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脳卒中後の視野障害に対する
リハビリテーションの新たな試み

医療法人タピック
沖縄リハビリテーションセンター病院 リハビリテーション科
又吉 達  山口 健

【要 旨】

脳卒中による後頭葉等に損傷を受けた場合、視野の障害を併発することが多く認 められる。しかし、これまでに身体の麻痺へのリハビリテーション治療は積極的に 行われてきたものの、視野障害に対する積極的なリハビリテーション治療はあまり 有効なものがないのが現状であった。

しかし、リハビリテーションにおいて損傷された神経路の再建や強化には、新た な脳の可塑的変化が起り、同じ神経路に繰り返し興奮を伝えることが重要であると いうことがわかり、現在訓練の場面でも応用されている。

視野障害に対しても視野欠損に対する反復刺激による可塑的変化の考えを元に、 コンピューター化視野訓練装置が鹿児島大学で開発されている。それを参考に、右 同名性半盲の患者に対して反復刺激療法を行ない、視野の改善と日常生活動作(以 下、ADL)の改善の効果を得たので報告する。またコンピューター化視野訓練装置 についても紹介する。

【はじめに】

脳卒中による視覚障害は20 〜 40 %の脳卒中 患者に発生するとされている1)。病態は視放線 や一次視覚野などの損傷による視野欠損と、一 次視野覚野から頭頂連合野への背側視覚路が損 傷される空間視情報処理の障害、一次視覚野か ら頭頂連合野への腹側視覚路が損傷される形態 視や色覚の障害に分けられる2)。一側の視放線 や一次視野覚野がほぼ全て損傷されると半盲と なり、視放線の一部の損傷では四分盲をきたし やすい。

これまで視放線や一次視覚野の損傷による視 野欠損に対しては、1970 年代から視野欠損部 位と健常視野の境界部位を反復刺激すること で、視野欠損の改善がみられる症例があると報 告されている1)。しかし、視野欠損へのリハビ リテーションは患者に固視を求めた状態で視野 の同一部位を反復刺激することの煩雑さに加 え、長時間の集中力が要求されため、本格的に 取り組まれることは少なかった。そのためリハ ビリテーションにおいては残存視野での代償動 作訓練、視野障害に伴う視覚失認などに対する 訓練や視覚障害への不安に対する心理面へのア プローチが多く3)、実際に視野改善を目的とし た治療を行うことは少なかった。

しかしながら、従来考えられていたよりも大 きな脳の可塑性の存在が明らかになったことに 加えて、コンピュータープログラムの応用によ って、視野欠損への本格的なリハの開発が可能 な段階になった。これにより網膜の特定の部位 を反復刺激することが可能となり、視野欠損へ の本格的なリハの開発が可能な段階になってきており、下園ら(2007)は右後頭葉出血によ る左下四分盲に、コンピューターを用いて視野 欠損部に反復刺激を行い、視野欠損が改善した 症例を報告した4)

鹿児島大学で視野欠損に対する反復刺激によ る可塑的変化の考えを元に、コンピューター化 視野訓練装置が開発された。今回その訓練装置 の考え方を元に、当院で治療を行った結果を報 告すると共に、コンピューターによる視野訓練 装置を紹介する。

【症例提示】

症 例: 86 歳、女性。

診 断:脳梗塞(左中大脳動脈領域)

現病歴:平成19 年5 月5 日より右側が見にく いことに気づき、その後明らかな麻痺はなかっ たが、喋り難さを自覚し、進行したため5 月9 日に近医を受診した。右同名性半盲及び失語を 認め、頭部MRI 及びMRA で左側頭葉から後頭 葉にかけての広範囲の脳梗塞を認め、保存的に 治療された。麻痺はなく症状安定したため5 月 16 日に自宅退院となった。しかし、日常生活 動作は何とか可能であったものの、右同名性半 盲や失語障害からの不安等により活動性は低か ったため、リハビリテーション目的で6 月11 日 に当院へ入院した。

