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慢性咳嗽について

与那原中央病院呼吸器内科當山 真人

【要旨】

臨床の場で多く遭遇する咳嗽は、急性咳嗽、遷延性咳嗽、慢性咳嗽に分類され る。このうち、慢性咳嗽は8 週間以上続く咳嗽とされ、本邦では乾性咳嗽の咳喘息 とアトピー咳嗽、湿性咳嗽の副鼻腔気管支症候群が3 大原因とされている。咳喘息 は気道過敏性が亢進しており、気管支拡張薬が有効とされるが、アトピー咳嗽は気 管支拡張薬の効果は認めず、ヒスタミンH1 受容体拮抗薬が有効である。副鼻腔気 管支症候群は気道防御機構の傷害に関連して発症するものと推測されており、治療 としては14 ・15 員環マクロライド系抗菌薬が有効である。その他、慢性咳嗽の原 因となる疾患は多数あるが、基本的なアプローチを行うことで診断や症状の改善に 結び付けることが可能である。

はじめに

患者が医療機関を受診する際に、最も頻度が 高い症状として咳嗽があげられる。米国では年 間およそ3 千万人の患者が咳嗽を主訴に医療機 関を受診しており、その医療費コストは数十億 ドルにおよび1)、同様に英国でも咳嗽のための 要する医療費が数百万ポンドに達すると報告さ れている2)。単に感冒の症状の一つとして片付 けられがちである咳嗽も、症状が遷延して長期 間になるとその診断と治療に苦慮すると同時に 医療費コストを増大させる要因となってしま う。近年では、患者の医療に対する意識の向上 と内科医師における専門性のためか、慢性咳嗽 を主訴として呼吸器専門外来に訪れる患者が 年々増加している。

本稿では、臨床の場で難渋することの多い遷 延性・慢性咳嗽について、原因疾患の診断への アプローチ法とともに疾患の定義、治療法など についても述べたい。

咳嗽の持続期間による分類

米国胸部専門医学会(American Collage of Chest Physicians: ACCP)や日本呼吸器学会 におけるガイドライン1,3)では、ともに咳嗽の 持続期間によって3 週間以内を急性咳嗽 (acute cough)、3 〜 8 週間を亜急性咳嗽(subacute cough)または遷延性咳嗽、8 週以上を 慢性咳嗽(chronic cough)と3 つに分類して いる(図1)。

図1

図1.症状持続期間と感染症による咳嗽比率3)

急性咳嗽の原因は主として呼吸器感染症やそ れに続く感染後咳嗽であるが、咳嗽の期間が長 くなるに従って非感染症疾患による咳嗽の頻度 が高くなる。そのため、遷延性咳嗽や慢性咳嗽 では呼吸器感染症のみを鑑別疾患として考慮す るのではなく、感染症以外の呼吸器疾患や耳鼻 科疾患、消化器疾患などに伴う咳嗽も考慮しな ければならない。多数の鑑別疾患を考えなけれ ばならないのであれば診断に苦慮するのではな いかといった懸念が出てくるが、呼吸器専門医 外来における慢性咳嗽患者の確定診断と症状の 改善率は、国内外を問わず約80 〜 95 %と高い ことが報告されており3,4)、このことからも慢性 咳嗽に対して基本的なアプローチを行うことが 診断や症状の改善に結び付くといえよう。

慢性咳嗽の原因疾患

本邦における慢性咳嗽の原因疾患としては、 咳喘息(Cough Variant Asthma: CVA)が最 も多く、その他に副鼻腔気管支症候群(Sino Bronchial Syndrome: SBS)、アトピー咳嗽 (Atopic Cough: AC)、胃食道逆流症(Gastro Esophageal Reflux Disease: GERD)、かぜ症 候群後遷延性咳嗽(別名:感染後咳嗽)、ACE 阻害薬による咳嗽などがある5,6)。一方、欧米の 報告では、喘息(咳喘息を含む)、後鼻漏症候 群(Post Nasal Drip Syndrome: PNDS)と して扱われていた上気道咳症候群(Upper Airway Cough Syndrome)、逆流性食道炎が 慢性咳嗽の3 大原因とされている1,4,7)。喘息に ついて本邦のガイドライン3)では、慢性咳嗽の 鑑別疾患から最初に除外されることになってい るため原因疾患としては扱われず、一方、欧米 において喘息は好酸球性気管支炎やCVA、AC を含めた喘息関連疾患として扱われているた め、このような違いが生じている。CVA、AC、 好酸球性気管支炎といった喘息関連疾患は、診 断基準においてまだ曖昧な点が残っているた め、今後さらなる検討が必要とされている8) (表1)。

