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沖縄県喘息死0、および喘息発作による救急受診0 を目指して

藤田次郎

琉球大学医学部感染病態制御学講座(第一内科)
教授 藤田 次郎
嘉数医院 嘉数 朝一

はじめに

沖縄県は全国でも有数の救急体制の整備され た県である。多くの基幹病院の救急外来、およ び救急診療体制が充実しており、救急車を積極 的に受け入れる病院の多い県である。他県でマ スコミ報道されるような、「救急車のたらい回し」 といった状況は存在しない。しかしながらそのよ うに救急体制が充実しているために、喘息患者 さんが救急外来を気楽に受診できるという環境 となっている。もちろん救急外来に受診できる 環境の素晴らしさはいうまでもないが、本稿で は喘息死亡0 を目指すのみならず、喘息患者の 救急外来受診0 を目指すために、プライマリ・ ケアにおける重要なポイントを指摘したい。

沖縄県の人口10 万人対喘息死亡者数

図1 に都道府県別の人口10 万人対喘息死亡 者数を示す。沖縄県は人口10 万人対喘息死亡 者数が約3 で、全国で11 番目に人口10 万人対 喘息死亡者数が多いことが示されている。すな わち沖縄県の人口10 万人対喘息死亡者数は全 国平均より高く、この数字を改善することは緊 急の課題である。救急外来が充実しているにも かかわらず喘息死亡率が高いことの理由を考え てみたい。1 つの指標となるうるのが吸入ステ ロイド、および短時間作用型吸入β 2 刺激薬の 使用頻度であるので以下に示す。

図1

喘息死とshort-acting β-agonisit/inhaled corticosteroids(SABA/ICS 比率)の関係

従来から、喘息死とSABA 使用との関連が 指摘されてきた。2006 年における人口10 万人 対喘息死亡者数とSABA/ICS 比率との相関関 係を図2 に示す。図2 からもわかるように喘息 死とSABA/ICS 比率には正の相関関係が示さ れている。なお図2 で最もSABA/ICS 比率が 高い県が沖縄県である。ただしこの指標が最も 高いにもかかわらず、人口10 万人対喘息死亡 者数はむしろ低い方へシフトしていると解釈す ることもできる。

図2

図2 喘息死とshort-acting β-agonisit/inhaled corticosteroids(SABA/ICS) 比率の関係2006 年度全国人口動態調査結果(厚生労働省)より

都道府県別サルタノール販売額分析

図2 で示したデータをより詳細に解析するた めに、グラクソ・スミスクライン社の協力を 得て、喘息薬剤の使用量を解析してみた。図2 と異なり、あくまでも1 社のSABA のみの解 析であるので、バイアスの入ったデータである ことはご理解いただきたい。

データとしては示さないものの、都道府県 別のフルタイドの販売額をみると、沖縄県で は吸入ステロイド普及活動が比較的早く展開 されたという歴史があり、人口1 人あたりのフ ルタイド販売額は全国平均を超えている。次 に短時間作用型 のβ 2 刺激吸入 薬について、サ ルタノールの販 売額を解析して みると、データ としては示さな いものの、沖縄 県においてはサ ルタノールの人 口1 人あたり販 売額は全国1 で ある。またサル タノールの販売 額をフルタイド の比で解析して みると、沖縄県 においてはサル タノール/フル タイド比が全国 1 であるのみな らず、他県と比 較してサルタノ ール/フルタイ ド比が突出して 高いことがわか る(図3)。

図3

図3 都道府県別 サルタノール/フルタイド販売額分析 資料提供:グラクソ・スミスクライン(株)

都道府県別ベネトリン販売額分析

データとしては示さないものの、同様に短時 間作用型のβ 2 刺激吸入薬について、ベネトリ ンの販売額を解析してみると、沖縄県において はベネトリンの人口1 人あたり販売額は全国1 である。この傾向はベネトリンとフルタイドの 比を計算することにより、より強調されて示さ れる(図4)。すなわち沖縄県においてはベネト リン/フルタイド比が全国1 であるのみならず、 他県と比較してベネトリン/フルタイド比が突 出して高いことがわかる。ベネトリンは一般的 には救急外来、または入院中の患者に使用され る機会が多い薬剤であるから、この使用量が多 いことは、救急受診患者、あるいは入院患者の 多さを示しているとも解釈しうる。

