北部地区医師会病院 長澤 慶尚
「沖縄糖尿病週間」に向けた啓蒙の為に、沖 縄県医師会の御好意で例年10 月号の紙面を割 いて頂いているが、過去にも講演会の紹介、全 国糖尿病週間事業の取り組み、WHO の定めた 世界糖尿病デーの紹介等を掲載してきたので、 御記憶の方も多いかと思う。今回は特定健診と 糖尿病の発症予防について述べてみたい。
1. 国民健康・栄養調査報告の示すもの
厚生労働省の糖尿病実態調査は、健康増進法 (平成14 年法律第103 号)に基づいて国民の身 体の状況・栄養摂取量及び生活習慣の状況を明 らかにし、国民の健康増進の総合的な推進を図 るための基礎資料を得る為、毎年11 月に行わ れている国民健康・栄養調査に於いて、5 年毎 に重点項目として糖尿病に着目して解析が行わ れて報告されている。但し注意を要するのは、 ここで言う所の『糖尿病』の判定基準は、一般 的に利用されている日本糖尿病学会の診断基準 ではなく、それぞれ「糖尿病が強く疑われる 人」とは、ヘモグロビンA1c の値が6.1 %以 上、または、質問票で「現在糖尿病の治療を受 けている」と答えた人。「糖尿病の可能性を否 定できない人」とは、ヘモグロビンA1c の値が 5.6 %以上、6.1 %未満で現在糖尿病の治療を 受けていないと答えた人である。
その調査客体は国民生活基礎調査により設定 された単位区から無作為抽出した300 単位区内 の世帯(約6,000 世帯)及び当該世帯の1 歳以 上の世帯員(約18,000 人)に限られる。
最新の報告は平成19 年度調査を元に発表さ れて居り、厚生労働省のホームページ等で閲覧 が可能であるが、メタボリックシンドローム (内臓脂肪症候群)の状況については40 〜 74 歳でみると、男性の2 人に1 人、女性の5 人に 1 人が、メタボリックシンドローム(内臓脂肪 症候群)が強く疑われる者又は予備群と考えら れる者であり、「糖尿病が強く疑われる人」は 約890 万人。「糖尿病の可能性が否定できない 人」は約1,320 万人、合わせて約2,210 万人と 推定されたと記されている。
参考迄にほぼ同じ主旨で、同じ調査法で行わ れた健康増進法制定以前の過去の調査では、平 成9 年度で「糖尿病が強く疑われる人」約690 万人、「糖尿病の可能性が否定できない人」約 680 万人との合計約1,370 万人。平成14 年度 で「糖尿病が強く疑われる人」約740 万人、 「糖尿病の可能性が否定できない人」約880 万 人との合計約1,620 万人であった事からその 『急激な有病率の増加』に強く警鐘が鳴らされ た(図1)。
図1
ただしこうした統計学的推計値が一般向けの 報道では、あたかも実数であるかの如くしばし ば曲解されて喧伝されているが、数字の実態は 例えば平成9 年度版の結果の概要によれば調査 対象件数6,059 例におけるわずか497 人/485 人(それぞれ8.2/8.0 %)であり、平成14 年度 版の結果の概要では調査対象件数5,346 例に おけるわずか4 8 3 人/ 5 6 6 人( それぞれ 9.0/10.6 %)を基礎としているに過ぎない。
しかしながら、限られた調査対象を元にして いるとは言えこの統計調査が大きな意味を持つ のは、本邦で基本的に邦人を対象として、同じ 形式で5 年毎にほぼ同様の比較をしながら観察 が継続している事にある。この「糖尿病が強く 疑われる人」8.2 %、「糖尿病の可能性が否定で きない人」8.0 %が10 年間でそれぞれ10.5 %、 21.1 %に増加している事こそが、国民衛生の動 向として紛れも無く大きな問題である。
2. 特定健診と糖尿病
この調査結果を反映して昨年より特定健診が 始まった。肥満者および「糖尿病が強く疑われ る人」を対象とした医療介入に不自然に偏って いて、がん検診やより心臓血管死に直結する危 険因子である高血圧についての配慮が十分でな いと言う批判もあり、今後若干の軌道修正を余 儀なくされるのは必至であろう。
