理事 金城 忠雄
はじめに
韓国で高病原性鳥インフルエンザが発生し感 染拡大しているという情報に続き、国内におい ては十和田湖秋田県側で死んでいた白鳥から強 毒性のウィルスH5N1 が検出されたとの報道に 接し、新型インフルエンザ発生の危機が迫って いるように思われてならない。2008 年5 月28 日現在、W H O によると鳥インフルエンザ (H5N1)のヒトへの感染は、世界全体で発症者 383 例、死亡241 例で実に死亡率63 %となって いる。ヒトーヒト感染が起こるのは時間の問題 だといわれている。
県医師会ではこれまで、国立感染症研究所の 田代眞人部長を講師にお招きし、講演会「新型 インフルエンザに対する事前準備と危機対応」 を開催した。各地区医師会主催の研修会等を通 して、パンデミックによる被害は医療機能の麻 痺、社会経済機能の破綻が深刻であり、今から その危機に備える必要があることを学んできた ところである。
WHO は、新型インフルエンザのパンデミッ クが起こると、全世界の死者は2 億人前後にな ると予測している。第1 次世界大戦の終結を加 速したといわれる1918 年のスペイン風邪によ る死者は、世界で約4,000 万人、日本では約45 万人以上であったと推定されているが、交通網 が当時と比べ格段に発達した現在、新型インフ ルエンザが発生すると当時をはるかに上回るス ピードで感染拡大がおこり数日中にパンデミッ クが到来するであろうと言われている。
厚生労働省の試算では、新型インフルエンザ 発生の流行規模は、わが国の人口(約1 億 3,000 万人)の約25 %が罹患すると想定した場 合、医療機関を受診する患者数は約2,500 万 人、入院患者数約200 万人、死亡数約64 万人 (オーストラリア大によると約210 万人)と推 計されている。
国は本年4 月、感染症法および検疫法を改正 し、新型インフルエンザ患者を発生直後から強 制入院や検疫などの迅速な措置が取れるように した。また、症状がなくても感染が確認されれ ば、患者と同様の強制措置の対象となることや 航空機や船舶で患者の座席の近くに座ったなど 「感染した恐れがある人」が入国する際、感染 の有無を確認するため、10 日間程度の一時的 な隔離である「停留」ができる規定も新設し た。その施設として医療機関だけでなくホテル なども利用可能としている。
米国では1918 年のスペイン風邪の流行時、 住民の行動制限等の対策をとり被害を最小限に くい止めることができた地域があった。当時、 第1 次世界大戦で戦勝パレードを行ったフィラ デルフィアでは犠牲者が激増したが、セントル イスでは、知事の英断による学校閉鎖、外出自 粛で犠牲者の増加が抑制された。
感染拡大を防ぐには「隔離」や「停留」など 個人の権利の制限も必要であり、行動の自粛も 求められるであろう。沖縄県においても知事に は、パンデミック時には住民に不平不満があろ うとも、学校・職場閉鎖、旅行等行動制限を行 い犠牲者を最小限にするような英断を期待する。
「沖縄県新型インフルエンザ対策行動計画」に ついて
沖縄県においては、国の「新型インフルエン ザ行動計画」を受け、平成17 年に「沖縄県新型インフルエンザ行動計画」を策定、平成19 年には改訂を行い、検疫所、県医師会、企業 等と連携しシミュレーションを実施している。 県の担当官から平成20 年1 月、県医師会に対 し「沖縄県新型インフルエンザ対策行動計画」 等に関する説明があったのでその概略を報告 する。
国の推計結果を基に本県における流行規模を 試算すると、本県の人口137 万人の約25 %が罹 患した場合の受診患者数は、約13 万9 千人〜約 26 万7 千人。新型インフルエンザの毒性を過去 のアジア風邪を中等度(致死率0.53 %)、スペイ ン風邪を重度(致死率2 %)として、入院患者 数と死亡者数を推計すると中等度の場合の最大 入院患者数は約5,600 人、死者約1,820 人、重度 の場合はそれぞれ約21,000 人、約6,800 人とな っている。流行が8 週間続くという仮定で中等度 致死率の場合、一日当りの最大入院患者数は流 行発生から5 週目で1,080 人と推計されている。
1.計画と連携
県新型インフルエンザ対策本部を設置 し、体制を強化する。
2.発生動向調査(サーベイランス)
新型インフルエンザ患者発生状況等を把 握して、対策に活かす。
3.予防と封じ込め
・検疫所と連携して水際対策を強化する。
・早期に患者に入院を勧告して、周囲に感 染拡大を防ぐ。
・県民に社会活動の制限や外出自粛を呼び かけ、感染拡大を防ぐ。
4.医療
・あらかじめ対応する医療機関を決めるな ど、医療体制を保持する。
・抗インフルエンザウイルス薬の適正な使 用や流通に関して調査を行う。
5.情報収集・提供・共有
県民に対して、適切に情報の提供を行う (リスクコミュニケーション)。
1.現段階はフェーズ3 :海外で動物からヒ トに感染するインフルエンザが確認されて いるが、ヒトからヒトへの感染は確認され ていない時期。鳥ウイルスのコントロール が重要である。
この時期準備すべきことは
・感染症指定医療機関やパンデミック時に 対応する医療機関を整備しリストを作成 すること。
・毎年冬期に流行する通常のインフルエン ザのワクチン接種を勧奨する。
・「咳エチケット」の普及啓発 一般住民の感染に対する予防と封じ込 め体制の指導は重要であり、咳をすると きは飛沫が飛び散らぬようマスクやハン カチで口や鼻を押さえる「咳エチケッ ト」など具体的に啓発を行う。
・外出制限や自宅療養に備えて食料品や生活必需品の備蓄―いわゆる籠城対策―
