み出す 社会的要因にあるとともに、某医師の隔離政 策に関する国会答弁にあったことも忘れてはな らない。

【参考文献】
1)石橋康正、中川秀己:皮膚科学卒前教育とらい、日本 らい学会雑誌、59 : 26、1990
2)Joping WH: Handbook of leprosy, William Heinemann Medical Books LTD, London, 3, 1984,1-46
3)細川篤ほか:琉球大学医学部附属病院におけるハンセ ン病の集計(昭和57 年〜平成20 年)、沖縄医学会雑 誌、47、22 〜 24、2009
4)石井則久ほか:ハンセン病の外来診療、メジカルセン ス、東京、1、1997
5)尾崎元昭ほか:ハンセン病アトラス、金原出版、東京、 1、2006
6)細川篤:ハンセン病と結核、Monthly Book Derma、 29、39 〜 50、1999
7)後藤正道ほか:ハンセン病治療指針、日本ハンセン病 学会雑誌、75、191 〜 226、2006
8)熊野公子、村田洋三:ハンセン病医学、東海大学出版 会、東京、1、1997、169 〜 187
9)中村昌弘:癩菌と鼠らい菌、東海大学出版会、東京、 1、1985、100 〜 171