沖縄県立南部医療センター・こども医療センター病理診断科 仲里 巌
呼吸器科 比嘉 基
2009 年3 月、メキシコで新型インフルエン ザ(H1N1)が発生、パンデミックとなる。沖 縄県では6 月末に一例目が発症。34 週(8 月中 旬)に第一波のピークをみた。
当院では2010 年1 月25 日の時点で87 人の 新型インフルエンザ入院患者を経験している。 14 名が集中治療室入室となり全例人工呼吸器 管理、補助人工心肺管理が3 名となる。内1 例が死亡、その他の症例は軽快退院となって いる。
一例の新型インフルエンザ剖検例を経験した ので報告する。
【症例】24 歳 女性
【主訴】呼吸困難、発熱
【現病歴】生来健康な成人女性。来院5 日前、 発熱、咳嗽を主訴に前医受診。インフルエンザ A の診断でリレンザとアセトアミノフェンを処 方された。
来院3 日前、解熱傾向にないため前医再受 診。SpO2 98 %、WBC7500 μ l、CRP6.03 m g / d l と炎症反応を認めたため、 LVFX300mg/d を開始した。
来院前日、顔色不良・咳嗽増悪・呼吸困難 があった。来院当日前医を再受診したところ、 SpO2 78 %、WBC1030 μ l、CRP9.4 mg/dl であり、胸部レントゲンで両側浸潤影が見られ た。ARDS が疑われ、シプロキサンを点滴され 当院へ紹介となった。
【既往歴】周産期問題なし。知的障害あり。喘 息(-) 高血圧(-) 糖尿病(-) アレルギー(-)
【家族歴】母:インフルエンザA 型(本人発熱 する2 日前に発症)
【Medication】アセトアミノフェン、 LVFX300mg/d
【来院時身体所見】General : sick、腹式呼吸
Vital:BP96/60mmHg、HR104/min、RR38/min、T39.5 ℃、SpO2 84 %(リザーバー10L)
意識:清明
眼 :貧血なし、黄染なし
頸部:項部硬直なし、リンパ節腫大なし
呼吸音: wheeze なし、両側でcrackles あり
心音:整、心雑音なし
四肢:冷感なし、足背動脈触知可能
ABG)(リザーバー10L) pH:7.454、pCO2:37.2mmHg 、pO2:59.0mmHg、HCO3:25.7mmol/l、Lac:2.5 mmol/l
【検査所見】
尿)混濁あり、尿糖(-)、尿蛋白(3+)、尿潜
血(3+)、WBC(-)、亜硝酸塩(-)
Labo)WBC 900/μ l、RBC 417 万/μ l、Hb
12.7g/dl、Ht 36.2 % Plt 10.4 万/μ l、
Na 141mEq/l、K 3.9mEq/l、Cl 105mEq/l、
Ca 8.0mg/dl
BUN 18mg/dl、Cre 0.9mg/dl
GOT 678 IU/l、GPT 200 IU/l、
T.Bil 0.3mg/dl、血糖135mg/dl
LDH 1950IU/l、CPK3607IU/L
細菌培養)複数回提出するがいずれも陰性
画像検査)胸部X 線写真では、両側下肺野を中心に散布性の斑状浸潤影とその融合所見を認めた(図1)。
図1.両側下肺野を中心に散布性の斑状浸潤影と融合所見
CT 検査) 両側背側部を中心にair bronchogram を伴う浸潤影を認めた(図2)。
図2.1日目両側背側部を中心にair bronchogramを伴う浸潤影
【外来受診後の経過】
救急外来受診時、重症急性呼吸不全の診断で 人工呼吸器管理となる。臨床症状、経過、画像 所見、検査所見などを総合的に考えて新型イン フルエンザに対してはタミフル2C/2。重症細菌 性肺炎を疑いMEPM0.5g × 4/d、VCM1g × 2/d。ARDS に対してはエラスポール持続点滴開 始を開始した。DIC に関してFOY を開始した。
入院2 日目に、血圧低下し、ICU でextracorporeal membrane oxygenation(ECMO、 以後ECMO と略す)導入(下大静脈脱血、右 房送血)となる。以後対症的に治療を続行する。
