琉球大学医学部放射線医学分野
與儀 彰
村山 貞之
はじめに
今日の医療現場における画像機器の進歩と普 及はめざましい。プライマリ・ケアの現場にお いても例外ではなく、多くの施設でCT やMRI が設置され、画像診断の果たす役割は大きくな っている。その中でも、急性脳炎/脳症におけ る画像所見は非常に重要である。例えば単純ヘ ルペス性脳炎では、髄液検査で原因となるヘル ペスウイルスが検出されていなくても、その特 徴的な画像所見から疑い診断にて治療を開始す ることが患者の予後を大きく左右する。よって 臨床医はあらゆる脳炎/脳症の画像所見を把握 しておかなければならない。
本稿では、MRI の進歩と拡散強調像および ADC map 撮影のルーチン化によって近年多く 報告されるようになった、可逆性の脳梁膨大部 病変を伴う軽症脳炎脳症(clinically mild encephalitis/encephalopathy with a reversible splenial lesion ; MERS)とよばれる予後良好 な疾患群について、解説する。
感染性や薬剤性などの脳炎脳症、代謝異常、 膠原病に伴う血管炎、腎不全、電解質異常、外 傷や痙攣など、様々な病態に付随して脳梁膨大 部正中に一過性の異常信号が出現することがあ る。あらゆる病態に続発し、予後の良い一群を 形成するものとして一過性脳梁膨大部病変 (reversible splenial lesion)と呼ばれてきた が、Takanashi らによってMERS と命名され、 広く認知されている1)。特に脳炎脳症に多く、 感染性ではインフルエンザウイルス、ロタウイ ルス、アデノウイルス、帯状疱疹ウイルス、ヒ トヘルペスウイルス− 6、サルモネラ菌、O- 157 大腸菌による溶血性尿毒症性症候群などで の報告がある。薬剤性では化学療法薬1 クール 目直後や抗痙攣薬減量後に生じることが多い。
原因は多種多様であるが、臨床像および画像 所見はほぼ共通している。主な症状として発 熱、せん妄、頭痛、痙攣や意識障害などを生じ るが、無症状のことも多い。ほとんどが1 ヶ月 以内に症状が消失する。発症機序として発熱、 下痢、嘔吐による電解質バランスの破綻や、興 奮性アミノ酸が放出されるような中枢神経の過 活動が疑われている。膨大部の局在特異性につ いて原因は解明されていない。
MRI では、T2 強調像および拡散強調像にて 脳梁膨大部中間層に円形もしくは卵円形の高信 号を呈する領域を認め、T1 強調像にて淡い低信 号もしくは等信号を呈する(Fig.1)。ADC map では一過性病変であるにも関わらず、急性期脳 梗塞など細胞障害性変化を来す疾患と同様に病 変部のADC 値は低下している。よって同じ一 過性病変である、高血圧脳症などいわゆるposterior reversible encephalopathy syndrome (PRES)や、高地脳症などにおける血管原性浮 腫とは異なる病態が存在する。このADC 値低 下の原因については軸索の表面を覆うミエリン 鞘の分離によって生じる軸索内浮腫2)が最も考 えられているが、まだコンセンサスは得られて いない。Takanashi らはMERS 患者に共通して 低ナトリウム血症を認めたと報告しており3)、 特に感染症においては嘔吐や下痢に伴う電解質バランスの破綻も関与している可能性がある4)。 異常信号は脳梁の他の部位や、白質に左右対称 性に及ぶこともある。通常は可逆性だが、時に 不可逆性の場合もある。造影MRI にて造影増強効果は認めない1) 5)。
鑑別としては脳梗塞、多発性硬化症、 Marchiafava-Bignami 病、PRES、悪性リン パ腫などが挙げられるが、臨床経過から多くは鑑別可能である。
MERS は主に日本から報告さ れているが、これは他国よりも 頭部MRI が施行されやすく、偶 発的に認められることが多いた めと考えられている。さらにあ らゆる病態に関連して発症する ため、プライマリ・ケアの場面 においても高頻度に遭遇する可 能性があると考えられる。症状 は比較的軽微で可逆性の病変で もあるため、臨床医はこの病態 をよく認識し、いざ遭遇した場 合には不必要もしくは侵襲的な 検査や治療は可能な限り避ける 必要がある。
Fig.1 50 歳代、男性。軽度の意識レベル低下を認めたためにMRI が施行された。
(a,b):脳梁膨大部に卵円形の淡いT2WI 高信号、T1WI 低信号域を認める (矢印)。明らかなmass effect は認められない。
(c, d):同病変は拡散強調像にて高信号(矢印)、ADC map にて低値を示し (矢印)、拡散低下が示唆される。
(e):造影MRI にて同病変に有意な
異常信号は認められない。
(f):10 日後の拡散強調像。脳梁膨
大部に認められた病変は消失。
特に無治療にて症状は軽快した。
参考文献
1)Takanashi J. Two newly proposed
infectious encephalitis / encephalopathy
syndromes. Brain & Development 2009;
31:521-528
2)Tada H, et al. Clinically mild
encephalitis / encephalopathy with a
reversible splenial lesion. Neurology
2004; 63:1854-1858
3)Takanashi J, et al. Encephalopathy
with a reversible splenic lesion is
associated with hyponatremia.
Brain Dev 2009; 31:217-20
4)Nelles M, et al. Transient splenial
lesion in presurgical epilepsy
patients: incidence and pathogenesis.
Neuroradiology 2006; 48:443-448
5)Maeda M, et al. Reversible splenial
lesion with restricted diffusion in a
wide spectrum of disease and
conditions. J Neuroradiol 2006;
33:339-236