琉球大学医学部器官病態医科学講座・病態消化器外科学
白石祐之、長濱正吉、友利寛文、西巻正
【要 旨】
腹腔鏡(補助)下手術は消化器外科領域において胆嚢摘出術以外にも、悪性腫瘍 などを対象とした大腸切除術、胃切除術など多くの症例に対して行われるようにな っている。一方、肝胆膵領域においては胆摘術以外の腹腔鏡下手術の導入はいまだ に限られており、手術適応や対象疾患に関しても統一されたものは存在しない。肝 胆膵領域の手術は侵襲の高い手術が多く、腹腔鏡下手術手技の導入による低侵襲化 が望まれるところであるが、一方で肝胆膵臓器の解剖学的特徴や臓器特性から技術 的困難を伴うと考えられてきた。われわれは、平成14 年度より肝胆膵領域における 腹腔鏡下手術手技を胆嚢摘出術以外の術式に拡大し、徐々にその適応術式を拡大し てきた。現在は、肝部分切除などの小さな肝切除のみでなく肝右葉切除などの大き な肝切除術や、膵臓腫瘍に対する膵体尾脾切除、高度肝硬変合併肝細胞癌に対する 肝手術、保存的治療困難な食道静脈瘤症例に対する食道・胃上部血管郭清術、巨大 脾腫例に対する脾臓摘出術、肝全域にわたる肝嚢胞に対する嚢胞開窓術、経皮的穿 刺困難もしくは危険な肝腫瘍に対するラジオ波焼灼術などに腹腔鏡下手術を導入し ている。本稿においてはこれらの肝胆膵領域の腹腔鏡下手術手技のうち、肝切除術 に関するわれわれの経験と若干の知見を紹介する。
通常の消化器外科手術の多くは腹部正中切開 を用いておこなわれるが、肝胆膵領域、特に肝 切除術においては右肋骨弓下切開を用いること が多く、肝右葉に対する手術ではさらに右肋間 開胸を追加(開胸開腹)することもまれではな い。この切開では、右の肋骨弓下3 〜 4 横指の 部分をU 字状に長く切開することになり、腹直 筋や腹斜筋・肋間筋・横隔膜などを長い距離に わたって切離していくことになる(図1A)。胆 道癌などの拡大肝葉切除術などにおいては、こ のような切開創を開創鉤(ケント式開創鉤など の吊り上げ鉤)にて頭側に牽引し、長時間の右 胸郭伸展抑制が術後の右下肺の無気肺・肺炎な どの術後肺合併症などに結びつくこともある。 また、右肋骨弓下切開は術後創痛に関しても正 中切開に比べて高く、疼痛による術後喀痰排出 困難などが術後肺合併症のさらなるリスクとな る。これに比し、腹腔鏡下手技においては腹腔 鏡用のカメラを挿入する1.5cm 長の小開腹創 (カメラポート)を臍周囲につくり、あとはカメ ラで観察しながら操作鉗子(5 〜 12mm 径)な どを挿入する穿刺創を肋骨弓下に2 〜 3 箇所追 加するのみであり、基本的には腹腔鏡下胆嚢摘 出術と変わるところはない。ただし、われわれ は大きな肝切除の場合や肝右葉を左に起こして 肝右奥の腫瘍を摘出する場合などには、8 〜 9cm の上腹部正中切開創を追加しているが、こ れでも肋骨弓下切開に比べると体壁破壊ははる かに小さい(図1B)。また、肋骨弓下切開においては開創や閉創のために1 時間近くを要する が、腹腔鏡下手技においては開創や閉創に要す る時間がはるかに短く手術時間の短縮に貢献す る。手術時間の長短は外科手術成績をも左右す る重要な因子でもあり、この点においても腹腔 鏡下手術手技が有利に働く可能性がある1)。
図1 :開腹創の比較
A :通常の肝切除に多用される右季肋下U 字切開創。
B :腹腔鏡下肝切除に用いるポート穿刺部および上腹部正
中小切開創の追加。
図2 :足側から見上げた場合の肝臓の区域
肝臓を足側(臓側面)から見上げた場合、その区域が尾状
葉から反時計回りに左葉外側区域、左葉内側区域、右前区域、
右後区域と配置されている。腹腔鏡下肝切除術の最も適切な
対象とされるのは、左葉外側区域に対する区域切除や部分切
除、左葉内側区域〜右前区域の肝表面の腫瘍に対する部分切
除などである。