入院時所見

神経学的所見:瞳孔は正円、同大で、大きさは 3mm、直接対光反射は両眼とも異常は認めなか った。対座法視野検査では、両眼共に右半側の 視野の欠損を認めた。眼球運動の障害などは認 めなかった。右片麻痺は軽度でブルンストロー ムステージでX〜Yであった。

高次脳機能:失語は標準失語症検査では言語理 解は単語レベル、発話は2 節文まであり、ウェ ルニッケ失語を呈していた。しかし、状況理解 は比較的保たれており、日常生活上の会話は何 とか可能であった。ADL 上に支障となるような 観念運動失行や観念失行などは認めなかった。

日常生活動作(以下、ADL):動作的には歩 行を含め全て自立していた。しかし歩行時に は、右同名性半盲の影響で右方向にある障害物 に衝突する場面が度々見られた。本人の視野障 害についての認識はあるものの、右側を意識し て見るなどの代償動作は認められなかった。視 野障害に対しての不安が強く臥床している時間 が多く見受けられた。

訓練経過:約3 週間、理学療法や作業療法にお いて、頚部運動による代償動作を促すために空 間内の移動練習をペグボードや折り紙などを用 いて行った。多少の不安の軽減は認められたも のの、ADL 上の著変は認められなかった。そ のため視野欠損に対する反復刺激療法を導入 し、約1 ヶ月半リハを行った。

【方 法】

視野訓練シート(方眼紙)を使用し、まず上 下、左右を2 分割するようにラインを引き、そ の交差点を固視点と定めた(図1)。シートとの 距離は78cm とした。片方の目をガーゼで遮断 し片眼の状態で、固視点の注視をさせた。レー ザーポインターを使用し、患者後方よりシート に向けて照射することによって視覚への刺激点 とした(図1,2)。最初に欠損視野に近い健常視 野から次第に欠損視野周辺に刺激点を移し、刺 激点が見えるか見えないか判別しづらい境界領 域を確認した。視野の境界領域に視覚刺激を呈 示し、口頭で見えているかどうかの確認を1 呈 示ごとに行った。同じ境界点を5 回ずつ刺激 し、2cm 間隔で下方へ刺激点を移動させた。患 者は、固視点を注視した上で刺激点を意識するという治療内容を十分理解し、患者がその治療 法を習得するまで練習を行った。固視点の保持 は本人が自己申告することで確認した。十分な 練習を行い、反復刺激による治療が可能と判断 した後、開始した。

訓練時間は患者の疲労を考慮し10 〜 15 分と し、1 日の実施は左右眼一方のみとし、交互に 実施した。環境設定として他の刺激が入らずに 集中でき、また他の要因が治療に影響を与えな いように常に同一の個室を使用した。評価は初 期評価にRey 図形(模写課題)と視野を訓練 シートへの記録し、視野に関しては1 週間に一 度評価を行った。

図1

図1

図2

図2

【結 果】

初期評価のRey 図形に関しては全体像が描か れており、明らかな半側空間無視や視覚記銘の 著しい低下は認められなかった。初期評価の視 野は右半側が正中線より上方で1cm、下方で 2cm までであった(図3)。治療開始後、2 週間毎の評価で4 週目までは約2cm 程度の視野の改 善が得られた。しかし、4 週目以降最終評価ま では大きな改善は得られなかった。最終評価の 視野訓練シートで、左右共に4 〜 5cm の明らか な視野欠損領域の減少が認められた(図3)。 ADL は視野の改善よりもやや遅れて改善が見 られた。約4 週目ごろから右側が前よりも見え やすくなった感じを自覚し、代償動作も可能と なり、歩行時の右方向への障害物への衝突はみ られなくなった。また、視野障害の訴えはある ものの、不安の軽減が得られ、臥床時間も減少 しレクリエーション活動にも積極的に参加する ようになった。平成19 年8 月9 日に自宅退院 となり、現在はデイケア等に参加している。