図4

図4 都道府県別 ベネトリン/フルタイド販売額分析 資料提供:グラクソ・スミスクライン(株)

考察

今回、プライマリ・ケアの項にこのような原 稿を投稿させていただいたのは、沖縄県の喘息 診療の実態を明らかにするとともに、今後の改 善点を具体的に提案させていただくためである。

まず沖縄県の救急診療は充実している。この ことはベネトリンの販売額から類推できる。ま たサルタノールも多く使用されている。また図 2 に示されているようにSABA/ICS 比率が全 国一高いにもか かわらず、人口 10 万人対喘息死 亡者数はむしろ 低い方へシフト していることは、 救急診療の充実 を反映している 可能性がある。

しかしながら 一方で、喘息診 療において中心 的役割を果た す、吸入ステロ イド薬の使用量 に比較して、 SABA の使用量が際立って高いことも沖縄県 の喘息診療の特徴である。この数値を減少させ ることが、本原稿の目的でもある、沖縄県喘息 死0、および喘息発作による救急受診0 の実現 に直結すると考える。

沖縄県においてSABA/ICS 比率が全国一高 い背景として、救急診療担当医と、呼吸器専門 医との連携不足が示唆される。例えば、今日の 治療指針2008 年版1)を見ても、救急外来にお ける喘息発作患者における初期治療は、短時間 作用型のβ 2 刺激吸入薬であると記載されてい る。これは一般臨床医のための喘息治療ガイド ライン(2007)でも同様である2)。すなわち救 急担当医が短時間作用型β 2 刺激吸入薬のみで 加療することは、今日の治療指針(2008)1)、 および喘息治療ガイドライン(2007)2)に照ら して適切なことを行っているのである。実際 に、短時間作用型β 2 刺激吸入薬すると患者の 呼吸困難感は改善することから、患者が短時間 作用型β 2 刺激吸入薬を手放せなくなることも 事実である。

しかしながら喘息の病態を炎症と考え、さら に喘息発作患者は一般の喘息患者に比較して より炎症が強いことを考えると、β 2 刺激吸入 薬主体の治療では限界のあることは明らかである。炎症を抑えるステロイドを併用せずβ 2 刺 激吸入薬のみで加療した際には、気道に吸入 されるアレルゲンの量はますます多くなり、よ り炎症が強くなることは明らかであり、かえっ て危険ですらあることに留意する必要がある。 重要なことは、喘息発作で救急外来を受診し た患者のほぼ全てに吸入ステロイドの適応があ ると理解すること、さらには専門医との連携で 定期受診を推奨することが重要な課題であると 考える。

以下にプライマリ・ケアの現場における、喘 息発作診療のポイントを列記する。

  • ・喘息死は防ぎうる、ただし診断、治療の遅 れは致命的!
  • ・発作が重症化する前に、早期に適切な重症 度評価と治療を行うこと。
  • ・救急外来においても喘息重症度評価の客観 的指標としてPEF を活用すること。
  • ・喘息発作に対する薬剤治療の基本は吸入β 2 刺激薬と全身性ステロイド薬である。
  • ・喘息死のハイリスクグループ(表1)3)に は特別に注意する。救急外来のみで対応せ ず、入院治療や定期受診を指示し、患者教 育を徹底する。

また救急外来からの帰宅に際しては経口プレ ドニゾロン(0.5mg/kg/日、数日分)を患者に 持たせ、必ず次回の定期外来受診を勧めること が重要である。また喫煙者に対する禁煙指導も 重要である。

表1

おわりに

今回使用したデータは、あくまでもグラク ソ・スミスクラインのものが主体であり、バイ アスのあるデータであることを再度強調した い。今後の「沖縄県喘息死0、および喘息発作 による救急受診0 を目指して」の具体的な活動 としては、過去の喘息死の実態調査(患者背 景、例えば年齢、COPD との鑑別)、救急隊と の連携、自治体との連携、医師会との連携、薬 剤師会との連携、およびマスコミを活用するな どを計画している。

文献
1)山口 徹、北原光夫、福井次矢総編集、今日の治療指 針(2008)p. 213
2)宮本昭正監修、須甲松信作成. 一般臨床医のための 喘息治療ガイドライン2007、財団法人日本アレルギ ー協会
3)宮城征四郎監修、石原享介、谷口博之、藤田次郎編集、 呼吸器病レジデントマニュアル第4 版