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見落とし易い股関節周囲の外傷・疾患

永山盛隆

豊見城中央病院 整形外科
永山 盛隆

外科外来の中で股関節周囲の外傷および疾患 は日常的によく遭遇するものです。しかし時と して整形外科専門医でも診断に苦慮し、ともす れば初期段階では見落とすことがあります。

そこで各年齢層に対応して、念頭に置いて欲 しい5 つの外傷・疾患を選択してみましたので その早期診断についてコメントさせて頂きます。

【高年層】

*大腿骨近位部骨折:

以前は総称を大腿骨頚部骨折と呼び関節包の 付着部を境界として内側型骨折と外側型骨折に 分類していましたが、平成17 年度より総称を 近位部骨折と改め内側型を頸部、外側型を転子 部に改訂しています。高齢者の転倒に伴う骨折 で最もポピュラーな外傷ですが、時として骨折 を見落とす場合があります。臨床所見が股関節 痛であればわかり易いのですが、疼痛部位が大 腿部から膝に及ぶことがよくあります。いわゆ る関連痛による下肢症状ですが、膝の外傷と疑 われ膝単純X線を撮って異常なしとの診断を受 けて帰されることがあります。実際、尻もちを ついたときには膝の骨折はほとんどありませ ん。高齢者の転倒は殿部の外傷をまず念頭に入 れることが重要です。膝の痛みを訴えても膝を 動かすときの疼痛再現はなく、股関節の捻り操 作(Patrick Test)で疼痛を誘発することが 多いのです。膝頭または大腿骨近位部の大転子 を叩いてみて殿部への介達痛の有無を確認する ことも骨折の診断に有効です。転倒して歩行不 能になった高齢者は、必ず何か大きな外傷が隠 されていると疑うべきです。

単純X線での診断が基本ですが、明らかに骨 折部転位があり誰にでも診断できる場合と、一 体どこに骨折線があるのか判読できない場合が あります。特に関節内骨折である頚部骨折は診 断に大変苦慮することがあります。やっかいな ことに受傷初期段階では歩行可能な場合もあ り、骨折はないものと判断し放置していると 徐々に骨折部にズレが生じ、後日になって歩行 不能で来院した時には大きく転位していたとい うケースがあります。そうなると手術的治療法 は侵襲の小さいピニングによる骨接合術から侵 襲の大きい人工骨頭置換術に移行します。早期 診断のためには単純X線で骨折線を認めなくと も理学的所見で何らかの異常をキャッチしたら MRI までの評価を行うことをお勧めします。 MRI 診断は非常に有効で、頸部骨折のみなら ず転子部骨折の有無も確認でき今後の治療方針 が見えてきます。

症例1 : 77 歳、女性。転倒し右殿部を受傷し 歩行不能となる。単純X 線では右大腿骨頸部 の上方にわずか頸部輪郭の途絶と骨折部の重なりを認めるのみです。MRI では骨折線が明瞭 に描出できています。

*骨盤(恥骨坐骨)骨折:

これも転倒などの外傷に伴うことがあります が、つい大腿骨近位部骨折に気をとられるため に見落とされることがあります。実はよくよく 診察すると恥骨部や坐骨部に圧痛を認めるので す。疼痛部位のチェックで圧痛点を確認するこ とはとても大切なことです。また時には外傷の 既往はなくて骨粗鬆症に伴う疲労骨折(脆弱性 骨折)を生じることもあります。恥骨・坐骨の みならず骨盤輪の仙腸関節周囲にも及ぶことが あり、悪性腫瘍の骨転移と鑑別を要します。 MRI や骨シンチでの評価が必要になりますが骨 密度検査も行った方がいいでしょう。

症例2 : 78 歳、女性。誘因なく左股部痛が出 現。単純X 線にて左恥骨坐骨に骨折線を認め る。MRI にて転移性腫瘍を否定され骨粗鬆症 薬投与にて症状は改善しました。

【中年層】

*大腿骨頭壊死症:

既に一般的に知られた疾患で、大腿骨頭への 血流障害により阻血性壊死をきたす病態であり 症候性と特発性に分けられます。症候性は大腿 骨頸部骨折や潜函病などの明らかな外傷や減圧 症が原因で生じる場合で、特発性は原因が不詳 で多飲酒・ステロイド使用例に多いとされてい ます。単純X線にて所見を得ることが基本です が、初期段階では画像上全く異常を認めないこ とが多いのです。MRI を撮りT1 とT2 強調画 像共に低信号域を認めれば確定診断が可能で す。因みに特発性大腿骨頭壊死症は特定疾患と して扱い医療費が減額できるのですが、その申 請のためには単純X線・MRI ・骨シンチ・骨 生検による4 評価法の中で2項目を満たさない といけないことになっています。

症例3 : 36 歳、女性。SLE にてステロイド剤投 与を受けています。右股部痛にて受診。単純X 線 にて異常は認めませんが、MRI では両大腿骨頭に T1T2 強調画像で低信号域の壊死像を認めます。

*一過性大腿骨頭萎縮症:

妊娠後期の女性、中年男性に好発し誘因なく股 部痛が出現する疾患で原因は不明です。単純X 線にてよく見ると健側に比べ大腿骨頭が薄く透け て見える骨萎縮像を呈します。骨頭壊死と異なり T1 強調画像にて低信号、T2 強調画像にて比較的 高信号を呈します。大抵は荷重制限による保存的 治療を行えば半年程度で自然治癒します。

症例4 : 58 歳、女性。誘因なく右股部痛が出 現。単純X 線にて右大腿骨頭の輪郭不明瞭な骨萎縮像を認めました。MRI にてT2 強調像で 低信号は認めず一過性大腿骨頭萎縮症の診断を 得ました。保存的治療にて治癒しました。

【若年層】

*大腿骨頭すべり症:

思春期の肥満男子に多く、ホルモンの関与が 示唆されています。軽微な外傷あるいは誘因な く股関節の疼痛が出現します。歩行は大抵可能 なので大した外傷ではないと見落され診断が遅 れることがあります。成長期の骨端線でのズレ が生じ、骨頭近位部が後方へ転位します。転位 が少ない早期にピニングを行いすべりの進行を 抑えることが治療の基本です。転位が高度にな ると股関節の屈曲ができなくなり後遺障害を残 す可能性が高くなります。臨床所見は股関節を 屈曲させると外方へシフトするDrhemann 徴候 が特徴的です。単純X線正面像では骨端線の離 開および骨頭近位幅の短縮、側面像では後方へ の転位を認めます。正面像だけでは見落とす危 険性が高いので、必ず両側の2方向撮影が必要 です。小児の場合は成人と異なり成長のファク ターが含まれているために評価困難なことがあ るので左右を比較することを忘れないで下さい。 そしてすべり症を疑えばフォローを含めて2 〜 3 週後に再度X線検査を行うことをお勧めします。

症例5 : 17 歳、男子。肥満体で2次性徴は未 だ認めません。外傷の既往なく左股関節痛が出 現。単純X 線正面像にて左大腿骨頭骨端線の 離開を認め、側面像で後方滑りを認めました。 スクリューによるピンニングで軽快。

以上、個人的偏見で見落とし易い外傷・疾患 をいくつか取り上げてみました。当然、初期段 階では診断が困難な場合があることはどんな疾 患にも当てはまることです。後で診断したDr が名医と言われないよう、早期の段階でよく聴 いて触って感じるDr 触覚をfull に効かせ、正 しい診断ができるよう(私自身も)心がけてゆ きたいものです。