入院2 日目に行った骨髄クロット標本で、核 崩壊産物を貪食する組織球があり、h e m o - phagocytosis が確認された。
入院10 日目に血圧上昇、両側瞳孔散大、両側対光反射消失みられ、頭部CT でくも膜下出 血が確認された。外科治療対象ではなく、以後 ECMO を離脱した。人工呼吸による呼吸管理 のみ継続し、呼吸状態は11 日目頃より回復し ているように思われた。胸部X 線写真上は入院 13 日目には肺野の透過性が見られるようにな り、回復傾向にあるものと思われたが、同日死 亡となった(図1)。
入院後頻回の培養を提出しているが、血液・ 喀痰・尿いずれも細菌は確認されなかった。
1.新型インフルエンザ肺炎の肺の状態について
2.くも膜下出血の原因について
病理学的所見及び診断
肺重量は右362g、左286g であった。肺の捻 髪音は低下し、肺組織は水に浸すと沈み浮遊試 験陰性であった。肺の含気の低下を示唆すると 考えられた。割面の観察では褐色調であたかも 実質臓器様であった(図3)。組織像では腹側 と肺尖部は比較的肺の構造が保たれているが、 変化の強い部分ではいずれも肺胞腔内に扁平上 皮化生細胞、腺腔形成をみる腺上皮化生細胞、 腔内基質化様の病変を認めた。組織内には明ら かなウイルス感染を示唆する核内細胞質封入体 等は指摘できない(図4)。左肺腹側にはhobnail 様の肺胞上皮細胞を認めた。fibroblastic foci、出血も見られた。肺胞腔に組織球、 foamy macrophages、リンパ球や好中球浸潤を認めた。比較的太い気管支上皮は収縮が強 く、平滑筋の走行が不整となっていた。内腔に は粘液が沈着している部も認めた。血栓の形成 も見られた。
図3.肺 割面像 右362g、左286g
図4.右肺
本症例の新型インフルエンザウイルスが剖検 時の肺組織に局在があるかどうかの検索につい て、藤田保健衛生大学 堤 寛先生に検討頂い た。免疫染色では良く探すと、少数の組織球に 陽性と思われる像が見られた(図5)。国立感 染症研究所 佐多 徹太郎先生による検討では 免疫染色あるいはreal time RT-PCR いずれ も陰性との報告であった。
脳は左脳底部を中心とした、くも膜下出血を 認めた。肉眼的に明らかな動脈瘤など出血の原 因となる異常は明らかではなかった。脳全体に 浮腫が強く、大後頭孔ヘルニアの状態であっ た。組織学的に脳は虚血性変化を呈していた。 血管炎などの所見も認めなかった。
肝臓は1,162g であった。組織像では小葉中 心帯に空胞変性があり、ショックを示唆すると 考えた。
腎臓の重量は右腎135g、左腎154g であっ た。組織像では糸球体に著変を認めないが、尿 細管にacute tubular necrosis と赤血球円柱が 散見された。
消化管、心臓、副腎、胆嚢、膵臓等に著変を 認めなかった。
最終的な死因は新型インフルエンザ経過中の くも膜下出血による脳ヘルニアによるものと思 われた。
基礎疾患を認めない成人若年女性に発症した 新型インフルエンザの一剖検例を経験した。
本例の肺病変は斑状の分布を示し、小葉単位 に起きているように見え、小葉ごとの変化に強 弱があり、モザイク状に見える所も見られた。 病変のパターンは比較的均一であった。病変の 首座は肺胞道から肺胞管レベルに観察され、そ れらの内腔を肉芽組織が充満する所見が認めら れ、肺胞道より中枢の末梢気道の著しい拡張を 来たしている像が見られた。これらの所見は、 diffuse alveolar damamge(DAD、以後DAD と略す)の器質化期の像として矛盾しないと思 われた。これまでの報告でも肺病変はこれまで DAD といわれている1)。Mauad らによるブラ ジルでの21 例の新型インフルエンザ剖検例で の検討では肺病理組織像はDAD が観察され、 squamous metaplasia を観察したとの報告が見 られる2)。本例の肺組織像も化生性変化を示し、 強い肺障害(DAD 様病変)に対する修復過程 を観察していると思われた。