食料品、日用品など家族全員が最低数 週間暮らせるよう備蓄を呼びかける。
また、この段階において各地区医師 会、保健所などと協力して、机上・実施 訓練が必要である。
2.フェーズ4A :海外でヒトからヒトへの感
染が確認されるが、感染集団は限られている
時期。WHO のフェーズ4 宣言が行われる。
国内、県内未発生。早期封じ込めが重要。
・県においては危機管理監(知事公室長) を本部長として対策本部を設置。
・症例定義を周知する。個人の感染防護策 の習熟を徹底する。
・二次医療圏ごとに医療機関リスト作成
・発熱相談センターを各保健所に設置し、 健康相談や受診医療機関の紹介、受診の 際の注意事項等を指導する。医師会等と の連携の下に医療機関(医師)からの相 談に対応する窓口を設置する。
・患者搬送については、疑い例の段階であ れば市町村消防隊が、疑似症・確定例は 感染症法に基づき県が搬送する。
・新型インフルエンザが国外で発生した時 点で、プレパンデミックワクチン接種を 開始する。
3.フェーズ4B ―国内で患者発生1 〜 12 例、 県内で初発―
県内で患者発生し、感染症指定医療機関 への入院勧告が始まる。
知事を対策本部長とし、全庁的に対策を 強化する。
・発熱外来の設置―各医療機関敷地内あ るいは近接してテントを設置し、新型イ ンフルエンザの患者とそれ以外の者の振 り分けを行い医療機関内での交雑を防ぐ (トリアージ)。 運営にあたるスタッフは医師会等の協 力を得て確保することを想定している。
・発熱外来での振り分けの工夫:
駐車場入り口での発熱チェック、車内
検診、車内待機などを行う。熱がなけれ
ば一般外来へ。
新型インフルエンザが疑われたら感染 症指定医療機関へ搬送。
・治療に当たる医療従事者や、保健所によ る積極的疫学調査により高危険群接触者 と判断された人にはタミフルの予防投与 (国備蓄分)を行う。
4.フェーズ4B :さらに増加 〜 32 例
・国立病院機構沖縄病院の協力を得て陰圧 病棟の20 床を活用する。
・合併症によっては琉球大学附属病院の協 力を得て治療することも考慮する。
・発熱外来の数の増加をはかる。市町村 保健相談センター等にも設置運営を検 討する。
5.フェーズ5B 〜 6B :〜 200 例〜以上
疫学調査などにより、感染経路が追跡不 可能となり、入院勧告で感染防止効果が期 待できなくなった時点、または感染症病床 等が満床になった時点でパンデミック対応 に切り替える目安とする。
・パンデミック時は全医療機関で対応する。
・発熱外来:入院が必要な症例と在宅治療 が可能な患者の振り分けを行う。公民館 や既存の医療機関など県内に約100 ヶ所 程度設置。那覇市内17 中学校区にそれ ぞれ1 〜 2 ヶ所。
・国の指示を受けて備蓄のタミフルを放出 する。
・患者搬送も県と消防機関が連携して 行う。
6.パンデミック後:新型インフルエンザの 流行終息段階。
患者発生から2 ヶ月後、流行は終息に向 かうと予想される。
発熱相談センターおよび発熱外来を中止 して平常の医療サービス体制の復帰を推進 する。
7.新型インフルエンザ対応医療機関
1)流行初期は拡散を防ぐための入院治療 を行う。
・感染症指定医療機関(本島内12 +20、宮古・八重山各3 + 5 程度)
・国立療養所沖縄病院(陰圧病床20)
・地域の民間医療機関(各圏域で対応: 5 〜 20)
・琉球大学医学部附属病院(治療困難 例対応)
2)感染拡大期は重症患者に対する入院治療
・約100 例を超えた時点または追跡不能になった時点
・パンデミック時には全医療機関で対応
・高度医療機能を温存し、新型インフル エンザ以外の疾患へ対応することも必要
以上が「沖縄県新型インフルエンザ行動計 画」における「医療体制に関するフェーズごと の主な対応」の概要である。県医師会に期待さ れている役割の大きさには図り知れないものが ある。会員各位には是非この「計画」を一読し ていただきたい。新型インフルエンザ対策が、 取り越し苦労となることを祈るばかりである が、私共はパンデミックに備えている最初の世 代とも言われている。
国立感染症研究所の田代眞人部長はご講演の 中で「パンデミックは必ず来る!」と警告され、
最悪の事態に備えて十分な準備を!
備えあれば憂いなし!
とおっしゃっていた。この危機に対してすべて の医師・歯科医師、看護師、引退した医療関係 者や医学・看護学生等をも含め各々が覚悟して 立ち向かうことが求められていると考える。
幸い、今年度から感染症主任理事は、経験豊 かな宮里善次理事が担当することになり、正直 ほっとしているところである。筆者は感染症に ついては門外漢で、会員の皆様はじめ医師会事 務局には多々ご迷惑とご苦労をおかけしたが、 沢山の勉強をさせていただき今はただ感謝の念 でいっぱいである。ご協力どうもありがとうご ざいました。
参考図書
1.「新型インフルエンザに関するガイドライン」−厚生労働省発行−
(http ://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkakukansenshou04/09.html)
2.「沖縄県新型インフルエンザ対策行動計画」−沖縄県発行−
(http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?cateid=80&id=15892&page=1)
3.「H5N1型ウイルス襲来 新型インフルエンザから家族を守れ!」2007 年 国立感染症研究所員 岡田晴恵角川SSS 新書 (この本は一般向けにも分かりやすく非常に参考になると思う)