図3

図3

【考 察】

これまでの同名性半盲のリハビリテーション は、欠損視野と正常視野の境界領域の系統的刺 激法5)と、衝動性眼球運動による視野欠損部へ の視線走査による代償法1),6),7)や、プリズム眼 鏡による代償法などがある8)。これまでの報告 では眼球運動による代償法の有効性を示すもの が多い1),6),7)。しかし、今回の症例の場合、眼球 運動の代償法を目的とした訓練だけではあまり 大きな効果は得られなかった。今回、右同名性 半盲(視野欠損)症例に境界領域の系統的刺激 法アプローチを行った結果、視野欠損領域の減 少が認められた。損傷された神経路の再建や強 化には、新たな脳の可塑的変化が起こるために 同じ神経路に繰り返し興奮を伝えることが重要 であると言われている9)。これまでにも片麻痺 の改善が得られることなどは証明されている9)。 このことから、視野についても視野欠損境界領 域の同一点を反復刺激することで、網膜の同一 部位が刺激され効果的に視覚路の再建、強化が なされた結果、ある一定の視野の改善が得られ たものと考えられる。

しかし、視野の改善にも限界があったことよ り、麻痺同様に脳損傷範囲の程度によって改善 度に差があると思われる。このことは下園らの 同名性半盲より四分盲においては大きな改善が得られやすいという報告4)からも示唆される。 同名性半盲の場合、後頭葉の大きな損傷により 入力された視覚情報が視覚腹側路や背側路に連 絡可能な残存神経路が少なく、集中的な訓練に よる神経強化においても神経路の再建には限界 があると考えられた。

また、今回の症例では視野の改善と共に代償 動作の獲得も得られた。代償動作の獲得によ り、歩行時に入院時のような右方向への障害物 に衝突する場面は見られなくなり、活動範囲も 広がった。このことは僅か視野角度にして4 〜 5 °の範囲であったものの視野の広がりによる 効果に加え、アプローチは欠損視野に近い健常 視野から次第に欠損視野周辺に刺激点を移し反 復刺激を行っていくものであり、訓練を通して 半盲症状の理解や半盲側への注意が高まり、頚 部回旋などの代償能力が向上したという要素の 関与も考えられた。

反復刺激法の問題点は固視点を注視した状態 で欠損視野と正常視野の境界領域に刺激を行う ため、固視持続が訓練継続の条件となる。その ため注意力が低下した患者や訓練法の理解が難 しい認知症のある患者には施行困難である。ま た視覚刺激の部位や回数などの細かな条件設定 は、まだ確立していない。今後症例を増やして 考察していく必要がある。

今回我々が参考にして行った反復刺激の方法 のコンピューター化視野訓練装置(図4)が鹿 児島大学で開発され、一部臨床応用されている のでここで紹介する4)

図4

図4

コンピューター化視野訓練装置のプログラム は、画面中央に固視点の表示と、点滅する視覚 刺激指標(直径4mm の円形)の呈示位置と明 度(明るい色:白色、中間色:灰色、暗い色: 藍色)をキーボードからの入力で設定し、同一 の網膜上の部位に100 回の1 セットとして刺激 し、その間の正答率が表示され、評価する。視 覚刺激指標は刺激開始を知らせる警告音ととも に呈示され、被験者が見えていなくても警告音 だけで反応することを避けるため、5 回に1 回 の割合で警告音のみで刺激指標のでない「キャ ッチトライアル」がランダムに含まれている。

被験者は机の前に置かれた20.1 型の液晶デ ィスプレイの前に座り、頭部固定装置に顎をの せて、片方の目を眼鏡等で遮断する。画面と被 験者との距離は約70cm で画面上の固視点を注 視させる(図4)。次に欠損視野に近い健常視 野から次第に欠損視野周辺に刺激点を移動さ せ、刺激指標が見えるか見えないかの被験者 が判別の難しい点を境界領域として設定する (図5)。この境界領域に視覚刺激反復療法を行 う。この点は10 個まで設定可能となっている。

