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性の健康週間(11/25 〜 12/1)に寄せて

銘苅桂子

琉球大学医学部附属病院産婦人科
銘苅 桂子

はじめに

性感染症(Sexually Transmitted Disease , STD)には10 種以上の疾患があり、その主な ものは梅毒、淋菌感染症、性器クラミジア感染 症などの細菌性疾患と、性器ヘルペス、尖形コ ンジローマ、エイズ(HIV)、肝炎(HBV)な どのウイルス性疾患である。かつての性病と は、梅毒、淋病、軟性下疳、鼠径リンパ肉芽腫 の4 つの病気の総称であり、自覚症状が強く、 早期に感染に気付き治療を受けていたため “感染の輪”はそれ程大きく広がることはなか った。ところが最近は、症状の出にくい性器ク ラミジア感染症や淋菌感染症、B 型肝炎、HIV 感染など、ウイルス性感染症に変化してきてい るため、性生活をもつ一般の人々の中に、ひそ かに大きく広がり始めてきている。性感染症は 今や、誰がかかっても決して不思議ではない “感染症”となっている。

日本における性感染症のサーベイランス

現在、1999 年から施行された 感染症法のもとに、定点把握疾 患として性器クラミジア感染症、 性器ヘルペスウイルス感染症、 尖形コンジローマ、淋菌感染症 の4 種類、および全数把握疾患 として梅毒、後天性免疫不全症 候群(HIV/エイズ)のあわせて 6 種類の性感染症の発生動向調 査が行われている。これらのデ ータは厚生労働省・国立感染症 研究所が発行する感染症発生動 向調査(IDWR)に掲載されインターネット上でも公開されている。
(http://idsc.nih.go.jp/idwr/index.html)

また、エイズに関しては厚生労働省エイズ動向 委員会よりインターネット上で公開されている。
(http://api-net.jfap.or.jp/mhw/survey/mhw_survey.htm)

若年層に蔓延するクラミジア感染症

性器クラミジ感染症は最も頻度の高いSTD で、女性では子宮頸管炎、男性では尿道炎をき たすが、2/3 は無症候性であるため気づかれず に蔓延していく。2002 年よりやや減少傾向に あるが(図1)、2005 年の年代別発生率(図2) に示すように、10 代から20 代の若年層、特に 女性に多い。クラミジアは卵管周囲炎をきたし 将来卵管性不妊症になる可能性が高い疾患であ る。それが次世代を担う若年者、特に女性に蔓 延していることは大きな問題であるにもかかわ らず、十分に啓蒙されているとはいえない状況である。厚生労働省の定点データは病院を受診 した有症状例が多く含まれるという点から、無 症候性の症例を含めた実際の頻度がわかりにく いという欠点が指摘されている。熊本ら(1)の 調査によると、大学・専門学校生女子592 名の スクリーニング検査によるクラミジア感染率は 性交経験の有無に関わらない場合6.9 %、性交 経験のある場合は9.3 %と、非常に高い感染率 となっている。また、オーラルセックスなどに より、クラミジア感染女性の約10 〜 20 %に咽 頭感染があるとの報告もある(2)。若年層の性交 年齢の低齢化、性的パートナーの増加、性行為 の多様化がみられる一方で、性感染症に対する 危機感の無さが若年層の爆発的な蔓延を助長し ていると考えられる。

図1

図1 性器クラミジア感染症の報告数と定点あたり報告数の年次推移 感染症発生動向調査(IDWR) より

図2

図2 性器クラミジア感染症の年代別発生率(2005 年)
感染症発生動向調査(IDWR) より

多剤耐性化する淋菌

近年淋菌の抗菌耐性化は著しく、多剤耐性化 もすすみ、使用薬剤は限られるようになった。 ニューキノロンおよびテトラサイクリンの耐性 率はいずれも80 %前後であり、使用すべきで はないとされる(3)。第3 世代経口セフェムの耐 性率も30 〜 50 %であり、現在保険適応を有 し、有効性の高い薬剤は3 剤のみとなってい る。以下に性感染症 診断・治療ガイドライン 2006 (3)で推奨されている3 剤を示す。
[淋菌性尿道炎・淋菌性子宮頸管炎に対し]