遷延性・慢性咳嗽の原因疾患を湿性と乾性の2つに分類すると、表2のような疾患が挙げられる。

表1.典型的喘息、咳喘息、アトピー咳嗽、好酸球性気管支炎の臨床的、病理的特徴

表1

表2.遷延性・慢性咳嗽の原因(湿性・乾性別)

表1
慢性咳嗽へのアプローチ

慢性咳嗽の患者が外来を受診した場合は、咳 嗽に発熱や喀痰を伴っているかどうか、咳嗽が 頻発する時間帯や誘引因子などを問診するとと もに身体所見、聴診所見が重要となる。慢性咳 嗽の初期診療においては、このような問診や診 察を通して肺炎、急性気管支炎、肺癌、間質性 肺炎などの疾患を注意深く鑑別していくことに なる。特に慢性咳嗽の鑑別において気管支喘息 を鑑別することは重要であるため、十分な問診 とともに聴診でも強制呼気時に喘鳴(wheeze) が聴取されないことを確認する必要がある。ま た、ACE 阻害薬を服用中であれば、一旦中止・変更して咳嗽が改善するかどうかを検討す る。これらに該当しない場合は、次の段階とし て胸部X 線検査を行い、肺癌、間質性肺炎、心 不全などに伴う咳嗽ではないかどうか鑑別して いくことになる(図2)。

図2

図2.慢性咳嗽に対する初期診療のアプローチ

呼吸器学会の「咳嗽に関するガイドライン」3)では、慢性咳嗽の定義を「8 週間以上持続す る咳嗽が唯一の症状で胸部X 線検査やスパイロ グラフィーなどの検査や身体所見では原因を特 定できない咳嗽」としており、このように患者 を絞り込むことで重要な慢性咳嗽の原因疾患を 鑑別しやすくしている。また、このガイドライ ンでは慢性咳嗽診断のフローチャートにおいて 治療的診断が示されている(図3)。慢性咳嗽が湿性かであればSBS の診断となり、乾性の場 合は次の段階で気管支拡張薬に対する反応性が あるかどうか確認することになる。気管支拡張 薬が有効であった場合はCVA の診断となるが、 気管支拡張薬が無効の場合はヒスタミンH1 拮 抗薬の単独使用に切り替えて反応をみることに なる。切り替えたヒスタミンH1 拮抗薬が著効 すればAC と診断できるが、軽度の改善しかな い場合は、気道の炎症が強いためにヒスタミン H1 拮抗薬の単独治療では効果が弱いと考えて 吸入ステロイドを併用する。気管支拡張薬と同 様、切り替えたヒスタミンH1 拮抗薬も無効で ある場合は、他の慢性咳嗽の原因疾患を検索し ていく必要がある。CVA とAC の鑑別は難し いが、CVA では咳嗽の再発のリスクや喘息へ の移行などの問題点があるため、できる限り診 断をつけていく必要がある。

慢性咳嗽で重要な3 大疾患の咳喘息、アトピ ー咳嗽、副鼻腔気管支症候群について以下に概 説する。ガイドラインでは、それぞれの診断基 準に関して臨床研究用の診断基準と、一般臨床 目的の簡易型診断基準が提示されているが、本 稿では臨床医向けに作成された簡易型診断基準 を用いた。

図3

図3.慢性咳嗽のフローチャート3)

1)咳喘息(CVA)

CVA は喘鳴や呼吸困難を伴わない慢性の咳 嗽のみを症状とする疾患である9)。慢性咳嗽に おいてCVA は最も頻度が高い疾患であり、臨 床像として成人女性に多く、夜間就寝時や深夜 あるいは早朝に悪化しやすく、上気道炎、冷気、 運動などが増悪因子となるといった特徴がある。 アトピー素因を有する場合が多く、検査所見で は気道過敏性の亢進や気道閉塞の指標となる1 秒量(FEV1)やピークフロー(PEF)が通常 正常か軽度の低値を示す。また、喀痰や気管支 粘膜組織における好酸球の増加を認める10)。 CVA の簡易診断基準を表3 に示す。気管支拡張 薬(β2 刺激薬、テオフィリン)はCVA 以外の 慢性咳嗽では無効であり、治療で症状が改善す ればCVA と診断することができる。

表3.咳喘息の簡易診断基準(下記1〜2のすべてを満たす)3)

