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父の本棚(亡き父の思い出に)

村田謙二

公立久米島病院 村田 謙二

私は本を捨てられない。今や所有している本 は2 千冊を下るまい。医学関連の古くなった教 科書や雑誌はどんどん捨てているにもかかわら ず。本好きは父譲りであるが、捨てきれないの は、父と私の関係が大きく影響していると自己 分析している。

小学生の頃コザ市に住んでいた。父に連れら れて大都会の那覇に行くのが、子ども心にワク ワクする出来事であった。しかし、数時間後に は後悔に変わるのが常だった。父は所用を済ま せると決まって本屋に入るのである。そこで1 〜 2 時間本を物色するのである。子どもは飽き っぽい。30 分も同じ場所にいると、することが 無くなって苦痛を覚える。おまけに、帰り際が またいけない。父は本をまとめ買いするのだが、 必ず値切るのである。古本屋ならともかく、定 価の付いた本を安く、と迫る父の行為は、子ど も心にも情けなく恥ずかしかった。ただ父の名 誉のために述べておくと、当時ドルと円の換算 率は360 円= 1 ドルであったが、本に関しては 輸送料がかかるとして、300 円= 1 ドル換算で あった。これでは本屋の儲け分が多かろう、値 切る権利はある、父はそう考えていたに違いな い。しかし、私が父の立場を理解できるように なったのは、高校生になって自分の小遣いで参 考書を購入する頃になってからである。

父は終生一介の歯科開業医として過ごした が、性格は学究肌で、仕事が終わり食事を済ま せると、書斎に籠もり読書するのが日課であっ た。子ども達がテレビに興じるのは、全くの時 間の無駄と考えていたらしく、「テレビばかり 見ていないで勉強しなさい」と一喝するのが常 だった。けれどもテレビのスイッチを切ってし まう程の雷親父ではなかった。

こんなエピソードがある。当時ドリフターズ の「8 時だよ全員集合」という超人気のお笑い 番組があった。兄弟全員笑い転げながら見てい たものだが、ある時珍しく父も一緒に見て笑っ て楽しんだ。番組が終わって、父が発した質問 に私達兄弟は唖然とした。「面白い番組だね。 これは毎日やっているの?」

民放で、ゴールデンタイムの1 時間番組なら スポンサーの数も半端ではなく、毎日提供出来 るわけがない。舞台装置をみてもかなり大がか りだし、リハーサルもかなり必要だろうと思わ れる芸もある。そのぐらいは、社会の仕組みが 未だ良く解っていない中学生でも思いつく理で ある。そんな浮き世離れした父であり、思春期 と言うことも相まって、私は中学生にもなると 父と余り会話をしなくなっていた。

しかし、父の本棚は良く利用した。父の蔵書 は大別すると3 種あった。一つのグループは英 語関係。勉強のスタートが遅かったせいか、勉 強法に関する本も多数あった。これは、私の受 験勉強にもたいへん役だった。勉強はただがむ しゃらにするのではなく、常に効率よい勉強法 を意識しながら行うことが大切なのだと学ん だ。二つめのグループはキリスト教に関する書 籍。生涯酒もタバコも嗜まない敬虔なクリスチ ャンだった父が集めた書籍の大半は、かなり専 門的な本が多く、私にはついて行けなかった。 しかし遠藤周作や三浦綾子の小説は、私に大き な影響を与え、30 代以降私は彼らの著作のほ とんどを読破した。

それは、今の私の価値観や人生観に大きな影 響を与えている。

3 つ目のグループは、短歌や俳句に関する文 系の書籍であった。父は学徒動員で出征する前 は、本土の大学の文系学生であったと聞いてい る。私は中学、高校と文系科目が苦手で、自分 は理系の人間と信じて医学部へ進学したが、今 自分を見つめ直してみると、趣味や嗜好は明ら かに文系である。これも父からのDNA を引き 継いでいる。

父の本棚に入り浸っていた頃に、父の意外な 面を発見したこともあった。数は少ないながら 父の3 大テーマにはおよそそぐわない種類の本 を発見したのだ。一つは、特許で成功して金持 ちになろうと言うような本、他の一つは南米移 住で成功を目論む本だ。どれも言わば一攫千金 をねらうような本だ。堅実、実直な性格の父 が、その様な本を読んでいたのは意外であっ た。しかし、裏表紙を見て私なりに納得した。 父は几帳面で、本の裏表紙には購入した日付と 読了した日付を記入していた。それらの日付 は、我が家がまだ経済的に苦しかった時代と重 なっていた。7 人もの息子を持つ父親として、 将来の財政的不安が大きくのし掛かっていたに 違いない。しかし、家族の前ではその様な焦り や不安を見せる父ではなかった。

私はこのようにして、父とは面と向かって会 話はせずとも、父の蔵書を通して親子の会話を していたようなものだ。父の本棚から多くを学 んだ私は、娘達にも私の本棚から学んで欲しく て本が捨てられないのである。

娘が高校生になった頃私の本棚を眺めながら 聞いた。「あきらときよし」ってどんな小説? と。ん!そんな小説買った覚えがない。私は本 棚を、父に習ってジャンル別に整理している。 みると歴史関係である。オイオイそれは、中国 の「明と清」だよ。幾ら理系志望でも、それぐら いは常識で察してよ。文庫本サイズなので、勘 違いされても仕方がないが、「いつの時代も父 の想いは容易には子に伝わらない」と口には出 せずにぼやいていた。