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A new clinical entity in Japan?
線維筋痛症、過活動膀胱

潮平芳樹

豊見城中央病院 潮平 芳樹

今回は日常臨床で見過ごされていて、比較的 診断がつきにくい疾患を2 つ紹介したいと思い ます。海外では知られていながら、本邦ではま れと思われてきて、ここ4、5 年で少しずつ認 知されてきている2 つの疾患、線維筋痛症 Fibromyalgia(線維筋痛症候群とも言う)と 過活動膀胱Overactive bladder(OAB)につ いて述べます。とりわけ線維筋痛症の患者は症 状が多彩で、ややもすると患者が「不定愁訴が 多い」と判断され医者に敬遠されている事も多 く、何ヶ所もクリニックや病院、あるいは整形 外科、内科、消化器内科、精神科、心療内科な ど複数の診療科を受診していることが多いと言 われています。これまで診断がつくまでに20 年以上かかったという例も報告されています が、長期の病脳期間、精神的苦痛はコントロー ル不良の関節リウマチの患者にも匹敵します。 多くの臨床医がこの2 疾患も疾患リストに入れ てもらえば、さらに多くの患者を救えると思い ます。

線維筋痛症

線維筋痛症は疲労感、抑うつ、睡眠障害、過 敏性腸炎など多彩な症状を伴う、「筋骨格系に慢 性の広範囲の疼痛とこわばり」などを主徴とす る疾患です1〜4。この疾患はこれまで本邦ではま れとされていましたが、最近の調査では国民の 1.66 %、約200 万人はいると推定されています。 男女比は8 倍女性に多く、50 歳代にピークがあ ります。患者さんは全身の痛みを訴えクリニッ クや病院を受診しますが、他のリウマチ・膠原 病と違って、血液検査などではほとんど異常を 認めません。本邦では最近まで「まれな疾患」 とされていて、臨床医にほとんど認知されてい ませんでした。多くの患者さんは不定愁訴を訴 える患者さんとして、取り扱われていたと思わ れます。ちなみに、わが国では2007 年に線維筋 痛症研究会が設立されたばかりです。

病因や病態生理はまだ不明ですが、神経−免 疫−内分泌系の失調、疼痛に対する制御系の異 常などが指摘されています。本症では髄液中の セロトニンやノルアドレナリンの代謝物質が低 下し、疼痛の興奮伝達物質であるサブスタンス P が髄液中で増加していることが報告されてい ます1。アロデイニア(allodynia 通常痛みを 引き起こさないような弱い触、熱刺激などで痛 みが生じる痛覚過敏状態)との関連も報告され ています。

臨床症状は図1 に示すように、全身で18 ヵ 所の圧痛点のうち11 ヵ所以上に圧痛が認めら れることが特徴です5。疼痛は日によって変動 しますが、肉体的、心理的ストレスや天候不順 により影響を受けたりします。本症は、しばし ば関節リウマチ6や全身性エリテマトーデス7の 患者さんにも合併して見られます。検査データ などからは疾患活動性が安定しているのに全身 の疼痛を訴える場合は本症の合併を疑います。 疼痛以外の症状としては前述のとおり疲労感、 抑うつ、睡眠障害、朝のこわばり、過敏性腸炎 症候群、頭痛、微熱などが見られます。一般検 査所見では特徴的な異常は認めません。

治療は三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬が有 効で、選択的セロトニン再取り込み阻害薬 ( SSRI:selective serotonin reuptake inhibitor)、選択的セロトニンノルアドレナリ ン再取り込み阻害薬(SNRI: selective nora-drenarin reuptake inhibitor)などが使われ ます。

線維筋痛症が疑わしい患者さん、あるいは診 断が確定し治療中の患者さんも、精神科や心療 内科の専門医に紹介し、連携して治療すること が重要です。

図1

過活動膀胱

これまで泌尿器科的問題として下部尿路機能 障害と言えばイコール排尿障害と考えられてい ましたが、最近は蓄尿障害も重要である事が認 識されてきました。蓄尿障害が過活動膀胱と定 義されました。わかりやすく言えば、過活動膀 胱とは尿意切迫感、頻尿、切迫性尿失禁を伴う 機能性障害を呈する疾患です。同様な症状を伴 う尿路感染症、炎症、結石やガンなどは除外す る必要があります。1990 年以降欧米では間質 性膀胱炎やOAB という疾患概念が提唱されて いましたが、本邦ではまれとされていました。 2003 年本間らにより、OAB の全国アンケート 調査がまとめられ、予想以上に多いことが明ら かになりました。最近では本症は40 歳以上の 日本人の約8 人に1 人(12.4 %)、800 万人は いるだろうと推 測されています。 21 世紀初頭にお ける日本医療界 の珍事の1 つ? 世界の流れから 言うと、日本は 実は10 年位は遅 れているという ことになります。 では何故これま で本症がわが国 では少なかった のでしょう?そ の理由としては、 「恥の文化」の国 民性からか日本 人女性は頻尿や 恥骨上部痛などの症状があっても、泌尿器科を 受診していなかったと推測されています。一方 では、臨床医の知識不足なども指摘されてきま した。