図5

図5

被験者は、今回の我々の方法と同様に固視点 を注視した上で刺激点を意識する必要性を十分 に理解し、そのための練習を十分に行った後に 反復刺激訓練を行う。被験者は刺激開始を知ら せる警告音とともに刺激指標の点滅が見えた ら、スイッチを押すことで回答を知らせる。こ の点滅は5 秒間で、ハンドスイッチが押されると、2 秒後に次の刺激が始まるようになってい る。もしハンドスイッチが押されなかった場合 でも7 秒後に次の刺激が自動的に始まるように なっている。被験者の年齢や耐久力に応じて治 療時間を設定する。

訓練終了後にその正答率の割合に応じて境界 領域の微調整を行う。この訓練によって今回の 四分盲の報告だけでなく、ある一定の視野の改 善が得られているようである。また、このコン ピューター化視野訓練装置の訓練を行う前に、 視覚失認や視覚記銘などの評価及び訓練をある 一定期間行った後に行うことも併せて重要と思 われる。

今回の我々の方法と同様に、視覚刺激の部位 や回数などの細かな条件設定は、まだ十分に確 立されていないようである。

現在当院においても鹿児島大学の御厚意によ り、このコンピューター化視野訓練装置をレン タルし、リハビリテーションを行っている。固 視持続が訓練継続の条件となり、対象患者が限 られる問題点はあるものの今後症例を増やして 検討していきたいと思う。

引用文献
1) Zihi J : 脳損傷による視覚障害のリハビリテーション (平山和美 監訳). 医学書院, 東京, 2004
2) 坂田英夫: 視覚系の情報処理. CLINICAL NEUROSCIENCE 18 : 1372-1377, 2000
3) 吉岡文, 他: 左後頭葉、半盲、視覚症状および不安障 害を呈した症例 復職にいたる経過. 認知リハビリテ ーション2006 : 75-84, 2006
4) 下園由里香, 他: コンピューター化視野訓練装置によ る視覚反復刺激によって四分盲が改善した脳卒中の一 例. The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 44 : 613-619, 007
5) Schreiber A, et al : Effect of visual restitution training on absolute homonymous scotomas. Neurology 67 : 143-145, 2006
6) 平山和美, 他: 名性視野狭窄に伴う探索障害に対する 代償訓練―残存視野機能低下例での検討. 脳と神経56 : 403-413, 2004
7) Nelles G, et al : Compensatory visual field training for patients with hemianopia after stroke, Neuroscience Letter 306 : 89-192, 2001
8) 中泊聡: 同名半盲は直る?直らない?. 総合リハビリ テーション5 : 61-763, 1997
9) 川平和美: 片麻痺回復のための運動療法. 医学書院, 東 京, 2006



著 者 紹 介

又吉達

医療法人タピック
沖縄リハビリテーションセンター病院 
リハビリテーション科
又吉 達

出身地:沖縄県 那覇市

出身大学:琉球大学医学部 平成8年卒業

略歴
平成8年     琉球大学医学部卒業
平成8年     鹿児島大学リハビリテーション科入局
          脳神経外科、神経内科、循環器科、
          泌尿器科、等研修後リハビリテーション科関連病院勤務
平成18年3月  鹿児島大学大学院卒業
平成18年11月 医療法人タピック
          沖縄リハビリテーションセンター病院
          リハビリテーション科 副部長
          現在に至る

専攻・診療領域
 リハビリテーション全般
 リハビリテーション科専門医、指導医



Q U E S T I O N !

問題:背側視覚路が損傷された時に起こる主な障 害はどれか?

  • (1)空間視情報処理の障害
  • (2)形態視の障害
  • (3)色覚の障害

CORRECT ANSWER! 5月号(vol.44)の正解

バセドウ病

問題:Merseburg の三徴は何か。三つ選べ。

  • a.眼球突出
  • b.頻脈
  • c.手指の振るえ
  • d.高血圧
  • e.甲状腺腫

正解 a.b.e