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2009 年の沖縄県における
新型インフルエンザ入院症例の検討

健山正男

琉球大学大学院医学研究科感染病態制御学講座分子病態感染症学分野准教授
健山 正男

1.背景と目的

2009 年の沖縄県における新型インフルエン ザの流行は、6 月29 日に1 例目が認められて以 降、定点あたりの県内インフルエンザ患者の報 告数は、33 週(8 月10 日〜 16 日)では29.60、 34 週(8 月17 日〜 23 日)では46.31 と一貫し て報告数の増加を認め(図1)、その時期のイ ンフルエンザの殆どが新型インフルエンザ A/H1N1pdm であった。

図1

11月時点での県内定点病院の患者数は 18,000 人を超え、実際の患者数は4 〜 5 倍前後 であることから10 万人近くの県民が罹患した ことが予想される。しかしながら、死亡者数は 2 名(2009 年11 月4 日現在)と諸外国の報告 と比較して極めて低率であることが注目されて いる。

本研究では死亡率を低減することができた県 内の医療の特徴と患者特性を明らかにすること を目的として、県内救急告示病院(17 施設) (表1)を対象とした調査を実施した。

表1
2.方法

1)調査期間

2009年6月28日〜9月28日

2)集積症例の定義

同期間内に簡易診断キット によりA型インフルエンザまた はPCR 法によりA/H1N1pdm と診断され、24 時間以上入院 となった症例。

3)調査方式

県内の救急告示17 病院よ り調査紙法により集計した。

4)解析項目

  • a)患者特性(年齢、性別、基礎疾患、妊婦)
  • b)発熱から抗インフルエンザ薬の投与までの期間と転帰
  • c)肺炎の合併率と転帰
  • d)使用された抗インフルエンザ薬の種類
  • e)ステロイド投与症例数と転帰との関連

5)解析比較対象群

2009 年5 月1 日〜 6 月29 日 米国 24 州から報告されたA/H1N1pdm と 診断された13,217 症例中、入院とな った1,082 症例中、初期に報告された 272 症例1)を対象として解析した。

3.結果

2009 年6 月28 日〜 9 月28 日 沖縄 県内の入院症例242 人(以下:沖縄県) を対象として解析した。比較対象は米 国の入院患者272 症例1)(以下:米国) である。

患者背景に関する項目では(表2)、 沖縄県は51 %(124/242 症例)が18 歳未満の小児であり、米国の4 5 % (122 症例)と有意差は認めなかった。 重症化のハイリスクグループとされる 2 歳未満では有意差は認めないが沖縄 県が多かった。一方、同じ重症化のハ イリスクグループである65 歳以上の 高齢者の占める割合は、沖縄県は 1 4 . 5 %(3 5 / 2 4 2 症例)と米国の 4.8 %(13/272 症例)に比して有意に 高かった(図2、表3)。沖縄県では 51.3 %(124/242 症例)が基礎疾 患・危険因子(喘息、糖尿病、心疾 患、肺疾患、神経疾患、妊婦)を有し ていた。米国の73 %(199/272 症例) に比して沖縄県は基礎疾患・危険因子 の保有率は有意に低かった(表2)。両 群の治療の比較(表3)では肺炎の合 併率は沖縄県は44 %(95/216 症例)、 米国は40 %(100/242 症例)であり、 両群で合併率に有意差は認めなかった。

沖縄県では88.6 %(185/209 症例)が発症 2 日以内に抗ウイルス薬を投与され、米国の 39 %(75/195 症例)と有意差を認めた(図 3)。投与された日数の中央値は沖縄県では1 日 (-3 〜 14 日)、米国では3 日(0 〜 28 日)であ った。沖縄県で投与された抗ウイルス薬の種類 はoseltamivir(タミフル)193 例、zanamivir (リレンザ)20 例、併用2 例であった。

ステロイドが投与された患者の割合は沖縄県 は31%(54/173症例)、米国は3 6 % (86/239 症例)と有意差は認めなく、ステロイ ド投与と転帰の間に有意差は認めなかった。

抗菌薬の投与率では沖縄県は5 2 % (126/242 症例)、米国では78 %(206/265 症 例)と米国が有意に高かった。

沖縄県の入院患者の死亡率は0.8 %(2/242 症 例)であった。一方、米国では25 %(68/272 症例)がICU に入院し、7 %(19/272 症例)が 死亡した。米国と比較すると有意に死亡率は低 かった。