山中による肺病理アトラスの記載によると3)、 特発性間質性肺炎では腺上皮化生や扁平上皮化 生が容易に出現するという。化生は発病1 週間 位で出来るが、可逆性のものも多いと考えられ るそうである。本例でも一部に腺上皮化生や扁 平上皮化生が確認された。扁平上皮化生に関し てはこれまでにも新型インフルエンザで報告が見られる。腺上皮化生は検索した限りでははっ きりしなかった。DAD の病態で腺上皮化生が 出現するとの山中のアトラスの記載にあること から、症例を多数経験すると、本症例同様の腺 上皮化生を呈する可能性も否定出来ないと思わ れた。
新型インフルエンザウイルスが剖検時の肺組 織に局在があるかどうかの検索については担当 頂いた2 箇所の組織で一方はごく少数、他方は 検出出来ないとの結果であった。
発症後一週間以内の剖検例肺組織では、イン フルエンザA に対する免疫染色で2 型肺胞上皮 細胞が陽性と言われている。本症例は発症後 16 日であったため、治療効果あるいは自然経 過により、ウイルス抗原が検出できるギリギリ のレベルであった可能性が考えられる。昨年秋 の病理学会特別総会で観察する機会のあった、 発症後数日で死亡した新型インフルエンザ例の 肺病変には多数のウイルスが免疫染色にて確認 できた。
新型インフルエンザに関連するか、あるいは 別の病態か検討が必要であるが、比較的太い気 管支平滑筋の過収縮像を認めた。通常であると 喘息発作に伴う像に合致すると思われた。新型 インフルエンザに伴う病態でないとすると、 Subclinical な喘息が反映された可能性も否定 出来ないと思われた。
直接死因となったくも膜下出血に関しては、 肉眼的に明らかな出血源となる病巣を確認出来 なかった。重症ウイルス感染症に伴うhemophagocytosis が経過中観察されたが、死亡前 には末梢血球数も回復基調にあった。直接の死 因となったくも膜下出血はECMO 治療による 抗凝固療法による出血傾向の可能性も否定出来 ないと思われた。脳は組織学的に虚血による変 化が見られた。
新型インフルエンザとhemophagocytosis の 報告は検索した範囲では確認出来なかった。ウ イルス関連血球貪食症候群(virus-associated hemophagocytic syndrome)の原因としては EBV によるものが多いと言われる。新型イン フルエンザウイルスとhemophagocytosis との 関連はまだ解明されていないようである。
1.健康成人女性に発症した新型インフルエンザ 感染症により、死亡となった症例を経験した
2.新型インフルエンザ感染が直接死因と考え られた
3.肺の組織像は種々の化生変化を示し、強い 肺障害(DAD)に対する修復過程を観察し ていると思われた
症例をまとめるにあたり、本例の剖検診断に 際して、公立学校共済組合 関東中央病院 岡 輝明先生には大変お世話になりました。インフ ルエンザA の免疫染色をしていただきました、 藤田保健衛生大学 堤 寛先生、インフルエン ザA の免疫染色とreal time RT-PCR による 検索をして頂きました国立感染症研究所 佐多 徹太郎先生に感謝申し上げます。
参考文献
1.Perez-Padilla R,de la Rosa-Zamboni D,Ponce de
Leon S,et al Pneumonia and respiratory failure from
swine-origin influenzaA(N1H1)in Mexico.N Engl J
Med2009;361: 680-9.
2.Mauad T,Hajjar l.A,Callegari,GD er al Lung
pathology in fatal novel human influenza A(H1N1)
infection.Am J Respir Crit Care Med2010;181:72-79
3.山中 晃、横山 武:肺病理アトラス−呼吸器疾患の
立体的理解のために− 文光堂、東京 1985