表3

CVA の治療方針は典型的喘息と同様である。 ガイドラインでは治療を状態に応じて3 段階に 分けており、段階に応じた治療法を推奨してい る3)。(1)間欠的に咳嗽を認める場合は、気管 支拡張薬〔短時間作用型β 2 刺激薬吸入(サル タノール、メプチンなど)〕やテオフィリ ン薬(テオドール、ユニフィルなど)を屯 用で用いる。(2)咳嗽が持続的にあるか、間欠 的でも上記治療でコントロールできない場合 は、早期より吸入ステロイド薬(fluticasone propionate(フルタイド)200 〜 400 μ g/ 日、budesonide(パルミコート)400 〜 800 μ g/日、HFA-BDP(キュバール)200 〜 400 μ g/日、ciclesonide(オルベスコ) 200 〜 400 μ g/日、あるいはそれ以上)を導入す る。必要に応じて長時間作用型β 2 刺激薬や徐 放性テオフィリン薬を併用する。抗アレルギー 薬(ヒスタミンH1 受容体拮抗薬、ロイコトリ エン受容体拮抗薬、トシル酸スプラタスト)の 有効性も報告されている。(3)急性悪化時や、 ステロイド吸入により咳嗽が誘発される場合に は、経口ステロイド薬(プレドニゾロン20 〜 30mg/日)を3 〜 7 日間程度用いる。CVA で は早期に治療を開始することが大切であるが、 症状が改善したからといって早急に治療を終了 すると再発する可能性があるため、喘息治療の ように吸入治療薬を漸減していくことも大切で ある。これまでの報告では成人例の30 %以上 で経過中に喘鳴が出現して、喘息に移行すると されている11)

2)アトピー咳嗽(AC)

AC はFujimura ら12)が提唱した概念で、ア トピーと関連する咳嗽であり、患者は喉の掻痒 感を伴う乾性咳嗽を唯一の症状とする。中年以 降の女性に多く、咳嗽発作が就寝時、深夜から 早朝、起床時に多くみられるといった特徴があ る。また、冷気、暖気、会話、受動喫煙などで 咳嗽が誘発されやすい。CVA と喘息では好酸 球浸潤が中枢気道から末梢気道であるのと異な り、AC では中枢気道に限定している12)。また、 AC はCVA や喘息のような気道過敏性を認め ず、気管支拡張薬も無効であり、経過中に喘息 を発症することも稀である。一方、咳感受性が 亢進している(CVA では亢進していないこと が多い)ことも特徴とされる。AC の簡易型診 断基準を表4 に示す。

表4.アトピー咳嗽の簡易診断基準(下記1〜4のすべてを満たす)3)

表4

治療はヒスタミンH1 受容体拮抗薬が有効で ある(有効率は60 %程度)。効果不十分であれ ば吸入ステロイド薬を用いる。さらに重症例に は、喘息やCVA と同様に経口ステロイド薬 (プレドニゾロン20 〜 30mg/日)を用いた治療 を行う。

3)副鼻腔気管支症候群(SBS)

SBS は慢性咳嗽のなかでも湿性咳嗽を来す 代表的疾患であり、「慢性・反復性の好中球の 気道炎症を上気道と下気道に合併した病態」と して定義されている13)。この定義に示されてい る上気道病変は慢性副鼻腔炎であり、この慢性 副鼻腔炎に下気道病変の気管支拡張症、慢性気 管支炎(喫煙による慢性気管支炎とは別の病 態)、びまん性汎細気管支炎(Diffuse Pan Bronchiolitis: DPB)といった3 疾患の何れ かが合併する症候群がSBS である。慢性咳嗽、 特に湿性咳嗽の原因疾患として本邦では重要な疾患とされているSBS であるが、欧米では DPB に該当する症例が非常にまれであること や、慢性気管支炎のSBS が認知されていない ことなどから、慢性咳嗽の疾患としてSBS は 挙げられていない。

ほとんどのSBS は原因不明で発生機序が不 明であるが、現在では、重要な気道防御機構の 一つである粘液・線毛クリアランスの傷害や免 疫能欠損・低下を来す疾患や病態がしばしば SBS の臨床像を呈することから14)、何らかの 気道防御機構の傷害に関連して発症するものと 推測されている。

SBS の臨床像を表5 に示している。SBS の 初発症状としては喀痰、湿性咳嗽が90 %以上 に認められ、その後重症になると膿性痰を呈す るようになる。このことからも湿性咳嗽を呈す る患者では、SBS は鑑別疾患に挙げるべき重 要な疾患であると考える。多くの症例で副鼻腔 炎症状を合併しており、後鼻漏、鼻汁、咳払い などの症状を伴う。喀痰の一般細菌検査ではイ ンフルエンザ菌や肺炎球菌などが検出されるこ とが多い。

表5. 副鼻腔気管支症候群(Sinobronchial Syndrome: SBS)の臨床像3)