表2
表3
図2
図3
4.考察

米国の死亡例(19 例)は90 %が抗インフル エンザ薬を投与されていたが1)、発症から抗イ ンフルエンザ薬投与までの平均日数は8 日間(3 〜 20 日)であり、48 時間以内に抗インフルエ ンザ薬を投与された症例はいなかった。米国症 例の多変量解析により、予後に良 好な影響を与える有意な因子は、 「48 時間以内に抗インフルエンザ 薬を投与されること」のみであっ た。メキシコからも同様の報告が なされ治療群と非治療群の死亡率 のオッズ比は7.6 であった2)。こ のことからも沖縄県の死亡率が低 い理由として、新型インフルエン ザの死因の最大リスクとなる肺炎 の合併率は両群で差がないことか ら、早期から抗ウイルス薬の投与 が行われたことと推察される。

また、沖縄県の高齢者の占め る割合が有意に高いのにも関わらず、基礎疾患 保有率が低いことも死亡率低下に影響したと思 われる。入院の適応が欧米に比べて緩やかであ る日本の医療環境では、入院患者が増加するた め相対的に入院死亡率が低下することも否めな いが後述するように国民人口に対する死亡者数 の比は歴然としている。

2010 年2 月10 日時点の厚生労働省資料3)で は入院患者数の累計は17,195 人、死亡者数は 166 人であった。国立感染症研究所4)は2010 年2 月12 日、昨年7 月以降の累計は約2028 万 人と推計値を発表した。一方、United States Centers for Disease Control and Prevention (CDC)は同年2 月12 日、新型インフルエンザ の米国の感染状況について最新の推計値を発表 した5)。2009 年4 月末から2010 年1 月16 日ま での約9 カ月の累計で、感染者数は中央値で 5,700 万人(4,100 〜 8,400 万人)、入院患者数 は中央値で257,000 人(183,000 〜 378,000 人)、死亡者数は中央値で11,690 人(8,330 〜 17,160 人)と推計している。

我々が行った調査期間以降、日米の死亡率は 10 倍から50 〜 100 倍以上へとますます乖離幅 が増大している。医療保険など医療アクセスの 問題は考慮するとしても、日米の死亡率の差は 甚大である。日本の迅速診断キット使用率と抗 ウイルス薬処方率の高さは諸家に批判されることもあるが、転帰の観点からみると、トータル の医療資源と経済コストの抑制に役立つことも 評価されるべきと考える。CDC も重症化する リスクのある患者群への早期治療を推奨してい る。また、中等症以上の症例には48 時間を超 えても投与すべきとの見解を表明している6)

沖縄県の人工呼吸器管理された9 例の重症患 者の治療薬はタミフル6 例、リレンザ3 例と非 人工呼吸器管理群に比してリレンザの割合が高 いが、転帰との有意差は認めなかった。しか し、米国食品医薬局(FDA)はリレンザのネ ブライザー投与や人工呼吸器回路からの投与は 薬剤のデリバリーが低下するので注意を喚起し ている7)

5.結語

沖縄県の新型インフルエンザ入院症例の死亡 率の低さは、早期診断と迅速に投与された抗イ ンフルエンザ薬の効果である。

文献
1)Hospitalized Patients with 2009 H1N1 Influenza in the United States, April-June 2009. N Engl J Med. 2009.
2)Dominguez-Cherit, G, Lapinsky, SE, Macias, AE, et al. Critically Ill Patients With 2009 Influenza A(H1N1) in Mexico. JAMA 2009; 302:1880.
3)厚生労働省報道資料
(http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/houdou/2010/02/dl/infuh0217-01.pdf)
4)国立感染研報道資料
(http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/index.html)
5)United States Centers for Disease Control and Prevention report. Estimates of 2009 H1N1 Influenza Cases, Hospitalizations and Deaths in the United States, April 2009 − January 16, 2010
(http://www.cdc.gov/h1n1flu/estimates_2009_h1n1.htm)
6)United States Centers for Disease Control and Prevention. Updated interim recommendations for the use of antiviral medications in the treatment and prevention of influenza for the 2009-2010 season.
(http://www.cdc.gov/h1n1flu/recommendations.htm (Accessed December 15, 2009).
7)United States Food and Drug Administration. MedWatch Safety Alert. Relenza (zanamivir) inhalation powder. .
(http://www.fda.gov/Safety/MedWatch/SafetyInforma tion/SafetyAlertsforHumanMedicalProducts/ucm186 081.htm) (Accessed October 9, 2009).