北中城若松病院 吉田 貞夫
私は、5 年前に日本ソムリエ協会のワインエ キスパートに合格し、この度、さらに上級のシ ニア・ワインエキスパートを受験、無事合格す ることができました。聞くところによると、シ ニア・ワインエキスパートの合格者は県内で初 だそうです。この場を借りて、その顛末を記し たいと思います。
私とワインの決定的な出会いは、35 歳を過 ぎてからです。それまで私は、スーパーでお買 い得価格で売っているようなワインを飲むレベ ルで、ワインを本格的に勉強するなんてこと は、あまり考えてもみませんでした。しかし、 まだ茨城県内に住んでいたころ、とあるレスト ランで飲んだワインが、喩えようもなくおいし かったのです。当時、何の知識もなかった自分 は、その感動をどう表現していいかわかりませ んでした。私の医学の師匠で、元筑波大学教授 の紅露恒男先生(写真1)は、ワインにも大変 造詣が深く、かねがね「ワインというものは、 ヨーロッパの文化 と深く結びついて いる」とおっしゃ っていました。「文 化としてのワイン」 を理解することが できたら、どんな にすばらしいこと だろうと思ったの です。
写真1
まさにこうした出会いの瞬間にワインを注い でくれたのが、私のワインの師匠になってくれ た石橋靖子さん、2005 年全日本最優秀ソムリ エコンクールのファイナリストです。思い立っ たら直ちに行動。柄にもなく、ワインエキスパ ート受験を決め、勉強を始めることにしまし た。それからは、ワインはすべて銘柄を隠して 注いでもらって、その香りや味の特徴、考えら れるブドウの品種、産地、作られた年代などを 言い当てるトレーニング、いわゆる、ブライン ド・テイスティングです。一緒に食事に行った 人は、少々面食らったかもしれません。のちに 沖縄に引っ越す際、石橋さんからお餞別にいた だいたワインは、やっぱり…、ラベルが剥がさ れていました。「卒業試験」ということでしょ うね。
こんな経緯でワインの勉強を開始し、1 年後、 ワインエキスパートに合格。その後、ご縁があ って沖縄に移住してきました。ここで大きな変 化がありました。沖縄に移住するや、自分は、 たちまち泡盛の虜となり、泡盛マイスターの資 格を取得することとなったのです。泡盛マイス ターを取得する頃から、ワインの方は若干お留 守になっていたことは否めません。今回受験す るにあたって、このブランクは非常に痛かった です。
さて、シニア・ワインエキスパートの試験で すが、これはかなりの難関です。昨年度の合格 率は49.2 %。素人が受験しているのではなく、 有資格者が受験して、この合格率ですから、侮 れません。問題は、ブドウの栽培、ワインの製 造、世界各国のワイン、ワインの法律、ワイン の歴史、そして、公衆衛生も出題されます。職 業柄、公衆衛生でのミスは絶対に避けたいとこ ろです。もちろん、テイスティングの試験もあ ります。ご興味のある方は、インターネットで 試験問題が公開されていますので、ぜひチャレ ンジしてみてください。
平成21 年度日本ソムリエ協会シニア呼称資格
認定試験問題
http://www.sommelier.jp/mf/m/jsaweb/file/10150
試験の勉強を始めてみると、ブランクの5 年 の間に、イタリアでは、DOCG という格付け のワインが24 銘柄から42 銘柄にも増えていた り、フランスの地酒(Vins de Pays)のカテ ゴリーが大幅に改訂されていたり、とにかく、 意外なところで浦島太郎のようになってしまっ ていることに唖然。どんな分野でも、知識のブ ラッシュ・アップというのは大切なようです。
さて、試験当日、会場には、顔なじみのソム リエ協会沖縄支部のみなさんが…。不合格だっ たら、みなさんにバレてしまうので、相当格好 悪いです。背水の陣で試験に臨みました。まず は筆記試験。例年より難しく、手こずりまし た。続いてのテイスティングは、本当に苦戦 で、冷や汗をかきました。1 つ目のワインは、 グリューナー・フェルトリナーというブドウで 作ったオーストリアの白ワイン。特徴が捉えに くいワインでした。一瞬、その選択肢も頭をよ ぎりましたが、「決断する勇気」がありません でした。2 つ目のワインは、フランスのシャル ドネ、3 つ目のワインは、イタリア。ここは、 かろうじて正解です。蒸留酒は、さくらんぼで 作ったキルシュでしたが、何度も香りを試して いるうちに、わけがわからなくなってしまいま した。こういう場面では、精神面がもっと強く なければダメだと痛感しました。
テイスティングの試験の結果が思わしくなか ったので、試験終了後はかなり落胆しました。 昔、「違いのわかる男」というCM がありまし たが、これではまるで「違いのわからない男」 だよなぁ…。結果が届くまでの数週間は、悶々 とした日々でした。仲良くさせていただいてい るソムリエの方々が、本当に暖かい言葉で励ま してくれました。ウルッときました。沖縄で、 こんな優しい仲間に囲まれて、本当に幸せ者で す。合格の発表をみたときは、とてもうれしか った半面、何かの間違えだったらどうしよう と、半信半疑でした。つい先日、認定証とバッ ジが送られてきました。満面の笑みを浮かべた 写真をごらんください(写真2、3)。
写真2
写真3
ワインを勉強してよかったこと、それは、自 分の世界が広がったということでしょう。食べ 物のことにせよ、生活のことにせよ、それまで 自分が知らなかった世界を垣間見ることができ ました。ワインは、製造とか、分析という面か らみれば「科学“Science” 」ですが、「技 術」、「芸術」といった“Art” の側面も強く 感じさせる飲み物です。そして、ワインとの出 会いは、すなわち、「人との出会い」です。ワ インを作る人、それを輸入して販売する人、レ ストランでワインを注いでくれる人、そうした 一人一人との出会いが、経験を豊かにしてくれ ると思います。「科学」であり「芸術」、そし て、「人との出会い」。何か、医学とも共通した 部分があるようにも思えてなりません。