表5

診断のアプローチとしては、SBS が疑われ る患者に対して後鼻漏、鼻汁および咳払いといった副鼻腔炎に伴う自覚症状の有無を確認す ることから始まる。その後、上咽頭や中咽頭の 粘液性または粘液膿性の分泌物の存在や、 cobblestone appearance といった副鼻腔炎に 伴う所見の有無をチェックするとともに画像診 断(副鼻腔X 線、CT など)を行う。また、鼻 汁のある患者では鼻汁スメアを検査し、好中球 が多く認められる場合は副鼻腔炎の存在が強 く示唆される15)(表6)。その他にSBS では、 中枢性鎮咳薬、気管支拡張剤、H1 受容体拮抗 薬、吸入ステロイド薬、H2 受容体拮抗薬、プ ロトンポンプ阻害薬などの効果がないことも疾 患の特徴とされる。

表6.SBS の簡易診断基準(下記1〜3のすべてを満たす)3)

表6

治療の第一選択は14 ・15 員環マクロライド 系抗菌薬の少量長期療法で、抗菌作用ではな く、抗炎症作用によって奏効する。少量の喀痰 のみの軽症例では去痰薬の単独投与でも有効な 場合がある。治療薬の投与量は、エリスロマイ シン300 〜 600mg/日、クラリスロマイシン200 〜 4 0 0 m g /日、ロキシスロマイシン1 5 0 〜 300mg/日、アジスロマイシン250 〜 500mg/日 (週3 日)を通常2 〜 12 週間となっている。

終わりに

慢性咳嗽についての基本的なアプローチとと もに本邦における慢性咳嗽の原因となる主要な 疾患に関して概説した。慢性咳嗽については原 因となるそれぞれの疾患の病態や臨床像などを 理解してアプローチすることで適切な診断に至 り、また、その疾患に応じた治療すれば速やか に症状を改善することが可能である。慢性咳嗽 に対して臨床の場で活用していただきたい。

文献
1)Irwin RS, et al: Diagnosis and management of cough executive summary: ACCP evidence-based clinical practice guidelines, Chest, 129(1 Suppl):1S-23S, 2006
2)Morice AH: Epidemiology of cough, Pulm Pharmacol Ther, 15:253-9, 2002
3)日本呼吸器学会「咳嗽に関するガイドライン」, 日本呼吸器学会咳嗽に関するガイドライン作成委員 会 編 東京:日本呼吸器学会,2005
4)Morice AH, Kastelik JA: Cough. 1: Chronic cough in adults, Thorax, 58(10):901-7, 2003
5)Fujimura M, et al: Importance of atopic cough, cough variant asthma and sinobronchial syndrome as causes of chronic cough in Hokuriku area of Japan, Respirology, 10:201-207, 2005
6)Niimi A: Geography and cough aetiology, Pulm Pharmacol Ther, 20:383-7, 2007
7)Irwin R, Madison JM: The diagnosis and treatment of cough, N Engl J Med, 343:1715-1721, 2000
8)Brightling CE: Chronic cough due to nonasthmatic eosinophilic bronchitis: ACCP evidence-based clinical practice guidelines, Chest, 129(1 Suppl):116S-121S. 2006
9)Corrao WM, et al: Chronic cough as the sole presenting manifestation of bronchial asthma, N Engl J Med, 300:633-7, 1979
10)Niimi A, et al: Eosinophilic inflammation in cough variant asthma, Eur Respir J, 11:1064-9, 1998
11)Mastumoto H, et al: Prognosis of cough variant asthma: a retrospective analysis, J Asthma, 43: 131-5, 2006
12)Fujimura M, Ogawa H, Yasui M, Matsuda T: Eosinophilic tracheobronchitis and airway cough hypersensitivity in chronic non-productive cough, Clin Exp Allergy, 30:41-7. 2000
13)Greenberg SD, Ainsworth JZ: Comparative morphology of chronic bronchitis and chronic sinusitis with discussion of “sinobronchial syndrome”, South Med J, 59:64-74, 1966
14)杉山幸比古: 副鼻腔気管支症候群, 日臨,57 : 2119 − 22,1999
15)Shapiro GG, Rachelefsky GS: Introduction and definition of sinusitis, J Allergy Clin Immunol, 90:417-8, 1992




Q U E S T I O N !

咳喘息の病態、治療について

次の設問1〜5に対し、○か×印でお答え下さい。

  • 問1.気道過敏性は亢進しており、喘鳴(wheeze)も認める。
  • 問2.治療薬として気管支拡張薬が有効である。
  • 問3.ほどんどの症例は自然完解し、気管支喘息には移行しない。
  • 問4.重症の場合は、短期間の経口ステロイド薬が有効である。
  • 問5.湿性咳嗽を呈する。

CORRECT ANSWER! 1月号(vol.46)の正解

膀胱癌の動注療法 −膀胱温存の試み−

問題:次の内正解はどれか。

  • 1)TUR は開腹手術である。
  • 2)G3.T3 は浸潤癌である。
  • 3)G3.T1 も浸潤癌である。
  • 4)BCG 膀胱内注入療法も抗癌剤治療である。

正解 2)