腹腔鏡下肝切除術の適応を考える場合、肝臓 の解剖学的特徴や肝切除術の特殊性、肝切除術 式とのバランスなどを考えて決定せねばならな い。肝臓は右腹腔最上部背側の右横隔膜窩には まり込むように存在し、足方から見上げると反 時計回りに尾状葉(肝の中央背側)→左葉外側 区域→左葉内側区域→右前区域→右後区域と 大きく5 つの区域が存在する(図2)。腹腔鏡手 術も原則として前腹壁から鉗子操作にておこな うため、系統的肝切除は肝左葉外側区域切除の みで、肝部分切除は左葉外側区域〜右前区域の 肝表面に近い腫瘍を対象とするのが現在最も一 般的な手術適応である2)。その理由として、肝 実質切離が深部に及ぶにしたがって太い肝静脈 の分枝やグリソンなどに遭遇する可能性が高く なり、これらを切離操作により損傷した場合に は急激な出血をきたす可能性がある。肝切離面 深部での止血操作は腹腔鏡下操作では困難な場 合があり、緊急に開腹移行が必要となる場合も 予想される。また、気腹下に肝実質切離を進め いていった場合には、肝静脈損傷部から静脈内 さらには心肺方向へ大量のガスが流入しガス栓 塞などを起こしてしまう危険性もある3)。
われわれは、腹腔鏡下肝切除手技を一般的な 適応とされる肝切除術式よりも大きな肝切除術 などに対して適用するため、独自の技術的工夫 を行っている。肝右側の手術操作の場合には、 通常の腹腔鏡用穿刺に加え上腹部正中小切開 (7 〜 8cm)を施行し、腹腔鏡下および腹腔鏡 補助下(術者や助手の片手を補助に挿入して腹 腔鏡操作の補助を行う)の手術を行っている (図3A)。この正中創にリング状のラップディ スクを装着することにより手をいれたまま気腹 下に手術を行うことも可能であり、本操作では 肝右葉周囲から背面の剥離、肝背側での下大静 脈周囲の剥離(短肝静脈の切離や右肝静脈の剥 離)などを施行している。さらに、肝右葉の左 方への脱転や肝右葉切除のためのリフティング マニューバー(肝右葉切離時に右肝静脈左方→ 下大静脈前面→肝門部へとフィルムドレーンや ネラトンチューブを通し、牽引しつつこれに向 かって肝実質を切離していく)を可能としてい る(図3B)。肝右葉が左方に脱転されることに より肝右葉切除などの肝実質切離操作が、上腹部正中小切開創から非気腹下に可能となる。肝 右葉切除の際の肝切離面は中肝静脈の根部から 肝前縁の胆嚢底部に向かうライン(カントリー 線と呼ばれる)線から開始するが、このライン は正中から右に離れているため、通常であれば 正中小切開創からはアプローチできない。これ が、腹腔鏡下の操作により肝右葉が脱転される と切離線が正中小切開創の真下になり、通常の 大きな季肋下切開と同じ状況で非気腹下肝切離 が可能となるのである。また、前述した様に気 腹下の腹腔鏡操作によりリフティングマニュー バーを先行させておくことにより小切開創から でも肝切離にかかる時間を短縮し、肝背面と下 大静脈との間にある短肝静脈等をひきちぎるな どの危険をなくすことができる。
図3 :上腹部正中創追加による腹腔鏡(補助)下肝右葉切除術(非気腹時)
A :上腹部正中創より助手が片手を挿入し肝右葉を左方に脱転している。右前胸部を
2 本の鋼線で牽引挙上し(lesion lifting)、腹腔内の視野を保っている。操作鉗子
を挿入する3 本のポートが右下腹部から挿入されている。気腹下に操作する場合
には同創にラップディスクを装着し気密を保つ。
B :肝実質切離を行う前に腹腔鏡下に肝右側から後方を剥離し、ネラトンチューブな
どを右肝静脈左方→下大静脈前面→肝門部と通し、これを前方に牽引しつつ肝実
質切離を行う(リフティングマニューバー)。
