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臨床研修で思うこと
〜 5 年間の指導経験から〜

上原忠司

那覇市立病院外科 上原 忠司

2004 年に始まった新臨床研修医制度も5 年目 を過ぎ、診療科別の医師数の偏在や不足の問 題、医師数の地域間格差の問題と重ね合わさっ て、この制度に対する賛否についてはさまざま なかたちで議論がなされ、最近では制度の見直 し案まで浮上し、当初の理念とは逸脱した方向 に向かいつつある。今後の動向が注目されるが、 制度の違いはどうであれ、臨床医を目指す医師 の誰もが研修医という時代を経験するものであ り、いわば避けては通れない道でもある。この 5 年間、指導する立場として研修医と関わって きた経験から、ひとりの外科医の少し偏った意 見となることへの御理解をいただいて、研修医 に望むこと、指導医として気付いたことや考え させられた点を中心に述べたいと思う。

まずこの稿を執筆するにあたり、新臨床研修 医制度における臨床研修の基本理念を再確認し てみた。そこには『臨床研修は、医師が、医師 としての人格をかん養し、将来専門とする分野 にかかわらず、医学及び医療の果たすべき社会 的役割を認識しつつ、一般的な診療において頻 繁に関わる負傷又は疾病に適切に対応できるよ う、プライマリ・ケアの基本的な診療能力(態 度・技能・知識)を身に付けることのできるも のでなければならない』とある。

そこで基本的な診療能力はどのようにして身 に付くのだろうかと、自身の経験と指導する立 場から考えてみた。

まず検査手技や手術手技といった技能的なこ とは、経験すればするほど身についていくもの であると考える。実際に教えてみると、1 回目 よりは2 回目というように回を重ねるごとに上 達し、最初は頼り無かった研修医が2 年目とも なると後輩の研修医にその手技を教えている姿 を病棟や救急外来の場でよく目にする。また知 識についても多くの疾患を経験することにより どんどん身に付いていくものであり、疾患によ っては、時に指導医である私以上の知識を持ち 合わせていることに驚きを覚える。このことは 多数の科を回り、多くの疾患を経験することに よって幅広い知識を持った医師を育てるという この研修制度の大きな目的でもあり、利点とも いえる。是非、与えられた機会を逃すことな く、上級医の指導のもとに積極的に学び、多く の経験を積んで診療の技能や知識を身につけて ほしいものである。

診察能力のなかでも個人的に最も重要と考え ていることは、診療態度すなわち患者さんや医 療スタッフへの接し方である。特に患者さんと の接し方を一歩間違うと、手技はおろか診察さ え受け入れてもらえないということも起こり得 る。あるいは検査手技や手術手技がどんなにう まくても、また、より適格な指示を出したとし ても、患者さんからの信頼がなければ、嫌な思 いをさせるだけである。

診療態度というものは、教科書での勉強や他 人から教えられて取得するといった類いのもの ではなく、また本人の資質や性格、その時々の 精神状態、接する相手の状況や態度によって左 右されるものでもある。したがって外来診療や 病棟回診において、先輩医師が患者さんと接す る時の態度や話し方を参考に自分自身で整理 し、自分に合ったより良い方法を選び出して対 応していくべきものであると考える。また、信頼を得るには技能や知識の取得も大切ではある が、ベッドサイドに赴いて、患者さんと直に接 することがより重要である。『検査や手術の手 技を学びたければ、まず患者さんからの信頼を 得なさい。そのためには何度でもいいから患者 さんのそばまで足を運んで対話し、その訴えに 耳を傾けなさい!』私が研修医時代に指導医か ら口酸っぱく言われたことであり、また研修医 を指導する際によく話すことでもある。

制度が5 年も経ち、各病院の研修システムが ある程度確立され、その情報が明らかになって くると、研修を受ける態度も少し変化してきた ように思う。研修医をみていると、既に将来の 専門とすべき診療科を決めて初期研修にのぞむ タイプと初期研修終了後に将来の診療科を決め るタイプがある。また研修を受ける態度では、 初期研修の主旨を理解し、どの科でも積極的に 研修していくタイプと興味の無い分野には消極 的かつ中途半端に研修していくタイプに分けら れるが、年を追う毎に後者の傾向が強くなって いるのではと感じている。その善し悪しについ ての議論をするつもりは無いが、基本的な診療 能力を身につけるための貴重な最初の2 年間を 大切に過ごしてほしいと願うものにとっては、 この2 年間を就職活動の一環として位置付ける ことがないことを望む。何らかの志を持って医 師を目指し、6 年間の医学教育を受けて医師と なるのであるから、少なくとも後期研修を見据 えたある程度のビジョンを持って初期研修に望 んでほしいものである。

最後に、社会人としての自覚と医師として与 えられた責任を十分に理解して行動し、初期研 修で得られた経験や知識を将来に活かすべく充 実した研修生活を送ってほしいと願う。