OAB の主症状の1 つ尿意切迫感は、「急に起 こる、抑えられないような強い尿意で、我慢す ることが困難な状態、あるいは感じ」を言いま す。頻尿、失禁、あるいは排尿障害の訴えの中 から、OAB の患者さんを診断する手助けとし て日本泌尿器学会からガイドラインが作成され ています。とくに過活動膀胱症状質問表 ( OABSS:Overactive bladder symptom score)が診断と重症度の決定、治療効果の判 定に有用と報告されています(図2)。頻尿は昼 間8 回以上、夜間1 回以上と定義し、症状が続 く場合は泌尿器科的検査が必要です。

治療は行動療法と薬物療法があります。前者 は生活指導、膀胱訓練、理学療法、排泄介助な どがあります。薬物療法としては抗コリン剤が 使われ、尿意切迫感回数、排尿回数、切迫性尿 失禁回数の正常化率は、それぞれ3 2 . 9 %、 28.5 %、56.2 %と報告されています。

男性では前立腺肥大症、女性では膀胱炎が排尿障害の原因となっていますが、OAB の方が 病悩期間が長いことが多く、患者さんはうつ状 態に陥ったり、夜間頻尿による睡眠障害など QOL の低下も見られます。また、男性では前 立腺肥大症に過活動膀胱が合併することもあり ます。本症が疑わしい患者さんを診た場合は、 はすみやかに泌尿器科医へ紹介すべきです。

図2

おわりに

今回とりあげた二疾患は、最近までわが国で は馴染みの薄い疾患と考えられてきました。し かし、病気が無かったのではなく、臨床医にと って関連する医学的知識や情報が乏しかったも のと思われます。見方を変えると、この2 疾患 の患者さんは、「訴えが多い患者さん」とか、 「症状が一貫性がなく、バラバラで理解できな い患者さん」ということで多くのクリニックや 病院を受診しても敬遠され、結果的には医学的 には解決されずに今日まできたことになりま す。多くの臨床医がこれらの疾患の存在を知 り、その結果一人でも多くの患者さんが適切な 治療を受け、日々の苦痛から救 われることを望みます。

文献
【線維筋痛症】
1.西村 勝治、赤真 秀人:線維筋 痛症 膠原病・リウマチ診療(鎌 谷 直之編)、p368 ‐ 377、東京、 メジカルビュ−社、2007
2.松本美富士:平成16 年度厚生労働 科学研究特別研究事業報告書「線 維筋痛症の実態調査に基づいた疾 患概念の確立に関する研究」. 2005、p50 ‐ 2.
3.西岡 久寿樹:線維筋痛症の現状 と問題点. V.最近の話題 日内 会誌 96 : 2235 〜 2240、2007
4. Goldenberg DL, Simms RW, Geiger A, et al: High frequency of fibromyalgia in patients with chronic fatigue seen in a primary care practice. Arthritis Rheum 1990; 33: 381-7
5.Wolfe F, Smythe HA, Yunus MB, et al: The American College of Rheumatology 1990 Criteria for the Classification of Fibromyalgia. Report of the Multicenter Criteria Committee. Arthritis Rheuma33: 160-172, 1990.
6.Wolfe F, Cathey MA, Kleinheksel SM: Fibrositis Fibromyalgia in rheumatoid arthritis. J Rheumatol. 1984; 11:814-8
7.Middleton GD, McFarlin JE, Lipsky PE: The prevalence and clinical impact of fibromyalgia in systemic lupus erythematosus. Arthritis Rheum 1994; 37: 1181-8

【過活動膀胱】
1.本間 之夫、柿崎 秀宏、後藤 百万、他:排尿に関 する疫学調査委員会. 排尿に関する疫学研究. 日本排 尿機能学会雑誌 14: 266-277, 2003
2.本間 之夫、山田 哲夫、伊藤 貴章、他:間質性膀 胱炎 第2 版、東京医学図書出版株式会社、2006 年: p. 2-61
3.過活動性膀胱診療ガイドライン. 日本排尿機能学会 過活動膀胱診療ガイドライン作成委員会編、ブラック ウエルパブリッシング、2005.
4.Yamaguchi O, et al: BJU Int 2007; 100: 579.