肝細胞癌の焼灼治療においては、これまでの エタノール注入やマイクロ波焼灼術などに代わ ってラジオ波焼灼術が主流となりつつある。小 さな肝細胞癌(特に2cm 以下)の治療法として は、内科領域において経皮的ラジオ波焼灼術が 広く行われており、外科手術(肝切除術)に劣 らぬ成績をあげうるとする報 告もある4)。しかし肝細胞癌 は周囲を被膜(カプセル)で 囲まれている場合が多く、こ れをラジオ波で焼灼するとカ プセル内の圧が非常に高くな る。したがって、小さな肝細 胞癌に対するラジオ波焼灼術 であってもこれが肝臓表面な どにある場合、カプセル内の 腫瘍内容がラジオ波針の脇か ら噴出することが頻繁におこ り、経皮的焼灼の場合にはこ れを認識・観察できないまま 腹腔内に肝細胞癌細胞の播種 をおこしてしまう。またラジ オ波焼灼に用いる針はある程 度太いものを使用するため、 経皮的に肝臓を穿刺する場合には術後腹腔内出 血をきたす可能性もある。われわれも、開腹下 や腹腔鏡下のラジオ波焼灼術において、ラジオ 波針穿刺部の止血に縫合止血を要したり、腫瘍 内容物が穿刺部周囲に漏出した症例を少なから ず経験する。経皮的な場合はこれらの事象が認 識されないまま経過してしまう可能性がある。 これらの経皮的ラジオ波焼灼が困難もしくは 危険と考えられ、低肝機能のために肝切除が 施行できない症例に対しわれわれは腹腔鏡下 ラジオ波焼灼術をおこなっている。本法によ れば、大型肝細胞癌(最大径7cm まで)、肝 表面に露出するタイプの肝細胞癌、また深部 や背側にあるために体表からの超音波検査に よる可視化が困難な肝細胞癌などに対しても、 腹腔鏡下ラジオ波焼灼術により正確で十分な マージンをとった焼灼が可能となっている。
われわれはこれまで約40 例の腹腔鏡下肝切 除・ラジオ波焼灼術(肝細胞癌症例)を施行し てきたが、これらの症例には通常の腹腔鏡下肝 切除術では対象外とされる肝右葉切除や肝右後区域に対する肝切除・焼灼術なども含まれてい る。術式が多様であったため手術時間の長短を 単純に比べることはできないものの、開閉腹が 短時間で施行しうるのに加え、肝切離(焼灼) 操作自身も右季肋下切開などの開腹下肝切除と 大差はなく、全体的に手術時間の短縮が得られ ていたとものと考える。また、手術開始後に出 血量増多が予想された場合には迅速に開腹に移 行する方針としたため、腹腔鏡下肝切除症例で の出血量は少量であった。また術後創痛の軽減 は腹腔鏡下肝切除術で顕著であり、術後早期 (術後1 〜 2 日)の離床が可能であった。
腹腔鏡下手術の導入により肝臓手術の低侵襲 化を図ることが可能であり、さらなる技術向上 を図り新たな手術器具の導入することにより将 来的にはさらに適応が拡がっていくものと考え られる。
文 献
1) I Dagher. et al : Laparoscopic liver resection: results
for 70 patients, Surg Endosc 21 : 619-24, 2007
2) 金子弘真、他: 腹腔鏡下肝切除, 外科64 : 1270-1273,2007
3) 謝宗安: 手術とガス栓塞, 呼吸22 : 570-574, 2003
4) HP Clark. et al : Staging and current treatment of
hepatocellular carcinoma, Radiographics 25 Suppl 1 :
S3-23, 2005
著 者 紹 介
琉球大学医学部
器官病態医科学講座・病態消化器外科学 准教授
白石 祐之生年月日:昭和31年9月19日
出身地:福岡県 福岡市
出身大学:防衛医科大学校 昭和58年卒
略歴
昭和58年 防衛医科大学校第二外科入局
平成2年 米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校 肝臓移植プログラムに留学
平成6年 琉球大学医学部第1 外科学講座・助手
平成8年 琉球大学医学部附属病院第1 外科・講師
平成14年 琉球大学医学部器官病態医科学講座・病態消化器外科学・准教授専攻・診療領域
肝胆膵外科・肝臓移植その他・趣味等
山登り、バイク、旅行
問題:腹腔鏡(補助)下肝切除術に関する次の 記述の中から正しいものを選択せよ。
前置・癒着胎盤
問題:前回帝王切開術の既往が1 回の症例で、 帝切創部に付着する前置胎盤が認められ た場合、癒着胎盤になる可能性は何%か。
正解 3)