光陰矢のごとし
琉球大学医学部第二内科教授
髙須 信行
少年易老学難成
一寸光陰不可軽
未覚池塘春草夢
階前梧葉已秋声
少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んずべからず
未だ覚めず池塘春草（ちとうしゅんそう）の夢
階前の梧葉（ごよう）已（すで）に秋声（朱熹（朱子）の「偶成」）
中学生のころ、勉強部屋の壁に
「少年易老学難成」
「一寸光陰不可軽」
と大きく書いて、日々を過ごしていた。
その少年も40 代の終わりに突然沖縄にくる ことになった。そして15 年が過ぎた。この15 年は矢のごとく過ぎ去った。「光陰矢のごとし」。 信州を離れるとき15 年は長いと思った。未来 は永遠に長く、過去は無限に短い。
1992 年私は信州にいた。1992 年の信州は寒 かった。
琉球大学医学部第二内科は三村教授が1992 年3 月に退官し、空席のまま年を越そうとして いた。1992 年6 月に琉球大学医学部が第二内 科教授を募集していることを知った。10 月ま でに書類を揃えて提出とのことであった。他の 大学からの募集はなかった。国立大学医学部内 科教授は全国区である。北は旭川、南は琉 球－－どこの医学部であろうと行こうと決めて いた。琉球大学も一つの選択。受験生の気持ち が分かる。沖縄は知らなかった。琉球の地を踏 んだことはなかった。書類を提出した。
1992 年12 月5 日冬の寒い夜
伊賀上野の開業医橋本策が橋本病を記載した のは1912 年であった。80 周年を記念して 1992 年12 月3 日、4 日、5 日と橋本策の母校 九州大学で記念式典が行われた。出席した。福 岡からの帰路滋賀に寄った。
1992 年12 月5 日土曜日寒々とした冬の夜。 私は一人膳所（ぜぜ）で下車した。琵琶湖を渡 る風は冷たかった。人っ子一人いない膳所の駅 は暗く、寂しかった。寒かった。膳所の街も暗 く、冷たい風が吹いていた。冷たい風の中を7 分歩いた。体そして心の底が凍りつく。そし て、暗闇からホテルが湧き出る。そこにはA 先 生がいらっしゃった。初対面とは思えない親し さを感じた。温かい人当たり、温かい言葉。言 葉そのものが温かい。長崎の言葉が温かいの か、A 先生の言葉が温いのか。A 先生にお会い したあとは体も心も温かくなった。小半時ほど お話をし、再び膳所へ向う。琵琶湖を渡る冷た い風も温かいそよ風に変わっていた。膳所に着 いた。駅のプラットホームも明るく、関西人の 言葉が耳に心地よい。
その間の事情を語ることはないであろう。し かし、次のことはいうことができる。出会いは 大切であるということを。
はじめての沖縄－ 1993 年2 月23 日
1993 年2 月23 日火曜日に生まれてはじめて沖 縄にきた。はじめて沖縄の地を踏んだ。寒かっ た。A 先生に再びお会いした。
1993 年5 月16 日に着任した。
1993 年5 月17 日月曜日に3 度目にお会いした。5 月16 日は日曜日。その翌日は5 月17 日月 曜日。17 日月曜日朝8 時大学に到着。9 時A 先 生の所に。お部屋は空。朝10 時ふたたびA 先生 のお部屋に。A 先生はそこにいらっしゃった。ア ンパン、コーヒーそしてA 先生。A 先生の笑顔。 しかし、その目は冷たかった。その目の意味を やがて知ることになった。
歩んで来た道を振り返ると、なんとたくさん の出会いがあったことか。その多くは意識して 作ったものでも、意識して求めたものでもな い。偶然によって生み出されたものではある。 が、長い人生においてそこだけが輝いてみえ る。ある一人の人との出会い。それは人生に影 響をあたえる。確かに人生のあらゆることが出 会いである。
この15 年間に沖縄でいろいろなことに出会 った。出会い。再び繰り返すことのない出会い があった。
知らない間に神様が与えてくださったもので ある。
人間ができることは出会いを大切にすること だけだ。そうした出会いを大切にしたい。
｢光陰矢のごとし」。
15 年間を短いという人もいる。しかし、私 にはきわめて長い15 年間であった。