しかしながら現行法制下では、地域保険の観 点から特定健診後の二次健診勧奨が自治体に義 務づけられ、更には健診受診率/二次健診率/ 健康指導の介入による改善率の報告が、その後 の地域保険への助成に対する評価基準となる (有り体に言えば、発症予防の努力をしない地 域には国民健康保険の補助額を減額する事もあ り得ると言う警告が示されている)制度改革を 受けて、筆者の所属する地域でも沖縄県北部福 祉保健所健康増進室を中心として行政各自治体 の保険担当者・県立北部病院・北部地区医師 会の協力のもと糖尿病地域連携パスの作成と運 用協議を続けているが、各地域でも同様の取り 組みが行われている。
3. 会員諸氏にお願いしたい事
我々医療現場の一般医家には
に対する積極的な関与が求められている。
確かに特定健診では未だ運用に混乱が見られ るのか、「腹囲86cm/HbA1c 5.6 %の70 歳男 性」と言う様な、一見殆ど糖尿病の可能性が無 いと思われる検査異常値の方も二次健診の依頼 があるかも知れない。しかし仮に2 型糖尿病の 家族歴を有するとか、青年期に比べて20 %以 上の体重増加を認める等の問診上の異常が疑わ れれば、その機会に耐糖能を評価しても決して 過剰な医療行為では無い。現在世界的趨勢とし ては1997 年のアメリカ糖尿病学会(ADA)/ 世界保健機構(WHO)の診断基準に見られる とおり、75gOGTT は糖尿病診断の為には必須 では無い(日本糖尿病学会の指針では標準化の 進んだHbA1c 値と糖負荷試験二時間値が判定 基準に残っている;表1)が、標準的な糖負荷状態で内因性インスリン分泌能を評価する事は その方の耐糖能を評価する大切な指標であり、 今後その個人の耐糖能悪化・進行を予防する為 に必要な生活指導管理の重点項目を示唆してく れる。
表1 <日本糖尿病学会の糖尿病の診断基準>
1.75g ブドウ糖負荷試験の判定区分
- 糖尿病型: FPG > 126mg/dL
または2hr-PG > 200mg/dL- 境界型:糖尿病型でも正常型でもないもの
- 正常型:FPG < 110mg/dL
かつ 2hr-PG < 140mg/dL2.診 断
持続的に糖尿病型に属するもの
2 回以上の検査で高血糖が確認されたもの 随時血糖≧ 200mg/dL も糖尿病型を示す ものとして取り扱う
ただし1 回の検査でも次の場合には糖尿 病と診断する
- (1)典型的な症状がある
- (2)HbA1c > 6.5 %(注1)
- (3)糖尿病網膜症がある
- (4)血糖値が基準値を著しく 超えている
近年血糖コントロールにおいては空腹時血糖 の管理のみならず、食後過血糖の抑制が極めて 重要な意味を持つ事が示されているが、糖尿病 発症予防の観点からは耐糖能が正常であって も、仮に肥満を伴っていない方でインスリン基 礎値が低値で、かつ糖負荷に対する反応性が低 い場合は、その方の耐糖能は食事摂取量と筋に おける糖利用により維持されている可能性が高 く、こうした方が高齢化して運動器不安定等の 問題で運動量が激減すれば容易に高血糖が顕在 化する。また既に肥満を伴い基礎インスリン値 が高値で、糖負荷直後のインスリン分泌反応性 が軽微だが二時間値では遅延型過反応を呈する なら、その方は高度のインスリン抵抗性を有す ると判断して良く、例え糖尿病を発症していな くても既に大血管疾患が進行している可能性を 考えるべきで、頸動脈内膜中膜複合体(IMT) の肥厚に示される様な動脈硬化所見を検出し得 るであろうし、適切な生活改善指導の介入が狭 心症/心筋梗塞や脳血管疾患の発症を予防しう るきっかけを与えてくれている。
現行制度の費用対効果等が未だ充分評価され ていない中でも、糖尿病が顕在化する以前の段 階からの生活指導介入による発症予防の可能性 を広げる意味で特定健診の二次健診者には間違 っても『未だ大丈夫だよ』の一言で済ませる事 無く、是非とも慎重な対応をお願いしたい。
(注1)なお2009 年6 月5 日、米国糖尿病学会 (ADA)と国際糖尿病連合(IDF)、欧州糖尿 病学会(EASD)の3 団体は合同で、新たな糖 尿病診断基準指標にH b A 1 c を採用し、 「HbA1c6.5 %以上を糖尿病とする」と定めた 事を発表した。