1)セトリアキソン(CTRX :ロセフィン) 静 注 1g 単回投与(精巣上体炎や骨盤内炎症性 疾患pelvic inflammatory disease : PID は重 症度により1g/日 1 〜 7 日間投与)

2)セフォジジム(CDZM :ケニセフ、ノイセ フ) 静注 1g 単回投与(精巣上体炎やPID は重症度により1 〜 2g/日 1 〜 7 日間投与)

3)スペクチノマイシン(SPCM :トロビシン) 筋注 2g 単回投与 (精巣上体炎やPID は 重症度により2g 筋注 3 日後に両臀部に2g ず つ計4g を追加投与)

エイズは性感染症である

薬害エイズという極めてまれな感染経路が強 調される形となったわが国のエイズ感染は、未 だにその影響から抜けきれず、エ イズは非常に特殊な感染症と考え ている傾向が強い。図3 に示すよ うにHIV 感染者は増加し続けてお り、平成19 年度の新規感染者は HIV 感染1082 件、AIDS 患者 418 件と過去最高の報告数となっ ている(4)。そのうち異性間や同性 間の性交渉によるものがHIV の 87.8 %、AIDS の74.4 %であり (図4)、現在流行しているクラミ ジアなどの無症候性の性感染症群 に混じって、ひそかに一般人口の 内に浸透し始めている。沖縄県における新規HIV 感染・AIDS 患者の増加も目を 見張るものがある。平成16 年は14 例、平成17 年は15 例、平成18 年は13 例であったものが、 平成19 年は31 例と倍増している。全例男性で、 年齢も10 代から60 代まで幅広く存在し、多く は同性間での性交渉によるものである(5)。HIV 感染が無症候であること、日常診療で嗜好を見 ることは難しいことから、high risk 症例を見分 けることは困難である。しかしながら、沖縄県 でも感染が広がっていることから、医療者を守 る意味でも、常にHIV 感染を念頭において診療 にあたる必要があると考えられる。

図3

図3 平成19 年エイズ発生動向年報より

図4

図4 平成19 年エイズ発生動向年報より

終わりに

性交渉は感染症の伝達方式の中で最も密接で 高率な病原微生物の伝達形式であるといわれて いる。例えば淋菌・クラミジアなどは、1 回の コンドームなしの性交渉で1/3、2 〜 3 回続け ての交渉で、2/3 は感染するとされている(1)。 性の若年化・自由化・多様化と性感染症の無症 候化、また、耐性化など、性感染症をとりまく 現状は悪化の一途をたどっている。それにも関 わらず本邦では性感染症は他人のものと勘違い し、危機感が非常に薄いと指摘されている。予 防へと無関心であることがさらに蔓延を助長し ている。クラミジアは不妊症となって次世代へ 影響し、ウイルス疾患には確実な根治薬は存在 せず、HIV は死に至らしめる。そしてそれらは 全て性感染症であるということを十分啓蒙して いく必要があると考えられる。

文献
1.熊本 悦明:エイズ/性感染症をめぐる問題点.海外 医療30 :4-16, 2003
2.小野寺昭一:厚生労働科学研究「性感染症の効果的な 蔓延防止に関する研究」2004
3.性感染症診断・治療ガイドライン2006.日本性感染 症会誌 17(suppl.): 35-39, 2006
4.平成19 年エイズ発生動向年報.厚生労働省エイズ動向委員会
http://api-net.jfap.or.jp/mhw/survey/07nenpo/bunseki.pdf
5.平成19 年感染症発生動向調査・年報.沖縄県感染症情報センター
http://www.idsc-okinawa.jp/